機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第五十二話 開戦 ―宿命の咆哮―

 第五十二話 開戦 ―宿命の咆哮―

 

 ミネルバ艦内は、張り詰めた空気に支配されていた。

 機関の低い唸りが、まるで心臓の鼓動のように響く。

 艦全体が呼吸を潜め、嵐の訪れを待っているようだった。

 

 食堂では、ヴィーノとヨウランが慌ただしく食器を片付けている。

 皿を置く音さえも落ち着かない。

 「行くぞ」「ああ」――それだけ言葉を交わすと、二人は格納庫へと駆けていった。

 シンたちも黙って箸を置く。わずかに残った湯気が、消えていくのが妙に寂しかった。

 

 食堂には、やがて炊飯部門の職員だけが残った。

 彼らは、まるで儀式のように黙々と準備を始める。

 パンを焼き、米を炊き、スープを温める。

 それは兵士たちのための“最後の平穏”を整える作業だった。

 

 「今から戦闘配食の準備だ。気合い入れて美味いもん作れよ」

 「はいっ!」

 

 若い隊員の声が、静寂を跳ね返す。

 責任者の男は少しだけ目を伏せた。

 「まさか、あんな坊主たちにまた戦闘食を食わす日が来るなんてな……」

 呟き、すぐに手を動かす。

 食事を作る――それが彼らの戦場だった。

 それぞれが、自分の場所で戦う覚悟を固めていた。

 

 艦内放送が響く。

 

 「コンディション・イエロー発令! 各員、準戦闘配置! 繰り返します――準戦闘配置!」

 

 メイリン・ホークの声が艦内に広がり、誰もが顔を上げた。

 ブリッジではアーサー・トラインが驚いて声を上げる。

 

 「艦長、まだ開戦と決まったわけじゃありませんし、通告期限まで時間があります!」

 「ずいぶん地球連合を高く評価するのね。彼らが律義に待つと思う?」

 「えぇぇ!? そ、そんな馬鹿な!」

 「そんな馬鹿な沈み方をしたくなければ、さっさと準備しなさい!」

 「は、はいっ!」

 

 アーサーは慌てて副長席に戻り、手早く計器を確認する。

 艦橋のモニターには、濃い雲を突き抜けていく戦闘機の光跡が映し出されていた。

 その光はまるで、戦争という暗闇の中に走る稲妻のようだった。

 

 ──パイロットルーム。

 

 金属扉が閉まる音がして、空気が変わる。

 整然と並ぶモニターには、太平洋上空の戦術データが流れていた。

 ニコルが前に立ち、淡々と作戦を説明する。

 

 「上空はルナマリアのセイバー。水中は僕のアビス。アグネスのガイアは艦の防衛に専念。シンとレイは予備部隊として控える」

 

 静かな声。

 無駄がなく、的確。

 理屈では正しいが、アグネスにはその冷静さがどこか鼻についた。

 

 「意見を言ってもいいかしら?」

 アグネスが手を上げる。

 どうぞというニコルの声に応じてアグネスが椅子から立ち上がった。

 「せっかく五機もあるのに、防衛だなんて勿体ないわ。全部攻撃に使えばいいじゃない」

 

 その言葉に、ルナマリアが目を見開く。

 室内の空気が一瞬だけざわめいた。

 

 ニコルは、静かに彼女を見つめた。

 「僕もそう言いたいが、君のガイアは空を飛べない。不服だろうが、今は防衛に徹してほしい」

 「発想が貧弱ね。飛べないなら、走ればいいのよ」

 

 あまりに突拍子もない返しに、皆が息を呑む。

 そして、シンが笑った。

 「そうか! 右足が沈む前に左足を出して走るんだな!」

 「……シン、それは忍者映画の話だ」

 レイが冷静に突っ込むと、ルナマリアが額を押さえる。

 「もう……あんたたち、緊張感なさすぎ」

 

 短い笑いが漏れる。

 だがアグネスの表情だけは硬かった。

 笑っている場合じゃない。彼女の中で、何かが燻っていた。

 

 「言ったでしょ。あたしのガイアをニコルのアビスの背中に乗せるの」

 ルナマリアが眉を上げる。

 「……まさか、本気で言ってるの?」

 「当然。本気よ」

 

 アグネスはパネルを操作し、アビスのMAモードの図面を映し出す。

 エイのように変形するアビス。その上に、獣のような四脚のガイアを重ねた。

 無茶だ――誰もがそう思った。

 

 「これなら十分に戦えるわ。火力だって倍増よ」

 「だが、隠密性は捨てることになる」

 レイが冷静に指摘する。

 アグネスは鼻で笑う。

 「隠密? 戦闘開始したら火力のぶつかりあい。隠れて勝てるほど甘くないわ」

 

 ――本当は、そんな理屈などどうでもよかった。

 彼女はただ、ニコルに認めさせたかった。

 いつも笑顔で受け流す彼に、感情をぶつけてみたかった。

 けれど彼は、怒りもせず、優しく受け止めてしまう。

 その“優しさ”が、時に彼女を一番傷つけた。

 男は皆私の美しさにひれ伏し、尊敬の眼差しでみるべきなのよ。

 

 アグネスは無意識のうちに、唇を噛みしめていた。

 ――どうして、そんな顔をして笑うの?

