機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第七十八話 夜に預けた心――役割を演じる少女――
同じ頃。
港を望む少し離れたレストランのテラス席で、シンとルナマリアは並んでグラスを傾けていた。
潮風に混じって、グリル料理の香ばしい匂いが流れてくる。
戦場から切り離されたような、束の間の静けさだった。
「……久しぶりだな、こうしてゆっくり飯食うの」
シンの言葉に、ルナマリアが小さく笑う。
「そうね。最近ずっと忙しかったもの」
その何気ない時間は、次の瞬間、壊れる。
「……シン」
不意に、ルナマリアが視線を逸らした。
「向こう……」
誘われるように振り向いたシンの視界に、港の灯りを背負って向かい合う二人の姿が映る。
ピンク色の髪。
白いワンピース。
「……ミーア?」
そして、その向かいに座る男。
「……ニコルさん……?」
声にならない困惑が、喉に引っかかった。
一見すれば、ただの男女の食事風景。
だが――不思議と、穏やかな光景には見えなかった。
風に乗って、かすかに言葉の断片が届く。
「でも……それが、デュランダル議長の望みなんです」
それは、恋人にかける声音ではなかった。
何かを“約束させる”ような、低く静かな声だった。
ルナマリアが、ぽつりと呟く。
「……笑ってるけど……安心してる顔じゃ、ない気がする」
確かに、ミーアは微笑んでいる。
だがその笑みは、どこか必死に貼り付けたものに見えた。
まるでニコルとミーアが恋人の演技をしているように感じた。
「……考えすぎ、か」
そう呟いたシンの声に、ルナマリアは小さくうなずく。
この時の違和感が、
やがて“ニコル・アマルフィという存在”そのものを疑う日へと繋がっていくことを――
二人は、まだ知らなかった。
その少し後。
レストランでの食事中、ニコルは客を装ってミーアと自分を見ている人物の視線に気が付いた。
その人物はニコルとミーアが席を立つと同じタイミングで静かに立ち上がった。
そのままゆっくりと二人の間を通り抜けていく。
レストランでの食後、ニコルはミーアを宿泊している部屋へと送っていく。
先ほどの会話のあと、ニコルはミーアの話を聞きながら自分に何が出来るか考えていた。
デュランダル議長が自分にミーアという恋人兼監視役を付けようと言う意図は理解していた。
だがニコルには将来を誓い合ったマユがいる。
もしここで『僕には恋人がいますから』などと言おうものなら、ミーアはひどく傷つき途方に暮れるだろう。
デュランダル議長の役に立てない自分を責めるだろうし、下手をすれば『議長の言う事すら守れず役立たずの自分など捨てられるのではないか?』と言う妄想に憑りつかれる。
そうなってしまっては、彼女がどれだけ精神的ダメージを受けるか想像に難くない。
またミーアの口から自分に恋人がいると知れば、デュランダル議長はニコルの過去を調べ上げ、すぐマユにたどり着くだろう。
そうなればマユは人質にされる。
監視されニコルが変な動きをすれば、マユは“病死、あるいは事故死”するかもしれない。
もしかしたら、デュランダル議長の目的はそれかもしれない。
ニコルとミーア両方を無理やり結びつけようとする。
議長の手のひらの上で踊らされている事を改めて感じる。
マユはオーブのアスランに保護して貰うのがいいだろう。
◆◆◆
ミーアの部屋は、ホテルの中でも特に上層階にあるスイートルームだった。
コンシェルジュに案内され、通された部屋は広く、大きな窓からは夜景が一望できる。
しかし今のミーアには、その美しい景色を楽しむ余裕はなかった。
「送っていただいてありがとうございました」
ニコルに礼を述べるミーアの声は、少し掠れていた。
レストランでの会話は、ある意味で彼女にとって救いだった。
ニコルの言葉は、デュランダル議長からの「ラクスを超える」という重圧とは別の視点をくれたからだ。
ミーア自身の歌を歌えばいい。
それは、束の間ではあったが、ミーアの心を軽くした。
でも――。
(わたし、これから……ニコル様と恋人になるの?)
