機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十話 残酷なほどの幸福――借り物の光が、いちばん眩しい夜――
キラとラクスは、浜辺での散歩を終えて家へ戻った。
「おかえりなさい。海は気持ちよかったかしら?」
「ただいま、母さん。楽しかったよ」
「義母さま、ただいま戻りました」
キラとラクスが戻ると、キラの母親であるカリダ・ヤマトが、五目あんかけそばの昼食を用意してくれていた。
二人は礼を言って席に着く。
机の上に置かれた端末が明滅し、ビデオレターの到着を知らせた。
差出人は、トールとミリアリアだった。
二人はジャーナリストとして、世界中を飛び回りながら、大手マスコミが報じない情報を発信している。
特に、ブルーコスモス系メディアがナチュラルとコーディネイターの対立を煽る報道を続けていることに対し、二人は一貫して公正中立な取材姿勢を貫いていた。
昨夜、キラは二人にミーア・キャンベルについて調べてほしいと頼んでいた。
『元気か、キラ。俺たちは今ユーラシアにいる。こっちでもミーア・キャンベルのコンサートが開かれててさ、いつも満員御礼状態だぜ』
そう言って送られてきたデータには、公式・非公式のプロフィールと共に、コンサート会場で楽しそうに、そして幸せそうに歌い踊るミーアの映像が添えられていた。
◇◇◇
照明が落ちる。
一瞬の闇のあと、ステージ中央に光が集まった。
――きれい。
ミーアは、胸の奥でそう思った。
自分が立っている場所が、まるで世界の中心みたいに感じられる。
歓声が、波のように押し寄せる。
名前を呼ぶ声。
笑顔。
手を振る無数の腕。
(みんな……私を見てる)
それが、ただ嬉しかった。
マイクを握る指先が少し震えたけれど、それは緊張ではない。
高揚だった。
胸がいっぱいで、息が少し苦しいくらい。
イントロが流れ出す。
身体が自然に揺れ、足が前に出る。
練習した通りの動き。
それなのに、すべてが“初めて”みたいだった。
歌い出した瞬間、世界がほどけた。
音が、声が、光が、観客の感情が――
すべてが混ざり合って、ミーアの中に流れ込んでくる。
(ああ……私、歌ってる)
昔、ただ歌が好きだっただけの女の子だった頃。
誰にも見つけてもらえなかった時間。
薄暗い部屋で、小さく口ずさんでいた自分。
そのすべてが、今この瞬間のためにあったみたいに思えた。
「ありがとう……!」
言葉が、勝手に口からこぼれる。
歓声が、さらに大きくなる。
胸が熱くなる。
涙が出そうになる。
(幸せ……)
それ以外の言葉が、見つからなかった。
誰かが書いた歌詞だとか、
誰かに用意された舞台だとか、
そんなことは、どうでもよかった。
今、ここにいるのは――
歌っている“私”で、
それを受け取ってくれる“みんな”がいる。
それだけで、十分だった。
スポットライトの向こうに、警備員の影が見える。
そのさらに向こうに、スタッフの姿がある。
きっと、偉い人たちもどこかで見ているのだろう。
でも――
(関係ない)
今は、関係ない。
だって、私は歌っている。
それだけで、世界はちゃんと輝いている。
サビに入る。
腕を広げ、声を張り上げる。
「――♪」
会場が一体になる。
ミーアは、その中心で笑っていた。
誰かが、この幸福に“期限”をつけているなんて。
この光が“借り物”だなんて。
そんなこと、思いもしなかった。
(ずっと、こうだったらいいのに)
それが、ミーア・キャンベルの――
この夜の、たった一つの願いだった。
そしてその願いが、
あまりにも純粋で、あまりにも満ち足りていて、
だからこそ――
残酷なほど、幸せだった。
◇◇◇
テレビの向こうで、ミーア・キャンベルは笑っていた。
ステージを満たす光。
歓声。
歌に合わせて揺れる無数のペンライト。
そのすべてが、画面越しでも分かるほどの熱を帯びている。
リビングには、微かに波の音が入り込んでいた。
窓の外では、南太平洋の海が穏やかに呼吸している。
キラは、ソファに腰掛けたまま、リモコンを握っていた。
チャンネルを変える理由はない。
