機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第六十六話 裂け目へ ―託された背中―
ミネルバはインド洋を抜け、荒涼とした大地が広がるペルシャ湾岸へと進出していた。
赤茶けた砂と岩がどこまでも続き、海風は熱と乾きを運んでくる。
地平線と空の境界が、陽炎に揺れて曖昧になる。
到着したのはザフト軍の戦略拠点――マハムール基地。
荒涼としたこの土地には資源も肥沃な土もない。
だがその代わり、戦略上の価値は計り知れない。
スエズ、ジブラルタル、三大海洋ルートを睨みつけることができる中継点だった。
タリア艦長は、副長アーサー、MS隊長ニコルを伴って司令部の応接へ向かう。
司令官ヨアヒム・ラドルは握手とともに、香り高いコーヒーを差し出した。
「御覧の通り荒れ果てた場所ですが、コーヒーだけは贅沢なんですよ」
冗談めかしたその声の奥に、長年の疲労が滲んでいる。
油断すれば砂嵐に飲まれ、人の気配はひどく希薄だ。
しかしニコルはひと口飲んで、確かにと頷いた。
(……バルトフェルド司令にも一袋贈らないと)
そんなひとときの余裕。
だが地図が展開された瞬間、その甘さは吹き飛んだ。
「スエズ運河は依然、地球側の要衝です。防衛は厚く、議会の許可も降りません。
“これ以上戦火を拡大するな”の一点張りでしてね」
ヨアヒムは苦笑混じりに画面を操作した。
赤い光点が画面に現れ、スエズから波紋のように広がっていく。
「地球は一枚岩じゃない。この点は抵抗勢力です。
そして――ここに連合が建造した要塞があります」
タリアは既に気づいていた。ニコルも静かに頷いた。
アーサーだけがポカンとしている。
「ローエングリンを配置し、MA部隊もいる。
正面突破は不可能――何度挑んでも失敗するでしょう」
「ミネルバの戦力があれば可能性はある、というわけね」
タリアの言葉に、司令官も苦い笑みを見せた。
インド洋で十倍の敵を退けたミネルバの名は、ここでも響いている。
だが、突破以外にジブラルタルへ向かう道はない。
アフリカ大陸を一周するなど、時間が足りなすぎた。
そして――作戦会議が始まる。
◆◆◆
ブリーフィングルーム。
砂埃でくすんだ照明が、パイロットたちの表情を照らす。
そこへ、ニコルと並んで入ってきた少女を見て、皆驚いた。
十三歳前後。乾いた茶髪、砂に擦り切れた服。
彼女はこの地のレジスタンス――コニールと名乗った。
「今回の要塞にはローエングリンがある。その死角はなく、
ビーム反射装置を搭載したMAも配置されている」
アーサーはニコルへ視線を送る。
ニコルは淡々と続きを引き取った。
「だから、正面からは行かない。
渓谷の奥――古い坑道に、地殻の裂け目がある。
敵はまだ気づいていない裏道だ。ここを抜ければ要塞裏手へ出られる」
静寂を裂いて、シンが手を上げた。
「そのルートを使って……裏口から急襲するんですよね。
俺にやらせてください」
迷いはなかった。
格納庫でのことが、まだ胸に燻っている。
仲間を危険に晒す形にはできない――
だからこそ、自分が行くべきだ。
その決意を見て、ルナマリアが慌てて口を挟む。
「ちょっとシン!一人じゃ危険よ!
ニコル隊長、私も行きます!」
即座にアグネスが鼻で笑った。
「はっ、デート気分? 狭い洞で二機も動かしたら敵にバレるでしょ」
言葉は棘そのもの。
ルナが唇を噛むと、アグネスも手を上げる。
「隊長、私なら可能よ。不整地はガイアの専門。
それに――あの子より冷静に動ける」
あの子。
シンを露骨に下に見る言い方。
「隊長!俺にやらせてくれ!
