機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第四十四話 メイリンの発見
それは、まったくの偶然だった。
けれど――発見したのがメイリン・ホークで、本当にミネルバは運が良かった。
夜の艦橋は、まるで深海のように静まり返っていた。
メインモニターの光量は落とされ、青白い照明だけが操作卓の縁を淡く照らしている。
推進機関の低い唸りが船体を伝い、その微かな振動が空気を震わせていた。
艦内時間では深夜二時。
任務も警戒もなく、時間はただ、静かに流れていく。
アーサー副長は椅子に深く腰掛け、マグカップを両手で包み込むように持っていた。
カップの中では、湯気が小さく渦を巻いている。
「ふぁぁ〜……いやぁ、戦闘がない夜はいいねぇ」
大きなあくびをひとつ。
眠気を押し込めるようにカップを傾け、苦味を口に含む。
艦橋の天井では、冷却ファンの音が静かに回転していた。
それがかえって、余計に静けさを強調している。
「エンジンの音が子守歌みたいだ。……なあ、メイリンちゃん、眠くないか?」
緩い調子の声に、メイリンは背筋を伸ばして笑った。
「だ、大丈夫です! 全然眠くなんて!」
「ははっ、若いねぇ。俺なんか座ってるだけでまぶたが落ちそうだよ。……でもさ、こうして静かな夜を過ごせるのって、平和って証拠だな」
アーサーは、遠い星々の瞬きを思い出しながら呟いた。
それは、この艦を覆う静寂の中で、唯一「安らぎ」と呼べる音だった。
しかし――その横で、メイリンの指は止まらなかった。
モニターの隅、わずかに光る通信ログ。
一見、ただのデータ更新にしか見えない。けれど、彼女の目は一瞬で違和感を察知した。
――今の、何?
メイリンはモニターの輝度を下げ、静かにサブ端末を呼び出す。
夜勤中に“遊んでいる”と思われぬよう、指の動きは慎重そのものだった。
「……内部通信……?」
いや、違う。
暗号層の中に、異なる認証タグがひとつだけ混ざっていた。
地球連合の転送タグ――。
「……おかしい」
心臓がひとつ跳ねる。
プラントと地球連合間の通信層は、厳重に遮断されている。
そのはずなのに、今、確かに通信が通った。
しかも、ほんの一秒にも満たない断続信号。
発信元を辿る。
画面に浮かび上がった識別コードは――“地球連合広報局オメガ37-B”。
政府レベルの暗号階層、軍用機密領域。
「なんで……連合の局が……?」
メイリンは迷わず、隔離用サンドボックスを立ち上げた。
端末が低い電子音を響かせ、三重防壁を展開していく。
「感染検知……起動。外部アクセス遮断……」
囁くように呟きながら、視線を端末に釘付けにする。
指先はリズムを刻むように滑っていった。
HYDRA/ReverseKey。
軍用級の暗号だ。
ザフト本部のデータ班でも解析に数時間かかるはずの壁を、彼女は“感覚”で突破していく。
――まるで、鍵盤を弾くように。
額に汗が滲む。
頬に一筋、冷たい汗が伝う。
息を詰めるたび、鼓動が早くなる。
けれど、止められなかった。
何かが“引っかかる”。そう感じてしまったから。
そして――最後の認証層を破った瞬間。
画面が、開いた。
黒い背景に、ひとつの再生アイコン。
メイリンは喉を鳴らし、クリックする。
――ミネルバが、地球連合艦を撃沈していた。
タンホイザーの閃光。
轟音。
爆発。
連合艦が火球となって爆散していく。
さらに映像は切り替わる。
ザフトのモビルスーツが、ユニウスセブンの残骸に推進ブースターを取り付けている。
そして――点火。
白く燃える炎が宇宙を照らし、破砕された岩塊が、ゆっくりと地球の重力圏へ落ちていく。
「……うそ……でしょ……」
その映像は、完璧すぎた。
発射音、通信記録、乗組員の声。
すべてが本物にしか見えない。
“ミネルバが落下を演出した”――そう信じ込ませるだけの精度を持っていた。
だが、メイリンの目は冷静だった。
映像の中に、いくつもの矛盾がある。
破壊波形の不整合、光量の変化、推進炎の軌跡――。
「これ……AI生成?」
別ウィンドウを開き、通信経路を遡る。
反コーディネイター団体のサーバーを経由し、複数の中継地点に同一データが同時転送されている。
しかも同一署名、同一時刻。
つまり――。
「もうすぐ、世界に流される……!」
手が震えた。
報告しよう。そう思ったが――。
タリア艦長は今夜、休息中。
アーサー副長? 信じてくれるはずがない。
“夜勤中に遊びで通信を覗いてた”なんて言い訳、通るわけがなかった。
焦燥が喉を締めつける。
その時、ふと――姉の声が蘇る。
“困ったら、ニコルさんに相談しなさい。絶対に裏切らない人だから”
メイリンは息を吸い込んだ。
迷っている暇はない。
彼女は通信端末を操作し、暗号回線を開く。
表示された名――“ニコル・アマルフィ”。
呼び出し音が数秒鳴り、やがて画面に青年の姿が映った。
『……メイリン? どうしたの、こんな時間に』
穏やかな声が、緊張を少し和らげる。
「ニコルさん……今すぐ見てほしいデータがあるんです!」
送信。
三秒後――画面の向こうで、ニコルの表情が固まる。
眉がわずかに動き、瞳の奥に光が宿る。
『了解した。すぐ行く』
通話が切れた。
メイリンは深く息を吐き、手のひらの汗を拭う。
艦橋の照明が、いつもより冷たく感じられた。
隣ではアーサーがのんびりとマグカップを揺らしている。
「いやぁ〜、やっぱり夜勤っていいよなぁ。何も起きないって最高だよ」
笑いながら足を組み直す。
「平和が一番だ。ほんと、ずっとこのまま平和がいいねぇ」
メイリンはその声に答えなかった。
視線はただ、静かに光るモニターへ。
数千万バイトの暗号通信が、今まさに艦橋をすり抜けていく。
やがて、艦橋のドアが開く音がした。
ザフト・レッド姿のニコル・アマルフィが現れた時、メイリンは思わず胸に手を当てた。
あの静かな瞳が、この艦でどれほど多くの命を支えているか――彼女はよく知っていた。
夜の艦橋に、新しい風が流れ込む。
だがそれは、平和を運ぶ風ではなかった。
――それは、世界の均衡を揺るがす“情報の嵐”の、最初の一陣だった。
メイリンさん活躍回です。こういう時はすごく頼りになります。