機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第八十七話 見てしまった者――静かな夜に、同じ側へ立つ――
───そして、その“異変”に気づいた者がいた。
「……変ね」
趣味で行っている通信解析室で、メイリン・ホークは眉をひそめた。
照明を落とした室内に、モニターの光だけが淡く浮かぶ。
壁際に置かれた簡易デスク、無造作に置いたマグカップは、いつの間にか完全に冷めていた。
特定のデータベースへのアクセス履歴。
削除されているはずのログの残滓。
そして――検索の順序。
「これ……調査じゃない」
無意識に呟き、指先がキーボードの上を滑る。
解析は、彼女にとって半ば癖のようなものだった。
業務でも、趣味でも、境界はとっくに曖昧だ。
「……意図的に、全体像を避けてる」
モニターに映るログを見つめながら、メイリンは小さく首を傾げた。
「……おかしいな」
アクセス自体は不自然ではない。
権限も、時間帯も、作業量も、どれも“正規”の範疇だ。
だが、順番が違う。
通常なら、まず概要を調べ、次に詳細へ進む。
それが安全で、効率的で、“疑われない”やり方だ。
しかしこのログは、逆だった。
断片、断片、断片――
全体を避けるようにして、また別の断片へ。
「……“調査”じゃない」
誰かが、意図的に核心を外しながら、
それでも確実に“何か”へ近づこうとしている。
背筋に、微かな冷えが走った。
メイリンはキーボードを叩き、さらに古いログを掘り起こす。
消去されたはずの履歴の“影”。
完全には消しきれていない、癖のような痕跡。
――消した人は、プロ。
でも、完璧じゃない。
「……誰かが、全体像を探してる」
その言葉を口にした瞬間、
ひとつの名前が、自然に浮かび上がった。
「……ニコル隊長?」
思わず、声に出ていた。
冗談だと思いたかった。
偶然だと、自分に言い聞かせたかった。
だが、通信経路、アクセス権限、時間帯――
すべてが、あまりにも一致している。
(なんで……?)
胸の奥に、嫌な感覚が広がった。
オーブであったミネルバがユニウスセブンを落としたという、あの嘘の情報。
“趣味”でネットを覗いていた自分を、ニコルは責めなかった。
理由を聞き、状況を理解し、それでも冷静に判断した。
そして痛烈なカウンターをブルーコスモスに食らわせた。
あんなに痛快な事件に自分が関係した事も誇らしかった。
――だから、信頼している。
感情論ではなく、現実を見て、
それでも人を切り捨てない人だと知っている。
だからこそ。
(……見過ごせない)
直感が、はっきりとそう告げていた。
今なら止められるかもしれない。
でも同時に、分かってしまう。
(この人、止まらない)
意志が強い。
優しさと同じくらい、覚悟が固い。
解析室の空調が、低く一定の音を立てている。
メイリンは椅子に深く腰掛けたまま、しばらくモニターから目を離せずにいた。
数字とログの羅列。
だが彼女には、それが“動き”として見えてしまう。
――慎重で、静かで、しかし確実な踏み込み。
(……やめとけばいいのに)
そう思いながら、胸の奥では別の感情が疼いていた。
(でも、ニコル隊長なら……)
勢いで突っ走る人ではない。
だが、必要とあらば、危険な道を選ぶ人だ。
月の和平会談。
銃弾に倒れ、血に濡れながら、
それでも最後まで“話すこと”を諦めなかった姿。
(正しさより、“後悔しない選択”を取る人)
あの時も、分かっていた。
見なかったことにすれば、安全だった。
それでも――
見過ごしたら、一生後悔すると分かっていた。
(……まただ)
今回も同じだ。
何を掴もうとしているのか、全ては分からない。
だが、“何かがおかしい”という感覚は、確かにある。
そしてその違和感は、
ミーア・キャンベルとの関係、
議長の動き、
艦内の空気――
すべてと、静かに繋がっている。
情報を見てしまった以上、
“知らなかった”ふりはできない。
(協力する、って言葉……好きじゃないんだけどな)
責任を背負うこと。
巻き込まれること。
引き返せなくなること。
それでも。
(ニコル隊長が、一人で抱える必要はない)
彼は強い。
だが、強いからこそ、限界まで自分を削る。
誰かが止めなければ。
誰かが見張らなければ。
(……私がやるしかないか)
覚悟を決めた瞬間、
胸の奥のざわめきは、不思議と静まっていた。
◇◇◇
その夜。
艦内灯が落とされ、通路が静まり返る時間帯。
メイリンは、人気の少ない通路でニコルを待っていた。
銃は携帯しなかった。
――彼が、取り乱して自分に危害を加える人ではないと、
確信していたからだ。
足音が近づく。
「……ニコル隊長」
呼び止めると、ニコルは足を止めた。
一瞬だけ、状況を測るような沈黙。
「どうしました、メイリン。こんな時間に」
穏やかな声音。
だが、その奥にある覚悟を、彼女は感じ取った。
「少し……お話、いいですか」
ニコルは断らなかった。
それが、答えだった。
彼の部屋で二人きりになると、
メイリンは端末を起動する。
「このログ、見覚えありますか?」
映し出された履歴を、ニコルは一瞥した。
覚悟は決めていたが、こんなに早く見抜かれるとは。
だがメイリンが見抜いた事に驚いた様子はなかった。
彼女はニコルが知る限り、プラントでもっとも優秀な情報戦のエキスパートだったからだ。
「……ありますね」
否定はしない。
「やっぱり」
メイリンは深く息を吸う。
「これ、ただの調べ物じゃないです。
“何かを見つけようとしている”動きです」
メイリンの問いにニコルは、黙っていた。
数分の沈黙の後、ニコルが口を開く。
「……確定情報が、掴めなくて」
静かに、そう言った。
「断片は揃うのに、名前がない。
だから、調べ続けていました」
「議長に気づかれたら……」
「わかっています」
「危険です。
一人でやることじゃないですよ、こんなの」
メイリンの声には、責める色はなかった。
むしろ、焦りと――怒りに近い心配。
「……全部は話せません」
ニコルは正直に言った。
「でも、僕は――
議長が何か“大きなもの”を動かしていると考えています」
「止めるつもりですか?」
ニコルは首を振った。
「止められるかどうかも、まだ分からない。
ただ……知っておく必要がある」
メイリンは、しばらく黙り込んだ。
「……分かりました」
端末を閉じ、顔を上げる。
「私、これ以上は勝手に踏み込みません。
でも……頼ってください」
それは、約束ではない。
牽制でもない。
ただの意思表示だ。
「一人で突っ走るの、やめてください」
ニコルは、少しだけ微笑んだ。
「助かります」
その一言で、十分だった。
この夜、
二人は恋人でも、仲間でもない。
ただ――
同じ側に立つことを選んだ者同士だった。
次回予告
平和は、壊れる時に音を立てない。
それは、銃声でも爆発でもなく、
一通の声として、静かに届く。
知らなかった名前。
選ばれてしまった役割。
守ろうとした誰かの、孤独な覚悟。
この夜、オーブの食卓は変わらなかった。
笑い声も、灯りも、ぬくもりも。
だが――
“知ってしまった者たち”の世界は、
確実に、次の段階へと踏み出していた。
それは、戦争の始まりではない。
選ばれる側と、選ばれなかった側が、
再び向き合うための、静かな合図だった。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第八十八話
『届いた声――平和の食卓――』