機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第五十五話 雨上がりの艦影 ―心に差す光―

 第五十五話 雨上がりの艦影 ―心に差す光―

 

 地球艦隊の撤退を確認してから、タリア艦長は静かにコンディションレッドを解除した。

 警告灯の赤が消え、ミネルバの艦内には通常灯の白い光が戻る。

 だが、その空気にはまだ火薬と焼けた金属の匂いが濃く残っていた。

 

 ブリッジを出た整備員たちが慌ただしく通路を走り抜ける。

 船体のあちこちからは、まだ熱を帯びた金属がきしむ音が響いていた。

 勝利の余韻は遠く、沈黙と疲労が支配している。

 

 格納庫のシャッターが開くたび、潮風が入り込み、焦げた匂いを薄めていく。

 天井の照明は何度も瞬き、時折スパークを散らした。

 外では波が荒れ続け、海の咆哮が低く艦を揺らす。

 それでも整備員たちは止まらなかった。

 

 「第七ハッチ、気密再確認! 冷却ラインの圧力が下がってる!」

 「了解! ――っ、駄目だ、詰まってる! 手動でバルブ開けろ!」

 「レンチ持ってこい! 急げ!」

 

 火花が飛び、冷却液の蒸気が白く立ちこめる。

 格納庫の中央には、戦いから戻った五機のモビルスーツが並んでいた。

 

 セイバーとインパルスの装甲は剥げ、表面に焼け焦げた線が走る。

 アビスとガイアは海水を滴らせながらリフトに固定され、整備員が必死に冷却液をかけていた。

 唯一、レイのカオスだけが自力で立っていたが、それも満身創痍だった。

 

 「ガイア、脚部焼けてるぞ! 交換だ!」

 「アビスの右肩ユニットも軸歪み! 予備は?」

 「一個だけだ。優先で組み換えろ!」

 

 声が交錯し、油の臭いが空気に溶ける。

 誰もが無言で手を動かしていた。

 勝利したという実感より、ただ“生き延びた”という感覚だけが残っている。

 

 司令ブリーフィングルーム。

 端末の光が薄闇を照らし、報告を読み上げるメイリンの声が響く。

 

 「戦闘による損傷――外殻左舷側、亀裂三箇所。推進機関第三ブロック、一時停止も復旧済み。タンホイザー出力部、冷却系統に焼損あり。修復見込み、六時間以内」

 「死傷者は?」

 タリア艦長の低い声が響く。

 メイリンが一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 「……戦闘要員六名が軽傷。機関区整備班の二名が重傷。死亡者は――ゼロです」

 

 静かな吐息が艦内通信に乗って流れた。

 誰かがほっと椅子にもたれ、報告書を閉じる音がした。

 「ゼロか……上出来ね」

 タリアは深く息を吐く。

 「けれど、皆限界よ。二時間後には非常態勢を解除して、全員を休ませなさい」

 「了解しました。艦長も少しお休みを」

 「ありがとう、アーサー。……二時間たったら、そうさせてもらうわ」

 

 その言葉に、アーサーは小さく笑って頷いた。

 十倍の敵との戦い。

 全員が生還できたことは、奇跡に近い。

 

 同じ頃、整備区画の片隅ではヴィーノとヨウランが工具を手にしていた。

 金属の破片を拾いながら、低い声で言葉を交わす。

 

 「なあ……俺ら、生き残ったんだよな」

 「何言ってんだよ。当たり前だろ」

 「でもよ、あのMAが四機だぞ? 一機でもやばいのに……」

 「シンたち、マジで化け物だぜ。普通やれねえよ」

 「……見たか? 最後、真っ二つだったろ。あれ見た瞬間、鳥肌立った」

 「……英雄ってのは、シンたちのことを言うんだな」

 

 誰も笑わなかった。

 ただ小さくうなずき合い、再び工具を握る。

 火花が弾け、機械の音が静かに響く。

 油と汗の匂いが混ざり、戦場の熱をゆっくりと冷ましていく。

 

 通路では修理班が行き交い、赤い警告灯がまだ点滅していた。

 破損したパイプからは白い蒸気が漏れ、照明の下で揺れている。

 誰もが疲弊しながらも、どこか穏やかな表情をしていた。

 生き延びた――その事実が、何よりの報酬だった。

 

 艦内スピーカーが低く鳴り、アーサーの声が放送される。

 「こちらミネルバ艦橋。全区画、戦闘警戒態勢を解除。各員、持ち場の判断で交代して休息を取るように」

 