 ――どうして、あたしを見透かしたまま許すの?

 彼女の中で、理性と感情が交錯する。

 

 「……よし、それでいこう」

 「え?」

 「確かに、ガイアの火力を遊ばせるのは惜しい」

 

 ニコルはわずかに頷き、端末に指を滑らせた。

 それは、まるで当然の判断のようだった。 

 アグネスは言葉を失った。

 怒りでも侮蔑でもなく、ただ信頼を込めた肯定。

 シンもルナも、そしてレイでさえ驚く。

 

 「こ、これでいいのか?」

 シンが思わず声を上げる。

 ルナマリアも不安げに眉をひそめる。

 「ちょっと待って、これって酷すぎない? だってガイアに踏みつけられて、それでいいの?普通、止めるでしょ!」

 「本当に、採用するのか?」とレイも問う。

 

 だが、ニコルは全員の視線を受け止めながら答えた。

 「理論上は成立する。アビスがバランスを取れば、戦闘中の連携も可能だ」

 

 アグネスは呆然とした。

 ――なぜ?

 自分の案は、半ば皮肉のつもりだった。

 ニコルを困らせたくて、反発してみせただけなのに。

 それを受け入れられた瞬間、心の奥で何かが崩れる音がした。

 

 (どうして……? 足蹴にされて、踏みつけられたら普通、怒るでしょ。笑って許すなんて、おかしいわ)

 彼女の中で、混乱と戸惑いが膨らんでいく。

 まるで、見えない何かに抱きしめられるような感覚。

 温かいのに、苦しかった。

 

 「こんな運用は想定外だから、何が起こるかわからない。大丈夫か?」

 ニコルの声は穏やかだった。

 「誰に言ってるの? 私はアグネス・ギーベンラートよ。出来ないことなんてないわ」

 

 その返答を聞いた瞬間、ニコルは満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔が、彼女には理解できなかった。

 足蹴にされても、なお彼は人を信じる。

 どうしてそんな人間が存在するのか――アグネスの胸の奥で、何かが軋んだ。

 

 彼女は俯き、誰にも見えないように小さく息をついた。

 

 ──数時間後。

 

 地球軍太平洋艦隊が、灰色の水平線を埋め尽くすように展開していた。

 波間には無数の艦影が並び、海を黒く染める。

 空は厚い雲に覆われ、時折、遠くで雷光が走った。

 

 ミネルバは静かに主砲を構え、コンディション・レッドへ移行する。

 ブリッジが遮蔽され、全員が配置についた。

 

 「敵艦、照準をこちらへ変更」

 「通信、反応なし」

 「挑発行為を継続しています!」

 

 メイリンの声が緊張に震える。

 タリア艦長は腕を組み、短く答えた。

 「無視しなさい。こちらから撃つ理由はない。ルナマリアのセイバーをカタパルトへ」

 

 外では雨が止み、雲間から一筋の光が差していた。

 海面にその光が反射し、ミネルバの艦体を金色に染める。

 まるで、それが嵐の前の祈りであるかのように。

 

 秒針が、冷たく時を刻む。

 通告期限――あと十秒。

 誰もが息を呑み、視線をモニターに釘づけにする。

 

 そして、その瞬間が来た。

 

 「地球連合がプラントに宣戦布告! 宇宙で核攻撃が始まりました!」

 メイリンの叫びが響いた。

 同時に、前方の海が閃光に包まれる。

 地球艦隊から、一斉にミサイルが発射されMSが発進した。

 

 「ミサイル多数接近!MSの発進も確認!」

 「セイバー発進!――戦闘開始!」

 

 タリア艦長の声が響き渡る。

 同時に、ミネルバの主砲が火を噴き、空を裂いた。

 閃光が闇を切り裂き、波しぶきが空へ舞い上がる。

 

 「ルナマリア・ホーク!セイバー出るわ!!」

 

 その波しぶきの合間を縫ってルナマリアの乗ったセイバーが発進した。

 

 第二次地球・プラント戦争――悲劇はまたも繰り返された。

 

 次回予告

 

 ――炎が散り、波は呑み込まれ、空はなお灰のまま。

 

 だが、少年たちの瞳は曇らない。

 守るべきものを抱きしめたその手は、決して震えない。

 

 迫りくる巨影。

 新たな“絶望”は、静かに戦場へ姿を現す。

 

 刃は火をまとい、想いは翼となる。

 交錯する光は、彼らが選んだ答えの証。

 

 ――今、戦火の海で、運命はふたたび試される。

 そしてミネルバは進む。

 “生きて帰る”という、たったひとつの願いと共に。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 

 第五十三話『紅の海――開戦の火は、海を染めて』 

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