目を逸らす理由も――なかった。
「……すごいね」
呟いた声は、ほとんど独り言だった。
満面の笑みで歌うミーアの姿。
キラは悲痛な表情で、ラクスは目を逸らしたくなる衝動を必死にこらえながら、それを見つめていた。
そこで歌い踊るプラントの歌姫は、
ラクスと同じ姿、同じ顔、同じ歌を歌っている。
純粋に歌が好きで、
誰かに認められたいと願う――
ただ、それだけの少女。
純粋な笑顔。
純粋な喜び。
その姿は、あまりにも痛々しい。
それでも、ミーアは輝いていた。
自分が誰かの駒であるという自覚は、きっとないのだろう。
「……幸せそうですわね」
ラクスは、キラの隣に立ったまま、画面を見つめていた。
声は穏やかで、けれどわずかに低かった。
「うん……本当に」
キラもまた、目を離せずにいた。
ミーアが観客に手を振る。
笑顔が弾ける。
まるで、この世界に何の不安も存在しないかのように。
ラクスは、胸の前でそっと指を組んだ。
許せなかった。
こんな無垢な少女を政争の道具にするギルバート・デュランダルを、どうしても許せなかった。
同時に、自分が政治の舞台を降りたことが、
ミーアという歪んだ存在を生み出してしまったのではないかという罪悪感が、胸を締めつける。
「……ラクス」
心配そうにキラが声をかける。
ラクスは「大丈夫ですわ」と小さく首を振った。
ただ、愛しいキラと静かに、平和に暮らしたかった。
結婚し、家族を持ち、添い遂げる。
そんな平凡な幸せを望んだ――
その結果が、これだった。
(……この子は、知らないのですね)
自分が、何のために選ばれたのか。
どこまでが許されていて、
どこからが不要になるのか。
知らないからこそ、あの笑顔がある。
知らないからこそ、あの歌声は澄んでいる。
「……ニコルじゃなくても、助けたくなるよね」
「私もそう思います。手遅れになる前に、助け出さなくては」
問題は、タイミングだった。
マリューやアスランを頼めば、拉致という形で救うことはできるかもしれない。
だが、その先には、デュランダルが用意した“次の歌姫”が現れるだけだろう。
問題は、ミーアだけではない。
デュランダルが計画している“何か”。
それが分からない限り、今は動けない。
今この瞬間も、ニコルが命懸けでその情報を探っているはずだった。
「可能なら……今すぐ、あんな悲しい歌を止めたいですわ」
ラクスは、今すぐミーアの元へ行きたかった。
誰かに歌わされる歌ではなく、
自分自身の歌を、歌ってほしかった。
けれど――今は、駄目なのだ。
「ラクス……」
「私は、キラと一緒にいたいだけなのです」
そんな、あまりにも少女らしい願いすら、
彼女には許されない。
ラクス・クラインという“カリスマ”は強すぎて、
政治も、軍事も、世界さえも動かしてしまう。
顔を伏せるラクスを、キラはそっと抱きしめた。
ラクスは嗚咽を漏らしながら、静かに泣いた。
テレビの中で、ミーアが歌い終える。
割れんばかりの拍手。
歓声。
その幸福は、あまりにも完成されていて――
誰かが壊そうとしているなんて、想像もできない。
テレビ画面の中で、ミーア・キャンベルが最後の曲を歌い終えた。
ステージ上の光がゆっくりと落ち着き、観客の熱狂も次第に収まっていく。
ミーアは軽く息を切らしながら、何度も観客に手を振った。
その表情は、満足感と充実感に満ちている。
まるで、今日一日の幸せを――
すべて噛み締めるかのように。
次回予告
楽園は、何も語らない。
風も、海も、雨さえも。
けれど剣は、すでに鍛えられていた。
抜かれずとも、選ばれずとも、
そこに“備え”として存在している。
戦わないと決めることは、
何もしないことではない。
失わないために、立ち止まるという決意だ。
南国の空は、今日も青い。
だからこそ、その下で生まれた覚悟は、
誰にも見えず、誰にも褒められない。
剣は、まだ語らない。
だが――
語らぬまま、世界を変える時が近づいていた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十一話
『剣は語らず――南国の楽園に忍び寄る予感――』