デュランダル議長の言葉が蘇る。
“彼は特別優秀なパイロットで将来は私の後継者になるかもしれない人物だ。きっとミーア嬢を守ってくれる”
“今のうちに“仲良く”しておく。彼は貴女のファンなんだ”
ニコルが自分のファンだというのは本当かもしれない。
彼は自分の歌を褒めてくれた。
だがそれは、恋人になるという事とはイコールではないはずだ。
それに――。
(ニコル様には……わたし以外にも大切な人がいるんじゃないのかな……)
オーディションの時とは違う、穏やかでどこか憂いを帯びたニコルの表情。
その眼差しの先に、自分ではない誰かの姿が浮かんでいるような気がしてならなかった。
もしそうだとしたら。
もしニコル様に本当に好きな人がいたら、わたしはその人の代わりをするの?
議長の命令だから、仕方なく。
そんな関係が、本当に続くんだろうか。
そして何より――。
(わたしがちゃんと役に立てなかったら……議長はわたしを……)
議長の期待に応えられなければ、自分は不要品として捨てられるかもしれない。
そんな妄想が頭をよぎり、ミーアは震える自分の指先を握りしめた。
議長に失望される事は怖い。
それはアイドルとしての自分だけでなく、人間としての価値を全て否定されるような恐怖だった。
ただただ、明日からの自分がどうなってしまうのか、その不安だけが胸を支配していた。
恋人になるということは、どういうことだろう。
寄り添って笑って、手を繋いで、キスをして。
そんな「普通の恋人」の真似事を求められるのだろうか。
でもそれは演技だ。少なくとも最初は。
ニコルが本心から自分を受け入れてくれるなんて思えない。
(議長が……恋人になれとおっしゃったから)
その言葉が、呪文のように頭の中で繰り返される。
「それでは僕はこれで」
「待ってくださいニコルさん」
そう言ってミーアは去ろうとするニコルの手を掴んだ。
ニコルは目を見開いて少し悲しそうに微笑む。
「どうしましたミーアさん?」
「お願いニコルさん。今夜は帰らないで欲しいんです」
ミーアの声にニコルは悲しみは覚えたが驚きはしなかった。
ミーアが“恋人の証”をすぐに欲しがることは予想していたからだ。
もちろんニコルはマユを裏切るつもりも、ミーアの気持ちを利用して弄ぶつもりも無かった。
ニコルは先ほどのコンシュルジュがデュランダル議長が手配したスパイである事に気が付く。
となればミーアの部屋は盗聴器とカメラが仕掛けられていると見るべきだろう。
(彼女も被害者なんだ……)
デュランダル議長の思想に染められ、利用されようとしている。
そのことに気付いているのか、いないのか。おそらく薄々は感じているのだろうが、恐怖の方が大きいのだろう。
自分にとっても、ミーアは監視対象であり、デュランダル議長への忠誠を試すための人質のような存在だ。
だがそれ以上に、まだ若い彼女の未来が哀れに思う。
ミーアも無意識に自分の“役割り”を意識しているのだろう。
兎に角ミーアをこんな監視カメラで見張られた牢獄から離さなくてはならない。
幸いニコルの部屋は監視カメラや盗聴器が無いのを確認済みだ。
あそこなら一晩だけでもミーアのプライバシーを守る事が出来る。
だがそれがどんな影響を与えるかも当然わかっていた。
『プラントの歌姫と不貞を働いたフェイス』
最高の肩書だ。
今すぐギルバート・デュランダルを殴りたくなる。
だがミーアをこのまま返す事は、ミーアの心を傷つけ、マユの身を危険にさらす事になる。
「わかりました。今夜は僕の部屋で過ごしましょう」
ニコルの言葉にミーアはぱっと笑顔になった。
きっとデュランダル議長のお役に立てたと喜んでいるのだろう。
ニコルはミーアの手を取って自分の部屋へと案内する。
途中で行き交う宿泊客のうち数名がニコルとミーアを見て目を細める。
プラントの歌姫も年頃の少女だし、恋人の一人がいてもいいころだ。
ホテルとは一切の客のプライバシーを外に漏らさない所。
そのはずが、実は盗み聞きする場所に代わっていた。
次回予告
歌姫とフェイス――光の当たる場所に立つ二人は、同時に深い影へと踏み込んでいた。
守られているはずの笑顔は、いつの間にか鎖に繋がれ、選ばれたはずの立場は、静かに退路を奪っていく。
ミーアは嘘の恋に安らぎを見出し、ニコルは真実の想いを胸に沈めた。
優しさは武器に変えられ、善意は人質にされ、知らぬ間に、二人はもう――
戻れない場所へと連れ出されていた。
それが“檻”だと、気づかぬままに。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第七十九話
偽りの恋人――何も起こらなかった夜に、生まれた嘘――