機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第七十五話 真実の重さ――信じたい心と、疑ってしまう現実――

 第七十五話 真実の重さ――信じたい心と、疑ってしまう現実――

 

 カップから立ちのぼる湯気越しに、ルナマリアはそっとシンの顔を見た。

 さっきから、笑ってはいる。会話にも応じている。だが、その笑顔が、どこか“意識的に作られている”ように見えてならなかった。

 

 それは、戦場で見せる張りつめた表情とも違う。かといって、素の無防備な笑顔とも違う。

 ――壊れないように、ヒビを覆い隠すための笑顔。

 ルナマリアには、そう見えた。

 

 「それでシン……何かあったの?」

 

 問いかけは、ごく自然な調子で。

 それでも、核心を避けずに踏み込んだ言葉だった。

 このまま黙っていてもいい。けれど、黙っていては、きっとシンはひとりで抱え込んでしまう。

 

 シンは一瞬だけ視線を伏せ、それから、カップの縁を指でなぞりながら小さく息を吐く。

 その指先の動きが、ほんのわずかに震えているのを、ルナマリアは見逃さなかった。

 

 「ルナはさ……デュランダル議長に言われた事、どう思う?」

 

 問いの形ではあったが、そこに“答えを求める切実さ”が滲んでいた。

 まるで、肯定してほしい答えと、否定してしまいそうな自分の間で、必死に綱を引き合っているような声だった。

 

 「議長が何を考えているかは、正直わからない。でもね……いい人だとは思うわ」

 

 少なくとも、敵意や虚飾を感じたことはない。

 それが、ルナマリアの正直な感想だった。

 言葉の奥には、「だからこそ信じたい」という、淡い願いも混じっていた。

 

 「俺もそう思う。嘘をついてるようには見えなかった。だから余計にさ……」

 

 シンは言葉を探すように、一度だけ視線を宙へ漂わせる。

 夕暮れの光がカップの縁で反射し、揺れた影がシンの頬をかすめた。

 

 「俺たちの戦いが、誰かの“手のひらの上”で転がされてるって聞かされて……正直、腹が立ってやりきれなくて」

 

 怒りよりも、もっと重い感情。

 それは、否定できないかもしれない現実を突きつけられたときの、どうしようもない無力感に近かった。

 怒りなら叩きつけられる。だが、無力感は、行き場がないまま胸の奥に沈殿する。

 

 「俺自身はいい。けど……ニコルも、ルナも、アグネスも、レイも……ステラまで。

 その全部が“金儲けの道具”みたいに扱われてるって思ったら……」

 

 そこまで言って、シンは言葉を止めた。

 それ以上口にすれば、自分の中の何かが壊れてしまいそうだったからだ。

 声にした瞬間、守り続けてきた“戦う理由”そのものまで、揺らいでしまいそうだった。

 

 ルナマリアは、そっとテーブル越しにシンを見る。

 以前なら、もっと感情的に噛みついていたかもしれない。けれど今は、責めるよりも、まず受け止めるべきだとわかっていた。

 

 「……戦争を“産業”って言われるのは、私も嫌よ。だけどね、現実にそういう側面があるのも事実だと思う」

 

 その言葉は、逃げでも否定でもなかった。

 “嫌悪”と“現実認識”を、無理に切り離さない、静かな覚悟の言葉だった。

 

 そして、ゆっくりと視線を窓の外へ向けた。

 ガラス越しに見える街には、夕灯がぽつぽつと灯り始め、人々の笑い声が穏やかに流れている。

 

 「でもね、だからって――私たちが戦った意味まで、無くなるわけじゃない」

 

 ルナマリアは、通りを歩く人々と、露店の前で談笑するザフト兵たちを指さす。

 

 「ほら、見て。

 わたし達が戦ったから、この街は救われた。あの人たちの笑顔は本物よ。だから、無意味じゃない」

 

 その言葉に、シンはゆっくりと窓の外へ視線を向ける。

 子供が走り、老人が笑い、恋人たちが肩を寄せて歩いている。

 戦場で見てきた“失われた光景”と、今ここにある“続いている日常”が、胸の中で静かに重なった。

 

 「あんな話の後だと……嘘みたいだけどな」

 

 「世界を牛耳る巨大組織が、戦争を金儲けの道具にしてるなんてさ」

 

 「……わたしも、そう思うわ。まるで現実感がないよね」

 

 だが、その“現実感のなさ”こそが、最も現実的な真実なのだと、二人は薄々感じ取っていた。

 信じたくないからこそ、どこか遠い話にしてしまいたい現実。

 

