機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第六十九話 影の歌姫―戦意の旋律、心に届かぬ歌―
無事にペルシャ湾を抜けたミネルバは、ザフトによって解放された黒海沿岸の都市へとたどり着いた。
港へと続く水路の両脇には、白を基調とした建造物が立ち並び、いくつもの細い尖塔が空へ向かって伸びている。
夕暮れの斜光を受けた街並みは淡い黄金色に染まり、黒海から吹き上げる潮風が、塩気と微かな油の匂いを混ぜて頬を撫でた。
タラップを降りた瞬間、シンは、久しく忘れていた「戦場ではない空気」を肺いっぱいに吸い込んだ気がした。
遠くで子供の笑い声が弾け、露店の呼び声と楽器の即興演奏が入り混じる。
戦争のただ中とは思えない平和な音が、耳を満たしていた。
少し後ろでレイが周囲を警戒しながら歩き、シンの隣にはルナマリアが並んでいる。
制服の裾を風に揺らしながら、彼女は港町の賑わいを、どこか眩しそうに眺めていた。
その少し前――まるで競走でもしているかのように、ヴィーノとヨウランが人混みの中を駆け抜けていく。
「急げ急げ! 今ミーア・キャンベルが来てるんだってさ!」
「マジかよ! 生で見られるとか最高じゃん!」
二人は完全にお祭り気分だった。露店の串焼きを片手に走る姿は、戦争の影など意識の外にあるかのようだ。
シンはその背中を見送り、思わず肩をすくめた。
「……すごい人気だな」
「当たり前でしょ。今や“プラントの新しい象徴”ですもの」
ルナマリアはそう言いながらも、どこか引っかかるものを拭えないような目で、港に設けられた巨大ステージの方角を見つめていた。
すでに人の流れはその方向へ収束している。
兵士、市民、年若い子供たちまでが、ペンライトや小旗を掲げ、期待と興奮の入り混じった声を上げていた。
彼らの顔には、不安よりもむしろ“何かにすがりたい”という切実な熱が浮かんでいるように見える。
「ミーアの歌って、ラクス様の曲ばっかりでしょ。あとは……その時々の戦況に合わせた応援ソング」
ルナマリアが歩きながらぽつりと続けた。
「正直、ステラの歌が懐かしくなるわ」
その名を聞いた瞬間、シンの胸の奥に、ひとつの光景が鮮明によみがえる。
瓦礫の残る村の広場。
泣き崩れる人々。
その傍らで、必死に声を震わせながら歌っていたステラの姿。
「ステラの歌って、不思議だよな」
『戦闘前に聞くと、落ち着くのよ。勇気づけられる、って言うより……一緒に苦しさを分け合ってくれる感じ」
ルナマリアは、少し照れたように笑った。
「だからつい、何度も聞いちゃうの」
「……うん」
短く答えたシンの横顔は、不思議と柔らかかった。
その表情に、ルナマリアの胸の奥で、小さな棘のような嫉妬がちくりと疼く。
けれど同時に、シンがそんな表情を見せる理由も、彼女にはわかってしまう。
「この間なんて、国債購入のキャンペーンで歌ってたのよ。さすがに、ちょっと同情しちゃった」
「ルナだって、ミーアの曲よく聞いてるじゃないか」
その言葉に、ルナマリアは小さくため息をつく。
「まあね。声は本当にいいと思う。でも……ラクス様やステラには、まだ及ばない気がするのよ。オリジナル曲があってもよさそうなのに、全部“誰かのための歌”ばっかりで」
“誰かのため”。
その言葉が、シンの胸に静かに引っかかった。
少し可哀そう――そんな思いが、ルナマリアの声に滲んでいた。
「声はいいから、早く自分の歌で勝負してほしいなって思ってるのよ。でも……戦争中だから、仕方ないのかもね」
「そうだな……あ、やってる」
シンが指差した先、港に面した特設ステージに、巨大なピンク色のザクがゆっくりと立ち上がっていた。
その手のひらの上に、ひとりの少女が立つ。
ピンク色の髪。
白と赤を基調にしたドレス。
誰が見ても、一目でわかる――“ラクスに似せられた姿”。
――ミーア・キャンベル。
その名が電光掲示に走った瞬間、爆発するような歓声が港を揺らした。空気が震え、水面に小さな波紋が無数に広がる。
『――ご紹介します!プラントの新たな歌姫、ミーア・キャンベル!』
スポットライトが一斉に彼女を照らし出す。
ミーアは深く息を吸い、胸の前で両手を重ねた。
一瞬、ほんの一瞬だけ、緊張したような表情が浮かんだ気がした。
だが次の瞬間には、完璧に作られた笑顔が客席へ向けられる。
音楽が鳴り響き、彼女は歌い出した。
テンポとリズムを大胆にアレンジされたラクスの名曲。
伸びのある声。
よく鍛え上げられた発声。
寸分の狂いもなく重なるコーラス。
背後の大型モニターには、「勝利」「正義」「未来」という大きな文字が、リフレインのように映し出される。
観客は、熱狂していた。
歌に。
光に。
言葉に。
すべてに押し流されるように。
爆音の中で、人々は旗を振り、拳を突き上げ、声を張り上げている。その顔に浮かぶのは、歓喜と高揚、そしてどこか切迫した祈りのような感情だった。
だが――。
シンの胸の奥では、まったく別の感覚が、静かに、しかし確かに広がっていた。
(……違う)
何かが、決定的に違う。
この歌は、誰かの涙に触れない。
誰かの傷口に、そっと手を伸ばす歌じゃない。
ただ、「前へ進め」と背中を押すだけの歌。
立ち止まることも、迷うことも、許さない歌。
気づけばシンは、無意識のうちにミーアから目を離せなくなっていた。
その視線の熱に気づき、ルナマリアの胸が小さく波打つ。
「……シン?」
呼びかける声が、わずかに揺れる。
「別に。そうじゃなくて……」
シンは言葉を探しながら、ステージから目を逸らさなかった。
「歌は……上手い。でも……」
その先が、どうしても言葉にならない。
ルナマリアは、冷静な視線でステージ全体を見回す。
軍服姿の若者ばかりが強調されるカメラワーク。
振られ続ける国旗。
繰り返し映し出される、議長の写真とスローガン。
そこに描かれているのは、「癒し」ではなく、「動員」だった。
「……宣伝よね、これ」
ぽつりと零れた言葉に、シンは小さく頷いた。
「うん。たぶん……そうなんだと思う」
歓声の渦の中心で、ミーアは眩しく輝いていた。
だが、シンの胸に残ったのは、説明できないまま澱のように沈殿する違和感だけだった。
それが、後に彼自身の中で大きな亀裂となっていくことを――
この時のシンは、まだ、知らない。
次回予告
笑顔の奥で、
誰かの“居場所”が、静かに削られていく。
輝く偶像として立つミーア。
その裏で進む、選別と管理、そして――“都合のいい象徴”という役割。
一方、通信室で重なる断片的な情報。
語られない事件。
消された記録。
守られているはずの存在に、忍び寄る不穏な影。
それぞれの想いが、まだ交わらぬまま――
真実だけが、少しずつ輪郭を持ちはじめる。
信じたいもの。
疑ってしまう現実。
歌が“希望”であり続けるために、
誰が、何を犠牲にしているのか。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第七十話
『作られた歌姫 ――二つの象徴と、すり替えられる自由――』
歌う少女と、守られる少女。
その“選ばれた理由”が、今、明らかになっていく――。