機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第八十三話 沈黙という罪――誰も、真実を知ろうとはしなかった――
デートの翌朝、ミーアは次のステージまでの時間を、ニコルと朝食を共にすることで過ごした。
歌姫のミーアも軍人のニコルも、この数日の休暇が大切なものだと分かっていた。
ニコルとミネルバが待機命令を受けていたのは、ギルバート・デュランダルの意向であることを、ニコルは見抜いていた。
ミーアにも、偽りとはいえ恋人を演じることで、ギルバート・デュランダルの懐に潜り込むことができた。
レイが副官として付き、護衛兼監視役であることも明らかだ。
ニコルはレイと些か因縁がある。
ニコルが討ったラウ・ル・クルーゼから、レイにピアノを教えてやってくれと頼まれたのだ。
クルーゼが存命の間は叶わなかったが、ザフト士官学校で暇がある時、一緒にピアノを弾いたものだ。
レイのピアノはニコルから見ても素晴らしく、軍人を退役してもピアニストとしてやっていけるだろうと思っている。
クルーゼとレイの関係をニコルは知らないが、遠縁の弟のように思っている。
二人はよく似ていたからだ。
───デート後に再び抱きしめあったニコルとミーア。
その姿どこから見ても深い間柄の恋人に見える。
「寂しいですわ。また会ってくださいね」
「勿論です。また食事を共にしましょう」
寂しがるミーアにニコルは微笑んだ。
ニコルの心に罪悪感が広がる。
ミーアを守るため、ギルバート・デュランダルの懐に潜り込むためとはいえ、何も知らない少女を騙して正当化できない。
ニコルがミネルバに戻るまで、ミーアは手をふって見送ってくれた。
「ニコル隊長、寂しくなりますね」
「本当にね。デュランダル議長のお気持ちがとても嬉しいよ」
レイの前であえてそう言っておく。
デュランダル議長とレイの関係もよくわからないが、デュランダル議長の話をする時、レイが年相応の優しい笑みを浮かべているので家族同然の付き合いなのだろう。
つまりレイもデュランダル議長が何を企んでいるか知っている筈なのだが、表面上は興味がなさそうに演じておく。
それに一つ罠も仕込んでおいた。
「父さんと母さんに後で僕に恋人ができましたって知らせておかないとね」
「ニコル隊長は本当に家族思いですね」
「僕を慈しんで育ててくれた両親だからね」
ミネルバからだけだと外の世界が良く見えない。
さりげなく父親の関係からデュランダル議長の事を探ってみようと思う。
ニコルの父親ユーリ・アマルフィはMS開発の第一人者で、キラのフリーダムとアスランのジャスティスとニコルのリジェネレイトの設計者であり、かつプラント最高評議会議員。
普段は妻子を溺愛する人で、石橋を叩いても渡らない臆病かつ慎重な性格だ。
デュランダル議長とも良好な関係を築いている。
「後で私が送信しておきます」
「うん、よろしくお願いします」
ニコルは作戦中以外、暇があれば両親に近況を報告している。
今後はそれをレイに頼むことにした。
無論レイはそれを確認するだろう。
そのくらい手の内を曝け出さないと、デュランダル議長の忠臣を演じれない。
ニコルがミネルバ艦内に戻ると艦内の雰囲気がぎこちない。
皆がニコルを遠目に見つめる。
そこにシンとルナマリアが現れたが二人ともよそよそしい。
怪訝に思ったニコルはシンとルナマリアを廊下の端に呼び出した。
「何かあったんですか?」
「いや、その。ニコル、ミーア・キャンベルとデートしてたろ。偶然見ちゃったんだよ」
「嘘、ですよね?」
シンとルナマリアはニコルが歌姫とデートをしているのを目撃した。
「ミネルバ中で噂になってる。ニコルが、歌姫と恋人になったって」
シンの声は震えていた。
怒りと困惑が、ないまぜになっている。
デュランダル議長が用意した女性と一夜を共にし、さらにデートをしていたのだから、他のクルーが気づかないはずがない。
「ニコル、嘘だよな」
シンは怒りを抑えきれず、声を震わせていた。
ルナマリアの声からも、ニコルを信じたいという不安が感じられた。
ニコルがシンの妹のマユと恋人なのを、最初は嫉妬しつつ今は優しく見守るシンは、内心で怒りと困惑でいっぱいだ。
そのとき。
「――へえ」
刺すような声が割り込んだ。
アグネスだった。
