機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第五十六話 戦勝の夜 ―灯の中で―

 第五十六話 戦勝の夜 ―灯の中で―

 

 夕刻。

 戦いの終わったミネルバの艦内に、久しく忘れられていた笑い声が戻っていた。

 

 食堂の照明は普段よりも明るく、壁際のスピーカーからはオーブの軽快な音楽が流れている。

 テーブルには焼きたてのパン、スープ、オーブで仕入れた肉や魚が並び、フルーツの皿が彩を添えていた。

 油と香辛料の匂いが漂い、誰もが安堵と幸福の入り混じった笑みを浮かべていた。

 

 戦勝祝賀の中心にいるのは、もちろんシンたちパイロットだ。

 あの激戦を戦い抜けたのは彼らの働きが大きい。

 クルーたちも自分たちの奮闘を誇りにしていたが、パイロットへの拍手と歓声はひときわ大きかった。

 戦場で命を懸けてくれた者たちへの敬意――それが今夜の空気を満たしていた。

 

 「いやー、俺たちやったな!」

 ヴィーノがグラスを掲げ、甲高い声で叫ぶ。

 「ミネルバ最強ってやつだ!」

 「ちょっと、それ私のセリフ! ねえシン?」

 「ふぇ?」

 シンは鶏肉の丸焼きを頬張っていて、口いっぱいに肉を詰めたまま間抜けな声を出す。

 その様子にルナマリアが吹き出し、ヨウランが大げさにテーブルを叩いた。

 「おいおいシン、食い意地張りすぎだって」

 「うるさいなぁ!」

 笑い声が波のように広がり、レイが珍しく肩を揺らした。

 

 「……本当に勝ったんだな」

 ぽつりと呟いたシンに、隣のレイが視線を向ける。

 「実感、湧かないか?」

 「うん。なんか、夢みたいだよ。だって……あのバケモノ、四機もいたんだぜ?」

 「現実だよ。お前の剣で切り裂いたじゃないか」

 「そうだけどさ。あの瞬間、何も考えてなかった。ただ、皆を守りたくて……」

 

 言葉を探していると、ルナマリアが笑顔で割って入った。

 「それでいいのよ。考えるより先に身体が動くのは、シンのいいところ」

 「でも、運が良かっただけかも」

 「ふふ、それも実力のうち」

 ルナの声は柔らかく、彼女の笑顔を見ているだけで、シンは胸の奥の緊張が解けていくようだった。

 

 笑い声、グラスを合わせる音、料理の皿が次々と空になっていく。

 厨房も大忙しだが、誰も愚痴をこぼさない。

 “全員が帰ってきた”という現実が、それだけで何よりの喜びだった。

 

 「ほんとあの時は死ぬかと思ったわ。あのデカブツ、ビームライフルを弾いたんだから!」

 「タンホイザーも効かなかった時は目の前が真っ青になったよ、お姉ちゃん」

 メイリンとルナマリアが笑いながら会話を交わす。

 つい数時間前までは死の恐怖と隣り合わせだったのに、今はその記憶すら笑い飛ばせる。

 ――恐怖を一緒に乗り越えた人間だけが共有できる温度が、そこにあった。

 

 「ほら、シンも飲めよ! 今日くらいはいいだろ?」

 「だから俺、まだ未成年なんだって!」

 「プラントは十五で成人だぞ。それにお前、戦場で命張ってんのに今さら未成年とか言うか?」

 「そうよ、シン。今日は特別。飲まないと、罰として歌ってもらうわ!」

 「えぇっ!? なんでそうなるんだよ!」

 ヴィーノとヨウランが囃し立て、ルナマリアが悪戯っぽく笑う。

 「なによ~。私と一緒に歌えないって言うの?」

 「そ、そういうことじゃなくて!」

 「はい決まりーっ!」

 ヴィーノが勝手に“カラオケ”なるオーブ製の娯楽装置を持ち出してきた。

 小さなモニターに歌詞が流れ、電子音が鳴る。

 食堂の照明が少し落とされ、場の雰囲気がいっそう華やいだ。

 

 「ルナマリア・ホーク! シン・アスカと歌いますっ!」

 ルナが宣言するや否や、歓声と拍手が起こる。

 「やめてくれよ、ルナ……!」

 「いいから! ほら、これマイク!」

 半ば強引にマイクを押し付けられ、シンは観念した。

 流れてきたのは有名なオーブのバラード曲。

 緊張で喉が渇くが、ルナマリアの明るい声が先に響くと、自然と声が出た。

 「うわ、シン意外と歌えるじゃん!」

 「ルナマリアがうまく合わせてるんだけどな!」

 笑いと拍手。

 食堂がひとつの舞台のようになり、皆が手拍子を打った。

 その真ん中で歌う二人の姿に、レイもわずかに口角を上げる。

 「……平和だな」

 呟いたその声は、誰にも聞こえなかった。

 

