機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

59 / 164
第五十八話 カーペンタリアの午後 ―幼き恋と揺らぐ影―

 第五十八話 カーペンタリアの午後 ―幼き恋と揺らぐ影―

 

 シンとステラが抱き合う姿を見て、ニコルは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

 戦場から戻ってきて、ようやく「大切な人」と再び手を取り合う瞬間。

 その幸福が、仲間である自分まで少し救ってくれるようだった。

 

 ルナマリアも合流し、三人で笑い合う姿は眩しいほどだった。

 ――帰ってこられて、よかった。

 その一点が、何よりも尊い。

 

 そう思っていた矢先――

 

 「……え?」

 

 視界の端に、ここにいるはずのない小さな影が映った。

 ニコルは息を呑む。

 

 マユだった。

 

 次の瞬間、マユはシンへ駆け寄り、涙声で兄に抱きついた。

 しかし、慰めてもらう暇も惜しいように、すぐに振り返り――

 

 「ニコルっ!!」

 

 「マユ!!」

 

 ニコルめがけて一直線に走り、勢いそのまま胸元へ飛び込んできた。

 小さな身体が震え、彼女の指が制服の布をぎゅっとつかむ。

 

 「会いたかった……会いたかったよ、ニコル……! ずっと……ずっと心配してたの……!」

 

 涙と鼻声でぐしゃぐしゃになった顔が愛しくて、ニコルは迷いなくその髪を撫でた。

 小さな背を抱きしめると、マユが安心したように胸に顔を埋める。

 

 「心配かけてごめんね。でも……来てくれて嬉しいよ」

 

 涙に濡れた大きな瞳が、まっすぐニコルだけを映す。

 その視線に心が溶ける。

 マユがそっと唇を尖らせる。

 

 キスして、の合図だった。

 

 ニコルはマユの腰を支え、その小さな唇へそっと口づけた。

 深く、やわらかく。

 恋人同士の、約束のキス。

 

 その光景に、シンは照れたように視線をそらし、ステラとルナマリアは微笑んだ。

 

 ――二人の恋は、揺るぎない。

 

 その事実に、周囲も心から安心したようだった。

 

 ***

 

 ニコルとマユは基地内のショッピングモールに足を運んだ。

 戦闘の緊張が嘘のように、どこか明るい。

 レストランのテラス席に座り、マユは大好物の唐揚げを頬張っていた。

 

 「コロニー落下の時ね、お兄ちゃんの泣き声が聞こえたの。

  それで……ステラさんと一緒に来たんだよ。ニコルにも会えると思って」

 

 「……そうだったんだ。よく来てくれたね」

 

 「うん! ステラさんが慰問コンサートするって聞いたから、絶対会えるって思ったの!」

 

 無邪気に笑いながらも、あの時感じた恐怖と不安が滲んでいる。

 ニコルはそっと彼女の手を握った。

 

 「ありがとう、マユ」

 

 「でもね……ちょっと心配してた」

 「心配?」

 「だって……ザフトって綺麗な人多いんだもん。ニコル、誰かに取られないかなって」

 

 その言葉が幼い嫉妬とは思えないほど真剣で、ニコルはかすかに笑う。

 

 「そんなことあるわけないよ。僕が愛してるのはマユだけだ」

 

 マユは一瞬で笑顔になった。

 そして照れ隠しのようにニコルの手をぎゅっと握る。

 

 「ねえ……誓いのキス、して?」

 

 またそっと目を閉じる。

 ニコルはマユを抱き寄せ、額に触れるような優しいキスを落とした。

 

 周囲の兵士たちが、兄妹のようにしか見えない二人を微笑ましそうに見守る。

 けれどマユにとっては――どれだけ年が離れていても、紛れもなく恋人なのだ。

 

 ***

 

 ショッピングエリアには小さなブティックがいくつも並んでいた。

 マユがニコルの腕に抱きつきながら歩き、道々の店を興味深そうに眺めている。

 

 「マユ、あれとか似合うと思うけど?」

 指差したのは可愛いブローチ。

 ニコルは微笑むが、マユはむっと頬を膨らませた。

 

 「むう。マユ、もう子どもじゃないもん」

 「そっか……ごめん。じゃあ、欲しいものを言ってみて」

 「口紅がいい」

 

 ニコルは固まった。

 マユは真剣そのものだった。

 

 「どうして……口紅?」

 「マユ、早く大人になりたいの。

  そしたらニコルとずっと一緒にいられるでしょ?

