機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第八十二話 掌の上の恋人たち――囚われた駒は、幸せを疑わない――
ミーアとニコルが街中の噴水で語らっているころ、レイ・ザ・バレルがギルバート・デュランダルの元を訪れていた。
二人のデートを監視している“護衛役”からの報告だ。
その報告を聞いたデュランダル議長は微笑む。
「硬い性格だと思っていたが、一夜を共にした翌日に早速デートとは。ニコルくんは案外、人間らしい側面も持っていたようだね」
「ギル、こんな事をしなくても良かったのではないですか?」
「確かに、少し警戒しすぎだったかもしれないね。だがニコルくんと“そういう関係”になったおかげで、ミーア嬢の精神状態も安定するだろう。当分はラクス嬢の代役も問題なく務まるはずだ」
レイはデュランダル議長の言葉に、小さな違和感を抱いていた。
デュランダル議長の目的は、ニコル・アマルフィという存在を“こちら側”に引き寄せること。
その目的が達成された以上、ミーアをこれ以上強く消耗させる必要はない。
ニコルはミーアをホテルの部屋に迎え入れた時点で、どこかで踏みとどまるのではないか――
レイは、そう考えていた。
まさか、ニコル自身が“恋人”という形まで引き受けるとは、正直、想定していなかった。
「ギル。ニコルを完全には信用できないというのは理解できます。ですが、ミーアを介して彼を縛るやり方は、やはり好ましいとは思えません」
「レイ、君が私以外の誰かにここまで感情を向けるとは思わなかったよ。……いや、悪い意味ではない。むしろ、君が誰かの為に怒ってくれることを、私は嬉しく思う」
そう言ってデュランダル議長は、紅茶の香りを楽しむようにカップを傾けた。
レイはニコル・アマルフィを恐れている。
ニコルは、レイにとって“ラウ・ル・クルーゼを討った相手”でもある。
だが同時に、ニコルが優秀で、人情味を備えた人物であることも、レイは知っていた。
シンの厳罰を恩情によって退けた判断も、決して計算だけではなかったはずだ。
デュランダル議長の行いに異論はない。
だが――こんな形でなくとも、ニコルは議長の思想に共鳴した可能性は十分にあった。
それでもなお、
“議長の役に立つこと”が、レイにとっては絶対の使命でもある。
「そう身構えなくていい。私も少し、考えすぎていたようだ。たしかに、こんな形を取らなくとも、ニコルくんは私に賛同してくれただろうし、ミーア嬢も自分の立場をよく理解していた。……だからこそ、彼女は彼の部屋に入ったのだよ」
デュランダル議長もレイも、
ニコルという存在が、すでに“盤上の正しい位置”に収まったと判断していた。
どこかで拒むかもしれない、という淡い想定は、あっさりと裏切られた。
念のため確認した報告では、ミーアは朝から夢うつつの状態で、髪を整えるのも忘れるほど浮かれていたという。
外から見れば、明らかに“関係が進んだ”としか思えない様子だった。
その実態が、一晩中、音楽と歌を語り合っただけのものであることを――
知っている者は、まだ誰もいない。
ニコルとミーアが“恋人”として認識された今、
デュランダル議長もレイも、もはや余計な操作を加える必要はなかった。
二人はこれからも、
“自然な流れ”の中で距離を縮め、
やがて本物の感情を育てていくことになるだろう――
少なくとも、盤上からは、そう見えている。
◇◇◇
一方、噴水近くで歩みを止めたミーアは、ニコルの袖を引っ張りながら顔を覗き込んだ。
「ねえ、ニコル……」
その声には、甘えと確認のニュアンスが混じっていた。
「私たち、ちゃんと恋人らしく見える?」
ニコルは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに静かに微笑んだ。
「見えますよ。とても……自然に」
ミーアの顔に、安心しきった笑みが広がる。
その笑顔は純粋で、打算や計算など微塵も感じられない。
ニコルはその無垢さが眩しくもあり、同時に痛ましくもあった。
デュランダル議長のもとに入り込むとはいえ、酷い事をしていると胸が痛む。
