機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第五十話 別離の風 ―約束の朝に―

 第五十話 別離の風 ―約束の朝に―

 

 ヨーロッパ北西部の荒野。吹き荒れる冷たい風の下、地中深くに口を開く巨大なシェルターがあった。

 厚さ数メートルの鋼鉄扉を何重にも備えた地下会議室。そこは、ブルーコスモス盟主ロード・ジブリール専用の隠された要塞である。

 壁一面に並ぶモニターには、地球連合の重鎮たちと、ロゴスの代表たちが映し出されていた。冷たい青光が、室内の空気をさらに重くする。

 

 「こんな馬鹿なことが――!」

 

 ジブリールが怒号と共にグラスを壁に叩きつけた。

 高級ブランデーの琥珀色が散り、砕けたガラスの破片が床に降り注ぐ。

 そのきらめきは、彼の誇りが砕け散る音にも似ていた。

 

 ――フェイク映像。

 ミネルバがユニウスセブンを落としたという虚偽の記録が暴かれ、世界中でロゴスの信用は急速に失墜していた。

 本来であれば、この映像を利用して「ミネルバを匿うオーブ」を地球の敵と断じ、同時にプラントへの核攻撃を仕掛ける――それがジブリールの計画だった。

 

 だが、アスラン・ザラによる暴露で、すべては瓦解した。

 彼の作り出した正義は嘘と共に崩れ落ち、名声も地位も泥に塗れた。

 

 「これでプラントに最後通告を出すのは難しくなったな」

 

 スクリーンの向こうで、ロゴスの老幹部が冷たく言い放つ。

 その瞳には、もはやジブリールを盟主と認める色はない。

 

 「今開戦すれば、正義なき戦争として世論が許すまい」

 

 静かな声が、刃のように突き刺さった。

 ジブリールは息を荒げ、机を拳で叩きつけた。

 

 「正義? 世論? 何を言っているのですか!」

 彼の青白い顔に、狂気めいた光が宿る。

 「現実を見ろ。ユニウスセブンは落下した! 地球は焼け、海は汚染され、数百万が死んだ! それが事実だ! ――つまり、敵はコーディネイターなのだ!」

 

 彼は両手を広げ、まるで演説家のように続けた。

 「計画が少し狂っただけのこと。我々が作り出す“正義”は、いずれ民衆を再び狂気へと導くだろう。どちらが正しいかなど問題ではない。勝つ側が正義になる。それが歴史だ!」

 

 老幹部が鼻を鳴らした。

 「つまり、計画通りプラントに最後通告を出す、ということかね?」

 

 ジブリールの唇が歪んだ。

 「そういうことです。我々が動かした歯車は止められない。神でさえも、ね」

 

 ロゴスの通信画面の奥で、誰かが薄く笑った。

 彼らは戦争の本質を知り尽くしている。

 兵器も、兵士も、情報も、すべては取引の駒に過ぎない。

 血も涙も、利益の前では等しく“数値”でしかない。

 

 ロゴスは、世界を構成する巨大企業群の集合体――経済という名の怪物の脳髄。

 その支配の手は世界中に張り巡らされ、国境も理念も超えて人々を支配している。

 

 「青き清浄なる世界のために」

 

 ジブリールがグラスを掲げた。

 その中の琥珀色の液体は、これから奪い取る黄金の富を映すように妖しく輝いた。

 

 ◆◆◆

 

 ──オーブ、港湾地下ドック。

 夜明け前の空気は潮の匂いを含み、湿った風が静かに吹き抜けていた。

 ミネルバの艦体が薄闇の中に横たわり、整備灯がその赤い装甲を淡く照らしている。

 鋼鉄の肌が冷たく光を返し、まるで巨大な心臓が鼓動を待っているようだった。

 

 「出航準備、完了です」

 整備主任の声が響く。艦内の明かりが次々と灯っていく。

 

 タリア艦長は短く頷き、艦首を見上げた。

 「オーブにこれ以上留まれば、迷惑をかけるだけ。ここで別れるのが筋ね」

 

 彼女の言葉に、アーサー副長が静かに敬礼した。

 カガリ・ユラ・アスハが現れる。白い制服の裾を風に揺らしながら、まっすぐにミネルバの艦首を見つめていた。

 

 「こんなことになって……すまない」

 カガリの声にはかすかな震えがあった。

 タリアは微笑みで返す。

 「いいえ、代表自らが見送ってくださるだけで、十分です」

 

 ふたりは固く握手を交わした。アーサーも続けて敬礼し、カガリはその姿に深く頷く。

 

 「シン、元気で。死ぬんじゃないぞ」

 カガリが笑いかける。

 

 「俺は大丈夫。カガリさんこそ、元気でいてください」

 シンは両手でその手を握り返した。

 港を吹き抜ける風が、二人の間を通り抜けていく。

 それは潮の香りとともに、故郷の記憶を運ぶ風だった。

 

