機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第五十九話 揺れる鼓動 ―知らぬ恋の影―
デートの後、ニコルはマユを滞在先のホテルまで送っていく。
ホテルのロビーでチェックインをしたマユと抱きしめあった。
「ニコル、今日はありがとう! また明日、コンサートの日に会おうね!」
マユが嬉しそうに手を振り、カーペンタリアのホテルへと帰っていく。
明日はステラの慰問コンサート。
マユはステラと舞台裏に入る許可を得ているらしく、準備があるのだ。
「また明日迎えに来るよ」
「うん!!」
マユがホテルの中に入ったのを確認する。
ニコルはその姿を見送ってから、深く息を吐いた。
「……楽しかったな」
本当はマユともっと一緒に過ごしたいが自分は任務中だ。
上陸許可もミネルバの修理が終わるまで。
今頃シンもステラとの別れを惜しんでいるだろう。
ミネルバに戻ろうとした時、こちらを見ているアグネスに会った。
「アグネスも街にでていたんだ」
「当然でしょ。上陸許可が出たらあんな鉄臭い部屋にいる訳ないじゃない」
「そうだね……随分買ったんだね」
アグネスのバッグには化粧品がたくさん入っていた。
「当然でしょ。女はいつでも美しくありたいものよ」
「そうだね。綺麗な女の子を見てると嬉しいよ」
ニコルがいつもの笑みを浮かべる。
その笑みを見て、アグネスは内心穏やかではない。
マユに向けていた笑みとは違うのだ。
ニコルの笑みは誰にでも向ける笑み。
その他大勢と一緒にされている気がして、なぜか腹が立つ。
「可愛い彼女ね。マユちゃんって言うんだ」
「マユを知ってるの?」
「ルナがあなたの彼女でシンの妹だって言ってたわよ」
「そうなんだ。僕には勿体ないくらい、素直で優しくていい子なんだ」
またその笑顔。
あのちんちくりんの事になったら見せる安心しきった笑顔。
どうしてあの子だけなの?
私にはその笑顔を向けてくれないの?
ニコルは気づく。
――今日のアグネスは、いつもと違う。
いつもの自信に満ちた瞳ではなく、
わずかな迷いと、苛立ちと、揺れが混ざっていた。
「……アグネス。大丈夫?」
「は? 何がよ」
「いや、その……ちょっと疲れているみたいだったから」
アグネスは一瞬だけ目を丸くして、すぐに視線をそらす。
「バカみたい。あんたに心配される事なんてないわよ」
だけど――
その横顔は、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
沈黙が落ちる。
カーペンタリアの海風が吹き、アグネスの髪を揺らす。
その影を見つめながら、ニコルは言った。
「……アグネス。よかったら、基地まで一緒に戻る?」
アグネスは息を呑んだ。
胸の奥に刺さっていた何かが、急に疼き出した。
理由は分からない。
説明できない。
ただ、ニコルから差し出された言葉に――
心が、強く揺れた。
さっき、音楽器店で見た光景。
ニコルがピアノを弾き、マユが歌い、周囲の人々が拍手を送っていた。
マユがニコルの腕にしがみついて笑っていた。
その瞬間――胸の奥が、ひどくざわついた。
(……何なのよ、あれ)
思い出すだけで、胸がちくりと痛む。
でもその痛みの名前も理由もわからない。
否、わかりたくなかった。
ニコルの目を正面から見られない。
視線を合わせると、さっきの光景が脳裏に蘇り、心がまたざわめいた。
(……なんで。なんで、こんな気持ちになるの)
アグネスは自分の胸に手を当てて歩調を少し緩めた。
「何か悩んでる?」
「別に」
「もしそうなら何でも言って欲しい。メンタルはとても大切だから」
「それはMS隊の隊長として?」
「それもあるけど、相棒としてかな」
シンとルナマリアとレイの連携も優れているが、アグネスとニコルの連携もとても良い。
ニコルは単独より、誰かをサポートするのが性格的にもあっている。
