機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第四十三話 偽りの果実
地上へ戻ったロード・ジブリールは、破壊された衛星通信網の断片を利用して、ロゴスの幹部たちと会議を続けていた。
空はまだ灰色に濁り、ユニウスセブンの残骸が撒き散らした塵が、世界の空を覆っている。
だが、彼の声は澄みきっていた。
まるで、この混沌こそが自分の望んだ“理想の世界”だと言わんばかりに。
「……見たまえ。この混乱を」
ジブリールは、周囲を囲む無数のホログラムに指を走らせる。
世界各地のニュースが映し出され、コーディネイター批判と擁護が入り乱れるSNSのログが次々にスクロールしていく。
怒号と罵倒。祈りと懺悔。冷静を装う解説者と、怒り狂う群衆。
「いいですかみなさん。人間とは恐怖に支配される生き物です。あれほどまでに“共存”を唱えた愚か者どもでさえ、隕石一つで牙をむく。やはり、世界はまだ“教育”が必要なのです」
通信先に並ぶロゴス幹部たちが、微笑とも冷笑ともつかぬ表情を浮かべる。
「教育……?」
「そうですとも」ジブリールは唇を歪めた。
「コーディネイターという存在が、“間違い”であることを教えてやるのです」
円卓の上、ホログラムに地球の地図が浮かび上がる。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ――どの地域でも暴動が拡大し、治安部隊が放水銃と催涙弾で群衆を押さえつけている。
そのすべてを、ジブリールは愉しげに見下ろした。
「人は、未知を恐れる。自分より速く考え、強く、長く生きる存在を恐れる。コーディネイターがその“未知”そのものなのだ。だからこそ、恐怖の炎を消してはならないのです」
「では、次の一手は?」
老齢の幹部が問う。
ジブリールは待っていたかのように、指先で小さなメモリーチップを掲げた。
「――これです」
チップの中には、一本の動画データ。
ミネルバが地球連合艦を砲撃し、爆炎の中に沈める映像。
それは完璧に構成された偽り。AI補正により照明や反射、衝撃波までが実際の宇宙物理と一致していた。
「この映像を世界に流す。タイミングは二十四時間後。世論が最も“犯人探し”に飢える頃合いです」
画面の一つから、企業家が苦笑を漏らす。
「見事だな、ジブリール。だが、露骨すぎやしないか? 本物だと信じさせるには……」
「心配はいりません」ジブリールは首を振った。
「怒りに理屈は不要です。人間は、憎むための理由を探している。そこへ“映像”という神が現れれば、皆ひれ伏す」
幹部たちが笑い、互いに視線を交わした。
「……これで、コーディネイターを庇う国も終わりだな」
「そう、忌々しい“中立国家”もろともに、です」
ジブリールは卓上のホログラムを操作し、カガリ・ユラ・アスハの映像を浮かべる。
穏やかな微笑みを浮かべるオーブ代表の姿。
それを眺めながら、彼は机の上のナイフを取る。
刃先が、カガリの頬を裂いた。
「――混ざりものを、地上に置いていてはいけません」
刃を突き立てたまま、呟いたその声には怒りよりも、冷たい蔑みがあった。
「ナチュラルとコーディネイターの共存など、欺瞞だ。人間が虫けらと手を取り合うようなものですよ」
誰も笑わなかった。
しかし全員が、ジブリールの言葉に頷いていた。
「オーブは裏切り者だ。そして裏切り者には、例外なく“罰”を与える」
ジブリールは薄く笑い、言葉を続けた。
「第七機動艦隊をディケンズ少将に預けました。奴は私の指揮に忠実だ。ユニウスの残骸が落ち着き次第、オーブへ進軍させる」
「まさか……また侵攻を?」
「“また”ではない。“正義の執行”ですよ」
ジブリールの声は、まるで舞台俳優のように抑揚をつけていた。
「この地に残された中立という幻想を、こんどこそ焼き払う。そして、戦争という劇を再演するのです」
モニター越しに、笑い声が重なる。
ジブリールは愉悦の表情を崩さず続けた。
「衛星網は破壊されたが、残りのシステムを繋げば十分だ。軍指揮は一時的に混乱しても、我々の資金と兵器は健在。次の戦争は、もっと大きく、もっと儲かります」
企業家たちが満足げに頷く。
「兵器需要は跳ね上がるだろう。各国が恐怖に駆られて再軍備を始める。我々の市場が再び回るな」
「そうですとも。恐怖は最高のビジネスだ」
「だが、行きすぎれば制御不能になるのでは?」
誰かが問うと、ジブリールは楽しげに微笑む。
「制御不能なほどが良いのです。暴れ狂う炎の中でこそ、“神の座”に座る者の声は届く」
彼はゆっくり立ち上がり、窓の外――霞む地平線を見た。
都市の上空には黒い雲。
光を遮るその闇を、彼は美しいと感じていた。
「人類は進化など求めていない。必要なのは、“支配”だ。我々ナチュラルが上に立ち、造られた連中を地の底に沈める。それが秩序なのです。虫けらどもを皆抹殺し、汚れ切った進歩という名のごみ溜めを一掃するのです」
通信の一つがざらつき、ノイズが混じる。
それでもジブリールの声は途切れなかった。
「みなさん、第一幕は終わった。落下という悲劇で世界は泣いた。次は――怒りの幕を開ける番だ」
拳を握りしめ、彼は続ける。
「オーブを焚きつけ、プラントを再び戦場に引きずり出す。戦争こそが、この世界を動かす“最も美しい機構”なのです」
議員の一人が乾いた笑いを漏らす。
「まるでオペラの脚本家のようだな」
ジブリールは愉快そうに笑った。
「その通り。人が泣き叫び、血を流し、嘆き、そして私達が最後に拍手を受け取る――それが正しい劇場だ」
その瞬間、遠くの空が赤く染まった。
燃える都市の映像がホログラムに切り替わる。
落下の余波で崩れた都市群。
その瓦礫の中で泣き叫ぶ人々を、彼はただ静かに見下ろした。
「これが“人間”だ。美しい……実に美しい」
誰も、その言葉を止めなかった。
止める者など、最初から存在しない。
ジブリールは口元に指を当て、微笑む。
「さあ、幕を上げよう。“第二幕――神の怒り”を」
笑い声が会議室を満たす。
だがその笑いは、狂気の高笑いではなかった。
もっと静かで、もっと冷たい。
理性の皮を被った殺意だった。
世界のどこかで、人々が瓦礫の下で助けを求める声を上げていた。
けれど、その声は届かない。
“舞台”の上で演じられる彼らには、もう何も見えていなかった。
ジブリールは再びメモリーチップを掲げ、指で弾いた。
「第二幕の主役は――ミネルバだ。この艦が、“人類の敵”として世界の怒りを集める」
ホログラムに紅い艦影が映し出される。
その刹那、彼は低く笑った。
「やがて世界は、怒りで塗り潰される。そして、その怒りの果実を食らうのは――この私達だ」
画面が次々に暗転していく。
最後に残ったのは、ジブリールの顔だけ。
青い光に照らされたその表情は、もはや人のものではなかった。
「さあ、始めよう。偽りの果実を、世界に振る舞うとしようじゃないか」
静寂。
次の瞬間、通信が切断され、闇が部屋を包んだ。
その闇の中で、ジブリールの笑いだけが、いつまでも響いていた。
ちょっと雲行きが怪しくなってきました。平和な旅行は終わりです。