この間の失敗を……償いたいんだ!」
アグネスが呆れたように笑う。
「ほら。また感情。
命令無視して救助に走った、あの甘さ。
また同じことをやられたら困るのよ」
刺すような言葉。
しかしアグネスの言っている事が軍人としては正論でもある。
「仲間を危険に晒す余裕なんて――どこにもないの」
その時、鋭さとは別の声が割って入った。
「……全ては、隊の判断次第だ」
レイ。
椅子にもたれた姿勢のまま、静かに瞳を細める。
「確かにシンの行為は命令違反だった。
だが結果は、人命救助に繋がった。
議長は――歓迎するはずだ」
アグネスが眉を吊り上げる。
「へえ。上に気に入られるために戦ってるの?」
「違う。ザフトは――人道と理念を掲げて戦っている組織だ。
民間人を救えるならそれは正しいし、政治的にも価値がある。
そして何より――」
レイはシンをちらりと見た。
「シンは、守るべきものを見失わない戦士だ。
俺は、シンの判断力を信頼している」
その言葉に、シンの胸が打たれる。
「レイ……」
アグネスは悔しげに唇を歪めた。
「甘すぎるのよ、あんたたち。
背中預ける相手が暴走したら――どうするの」
その苛立ちには、恐れが混ざっていた。
仲間を――失いたくないから。
その恐れにアグネスは自分でも気が付いていない。
アグネスの意識が変わっていった瞬間だった。
ニコルは全員を見渡し、一呼吸置く。
(シンを信じるか。それとも――)
ニコルはデータとシンの技量を考え、結論は決まった。
「――シンに任せる」
即答だった。
「隊長!?」
「僕が保証する。シンは、その裂け目を突破できる。
仲間を危険に晒さない――そう信じている」
アグネスは歯噛みする。
(……また信頼、ね)
ルナは息を吐き、シンへ小さく笑みを向けた。
「頑張ってね。危険なとこ、背負わせちゃってごめん」
「失敗なんて許さないからね?」
アグネスも渋々言い添える。
そこへ、コニールが駆け寄り、シンの手を握る。
「お願い……また失敗したら、私たち、もっと酷い目に遭う。
今度こそ……勝って……!」
細い腕で必死に抱きつく少女。
震える声に、シンは優しく応えた。
「大丈夫。俺を信じてくれ」
「うん……信じる。お願い……絶対に……」
その涙は、もう仲間を失いたくないと告げていた。
「約束する。絶対に」
シンはしっかりと頷いた。
アグネスの舌打ちが、小さく響く。
(……ヒーロー気取り、ほんと嫌い。
でも――ニコルが信じるなら一度だけ信じてあげる)
アグネスの胸の奥にも、揺れる何かがあった。
それは今まで侮蔑していた筈の感情だった。
「仲間を危険に晒す余裕なんて――どこにもないの」
その声音は鋭い。
だがニコルには、そこに薄い震えを感じた。
失うのが怖い――そんな想いを、アグネス本人はまだ認めていない。
シンを睨むように見ながらも、ほんの刹那だけ視線がそらされる。
自分では気づかない、揺らいだ感情。
「……隊長がそう判断するなら」
アグネスは小さく吐き捨てるように言った。
認めたわけじゃない。
信頼したわけでもない。
ただ――
ニコルが言うなら、一度だけ。
その基準だけは揺らがない。
隊長が信じるなら、私も従う。それだけの話。
ルナマリアがシンを励まし、レイが静かに肯定を示す中、
アグネスも短く言葉を乗せる。
「……失敗したら許さない」
それは非難の言葉に聞こえるが、
その奥には、まだ本人も気づいていない微かな期待があった。
シンへ向けた信頼は、まだ薄い。
ルナやレイへの信頼も、形になっていない。
だがニコルへの信頼が、その隙間を繋ぎ始めていた。
焦げ付いた大地に夜が降りる。
風が砂をさらい、渓谷の闇が口を開く。
シンは、そこへ飛び込む。
もう、独りではない。
信じてくれる仲間がいる。
背中を預けられる場所がある。
そう感じた時――
胸の痛みは、少しだけ強さへと変わった。
次回予告
――闇をくぐり抜けた時、胸の痛みはもう迷いじゃなかった。
仲間の声が背中を押し、託された信頼が刃を研いでくれた。
怖さはある。
でも、それ以上に――守りたいものが、今は確かにある。
ニコルの覚悟。
レイの静かな肯定。
ルナの震えた声。
アグネスの厳しさと、その奥の揺らぎ。
全部が、俺を前へ進ませる力になった。
この裂け目の先に、救いたい命があるなら――
もう迷ってなんかいられない。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第六十七話『裂け目を抜けて ―救いの刃―』
開くのは、ただの裏道じゃない。
俺が“戦士”として、そして“仲間”として証明するための道だ。
待っている誰かのために――
俺の、この手で必ず切り拓く!!