機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第七十話 作られた歌姫――二つの象徴と、すり替えられる自由――

第七十話 作られた歌姫――二つの象徴と、すり替えられる自由――

 

 港から、遠く歓声が聞こえてくる。

 ミーアのコンサートにヴィーノとヨウランが歓声をあげている頃――

 ニコルとメイリン・ホークは、ミネルバの通信室でデータリンクしていた。

 

 タリア艦長もアーサー副長もいない今が、絶好の機会だった。

 

 ニコルの脳裏に、ミーア・キャンベルという少女の記憶がよみがえる。

 審査員として参加したオーディションで、初めて彼女の声を聴いた時――この子は、きっと将来伸びる。そう感じた。

 だが、他の審査員の評判は振るわず、結果は落選。

 それが原因で、ラクスの曲ばかりを歌う路線で売り出されたのだろうと想像はつく。

 けれど、どうしても腑に落ちなかった。

 

 ニコルは通信席に座るメイリンに、コーヒーを差し出しながら声をかける。

 

「メイリン、何かわかった?」

 

「はい。オーブにいるラクスさんが政治的活動から引退された直後、デュランダル議長が急遽オーディションを開いて“作り上げた歌姫”だと思われます」

 

「つまり……政治宣伝に、歌を使っているということか」

 

 ミーアが注目を浴びていること自体は、ニコルにとっても嬉しい。

 だが、将来有望な歌手を政治利用するというのは、戦争中とはいえ、やりきれなかった。

 

 先日のオーブでの事件以来、ニコルはメイリンを介してキラやアスラン、そしてプラントにいる父ユーリ・アマルフィと秘密裏に連絡を取り合っている。

 だからこそ、ミーアの実力が正当に評価されない現状が、余計に胸に刺さった。

 

 ラクスにも早速ミーアの歌を聴いてもらった。

 その時のラクスは、とても楽しそうだったが自分のそっくりさんが、自分の歌を歌う事に内心複雑だっただろう。

 そうキラからの私信に書いてあった。

 ――だからこそ、なおさら割り切れなかった。

 

 メイリンの指先が端末の上を忙しなく走る。

 

「えーっと……ミーア・キャンベル、オフィシャルプロフィール……っと」

 

 キーを叩く音とともに、ホログラム表示のウィンドウが次々と開いていく。

 

「仕事が早いね。ありがとう、メイリン」

 

「こういうの、得意ですから。……じゃ、まずは表の情報から」

 

 拡大されたウィンドウには、ピンクの髪の少女が微笑む宣材写真と、簡潔な経歴が並んでいた。

 

「ミーア・キャンベル。出身地不明。年齢はラクス様より一つ下。幼い頃からラクス様に憧れて歌を始めた……って、まあ無難なプロフィールですね」

 

「ラクス様を目標にしている、という話自体は、本当だろうね」

 

「問題は……ここからなんですよね」

 

 メイリンは別のウィンドウを開き、時系列のリストを表示させる。

 

「デビューは一年ちょっと前。ラクス様が表舞台から姿を消した時期と、ほぼ完全に一致しています」

 

「どこから声がかかったの?」

 

「それが、面白くてですね」

 

 少しだけ楽しそうに、指先でスクロールする。

 

「表向きは“新進気鋭の歌姫としてスカウトされた”ってなってますけど、関係しているスポンサー企業のリストを見ると――」

 

 画面には複数の企業ロゴ。その下には小さく《ザフト関連企業》《評議会与党系財閥》の文字。

 

「見事に、議長派ばっかりです」

 

「最初から“政治のための歌姫”として作られた……ということか」

 

「そういうことになりますね。ラクス様がオーブへ行って“政治活動を控える”と表明した直後、議長が文化局と一緒に“新しい象徴”を用意した――その線が濃厚です」

 

 さらに、発売されたシングルとアルバムの一覧が表示される。

 

「曲目も、見事なまでに“わかりやすくて”……」

 

「平和のための祈り」「未来を掴む翼」「運命を超えて」

 どのタイトルにも、「希望」「未来」「正義」という言葉が踊っている。

 

「アルバムも、ラクス様のカバー集が一本。残りは全部、戦意高揚と国債と選挙……って感じです。お姉ちゃんも“なんか同情するわね”って言ってました」

 

 オーディション会場で、緊張で震えていたミーアの足。

 それでも必死に、精一杯、自分の声を出そうとしていた姿。

 技術は拙かったが、そこには確かに「自分の声で歌いたい」という揺らぎがあった。

 

 今の彼女の歌からは、それが丸ごと削ぎ落とされている。

 

「ねえ、ニコルさん。ひとつ聞いてもいいですか?」

 

 メイリンが真顔で、ニコルの横顔を覗き込む。

 

「前に言ってましたよね。オーディションでミーアさんを見たって」

 

「うん。まだ戦争が本格化する前だった」

 

「その時の彼女って……今と、全然違ったんですか?」

 

 ニコルは少し考え、ゆっくりと答えた。

 

