機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第五十七話 カーペンタリアの陽光 ―再会の抱擁―
地球連合艦隊との激戦を制したミネルバは、ゆっくりとオーストラリア北岸のカーペンタリア湾へと進入していた。
濃紺の海面を割り、傷ついた艦体が白い航跡を引いていく。
陽光はまぶしく、空はどこまでも高い。
湾を囲む沿岸には白い砂浜が延び、遠くで海鳥が鳴いている。
潮の匂いに混じって、陸からは油と鉄ではなく、土と草の匂いが運ばれてきていた。
「全乗員に通達。第一陣、上陸許可。交代で休養に入ること。……くれぐれも羽目を外しすぎないように」
タリアの声が艦内スピーカーから響き、食堂や通路から歓声が上がる。
タラップの下では、カーペンタリア基地の整備員たちがミネルバを見上げていた。
「本当に……戻ってきたんだな」
誰かが呟き、その視線の先に、戦場の焦げ跡が生々しく残る艦体があった。
シンはふと、頬に貼った薄い創傷パッチを指で触れた。
痛みはもうほとんどないのに、胸の奥だけがまだざわついていた。
生き残れた実感と緊張が解けた事で欠伸が出た
ルナマリアがあくびにつられて笑う。
――その笑顔が、とても優しく愛おしいものだとシンは気づかない。
それでもルナマリアは幸せだった。
「オーストラリアか。久しぶりだな」
タラップの上に立ち、シンは眩しそうに目を細めて海と基地を見渡した。
陽炎のように空気が揺れ、コンクリートの岸壁が白く光っている。
「シン、オーストラリアに来たことあるの?」
ルナマリアが隣に並んで同じ景色を眺める。
「子どもの頃に家族旅行でね。海がすっごく綺麗だったんだ」
「ふうん。じゃあ案内してもらおうかしら、この辺り」
「いや、さすがに基地の外まではそうそう自由に出られないだろ」
「冗談よ」
ルナマリアは小さく肩をすくめ、横顔を盗み見るようにして笑った。
二人ははタラップを降り始めた。
ミネルバの艦体が背後にそびえ、岸壁の喧噪が近づいてくる。
入港ゲートへと続く簡易通路には、兵士や整備員たちが行き交い、荷物を運ぶフォークリフトが忙しなく動いている。
その合間を縫うようにして、ミネルバのクルーたちが列を作り、地上へと降りていく。
軽口を交わしながら、二人は入港ゲートのアーチをくぐった。
その瞬間――
「――シン!!」
風を裂くような、伸びやかな声が響いた。
空気が一瞬止まったように感じた。
シンは反射的に顔を上げる。
眩しい光の向こうから、誰かが全力で駆けてくる。
白いワンピースが風にはためき、金色の髪が陽光を受けてきらめいた。
細い腕が、まっすぐこちらに伸びている。
「……え?」
理解が追いつくより早く、その小さな身体がシンの胸に飛び込んできた。
「うわっ――!」
衝撃で一歩後ろに下がりかけ、慌てて体勢を立て直す。
腕の中に収まった温もり。
柔らかな感触。
震える呼吸が、胸元に伝わってくる。
「シン……! シン……っ!」
か細い腕がぎゅっとシンの服を掴む。
顔を押し付けてくるその少女の金髪が、シンの顎をくすぐった。
「ス、ステラ……? え、本当に……?」
涙で潤んだ薄紫の瞳が、間近にあった。
ハーバーコロニーで別れたきり、ずっと会えなかった恋人。
夢の中で何度も手を伸ばしては、指先から零れ落ちていった面影が、今、現実の重さを持って腕の中にいる。
「どうしてここに……!?」
言葉がうまく続かない。
喉が詰まり、胸が痛いほど熱くなる。
ステラは何度も頷きながら、しゃくり上げる声で答えた。
「ステラ……シンがずっと泣いてたの知ってた……! 会えないの、寂しくて……」
「ステラ……」
「だから、ステラ来た。シンに会いたくて……ちゃんと、生きてるって……この手で、触りたくて……!」
言葉の端々が途切れ、涙で濡れた頬がシンの胸に擦り寄せられる。
シンは戸惑いと嬉しさと、どうしようもない安堵に押し流されながら、それでもそっと腕を回した。
「……そっか。……来てくれて、ありがとな」
自分の声が、思った以上に掠れていることに気づく。
肩口に顔を埋めて泣くステラの頭を、シンは優しく撫でた。
一本一本の髪の感触までが、胸の奥に沁み込んでくる。
――生きていてよかった。
その一言に尽きた。
どれだけ撃たれても、必死で操縦桿を握り続けた。
戦場で何度も思った。
