機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
【第五章開幕】第五十一話 嵐の海 ─雷鳴の下で─
第五十一話 嵐の海 ─雷鳴の下で─
オーブを出航したミネルバは、オーストラリア北岸のカーペンタリア基地へと航行していた。
先の大戦でザフトが占領したこの湾岸拠点は、巨大なドックと居住区を備えた南方の要地。
青い海に陽光が反射し、平和そのものの航路が続いている。
オーブで買い物を楽しんだメイリンにとって、カーペンタリアは名店が軒を連ねる「次の楽しみの地」だった。
「ねえねえお姉ちゃん。カーペンタリアに着いたらカンガルー見に行こうよ。それにショッピングも! このお店、美味しそう。ここに決めた!」
食堂のテーブルで、メイリンは“る〇ぶカーペンタリア”を片手にページをめくりながら、姉のルナマリアに甘える。
そのテンションの高さに、周囲のクルーたちも思わず笑みを浮かべた。
フェイク映像によってミネルバが悪者にされた事件――あの緊張がようやく解けた反動だった。
それを知る唯一のニコルは、メイリンの明るさを静かに見守りながら微笑む。
タリア艦長には“オーブからもたらされた情報で、ミネルバは一切関係ありません”と報告してある。
だからメイリンの「いたずら」は、誰にも知られていない。
「あんたね、遊びに行くんじゃないのよ。息抜きも大事だけど、オーブでも散々遊んだでしょ」
ルナマリアは呆れ顔で妹をたしなめる。
けれどその声にもどこか安堵の色が混じっていた。
戦争の火種が再び燻り始めている――そう感じているからこそ、この穏やかな時間が愛おしかった。
そんな中、別の問題に直面している者が一人。
シン・アスカ。箸を手にしたまま、皿を前に固まっている。
今日の昼食は、白身魚の塩焼きと米、スープ。
だが問題はその横に添えられた副菜――ナスの揚げ浸しに、茹でたあさりを乗せたポン酢和え。さらに焼き魚の隣にはエノキ茸が控えていた。
「……なあルナ。このナスとキノコ、魚と交換してくれないか?」
「嫌よ。好き嫌い多すぎ。せっかくだしオーブの味を楽しみなさい」
「うう……ルナまでそう言うのか」
「“まで”って、他の子にも同じこと言われたの?」
「うん。ステラがさ、“シン、好き嫌いダメ。身体大きくならない”って言って」
「そっか……」
シンの口から久しぶりに出たステラの名前。
それを聞いたルナの胸に浮かんだのは、もう痛みではなかった。
あの少女を想う彼の優しさ――それを素直に受け入れられるようになった自分に、静かな驚きを覚える。
ルナが感慨にふけっていると、隣のレイがさりげなくシンの皿からナスとエノキを取り、代わりに自分の魚を置いた。
「レイ~、お前だけだよ本当の親友は!」
「気にするな。パイロットは栄養管理も任務のうちだ」
「おいおい……ちょっと甘やかしすぎでしょ」
レイの淡々とした声に、ルナは小さくため息をついた。士官学校時代から変わらない、二人の妙な関係。
「まったく情けない。パイロットが好き嫌いなんてありえないわ」
アグネスが涼やかに言いながら、箸を取る。
その動作一つにまで気品が宿っていた。名門ギーベンラート家に生まれ、完璧を求められて育った娘らしい所作だ。
「レイだってちゃんと食べないとね」
そう言ってニコルが「おかわり」の塩焼き魚をレイの前に置く。
オーブで大量に補給できたため、今のミネルバには珍しく食糧に余裕があった。
アグネスはそんなニコルを見つめ、何か言いたげに視線を向ける。
視線に気づいたニコルがお茶を手に、静かに彼女の前へと腰を下ろした。
「……何ヨ」
「ううん。なんだか話したそうな気がして。僕の気のせい?」
「……ナンパなら、もう少しうまくやりなさいよね」
アグネスは、口元を僅かに緩めた。
軽口のつもりだった。けれど、その笑みはほんの少しだけ力が抜けていた。
今まで、“可愛い女”という演技を見抜けた男はいなかった。
だが――ニコルは違う。
彼の眼差しは、まるで仮面を静かに剥がすようだった。
理解できない。
こんな人とは、初めて会った。
ニコルの経歴も、才能も、文句のつけようがない。
いつもなら――そんな男こそ、奪う対象になったはずだ。
自分を飾り、可愛い仕草で惹きつけ、優越を確認する。
それが“いつもの”アグネスだった。
けれど、今は違う。
奪う気になれない。
近づけば、何かが壊れてしまう気がした。
こんなスペックだけの優男と思ったこともあった。
けれど、それだけじゃない。
一言で言えば……興味深い。
彼の穏やかな眼差しにだけ、なぜか素直になれる。
それが何なのか、自分でもわからない。
ただ――心の奥に、小さな“音”が生まれた気がした。
その感情の名を、まだ彼女自身も知らない。
「いやあ~平和だなあ~」
食堂の入り口から顔をのぞかせたアーサー副長が、感慨深げに呟いた。
整備員もパイロットも笑顔で食事を取るこの光景。
平和。まさにその言葉が似合う午後だった。
アーサーが静かに扉を閉め、廊下に出たその時――。
窓の外の海が、ふいに翳った。
青かった空が、いつの間にか灰色の雲に覆われている。
やがて遠くで雷が光り、細かな雨粒が艦の窓を叩いた。
スコールだ。
季節の変わり目にだけ現れる一瞬の嵐。
雨音が静かな船内に小さく響く。
――そして、その音をかき消すように警報が鳴り響いた。
赤いランプが点滅し、艦内放送が流れる。
「全乗員に告ぐ。艦内はそのまま待機。艦橋より重要通達があります」
モニターが点灯し、タリア艦長の厳しい表情が映し出された。
「みんな、そのまま聞いて。先ほどプラントに対して地球連合から通告があったわ」
全員の視線がモニターに釘づけになる。
表示された文面は、まるで宣戦布告のようだった。
――第一項、ユニウスセブン落下の再調査。
――第二項、被害に対する賠償金の支払い。
――第三項、ザフトの全面武装解除。
――第四項、デュランダル政権の解体。
――第五項、連合理事国による監視員の常駐派遣。
――第六項、プラントの自治権放棄。
「……なんだよ、これ」
ヨウランが呟き、ヴィーノは力なく椅子にもたれかかった。
先ほどまでの笑い声が、跡形もなく消えている。
「つまり……戦争がしたいってことね」
アグネスの低い声が響く。
モニターの光が彼女の瞳に反射し、冷たく揺れた。
「二十四時間以内に受け入れなければ、プラントを“危険国家”として武力排除――」
タリアの声が震えを帯びる。
それは、全プラント市民の覚悟を問う宣告だった。
外の雨脚が強くなり、雷鳴が艦体を震わせた。
誰も言葉を発せず、ただその音だけが静寂を切り裂いていく。
食堂の窓を流れる雨が、まるで涙のように見えた。
空が泣いている――そんな錯覚。
そして、誰もが悟った。
二十四時間後、再び戦火が世界を覆うのだと。
次回予告
――静寂を裂いたのは、運命の咆哮。
嘘と憎しみの果てに、再び火が放たれた。
立ち上がる者、抗う者、守るために戦う者。
それぞれの想いが、蒼天を焦がす――!
いま、歴史は再び廻り出す。
次回、機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH
「第五十二話 開戦―宿命の咆哮―」
炎は、彼らの祈りさえも焼き尽くすのか――
新たな希望を照らす光となれインパルス!