「少なくとも、今みたいに完璧な歌い方じゃなかった。音程も外したし、声も震えていた。でも……あの時のほうが、今よりずっと“彼女らしい”歌だったと思う」

 

 メイリンの指が、ふっとキーボードの上で止まる。

 

 「今の歌は、ラクス様の“コピー”ですね。技術的には洗練されているけれど……それは、彼女自身の声じゃない」

 

 「……デュランダル議長が、そうさせたってことですか」

 

 その名を口にしただけで、通信室の空気がわずかに重くなる。

 

 「議長が直接指示したのか、文化局が忖度したのかは分からない。けれど――」

 

 ニコルは、ミーアとラクスの写真が並ぶウィンドウを見つめた。

 

 二人はよく似た笑みを浮かべている。

 だが、瞳の奥に宿るものは、決して同じではなかった。

 

 「少なくとも、“ラクス・クラインの代わりとして通用する歌姫”を、誰かが意図的に作り上げたのは間違いない」

 

 「……代わり、ですか」

 

 メイリンの表情に、淡い陰りが差す。

 

 「もし、本物のラクスさんが“本物の象徴”として不都合になったら。だから、“代わり”を用意しておく……そういう意味にも見えます」

 

 ニコルは息を呑んだ。

 胸の奥に、冷たいものが落ちていく感覚。

 

 「……その可能性を考えたことがないと言えば、嘘になる」

 

 そして、メイリンは別の暗号通信ウィンドウを呼び出した。

 

「オーブ側からのデータも、見ますか?」

 

「アスランから?」

 

「それと、キラさんとカガリ代表補佐官経由です。正式な軍の回線じゃなくて“個人的な連絡”扱いですけど」

 

 表示された簡潔なログ。

 

 《ラクスがオーブ国内で二度狙われた。犯人はいずれも自殺した。背後関係は不明だが、ラクスに生きていてもらっては困る者がいるらしい》

 

 ニコルの指先から、ほんのわずかに血の気が引く。

 

 アスランが守っているから、今は無事だが、当面はオーブに留まったほうが安全だろう。

 キラからも、カガリが用意した安全な場所に移るという連絡があった。

 

 「……やっぱり、そうか」

 

 呟きは、自分でも驚くほど低く出た。

 

 「アスランさんは“議長の関与は断定できない”って言ってます」

 

 「でも、ラクスさんが狙われているのは、ほぼ確定ですね」

 

 「ラクス様が政治から身を引いたのは……自分の意思だけじゃない、かもしれない」

 

 「議長にとって、ラクス様は“扱いにくい象徴”になった。だから――」

 

 「だから、ミーア・キャンベルという“扱いやすい象徴”を用意した」

 

 短い静寂。端末のファンの音だけが響く。

 

 「……ひどい話ですよね」

 

 「誰にとって?」

 

 「両方です」

 

 メイリンは二人の写真を見比べる。

 

 「ラクスさんは、自分の意思とは別のところで“代わり”を用意されて。ミーアさんは、“誰かの代わりの歌”を歌わされてる」

 

 ニコルは、思わずメイリンの横顔を見つめた。

 

 「……優しいね、メイリンは」

 

 「別に優しくなんかありません。ただ、歌って本当は“自由”なものじゃないですか」

 

 「うん」

 

 「それを戦争のために縛り付けるのって……やっぱり、もったいないです」

 

 ニコルの胸に、静かな痛みが広がる。

 

 ミーアの歌も。

 ラクスの歌も。

 ステラの歌すら、きっと――。

 

 「……議長に会った時、聞いてみたいことが増えた」

 

 「気をつけてくださいね、ニコルさん。頭が良くて、言葉が巧みな人ほど、怖いですから」

 

 「ありがとう」

 

 「どういたしまして。マユちゃんの悲しい顔は、見たくありませんから」

 

 メイリンも、かすかに笑った。

 けれど、その笑顔の奥に、薄い緊張が残っていた。

 

 ミーア・キャンベル。

 ラクス・クライン。

 そして、ギルバート・デュランダル。

 

 それぞれの名前が、ひとつの糸で結びつき始めている。

 

 ニコルは、閉じたはずのウィンドウの残光を見つめながら、

 胸の奥に生まれた小さな不安の種を、そっと握りしめた。

 

 次回予告。

 

 守りたい声が、ある。

 あの優しい歌を、

 もう二度と戦火にさらしたくないと――そう願う心が。

 

 そして、隣には。

 迷いながらも、痛みごと受け止めて、

「一緒に支える」と言ってくれる存在がいる。

 

 守りたい想い。

 支え合いたい想い。

 そのどちらもが、本物のはずなのに――

 

 優しい言葉が、

 少年の“正しさ”を静かにすり替えていく。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 

 第七十一話

『議長の問い――戦争は、なぜ終わらないのか――』

 

 守るために戦ってきた。

 ――それでも君は、

 その“戦う理由”まで、委ねてしまうのか。

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