 テーブルの端で、ヨウランが新しいワインを開ける。

 「艦長が飲まない分、俺らで飲まなきゃな!」

 「ばかっ、艦長に聞かれたら怒られるって!」

 「いいじゃねぇか、勝ったんだから!」

 笑いが弾け、シンはその中心でルナマリアと顔を見合わせて笑った。

 ルナが肩に寄りかかりながら言う。

 「ねえ、シン。こういう夜が、ずっと続けばいいのにね」

 「……うん。ほんとに」

 その言葉に、シンは何も足さず、ただ頷いた。

 胸の奥がじんわりと温かい。

 ――生き延びた者だけに与えられた、ささやかなご褒美。

 そんな夜だった。

 

 その少し離れた場所。

 艦橋勤務を終えたアーサー副長とニコルが、控えめにグラスを傾けていた。

 「いや~若い子達を見てると、僕達まで若返った気分になるね」

 「そうですね。……でも僕、ルナマリアやアグネスと同い年なんですよ」

 「えぇ? そうだったの? 落ち着きすぎてて、十は上に見えるよ」

 アーサーの言葉にニコルは小さく笑い、手元のワインを回す。

 

 「艦長は来られないのですか?」

 「お疲れでね。今は仮眠中さ」

 「副長がここにいて大丈夫なんですか?」

 「よくはないけど……まあ、今夜くらいはね」

 

 アーサーはローストビーフの皿を一口つまみ、軽い足取りで立ち上がる。

 「それじゃ、僕は艦橋に戻るよ。いや~生きてるっていいなあ」

 そう言って朗らかに笑う背中を見送りながら、ニコルは小さく息を吐いた。

 

 騒ぎから少し離れた空気は、まだ熱気を帯びていながらもどこか澄んでいる。

 グラスを手に、ニコルは人々の笑顔を眺めた。

 ――誰も欠けずに戻れた。それだけで十分だ。

 

 「こんな所で一人なんて、寂しくないの?」

 背後から声がして振り向くと、アグネスがいた。

 制服の胸元を少し開き、インナーを見せている。

 戦闘中とは違う、柔らかな表情をしていた。

 

 「僕はこういうのが性に合ってるんだ。皆の笑顔を見ている方が、ずっと心地いい」

 アグネスは少し考えて、口の端を上げた。

 「変わってるわね」

 「よく言われるよ。でも……君も輪の中にいないのは、珍しい」

 「シンが馬鹿歌を始めるまではいたのよ。あなたの隣、空いてたから来ただけ」

 

 アグネスがそう言うと、ニコルは軽くグラスを掲げる。

 二人のグラスが触れ合い、澄んだ音が響いた。

 シンたちの騒ぎに消されてしまうほど小さな音。

 けれど、その一瞬だけ、世界がゆっくりと静止したように感じた。

 

 「……戦闘の時、ありがとう。君がいなかったら皆、危なかった」

 ニコルの言葉にアグネスは少し驚いたように目を瞬かせる。

 「私は暴れただけよ。あなたがいなきゃ、海に沈んでた」

 「お互い様ってことで」

 アグネスは鼻で笑い、もう一口グラスを傾けた。

 

 沈黙が二人を包む。

 食堂の奥ではシンとルナが笑い合い、ヴィーノが調子外れの歌を歌っている。

 ヨウランがそれを止めようとして、さらに笑いが起こる。

 ――喧騒の中心から遠く離れた片隅で、二人の時間だけが穏やかに流れていた。

 

 食堂の照明が少し落とされ、誰かが新しい曲を流した。

 音楽に合わせてシンとルナが笑い、皆が手を叩く。

 その眩しさに、アグネスはほんの少し目を細めた。

 窓の外では、嵐の残光がゆっくりと晴れていく。

 海面に反射する光がきらめき、戦いの夜はようやく終わりを告げようとしていた。

 喧騒の中で交わされた小さな乾杯の音が、どこまでも優しく響いていた。

 

 次回予告

 

  ――戦いの夜が明け、差し込む光は優しかった。

 けれど、その温もりは同時に、胸の奥にしまっていた想いをそっと暴きはじめる。

 抱きしめた腕の震え。

 交わされた涙の重さ。

 そのすべてが、誰かの心を強く揺らしていく。

 想い合うふたりと、見守るひとり。

 触れた手の温度が、言えない気持ちを静かに炙り出す。

 ――再会の抱擁は、三人の“運命”に新たな形を突きつける。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第五十七話 カーペンタリアの陽光 ―再会の抱擁―

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