機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第八章 静かなる分岐 ――知ってしまった者たちは、もう戻れない――
第八十六話 名前のない計画――疑念を抱いた者だけが、生き残る――


 第八十六話 名前のない計画――疑念を抱いた者だけが、生き残る――

 

【挿絵表示】

 

 ミネルバに帰艦したニコルは、私室に戻ると制服のまま端末を起動した。

 ベッドに腰を下ろすこともせず、壁際の簡易デスクの前に立ったまま、画面を見つめる。

 

 外では艦の低い駆動音が響いている。

 振動は微細で、艦としては安定している証だ。

 だが――慣れ親しんだはずのその音が、今はやけに遠く感じられた。

 

 簡潔で、どこにでもある近況報告。

 軍務に就く者なら誰もが家族へ送る、形式的とも言える文面。

 だが、言葉の選び方には細心の注意を払う。

 

 ――父さん、母さん。僕は変わりありません。こちらも忙しい日々ですが、元気にやっています。

 

 一文ごとに確認し、不要な感情を削り、曖昧さを残す。

 書いては消し、また書き直す。

 それは文章というより、“配置”に近い作業だった。

 

 恋人ができたこと。

 その相手が歌姫ミーア・キャンベルであること。

 離れていても、両親への感謝と愛情は変わらないということ。

 

 どれも、事実だ。

 だが同時に――表層だけをなぞった情報でもある。

 

 書き終えたニコルは、一度だけ深く息を吐いた。

 

 「……これでいい」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、端末を閉じる。

 送信は、レイに任せる。

 それが今の“役割”だった。

 

 ブリッジ脇の通信席。

 淡々とした所作で立ち上がったレイ・ザ・バレルが、端末を受け取る。

 

 「通信文、預かりました」

 

 画面に視線を落とし、内容を確認した彼は、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 

 「……随分、温かい文面ですね」

 

 「家族宛ですから」

 

 ニコルはそれ以上、何も付け加えなかった。

 余計な説明は不要だし、必要以上に感情を滲ませるのは危険だった。

 

 レイは再び文面に視線を落とす。

 恋人ができたこと。

 両親を気遣う言葉。

 どこにでもある、幸福な家族の通信。

 

 (……いいな)

 

 胸の奥で、小さな感情が動いた。

 羨望とも、憧れともつかない感覚。

 血縁のいない自分には、得たくても得られない光景だ。

 

 「送信、完了しました」

 

 「ありがとう、レイ」

 

 それだけで、会話は終わった。

 必要以上の言葉は交わさない。

 それが二人の距離感だった。

 

 レイは気づかなかった。

 ――いや、気づけなかった。

 

 その文章の中に、

 アマルフィ家だけが読むことのできる、微細な符号が織り込まれていたことを。

 

 ◇◇◇

 

 プラント、マイウス市。

 住宅区画の一角にある静かな邸宅の書斎で、ユーリ・アマルフィは息子からの通信を読み終えた。

 

 「……ニコル」

 

 低く名を呼ぶ。

 その声には、安堵と同時に、拭いきれない緊張が滲んでいた。

 

 傍らには妻のロミナがいる。

 彼女もまた端末を受け取り、文面を何度も読み返している。

 

 「これは……ただの近況報告じゃないですわね」

 

 「そうだね。何か大変なことが起こりそうな気は、していたけどね」

 

 ユーリは眼鏡を外し、机の上に静かに置いた。

 理知的で善良な政治家――ギルバート・デュランダル。

 世間の評価は概ねそうだ。

 

 だが、政治家として老獪なユーリは、表面だけで判断しなかった。

 その笑顔の裏にある“意図”を、常に疑ってきた。

 

 息子が求めている情報。

 そして、彼が置かれている立場。

 デュランダルの懐に入りながら、内心では反旗を翻しているという事実。

 

 さらに、文末に添えられた一文。

 

 ――もし、家族に危険が及ぶと判断した場合、返信は不要です。

 

 「……随分、覚悟を決めたな」

 

 ロミナは黙って頷いた。

 言葉にすれば、不安が溢れてしまいそうだったからだ。

 

 ギルバート・デュランダルに発覚すれば、粛清は免れない。

 それでも――。

 

 「あなた、覚えてる?」

 

 「ラウ・ル・クルーゼの時だね」

 

 反パトリック・ザラの立場を貫き、

 人類破滅という狂気を止めた息子。

 

 「……あの時、あの子は正しかった」

 

 「ええ。今も、きっと」

 

 二人は短く視線を交わした。

 

 「ニコルの判断を、信じよう」

 

 それが、両親としての答えだった。

 その手紙を書斎の奥、警備の行き届いた一室に携える。

 そこに、アマルフィ家の客人として招かれている、シーゲル・クラインの姿があった。

 かつてプラント最高評議会議長を務めた男は、今は静かに身を潜めている。

 

 「まさか、またメンデルの名を聞くとはな」

 

 「何かご存じなのですか?」

 

 「デュランダルは遺伝子工学の専門家だった。

 彼はメンデルで、遺伝子による人格や能力の解析を研究していた」

 

