機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第六十三話 軍規と正義の狭間で──救いたかった命──
戦闘が終わったあとも、ミネルバの格納庫には戦場の匂いが残っていた。
焼けた金属とオゾン、オイルの匂い。
整備クルーが動かすリフターの音、工具が当たる乾いた響き。
それらがすべて、どこか遠くに聞こえるくらい――空気は重かった。
インパルスの足もと。
シンは整備用プラットフォームの上に立たされ、その正面にニコル、レイ、ルナマリア、アグネスが並んでいた。
「……シン。命令違反なのは、わかっているよね」
最初に口を開いたのはニコルだった。
声は穏やかだが、言葉には甘さがなかった。
シンはわずかに喉を鳴らし、それでも視線を逸らさない。
「あぁ……わかってる。命令違反をしたのは、俺だ」
言い終える前に、別の声が鋭く割って入る。
「“だけ”じゃないでしょ、それ」
アグネスだった。
腕を組み、ヒールの踵で床を一度コツンと鳴らす。
「命令無視して、勝手に隊列から外れて、火力バランス崩して……
あんたの“正義感”ひとつで、全員まとめて危険にさらしたのよ?」
その瞳は、烈火のように燃えていた。
「一歩間違えば、あの基地を取り逃がしてたかもしれない。
そしたら次に狙われるのはカーペンタリアで、そこにいるのはザフトの兵と、その家族。
――わかってるの? そこまで想像して、動いたわけ?」
シンの拳が、ぎゅっと握り締められる。
「でも……見捨てろって言うのかよ。
あんなの、人さらいと奴隷労働じゃないか。あんなの見て、何もしないで――」
「だから言ってるのよ、“感情で戦場をかき回すな”って」
アグネスの声が重なる。
格納庫の数人の整備兵が、思わず手を止めて振り返った。
「ここは芝居の舞台じゃないの。あんたがカッコつけて英雄気取る場所じゃない。
ヒーローごっこがしたいなら、戦場以外でやりなさいよ」
胸の内側がカッと熱くなって、シンは思わず声を荒げた。
「ヒーローごっこなんかじゃ――!」
「じゃあ何? “ああするしかなかった”って?
そりゃそうよね、あのナチュラルたち“だけ”を見てたら、そう思うでしょうね」
アグネスはあざ笑うように鼻を鳴らす。
その言い方に、ルナマリアの眉がぴくりと動いた。
「ちょっと、アグネス――」
「いいえ、ルナ。これは言わせてもらうわ」
アグネスはルナに一瞬だけ視線を向け、すぐにまたシンに向き直る。
「あんたのインパルスが抜けた瞬間、前線の圧力が落ちた。
あの時、敵が少しでも賢くて、連携が取れてたら、真っ先に狙われるのは誰だったと思う?」
アグネスは指を一本立て、パイロットたちの顔を順に示した。
「シンの抜けた穴を埋めるレイ。
援護を回されて負荷の増えたルナ。
海上からカバー回すはずだった、私たちガイアとアビス。
……その誰か一人でも撃墜されてたら、あんた、同じことを言える?」
シンは言葉を詰まらせた。
胸の奥で何かが軋む。
「俺は……でも――」
「“でも”じゃない!」
アグネスはさらに一歩踏み出した。
距離は近くないのに、その気迫が押し寄せてくる。
「軍隊が軍規を守らなかったら、ただの武装集団よ。
“自分は正しいことをしたつもり”って、それ、テロリストと何が違うの?」
その言葉に、さすがのシンも息を飲んだ。
「俺は……テロなんかじゃ……!」
「じゃあ何? “俺は被害者の味方だから正しい”?
あんた、ブルーコスモスのこと、散々非難してたくせに、論理構造は結局同じじゃない」
アグネスの口調は冷たく、しかしどこか必死だった。
「“自分の正義感に従って人を殺す”連中を、どう呼ぶか知ってる?