  マユが大人になったら……ニコル、他の人に取られないもん」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ニコルの胸が痛んだ。

 七年後、十八歳になったマユ。その時自分は二十四歳。

 十七歳のニコルが感じる七年間は短く、十一歳のマユが感じる七年間はとても長いのだ。

 

 「……わかった。買おう」

 

 「ほんと!? やったぁ!」

 

 無邪気な笑顔。

 心に刺さるのは、自分だけが知る“年齢差の重さ”だった。

 

 店内でマユが選んだのは淡いピンクのリップだった。

 鏡の前で塗ってみせると、小さな唇が柔らかく色づく。

 

 「……似合ってるよ。本当に」

 

 そう言うと、マユは嬉しさのあまり飛びついてきた。

 

 「ニコル、大好き!!」

 

 ニコルはその小さな身体を抱きしめ、愛おしさを噛みしめた。

 

 ***

 

 その二人を――偶然、化粧品売り場に立ち寄っていたアグネスは見てしまった。

 

 (……は?)

 

 言葉にならない。

 いや、言葉になったとしても口から出るのは罵声だけだ。

 

 ニコルが、あの子とキスしている?

 あの腕の中で、あんな笑顔を見せている?

 

 (何よ……何よ何よ!? あのちんちくりんの子どもが……ニコルの恋人!?)

 

 胸が痛い。

 怒りなのか、焦りなのか、悲しみなのか――わからない。

 

 (自分の方が……相応しいはずよ。美貌も、経験も、すべて……)

 

 そう思った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

 “相応しい”という言葉が、妙に虚しく響く。

 

 ――どうしてこんなに苦しいのか。

 

 アグネス自身にも、理由がわからなかった。

 ただ、一つだけ理解してしまう。

 

 ニコルが“本当に嬉しそうに”笑っている。

 その相手が、自分ではないという現実が――たまらなく悔しい。

 

 (……ばっかみたい。悩んで損したわ)

 

 そう呟いて通路を歩き去ろうとした瞬間、

 また「ニコル」と笑うマユの声が背中を刺すように響いた。

 

 アグネスは思わず振り返る。

 

 あの笑顔。

 あの視線。

 ニコルが自分に向けたことのない表情。

 

 胸の奥がじくりと痛んだ。

 

 ――これが何という感情なのか。

 アグネスは、まだ知らなかった。

 

 ───カーペンタリア基地のショッピング通りは、夕暮れの柔らかな光に包まれていた。

 店先からは香水の匂いが漂い、海風と混ざって甘い空気を作っている。

 その一角――小さな音楽器店の前に、人だかりができていた。

 その隣でマユは満面の笑みでマイクを握っている。

 ニコルは音楽器店に置いてあるヤ〇ハのピアノに座り呼吸を整える。

 

 その聴衆の中にアグネスもいた。

 マユがニコルにピアノの演奏をねだったのを聞きとがめ、二人の後を追ってきたのだ。

 かつてミネルバ艦内が落ち込んでいたころ開いた音楽会で、アグネスはニコルのピアノの音と共に歌った。 

 

 (ふん。私とニコルの音の調和に勝てる訳ないじゃない)

 

 そう思っていたがニコルのピアノの演奏が始まると同時に身体に震えが走る。

 ニコルが演奏しているのはステラ・ルーシェの持ち歌でも人気の高い恋の歌。

 マユはその調べに完全な調和で歌っている。

 歌だけならアグネスの圧勝だろう。

 だがニコルとの調和はマユの方が上だった。 

 

 声は、澄んでいて、まっすぐで――

 まだ幼いはずなのに、どこか“恋を知る少女”の色を帯びていた。

 通りゆく人々が足を止める。

 音楽器店の店員まで、手を止めて聴き入っている。

 

 マユの歌に合わせて、ニコルの指が鍵盤を滑っていく。

 二人だけの世界が、波紋のように広がっていった。

 

 そして歌が終わった瞬間――

 

 「すごい……」「あの子、歌姫みたいだ」「彼氏のピアノも上手い!」

 

 ショッピング客たちの間から自然と拍手が巻き起こった。

 マユは驚いて、頬を赤くする。

 

 「ニコル……すごいよ、みんな聞いてくれた……!」

 「マユの歌が綺麗だったからだよ」

 

 アグネスも自然と拍手していた。

 そして気が付き手を止める。

 

 「───っ」

 

 悔しいが二人の曲と歌にアグネスは感動してしまった。

 あんなちんちくりんの子供がニコルの心からの笑顔を独占している。

 胸が痛む。

 ニコルとマユを見るたびに、こんな不可思議な感情が沸き起こる。

 次回予告

 

 ――優しさは、時として刃にもなる。

 誰にでも向けられる微笑みは、救いであると同時に、

 胸をかき乱す痛みにも変わっていく。

 

 触れたかったはずの温もり。

 欲しかったはずの言葉。

 そのすべてが、自分ではない誰かに向けられていると気づいたとき――

 少女の心は、静かに揺れ始める。

 

 名も知らぬ痛みは、まだ恋とは呼べない。

 けれど確かに、胸の奥で灯り始めていた。

 

 カーペンタリアの夕陽が沈むころ、

 アグネスの影は、かつてないほど長く、細く揺れていた。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 

 第五十九話 揺れる鼓動 ―知らぬ恋の影―

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。