 そして、ルナマリアが本題を切り出したとき、シンはようやく、自分の胸に沈殿していたものの正体に向き合う。

 

 (金儲けの道具……そんなものじゃない。そう言い切りたい。でも、完全に否定できない自分がいる)

 

 その矛盾こそが、今のシンを最も強く縛っていた。

 正義を信じて戦ってきた自分と、利用されていたかもしれないという疑念。

 どちらも、簡単に切り捨てられるものではなかった。

 

 ルナマリアの言葉に、シンは何度も救われる。

 だが同時に、その強さが眩しすぎて、自分の弱さが際立つ瞬間もあった。

 

 「……俺、間違ってないのかな」

 

 その言葉は、シン自身が思っていた以上に弱々しく、頼りない響きを帯びていた。

 確かに問いを切り出したのはルナマリアだった。

 だが、いつの間にかその言葉は、完全に自分自身への問いへとすり替わっていた。

 

 ――間違っていない、と誰かに言ってほしい。

 だが同時に、どこかで「間違っていたかもしれない」という答えを、すでに用意してしまっている自分がいる。

 

 撃った。壊した。守った。失った。

 それらすべてが、もし誰かの利益のために配置された歯車だったのだとしたら――

 自分が信じてきた“正義”は、どこへ行くのか。

 

 シンは、無意識に自分の指を強く握りしめていた。

 震えが伝わらないよう、机の下で、爪が掌に食い込むほど力を込める。

 

 怖かったのは、否定されることではない。

 怖かったのは、肯定されてしまうことだった。

 「それでも正しかった」と言われた瞬間、自分はもう、この疑念から逃げられなくなる。

 疑いを抱えたまま、それでもまた引き金を引かなければならなくなる。

 

 だからこそシンは、今この瞬間だけは、答えを“確定させたくない”という矛盾した願いを、胸の奥に抱えていた。

 その問いは、戦争ではなく、自分自身に向けたものだった。

 

 「……間違ってないと思う。少なくとも、今ここで笑ってる人達にとっては、ね」

 

 断言ではなかった。

 それでも、その言葉は、今のシンにとって、何より重たい支えだった。

 ルナマリアにはシンが本当は肯定して欲しくないのがわかっていた。

 

 ───だが肯定しなくてはいけない。

 否定して迎合するのは簡単だ。甘い言葉で包みこめばいい。

 

 ───だがそれは愛ではない。

 

 たとえ辛く厳しい言葉でも、望まれない言葉でも。

 大丈夫、私のシンはきっと前を向けるから。

 ルナマリアには確信があった。

 シンは矛盾を抱えても戦える。

 そんなシンだから惹かれたのだと。

 

 その言葉に、シンは小さく息を吐いた。

 胸の奥に溜まっていた重みが、ほんのわずかだけ、外へ逃げていく。

 

 視線の先で無邪気に駆け回る子供たち、釣り糸を垂れて静かに腰を下ろす老人、肩を寄せ合う恋人たち。

 確かに、自分たちは“奪う側”である前に、“守った側”でもある。

 

 だが――そのさらに先。

 オレンジを売る露天商の足元に積まれた果物箱。

 そこに刻まれた社名が、夕暮れの光を受けて、静かに浮かび上がっていた。

 

 ロゴス。

 

 平和の象徴のようなこの市場の片隅に、戦争を“産業”として動かす巨大な歯車は、すでに入り込んでいる。

 

 シンは気付いていない。

 だが、その違和感を、ルナマリアだけが、まだ言葉にせず胸の奥で感じ取っていた。

 

 次回予告

 

 強い女でいるはずだった。その自負だけは、誰にも奪われないと 思っていた。

 選ぶ側で、奪う側で、価値を示す側で――それがアグネスの生き方だった。

 

 けれど今、胸に残るのは、選ばれなかった夜の痛み。

 理由も、答えも、まだ言葉にできないまま。

 

 悔しさと、惨めさと、どうしようもない焦燥だけが、静かに心を締めつけていく。

 それは敗北ではなく、逃げ場のない“自覚”の始まり。

 

 強さで押さえ込んできた感情が、今、確かに輪郭を持ち始めていた。

 それが何なのか、アグネス自身だけが、まだ気づいていない。

 

 夜の灯りは優しく、残酷に、彼女の涙を照らしていた。

 

 次回。

 機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第七十六話

『私が選ばれない理由――強いはずの心が、折れた夜――』

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