機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第四十六話 雷雨の予感 ―真実を託す朝―
夜が、ゆっくりと白んでいく。
オーブの海沿いに建つ一軒の家――キラ・ヤマトとラクス・クライン、そしてユニウスセブン落下で家を失った子どもたちが暮らす邸宅。
窓の外では朝霧が薄く流れ、庭の芝生が夜露を吸って静かに輝いていた。
鳥のさえずりが、まだ眠る世界の端を告げていた。
子どもたちを起こさぬよう、ニコルは静かにバイクを停めた。
軽くドアをノックすると、淡いピンクのエプロン姿のラクスが出迎える。
「港からここまで、大変だったでしょう。簡単な朝食を用意していますわ」
その柔らかな声に導かれ、ニコルは屋内へと足を踏み入れた。
リビングには暖かな光が満ちている。
木製のテーブルにはポットとティーカップが並び、ほのかな紅茶の香りが漂っていた。
キラはシャツとパンツという簡素な部屋着姿で現れ、少し眠たげな微笑みを見せる。
この光景だけを見れば、戦争を知らぬ青年たちの朝にしか見えなかった。
ラクスが焼き立てのサンドイッチを並べ、紅茶を注いでいく。
その動作は静かで、まるで時の流れをゆるやかにしているようだった。
「おはよう、ニコル。夜通し走ってきたんだろう?」
「ええ……ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑だなんて思ってないさ。君の顔が見られて嬉しいよ」
キラの穏やかな笑みが、朝の光と共に心を解かしていく。
ニコルはそのまま手にしたデータチップを差し出した。
「これが例の映像です。ブルーコスモスが仕掛けたもの」
キラは頷き、ノートパソコンを開く。
端末の光が彼の横顔を照らし、真剣な瞳に朝日が映り込む。
眠気など微塵も感じさせない集中の光だった。
リビングの外では、海から風が吹き込み始めていた。
遠い空に、灰色の雲がひとすじ伸びていく。
嵐の前の静けさ――そんな気配が、空気の中に滲んでいた。
「解析してみたけど、やはり予想どおりだね」
キラの声は低く落ち着いている。
「AI再構成映像だ。複数の戦闘記録を組み合わせている。
破壊波形も光度も、推進炎の色も――すべてが整いすぎている」
ニコルは画面を覗き込み、深く頷いた。
「一致率は?」
「94.8%。限りなく“作り物”だ」
二人の指先が止まる。
画面の光がわずかに揺れ、カーテンの向こうで風が鳴った。
「戦争を終わらせたはずなのに……また、こんなことを繰り返すのか」
キラの呟きに、ニコルは静かに答える。
「人の心は平和を願っても、恐怖に操られやすい。
ブルーコスモスはそこを突いています」
外の風が一段と強くなる。
雲が厚みを増し、遠くで低い雷鳴が響いた。
まるで、世界が次の嵐を予感しているようだった。
「……あれだけの流血を見ても、人類はまだ争うのですね」
ラクスが悲しげに呟いた。
ポットから注がれる紅茶の琥珀色が、ゆっくりと揺れて光を散らす。
「でも、どんなに巧妙な嘘でも、真実は必ず明らかにされます。
光は影を恐れません。――そうでしょう?」
キラは顔を上げ、かすかに微笑んだ。
「そうだね。だから僕たちは、真実を証明しないと」
短い休憩のあと、再び二人は作業に戻る。
雷の音が遠く近くで交互に響き、窓硝子が微かに震えた。
作りの粗いデータは、最近撮られたミネルバの映像を無理に組み込んだためだった。
「ユニウス条約締結の時点で、もう次の戦争の準備をしていたなんて……」
キラが悔しそうに言う。
ニコルは短く息を吐いた。
“平和とは、次の戦争の準備期間である”
士官学校で教わった皮肉な言葉が、胸をよぎる。
外では稲光が一閃し、空がわずかに裂けた。
雷鳴が遅れて響き、波の音と混じり合う。
「……よし、これで偽装構造は完全に証明できた」
キラが操作を止める。
ニコルは頷き、データチップを受け取った。
「ありがとうございます。これで動けます。カガリ代表とアスランが、すぐに対処できるように」
「君が行くのか?」
「はい。僕なら確実に届けられます。……危険は覚悟しています」
キラの表情が少し険しくなる。
「ニコル……君は、優しすぎる」
「違いますよ。僕は酷い奴です。平和に暮らしているキラとラクス様の平穏に足を踏み入れて……本当に申し訳ありません」
そう言ってニコルが頭を下げかけたとき、ラクスが首を振った。
「いいえ、ニコル様は強い方です。私とキラを頼ってくれました。誰かを頼る――それができる人はそれほどいません。
世界の危機の時、ニコル様がいたからこそ、キラもアスランも和解し、アークエンジェルもドミニオンもクサナギもニコル様に味方したのです」
その穏やかな声に、ニコルは息を呑んだ。
困難な時、誰かを頼れる者は強い。
一人で抱え込み、潰れてしまう者は少なくない。
ニコルはMSパイロットとしてキラやアスランに及ばず、カリスマではラクスやカガリに及ばず、艦長としてはマリューに、そして指揮官としては、バルトフェルドに遠く及ばない。
――だが、キラとアスラン、ラクス、カガリ、マリュー、バルトフェルドを信じ、彼らを味方にできるのは、ニコルだけだった。
ラクスの笑みに、ニコルは救われた気がした。
闇がいくら遠くても、未来はまだ手中にあるのだから。
ラクスが注いでくれた紅茶を飲み干し、ニコルはヘルメットを被った。
玄関の扉を開けると、風が吹き込んだ。
湿った空気とともに、遠雷の音が近づいてくる。
「……嵐になりそうですね」
「ええ。でもその嵐の先に、虹がかかると信じていますわ」
ラクスの声に、キラも微笑む。
「きっとそうなるさ」
ニコルは軽く頭を下げ、バイクを発進させた。
タイヤが濡れた地面を滑り、遠くへと消えていく。
その背を、キラとラクスは並んで見送る。
「行ってしまいましたね」
「僕たちは見守るしかない。でも大丈夫だ。ニコルならきっとやり遂げる」
「はい。私も、そう信じています」
オーブの海を吹き抜ける潮風に、ラクスのスカートが揺れた。
空の色はすでに濃く、雲の奥では雷が走る。
嵐は世界を試し、そして浄化する。
――雲の切れ間に虹がかかる日を、二人は静かに信じていた。
――夜明けは、静寂の顔をして訪れた。
けれどその光の下で、世界は新たな嵐を孕んでいる。
平和の家で交わされる言葉が、再び運命を動かそうとしていた。
真実を求める者たちの手に、希望の矢が託される。
そして、雷鳴は告げる――次なる嵐の始まりを。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第四十七話 『雨上がりの政庁 -虹の約束-』