 放送が終わり、静寂が戻る。

 アーサーは窓の外を見つめながら小さく呟いた。

 「……嵐が、おさまるな」

 

 遠くで雷がまだくぐもった音を立てている。

 しかし空の色は、確かに薄まり始めていた。

 

 レイ以外のパイロットは皆、軽傷を負っていた。

 ルナマリアは頬に絆創膏を貼り、包帯で手首を巻いたまま展望室に立っていた。

 海上に漂う朝靄がガラス越しに見える。

 その静寂の中、すでに誰かがいた。

 

 ――アグネスだ。

 手すりにもたれ、遠くの空を見つめている。

 戦闘の緊張が抜けたせいか、彼女の横顔にはどこか柔らかい光が宿っていた。

 

 「こんな所で一人なんて珍しいじゃない。どういう心境の変化?」

 声をかけると、アグネスは小さく肩を震わせた。

 気づいていなかったらしい。

 普段なら決して隙を見せない彼女が、ぼんやりと外を眺めていた。

 

 「別に。……ちょっと、空を見てただけよ」

 そう言ってアグネスは小さく笑った。

 その表情を見て、ルナマリアは一瞬言葉を失った。

 士官学校で同室だった頃も、こんな笑顔は見たことがなかったからだ。

 

 二人はしばらく無言で外を見た。

 荒れ狂っていた雲が裂け、陽光が海面に筋を落としている。

 その静けさが、どこか現実離れして感じられた。

 

 「ねえ、ルナ」

 「何?」

 「……私、ニコルに興味が湧いたわ」

 

 その言葉に、ルナマリアは目を見開いた。

 あのアグネスが、自分から誰かに“興味”を示すなど、想像したこともなかった。

 

 「……あなた、何か変よ」

 「そうね。私、何かが変。でも――ニコルのほうがもっと変」

 「どこが?」

 「だって、私がどんなに暴れても、必ず下で支えてくれるの。まるで……呼吸するみたいに自然に」

 

 ルナは微笑んだ。

 「確かに、凄かったわね。あの連携。アビスがあったから、ガイアが自由に動けた」

 「そう。踏みつけて、蹴って、それでも“ありがとう”って言ったのよ。『アグネスのおかげで勝てた』って」

 「普通は怒るか、せめて自分の功績を誇るところね」

 「でしょ?」

 「でも、それがニコルさんらしいわ。あの人、誰かを責めたり、自分が誇ったりするのが本当に苦手なのよ」

 

 アグネスは腕を組み、視線を逸らした。

 「……興味深い男ね」

 「まさかあんたがそんな事になるとはね」

 「そんな事って何よ」

 「だって、アグネス。あんたいつも“奪う”側だったじゃない。でも今は――“惹かれてる”んじゃない?」

 「惹かれてる? はっ、笑わせないで。観察対象として面白いだけよ。動物を見てるみたいなもの」

 「ふふ、それでもいいわ。でも、いつか気づくわよ」

 

 ルナマリアが柔らかく笑う。

 その笑みが、なぜかアグネスの胸を刺した。

 言い返そうとしたその時、通路の向こうから声がした。

 

 「おーい、ルナ! アグネス! 食堂で戦勝祝いだって、早く来いよ!」

 シンだった。制服の袖をまくり、いつものように朗らかな笑顔を浮かべている。

 

 「わかったわ。アグネスも行こうよ」

 「……私は後で行くわ」

 

 ルナマリアとシンが笑いながら並んで去っていく。

 残されたアグネスは、小さく息を吐いた。

 

 「バカバカしい……この私が恋ですって?」

 

 口の端に自嘲めいた笑みを浮かべながら、視線を上げる。

 雲の切れ間から、陽の光が差し込んでいた。

 海面が静かにきらめき、空にはうっすらと虹の弧が架かる。

 

 嵐は――もう、終わったのだ。

 

 次回予告

 

 ――戦いを越えた夜に灯る、小さな明かり。

 その下で交わされる笑顔は、どれも温かくて優しい。

 無事に帰ってこられたこと。

 隣に、大切な仲間がいること。

 そんな当たり前の幸せが、今は少しだけ特別に思える。

 歌声と笑い声に混じって、胸の奥に芽生える淡い想い。

 誰かの視線がふと重なり、言葉にはできない鼓動が静かに弾む。

 ――戦場では見えなかった“気持ち”が、灯りの中でそっと色づいていく。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第五十六話 戦勝の夜 ―灯の中で―

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