『ステラを泣かせたいの!?』
大気圏でルナマリアに言われたこと。
あの時ルナマリアが引き留めてくれなかったら……
「シン、ちゃんと……帰ってきてくれて、よかった……っ」
「当たり前だろ。ステラを置いてくわけないだろ」
普段なら照れ隠しに冗談の一つも言っていたかもしれない。
だが今は、ただ真っ直ぐにそう言えた。
ステラの頬に手を添え、シンは自分でも驚くくらい柔らかな表情を見せる。
――その横顔を、少し離れた場所からルナマリアは見ていた。
胸の奥がきゅっと縮こまる。
今まで戦場で見てきたシンとは、違う顔。
操縦席で怒鳴り、叫び、必死で食らいついていたシンではない。
あんな優しい笑顔を、シンはルナマリアに向けたことがなかった。
(……そりゃ、そうよね)
自嘲気味に笑いかけた唇が、うまく笑みの形を作れない。
喉の奥が熱くなり、視界が少しだけ滲んだ。
(私は、戦友で、同僚で。隣で一緒に戦う相棒で……)
ステラは違う。
ステラは、シンが「守りたい」と選んだ存在だ。
普段、コクピットを並べて戦っているのは自分。
背中を預け合っているのも、シンと自分。
それでも、今、あの腕の中にいるのは――自分ではない。
胸の奥が焼けるように痛んだ。
それを“嫉妬”と呼ぶ言葉が頭をよぎり、慌てて掻き消す。
(駄目。こんな顔してたら、シンもステラも悲しむ。私は――シンの背中を守るって決めたんだから)
唇を噛んで、ルナマリアは深く息を吸い込んだ。
頬に力を込めて、いつものような明るい笑い顔を無理矢理作る。
ステラの方へ視線を向けたとき、ふと目が合った。
ステラの瞳が一瞬だけ揺れる。
シンに抱きしめられたままでも、その視線は確かにルナを捉えていた。
ステラの胸の内で、言葉にならない想いが泡のように浮かんでは消える。
シンと再会できた嬉しさで、さっきまで周りが何も見えていなかった。
今になってようやく、ルナの表情の奥にあるものが目に入ってしまう。
笑っているのに、痛そうな目。
自分なら、とてもあんなふうに笑えない。
(ルナもシンが好き。ステラもシンが好き。ルナとても痛そうな顔してる。もしステラとルナの立場が逆だったら、ステラきっと耐えられない。ルナ優しくて強い。ステラはルナの事も好き。)
ステラは胸の奥に小さな棘のような痛みを覚え、それが何かを言葉にできないまま、そっとシンから一度身体を離した。
名残惜しさが全身に残る。
もう一度だけ、と自分に言い訳をして、短くぎゅっと抱きついてから手を放す。
そして、ほんの数秒だけ迷った。
視線がシンとルナの間を行き来する。
やがて、意を決したようにルナの方へと手を伸ばした。
小さく、けれどはっきりと。
その仕草の意味に気づくのに、ルナマリアは一瞬だけ時間がかかった。
驚きで目を見開き、すぐにその手を見つめ――次の瞬間には、自分の足がもう動いていた。
「ちょっとお二人さん。ラブラブなのはいいけど……周りの目も気にしなさいよね」
なるべくいつも通りの調子を装って、ルナマリアは二人に歩み寄ると、そのままシンとステラの肩をぐいっと自分の方へ寄せた。
三人の肩が触れ合い、ステラが驚いたような顔で、すぐにくすりと笑う。
「わ、悪い。つい……」
シンが耳まで真っ赤にして頭をかく。
その照れた仕草がまた、ルナの胸を少しだけ締め付ける。
それでも、今はそれを笑いに変える。
「つい、じゃないわよ。ミネルバのエースが、入港早々恋人とべったりなんて噂になったら大変なんだから」
「ふふ……ルナ、元気そう。ステラ、嬉しい」
ステラがルナの手を握り返し、微笑む。
その笑顔は、先ほどまで泣いていたのが信じられないくらい柔らかかった。
次回予告
――抱きしめた温もりは、確かに生の証。
差し出された笑顔は、紛れもなく再会の祝福だった。
だが、その光のすぐそばで、胸に宿った小さな痛みもまた、消えることはない。
想いが重なれば、すれ違いも生まれる。
誰かを想えば、誰かが揺らぐ。
戦いが終わった今こそ、心は静かに語り始めるのだ。
――それぞれが抱えた、誰にも言えない“本当の気持ち”を。
陽光に照らされた再会の抱擁は、やがて別の想いを呼び起こし、
新しい午後の物語へと続いていく。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第五十八話 カーペンタリアの午後 ―幼き恋と揺らぐ影―