だが、この瞬間に限って言えば、ミーアは間違いなく幸福だった。
歌姫としての偶像ではなく、ひとりの少女として誰かの隣にいられる。
それだけで、彼女にとっては世界が違って見えた。
ミーアはさらに距離を詰め、肩を軽く触れさせてくる。
「ニコル……いつか私が歌手として独り立ちできたら。一曲作ってね」
「勿論、喜んで。何曲でもつくりますよ」
「嬉しい」
そう言って満面の笑みを浮かべるミーア。
噴水の水音と子供たちの笑い声につつまれて、ミーアは幸せをかみしめていた。
噴水の広場を後にして歩き出すと、街は少しだけ昼の顔に変わっていた。
日差しが強くなり、ショーウィンドウに映る自分たちの姿が、やけに眩しく見える。
白と淡い桃色のワンピース。
その隣にいるのは、白いシャツに黒のスラックスのニコル。
(……本当に、デートしてるのよね)
そう実感するたびに、胸の奥がくすぐったくなる。
「次はどこへ行きましょうか、ミーア」
「そうですね……せっかくですから、どこか静かな所がいいです」
少しだけ考えてから、ニコルが小さくうなずいた。
「……わかりました。海の見える場所があります」
それだけで、胸が弾んだ。
タクシーに揺られ、岬の先にある小さな遊歩道に着く。
視界いっぱいに広がる蒼い海。
遠くに白い帆が揺れていて、潮の匂いが風に乗って運ばれてくる。
「……すごく綺麗」
並んで腰を下ろし、二人で何も言わずに海を眺める。
手は繋いだまま。
言葉にしなくても、伝わる温度がそこにあった。
「ニコル」
「はい」
「今日は……ありがとう。すごく、幸せです」
そう告げると、ニコルは一瞬だけ息を詰め、それから静かに答えた。
「……それなら、よかったです」
その声が少しだけ低くて、優しくて、胸の奥がじんと熱くなる。
ミーアは、そっと肩にもたれた。
驚いたように一瞬だけ体がこわばったが、ニコルは何も言わず、そのまま受け止めてくれた。
波の音だけが、二人の間を満たしていく。
――こんな静かな時間が、こんなにも尊いなんて。
夕暮れが近づき、空の色が少しずつ橙に染まり始める。
「……もう、戻らないといけませんね」
名残惜しそうに言うと、ニコルは小さくうなずいた。
「ええ……」
帰りの道すがら、ミーアは何度もニコルの横顔を盗み見た。
そのたびに胸が高鳴って、また視線を逸らす。
「ニコル」
「……はい」
ミーアは一歩だけ前に出て、背伸びをして、そっとニコルの頬に唇を寄せた。
「今日は、本当に楽しかったです」
そのまま微笑むと、ニコルはしばらく言葉を失ったまま、困ったように視線を揺らした。
「……僕も、です」
「私……ニコルの恋人になれてよかった」
小さく呟いて、微笑む。
――これから、もっとたくさん、二人の時間を重ねていけばいい。
噴水、カフェ、海。
そして何より、ニコルの隣にいられた時間。
それは間違いなく、これまでの人生で一番幸福な時間だった。
( ……わたし、本当にニコルの恋人なんだ)
何度自分に言い聞かせても、その事実が嬉しくてたまらない。
デュランダル議長に頼まれたからでも、期待されたからでもない。
こうして自分の意思で選び、自分で幸せを感じることができた。
――そんなこと、生まれて初めてだった。
(もう私はラクスの代わりじゃない。私は本当の幸せを見つけたの)
自分の欲しかった言葉。
私を肯定してくれる人。
デュランダル議長より私を愛してくれる人。
今の私はラクス・クラインによく似た顔。
それでも今だけは、自分らしくいられた気がする。
こんな幸せがいつまでも続くと、ミーア・キャンベルは思っていた。
次回予告
――守るためについた嘘は、
誰かを傷つける“沈黙”へと姿を変える。
信じた少女は、疑うことを知らず、
怒りに燃える者は、真実を聞こうとしない。
噂は真実の顔をして艦内を駆け巡り、
誰もが“見たいものだけ”を信じていく。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第八十三話『沈黙という罪――誰も、真実を知ろうとはしなかった――』
語られない想いが、
もっとも重い罪になるとき――
運命は、静かに音を立てて崩れ始める。