 「その資料は……」

 

 「廃棄されたことになっている。

 だが、完全に消えたとは思えん」

 

 書斎に、短い沈黙が落ちた。

 ユーリ、ロミナ、そしてシーゲル。

 三人とも同じ結論に辿り着いていたが、誰もすぐには口にしなかった。

 

 「……メンデルに直接触れた形跡は、今のところ無い」

 

 ユーリが静かに言う。

 それは“希望”ではなく、“現実”だった。

 

 「それが逆に不自然なのですわね」

 

 ロミナが応じる。

 

 「ええ。あれほど大規模な研究が、完全に消えるはずがない。

 それなのに、表に出てこない。

 ――つまり、意図的に隠されている」

 

 シーゲルは腕を組み、深く息を吐いた。

 

 「デュランダルは愚かではない。

 自分が関わった研究が、いずれ誰かに辿られる可能性があることくらい、百も承知だ」

 

 「では……?」

 

 ロミナが視線を向ける。

 

 「彼は、“辿らせない”準備を終えている。

 もしくは――辿ろうとした瞬間に、相手の意図を掴む罠を張っている」

 

 ユーリはゆっくりと頷いた。

 

 「メンデルは今や“禁足地”だ。

 表向きには廃棄済み、研究は終了。

 だが裏では、誰がそこに興味を示すかを見張るための、完璧な監視網になっている可能性が高い」

 

 「つまり……資料を探りに行けば、それだけで“敵意”と見なされる」

 

 ロミナの声は低かった。

 

 「ええ。

 議長にとって都合の悪い存在として、名を刻まれるでしょう」

 

 シーゲルは苦く笑った。

 

 「若い頃の私なら、迷わず突っ込んでいた。

 だが……今は違う。

 デュランダルは、待つ男だ。

 相手が動くまで盤面を整えてから、静かに刈り取る」

 

 ニコルの顔が、ユーリの脳裏に浮かぶ。

 息子は今、その盤上に自ら足を踏み入れている。

 

 「だからこそ、今は“名前”を追ってはいけない」

 

 ユーリは断言した。

 

 「名前……?」

 

 「ええ。

 この計画には、必ず正式名称がある。

 理念を示す言葉が。

 だが、それを探した瞬間――

 こちらが“核心を見据えている”と悟られる」

 

 シーゲルは静かに目を閉じた。

 

 「つまり、現時点では――

 その計画が“何を目指しているのか”を推測するしかない」

 

 「人格、能力、遺伝子……

 メンデルの研究内容から考えれば、

 人を“分類”し、“選別”する思想が根底にあるのは間違いありません」

 

 ユーリの言葉に、誰も否定しなかった。

 

 「だが、それが何を意味するのか。

 どこまで実装され、誰に適用されるのか。

 そこまでは、まだ霧の中だ」

 

 ユーリは机に手を置き、指先を組む。

 

 「ニコルは、よく踏みとどまっている。

 衝動でメンデルに手を伸ばさなかった。

 それだけで、十分すぎるほどだ」

 

 シーゲルの賞賛を聞いてユーリは、かすかに笑った。

 彼は老獪な政治家であり、慎重な小心者であり、息子を溺愛する親ばかだった。

 

 「……あの子は、焦りません。

 クルーゼを討った時も、世界を救う時も、

 最後まで“考えること”をやめませんでした」

 

 そんな息子を誇りに思うと同時に、心配でたまらなかった。

 可能なら今すぐマイウス市に引き取って生涯守りたいと願う。

 それができない沈黙が、再び書斎を包む。

 

 「今は、“計画がある”という事実だけを共有します」

 

 ユーリは結論を出した。

 

 「それ以上は、掴まない。

 掴めば、掴まれます」

 

 ロミナは、そっと頷いた。

 

 「ニコルにも、その判断は伝わっているはずですわ」

 

 ◇◇◇

 

 その頃、ミネルバ艦内。

 暗号化データを読み終えたニコルは、端末を伏せ、目を閉じていた。

 

 (……まだ、だ)

 

 名前は無い。

 完成図も無い。

 だが、確実に“思想”だけは存在している。

 

 そしてそれを動かしている男が、

 今この瞬間も、誰がどこまで気づいているかを測っている。

 

 (焦るな)

 

 (掴むのは、もっと後だ)

 

 ニコルは、静かに呼吸を整えた。

 

 この戦いは、

 剣でも銃でもない。

 

 ――“疑念を抱いた者が、最後まで生き残る”戦いだ。

 

 次回予告

 

 真実を見た者は、もう引き返せない。

 だが、孤独で戦う必要もなかった。

 

 疑念を抱いた男と、

 違和感を見逃さなかった少女。

 

 立場も、役割も、目的さえ違う。

 それでも二人は、

 同じ“危険な側”に立つことを選んだ。

 

 これは信頼ではない。

 誓いでも、命令でもない。

 

 ただ――

 沈黙の中で、背中を預けたという事実だけが残った。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第八十七話 『見てしまった者――静かな夜に、同じ側へ立つ――』

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