機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十一話 剣は語らず――南国の楽園に忍び寄る予感――
ミーアのコンサート映像を見終わった後、キラとラクスは端末を持って二人の部屋に戻る。
映像が切れた瞬間、胸の奥に残った余韻は、拍手や歓声よりも重く、静かに沈殿していた。
アスハ家の別邸にある二人の部屋は大きくて、天蓋付きのベッドと白い家具が備え付けてある。
室内の壁紙も美しい柄で、柔らかな光を反射し、バルコニーには花瓶に入った綺麗な花が飾られている。
どれもが丁寧に手入れされ、争いとは無縁の空間を作り上げていた。
アスハ家の別邸は、オーブでも屈指の豪邸なのだ。
――だからこそ、この場所にいると、キラは時折、現実から切り離されたような感覚に襲われる。
世界のどこかで血が流れていても、ここでは波の音と風の匂いしか届かない。
キラはバルコニーで椅子に腰かけて、海風と暖かな太陽を浴びる。
南国の空気は穏やかで、肌を撫でる風には塩の香りが混じっていた。
お茶をいれようとしたラクスが、ふと手を止め、端末から通信が入っている事に気が付いた。
「キラ、通信ですわ」
キラが端末を開くと、そこにはチャット仲間の有栖の表示がある。
有栖とはドミニオン艦長のアリス・ハルバートンの事で、キラとアリスはチャットを通じてたまに会話をする。
アリスは十四歳で地球連合少佐になった天才美少女艦長で、今は十五歳でオーブ軍に身を寄せている。
大戦中、アークエンジェル級二番艦『ドミニオン』とクルーごと脱走し、ヤキン・ドゥーエで共に戦った仲間だ。
電子戦のプロでもあり、その分析は常に冷静で、感情に流される事がない。
有栖=アリス
綺羅星=キラ
有栖:綺羅星さんお久しぶりです。
綺羅星:有栖さんお久しぶりです。お元気でしたか?
有栖:お元気でした。今ハーバーコロニーに入港しています。
綺羅星:そちらの様子は如何ですか?
有栖:損傷は酷かったですが、ミラージュコロイド発生装置も修理できましたし、ジャンク屋さん達のお陰で概ね復興しています。マイウス市からの技師さんも到着して、少し賑やかになって来ました。今回は、これを見て欲しくて連絡しました。
キラは送られて来た画像データを見る。
そこには見覚えのある、自分の愛機フリーダムガンダムの姿があった。
だが、輪郭や細部を目で追ううちに、違和感がはっきりしてくる。
あれは、彼が知っているフリーダムではなかった。
綺羅星:これは?
有栖:綺羅星さんの愛機フリーダムガンダムを発展させたMSです。本当は、必要ない方がよかったのですが。あなたの新しい剣です。
綺羅星:……僕は、こんなものは欲しくありません。
有栖:わかっています。ですが、最悪の事態に備えています。
備えています。
備えなくてはならない、ではなく、すでに備えている。
その言い切りが、キラの胸に重く落ちた。
「どういう事だろう?」
「キラ、またデータがきましたわ」
キラがラクスと顔を見合わせていると、アリスから新たなデータが送られて来た。
それを開くと、暗い宇宙を背景にした月の画像が現れる。
有栖:これは月面の裏側にあるダイダロス基地という地球連合軍の拠点です。この基地に物資が集中しています。
キラもラクスも、正規の軍人ではない。
だから、その配置や量が何を意味するのか、即座には読み取れなかった。
有栖:工事規模は膨大で、潜入したオルガ、クロト、シャニにも全容はわかりませんでした。ただの物資集積とは思えません。
綺羅星:陽動ですか?
有栖:軍人の見解で言えば……対プラント攻撃を想定した準備、だとは思います。
綺羅星:……またですか。
それが何を意味するのか、キラはもう考えたくなかった。
考え始めれば、答えは一つしか出ない気がしていたからだ。
有栖:またです。勿論、綺羅星さんには戦わないという選択肢が残されていますし、私も平和に暮らしている民間人を守るのが軍人の務めだと自負しています。
綺羅星:わかりました。連絡ありがとうございます。いつオーブへ戻られますか?
有栖:ハーバーコロニー周辺の安全確保を行ったら帰ります。
綺羅星:無事に帰ってきてください。
有栖:ありがとうございます。
アリスからの通信が切れたあと。
キラは額に手を置いて空を見る。
晴れ渡った南国の空は、どこまでも青く美しい。
けれど、その青さが、かえって現実との落差を際立たせていた。
世界はまた、炎に包まれるのだろうか。
「キラ……お茶にしましょう」
「うん。あとで、ラクスの歌が聞きたいな」
二人で歓談していると、海岸沿いに霧のような雨が降ってきた。
さっきまで澄んでいた空気が、ゆっくりと湿り気を帯びていく。
キラはラクスと一緒に窓から雨を見ていた。
「……また、戦うことになるのかな」
その問いは、誰かに答えを求めるものではなかった。
自分自身よりも、もっと深い場所――海の底へ向けて投げられているようだった。
――生まれてくるべきでなかった存在。
スーパーコーディネイター。
その言葉だけが、胸の奥に沈んでいた。
「キラ?」
「ううん。何でもないよ」
「いいえ。嘘はいけません。何でもないというお顔ではありませんわ」
ラクスはキラの両手を、自分の手で包み込む。
指先から伝わる温もりは、確かで、静かだった。
キラは両手の上から、その暖かな力を感じる。
「……君がいれば、僕は何度でも立ち上がれる」
そう言いながら、キラは自分の手を重ねる。
それは、祈りではなく――まだ形にならない約束だった。
「僕はもう、失いたくないから」
ラクスは目を閉じる。
キラの手を握る力が、ほんの少しだけ強くなる。
「私も……キラと共に、向き合います」
キラは、ラクスを見つめた。
彼女の瞳に映るのは、迷いや恐れではなく、静かに燃える決意だった。
(そうだ……僕らは、もう“ひとり”じゃない)
雨音が、少しだけ強くなった。
雨粒は音もなく地面を濡らし、風に乗って窓枠に落ちる。
南国の湿気を含んだ空気が、肌にまとわりつくように重い。
世界は、キラとラクスを南国の楽園という揺り籠に、いつまでも寝かせておく事を許してくれない。
ならば、いつその時が来てもいいように――
キラは、拳をそっと握った。
「……ありがとう、ラクス」
キラの言葉に、ラクスは静かに頷いた。
二人の間に流れる沈黙は、不安でも恐怖でもなく――ただ、静かな覚悟だった。
次回予告
それは、ただのデータだった。
数字と文字に置き換えられた、過去と未来の断片。
けれど一度、流れてしまった情報は、
もう誰の手にも戻らない。
善意であっても、覚悟であっても、
世界はそれを“引き金”として受け取る。
笑って誤魔化した夜も、
軽口でかわした疑念も、
すべては嵐の前の静けさにすぎない。
止められないのは、戦争ではない。
真実を知ってしまった人間の歩みだ。
暗号化された真実は、
静かに、確実に、
次の世界へと流れ出していた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十二話
『暗号化された真実――止められない世界へ、情報は流れる――』