癖の強いアグネスの戦い方をサポートしきれるパイロットはそうはいない。
「相棒として、ね。……私だって女の子なのよ」
「?」
「別に、女の子にはもっと優しくしないとダメよ」
アグネスは戦場で何度も死ぬところをニコルに救われた。
戦闘中に見せる鋭い判断、仲間への的確な指示、時には自分よりもチームの生存を最優先する冷静さ。
もしも自分が危機に陥ったら――ニコルは躊躇せず助けてくれるだろう。
自分の中の“ニコル・アマルフィ”という男への印象が、少しずつ変わっているのが分かる。
(でも……だからって何よ)
だからと言って、特別な感情を抱くつもりはない。
彼は“相棒”であり、“MS隊の隊長”であり、“私の力を必要とする男”だ。
それ以上でもそれ以下でもない――そう思う。
だが、時折見えるニコルの優しさが、自分を惑わせる。
(私がこんなに胸が痛いなんて。馬鹿みたい。あんなちんちくりんに)
「努力してみるよ」
「努力なんてしなくていいわよ。あなた今でも十分優しいから」
「……えと?」
「はあ……あなたね。もう少し女心ってものを理解しないと、マユに愛想をつかされるわよ。あなた誰にだって優しいでしょ、それって不安になるのよ」
そう言われてニコルはマユが大人になりたいと言った意味を悟る。
ニコルは誰にでも優しく微笑むから、他の女の子に取られないか不安なのだ。
「……」
「そういう男ってムカつくのよね」
「でもアグネス達を邪険にはできないよ」
「じゃあ私にも」
「……え?」
───私にもって何?
わたしにも、あのちんちくりんに向けていた笑顔を向けてよって言いたいの?
何よそれ、バカバカしい。
「アグネスが何を言いたいのか、わからないよ」
「あなたが優しすぎるから腹立ってるってだけよ」
どうしてこんなに腹が立つのだろう。
私はなぜ怒っている?
なぜ胸が痛む?
答えが出ない。
そして、そんな自分が余計に腹立たしかった。
そのまま、短い沈黙。
並んで歩く二人の影が、夕陽に伸びてゆく。
アグネスは自分の胸に宿る、正体不明のざわめきを必死に押し込める。
(なんなのよ……本当に。こんな気持ち……)
否認しようとするほど、胸が熱を帯びていく。
自覚すれば、戻れなくなる気がした。
「……ニコル」
「なに?」
「あなたって、本当に……酷い男ね」
「えっ。僕何かやっちゃった?」
ニコルは思い当たる節がない様子で頭を捻っている。
「そうやって誰にでも笑顔を向けるのやめなさいよ。誤解されるわよ」
「誤解?」
「あなたはザフトの赤服でヤキン・ドゥーエの英雄でエースパイロット。プラント一のピアニストでお金持ちのアマルフィ家の一人息子。そんなあなたが笑顔で接して見なさい。普通の女の子はすぐ恋に落ちるわよ」
違う。
私は確かに最初はスペックだけを見てた。
でも今は。
……今はきっとスペックだけを見ていない。
「ほら帰るわよ。帰隊が遅れると厳罰になるわよ」
「あ、こんな時間。少し急いで戻ろうか」
ミネルバへの道をアグネスはニコルとのお喋りと共に笑いあいながら過ごす。
今はこれでいい。
ニコルの笑顔に、アグネスは胸がまた締めつけられた。
けれど、今はまだ気づかないふりをする。
(……ばっかみたい。私)
アグネスはルナマリアの気持ちが少しわかった気がしていた。
次回予告
戦いの傷跡が深く刻まれた世界で、
心をつなぐのは、言葉ではなく――音だった。
シンを想い、胸を焦がす少女。
シンを支え、涙を隠した少女。
そして、歌にすべてを込めようとする、ひとりの少女。
それぞれの想いはすれ違い、触れあい、
いつしか同じ痛みを抱きはじめていた。
やがて満ちる、慈しみの歌声。
それは、癒しと共に――新たな“揺らぎ”をもたらす。
心はまだ、答えを知らない。
だが、確かに動き出していた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第六十話「慈風の歌声 ―離れても、心は―」