「さすがですね。議長期待のフェイス様。女を選び放題ってわけですか」
明らかに、怒りを隠していない。
アグネスはどこか余裕のある皮肉や嫌味を吐く事はあるが、明らかに怒りが大きい。
「ちんちくりんより、歌姫のほうがいいですもんね。顔も身体も大人だし。プラント中が認める女ですし」
「……っ」
「抱き心地も、よかったんでしょう?」
空気が凍る。
「ちょっとアグネス!言い過ぎよ」
ルナマリアが止めるが、アグネスは止まらない。
「何が言い過ぎなの?地位と権力を手に入れたら、恋人を捨てて、格上に乗り換える。よくある話でしょ」
その目は、怒りよりも――敗北感に満ちていた。
「能力もない女を選んだと思ったら、結局これ。やっぱり男なんて、スペックでしか女を見ないのね」
自分は今まで選ぶ側だったのに、いつのまにか選ばれる側になってしまった事。
ニコルが選んだのが何の才能もないマユなのが理解不能だったのに。
さらにミーアへ恋人を乗り換えた事で混乱に拍車がかかった。
「一緒に戦える女より、飾りの歌姫。守ってやる側でいるのが、そんなに気持ちいい?」
「アグネス、もうやめろ!」
シンが止めに入る。
だが、アグネスは吐き捨てた。
「最低の男。裏切られる側の気持ち、考えたことある?」
能力が無くてもマユを選ぶのはニコルらしいと内心思っていたが、歌姫としてプラント中の喝采を浴びているミーアを選んだ。
何の事はない。
ニコルも純情ぶってはいたが、結局スペックが上の女を選ぶのだ。
内心軽蔑したが、アグネスはニコルが何故自分を選ばないのか理解不能だった。
ニコルは、何も言わなかった。
反論すれば、嘘になる。
沈黙すれば、罪になる。
「……最低って言われる覚悟は、していました」
スペックならアグネスはミーアに負けている筈はない。
ミーアは共に戦う事ができないが、アグネスは戦場でニコルと共に戦えるのだ。
それなのに、何故自分を選ばない。
「ほんと最低の男。地位と権力を手に入れたら、あの子を捨てて歌姫にうつつを抜かすなんて」
「アグネス!言い過ぎよ!」
アグネスは一見平然を装っているが、声に動揺がある。
アグネスは自分に自信があるので、ニコルもマユを捨てて自分を選ぶと思っていたのだ。
だがそうはならなかった。
「最低男に最低って言うのが何故駄目なのよ。女なら選び放題になったら本性現しただけでしょ」
怒りを込めて吐き捨て、アグネスはニコルを睨みつけた。
本当はこんな事が言いたい訳ではないのに、アグネスの怒りは収まらなかった。
「おいアグネス、言い過ぎだろ」
シンとルナマリアが止めに入るが、アグネスは振り返りもせず吐き捨てて行ってしまった。
ルナマリアにはわかっていた。
アグネスはニコルにマユという恋人がいた事が許せなかったのだ。
アグネスは自分がニコルに選ばれると思っていたので、ショックでどうしようもなかった。
そこへミーアへの浮気である。
アグネスの怒りは沸点に達していた。
ニコルは、思いきりため息をついた。
(……これでいい)
シンに憎まれる覚悟はしていた。
ルナマリアに軽蔑されることも。
だが、アグネスの怒りは、想定以上だった。
――それでも。
デュランダル議長の忠臣という役を、降りるわけにはいかなかった。
ミーアを守るために。
そして、もっと大きな嘘を暴くために。
ニコルの胸の奥は、静かに、しかし確実に沈んでいった。
次回予告
――沈黙は、嘘よりも重い罪になる。
守るために語られなかった真実は、
怒りを生み、疑念を増幅させ、
人と人の距離を、静かに引き裂いていく。
殴れなかった拳が、問いかける。
信じたい心は、本当に正しいのか――と。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第八十四話
『選ばれなかった感情――殴れなかった拳が、真実を疑い始める――』
迷いの中で揺れる想いが、
やがて運命そのものを問い直す。
【連載再開のお知らせ】
連載を再開しました。
更新をお待ちいただいていた方には、お時間をいただいてしまい申し訳ありませんでした。
本日より第85話までで第7章は終わり第86話から物語は第8章に入ります。
ここからも引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。