 「お前は不器用だからな。見ててひやひやするよ」

 アスランが苦笑する。

 

 「それ、あんたにだけは言われたくないです」

 シンの返しに周囲が小さく笑った。

 ふたりは固く握手を交わす。

 その手の中に、戦場を生き抜く者同士の静かな信頼があった。

 

 「シンのことは任せてください。絶対に死なせませんから」

 ルナマリアが力強く言う。

 

 「頼むぞ、ルナマリア」

 カガリは優しく頷き、短い時間ながら彼女の人柄に好感を抱いていた。

 (また会いたい。……今度は戦場じゃなく、笑って話せる日を)

 

 「カガリ、オーブを頼んだよ。ここは僕の第二の故郷だから」

 ニコルが穏やかに言う。

 

 「ニコルこそシンを頼む。あいつ、危なっかしいからな」

 「カガリこそ、もう代表なんだから危ないことはしちゃダメですよ」

 「それとこれとは別だ」

 笑いながらも、二人の目には互いへの深い信頼が滲んでいた。

 かつてニコルが死ぬ寸前まで精神的に追い詰められていたのをカガリが救ってくれた。

 キラを殺す事だけを生きがいにしていたニコルを救ってくれたのはカガリだ。

 親友のアスランがカガリと婚約した時、ニコルは心から喜んだ。

 優しくて母性に溢れているカガリなら、アスランを受け止めてくれるだろう。

 

 「ニコル、元気でいろよ」

 「アスランこそお元気で」

 ニコルとアスランは親しくハグした。

 実の兄弟でもこれほど仲良くは無いだろう。

 ザフト士官学校で知り合ってからずっと、ニコルにとってアスランは親友であり戦友であり師匠であり先輩であり兄であった。

 だから言葉は少なくていい。

 お互いの事を良く知っているからだ。

 「シンの事を頼むぞ」

 「任せてください。必ず守ります」

 みんなそろってシンの事心配してるな、みんなシンの事が可愛くて仕方ないのだろう。

 

 ニコルは思う。

 (クルーゼ、貴方が言ったように人は価値を相手に委ねてしまう。そして見下し、妬む。憎しみの連鎖を止める方法を模索中の僕は、貴方をまだ否定しきれません。いつかは分かり合える、わからぬと先延ばししているかもしれない。でも僕がキラと出会って変わったように、アスランとカガリに救われたように、ラクス様の歌で癒されたように。人は優れている劣っているという一面だけではわからない。そして僕もシンやルナマリアやレイやアグネスにとってそういう存在になりたい)

 

 やがてミネルバの出航サイレンが鳴る。

 港の作業員たちが敬礼し、 トダカ一佐率いるオーブ艦隊が領海を出るまで護衛をしてくれる。

 ユニウスセブン落下阻止に奮闘してくれたミネルバに対する敬意の表れだ。

 オーブの領海を出る時、ミネルバクルーは各部署で敬礼する。

 艦の周囲に白い波が立ち、朝陽が水平線の向こうから顔を出す。

 

 汽笛が響く。

 それは別れの音であり、再会を約束する音でもあった。

 

 「本艦はこれよりカーペンタリア基地へ向かう」

 タリア艦長の声が艦内放送に流れる。

 「地球軍の動きが読めない。全員、警戒を怠らないように」

 

 艦内の照明が明るくなる。

 出航の震動が床を伝い、ミネルバが静かに港を離れていく。

 

 カガリは波止場に立ち、遠ざかる艦影を見つめていた。

 朝の光が彼女の頬を照らす。

 「みんな……生きて、帰ってこい」

 

 その祈りを乗せて、風が海へと流れていった。

 赤い艦影が水平線の向こうに小さくなり、やがて朝霧の中に溶けていく。

 

 ――そして、静寂の海に、新たな戦火の影が忍び寄る。

 オーブでの短い休暇は終わりを告げたのだ。

 

 次回予告

 

 ――記録は、静かに綴られていきました。

 それは戦いの記録ではなく、

 ひとりの青年が見た、かけがえのない“日々”の物語。

 

 失われたもの。

 守りたかったもの。

 そして、いまも心の奥で光り続ける想い。

 

 誰かを信じること。

 その痛みも、優しさも、きっと同じ意味を持つのでしょう。

 

 風が止み、海が眠るような夜。

 彼らはそれぞれの想いを胸に、

 ただ、明日という名の空を見上げていました。

 

 ――それは、再び運命が動き出す前の、

 ほんのひとときの静けさでした。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生。

 特別回 記録 ―運命を見つめて―




特別回は今までのあらすじ的な為、短文なので6時30分に、本編第51話は7時に投稿します。
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