――軍人じゃないわ。少なくとも、私の知る軍人はそんなの認めない」
格納庫の空気が、さらに一段重く沈んだ。
そのとき、レイの声が静かに飛ぶ。
「……だが、結果として民間人は救われた」
その一言に、全員の視線がレイへと向かう。
「見捨てていれば、爆発か崩落で確実に死んでいた。
あの状況を見て、“動くな”と命じることが正しかったと、俺には言い切れない」
いつも冷静な声に、珍しく熱が宿っていた。
「軍規は重要だ。だが、目的と矛盾する軍規は、それこそ形骸だ。
俺たちは、ナチュラルを無差別に殺すために戦っているわけじゃない」
「はぁ? レイ、あんたまで何言ってんのよ」
アグネスが睨みつける。
「軍隊が“目的のために軍規を曲げていい”なんて認めたら、いよいよ終わりよ。
“これは人道的だから”“これはザフトの理念に合ってるから”って、みんな好き勝手にやり始める」
アグネスは指を突きつけるようにレイを指し示した。
「そんなの、ただの“気に入らない命令は従いません”って言ってるのと同じじゃない」
レイはその指を見て、ひとつ瞬きをする。
「そうは言っていない。
俺は、軍規違反であることを否定していない。シンの行為は確かに違反だ。
だが、“だからといって全否定することもできない”と言っている」
「中途半端な言い方が一番危険なのよ。
白か黒か決めないと、部隊は混乱する」
アグネスの言葉は、一面の真理でもあった。
ルナマリアが一歩前に出る。
「……私は、シンは間違ってないと思う」
アグネスが振り返る。
「ルナ、あんたまで――」
「確かに、軍規違反は軍規違反よ。
でも、あのまま見捨ててたら……きっとシン、一生あの光景を引きずる」
ルナはシンを見た。
彼の肩が、いまもわずかに震えているのに気づく。
「ハーバーコロニーのことだって、今でも夢に見るのよ、この子。
だからって、全部許されるわけじゃないけど……
“そういう奴”に、“見捨てろ”って命じるのが、そんなに正しいこと?」
アグネスはルナの言葉を受け止めて、ひとつ鼻で笑った。
「やっぱり甘いわ、あんたたち。
“優しいシンでいてほしい”っていう、ただの願望じゃない。
軍人に“優しさ”を求めるなんて、一番残酷だってわからないの?」
その瞬間、シンがうつむきかけた顔を力づくで上げ、アグネスを睨み返した。
「残酷でもいい! 俺は、見捨てたくなかったんだ!」
声が格納庫に響く。
「……処罰なら受ける。命令違反だってのもわかってる。
でも、“間違ってた”なんて言えない。絶対に言いたくない!」
シンは胸に積もったものを吐き出すように言葉を続けた。
「もう、誰かが泣くのを見たくないんだ。
“どうしようもない悲しみ”を、これ以上、増やしたくないんだよ!」
その言葉は、怒鳴り声というより、悲鳴に近かった。
沈黙。
アグネスは歯を食いしばり、何かを飲み込むように視線を逸らす。
(……そういうところが、甘いのよ。甘くて、馬鹿で……)
だが同時に、自分の胸のどこかもチクリと痛んでいることに、アグネスは気づいていた。
ニコルが、そこでようやく口を開く。
「――そろそろ、僕もいいかな」
全員の視線が、彼に集まった。
次回予告
――戦場が揺らしたのは、民の命だけではなく、
彼ら自身の“正しさ”だった。
軍規か、慈愛か。
選び取るたびに傷つき、悩み、立ち止まる。
それでも、進むしかない。
守りたいものがある限り。
シンが叫んだ願いも、
アグネスが突きつけた厳しさも、
そして……ニコルが背負おうと決めた覚悟も――
すべてが、この艦の未来を形作っていく。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第六十四話『軍規と慈愛の狭間で ―守りたいもののために―』
答えは、まだ見つからない。
けれど、確かに“始まって”いた。