機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十二話 暗号化された真実――止められない世界へ、情報は流れる――
深夜のミネルバ艦内は薄暗く、ニコルとメイリンがいる通信室も例外ではなかった。
常夜灯の淡い光がコンソールの輪郭を浮かび上がらせ、壁際の影をゆっくりと揺らしている。
艦が航行する低い振動だけが、静寂をかろうじて破っていた。
二人は無言で、プラントの父から送られた遺伝子に関する論文を読み込んでいる。
それはギルバート・デュランダルが研究していたもので、遺伝学の専門家ではない二人には正確な意味までは理解できない。
数式や専門用語が並ぶ文面を追うたび、知識の不足を思い知らされる。
だがこの文が何らかの形で失われたら、取り返しがつかない。
メイリンは一行ごとに確認するように指を動かし、厳重にロックしたファイルに論文と彼の研究成果を入れていく。
内容から察するに、遺伝子で能力を判別する方法のようだ。
遺伝子で病歴や体質が推定できるのと同様に、戦闘や判断に関わる“適性”も、ある程度は推測できる。
その推測を高めるための実験と研究だったのだろう。
それが意味する未来を、ニコルはまだ言葉にできなかった。
地球軍が月の裏側で建造中の謎の施設について、ザフトが知りうる情報も忘れない。
といっても、現時点で把握できているのは物資の備蓄を行っているという事実だけで、全容はつかめないままだった。
ディスプレイに映し出されたのは、地球連合軍の兵器輸送を示す複数の物流チャート。
数値は断片的で、不揃いだ。
それでも、ニコルの頭の中では、すでに一つの“形”が組み上がりつつあった。
「……やっぱり、動きがある」
呟く声は小さく、メイリンには届かない。
メイリンも画面を覗き込むが、数字の羅列に眉をひそめるだけだった。
「これ、何です?」
「地球軍のダイダロス基地への補給品。
これがダイダロスの建設に伴って、地球軍が物資の備蓄を進めている証拠だよ。
だけど……備蓄だけじゃない。
他にも何か目的があって、動き出しているように見える。
そしてその目的は、プラント攻撃に繋がる何かかもしれない」
「でも……どうして、わざわざ月を基地化してるんですか?」
「理由は色々考えられるけど……可能性としては、ザフトに地上を落とされた時の事を想定しているんだと思う。
分からないのは、プラントを攻撃するだけなら、もっと近い場所があるってことだ」
「ええと、つまり?」
「月である必要は無いんだよ。
だから、別の場所を狙っている可能性もある。
例えば……地球を奪還する時のためとか」
「随分弱気ですね」
「前回は、そうだったからね」
アフリカのビクトリアにあるマスドライバーが無ければ、地球連合は地上に閉じ込められたままだった。
過去の戦争の記憶が、静かに現実味を帯びる。
「もっと情報が欲しいな」
「仕方ないですよ。ミネルバで集められる情報には限りがあります」
そう言って二人は、もう一つの重大な情報に目を向ける。
ラクスの父親、シーゲル・クラインからのものだ。
そこには、メンデルコロニーで行われていた実験について、彼が知る限りの情報が記されていた。
そして、決定的な物証はまだメンデルに残されているという。
――メンデルに、全ての答えがある。
だが、ニコルもメイリンも、ミネルバのパイロットとオペレーターという立場に過ぎない。
その場所へ踏み込めるのは、カガリやキラの役割だ。
「よし、今回はこれでいこう。メイリン、本当にいいんだね?」
「はい。任せてください。
私も……少しずつですが、力になれるようになりたいですから」
二人はコンソールを叩き、三つのファイルをそれぞれ暗号化する。
ひとつはキラ宛て――ニコルから、プラント内部の動きを伝える情報。
もうひとつはラクス宛て――ラクスの父から得た、過去の真実。
どちらも世界を揺るがすほどの力を持つが、今は断片でしかない。
万が一、通信ログに残れば、この艦そのものが危険に晒される。
(……こんな戦い方、僕に似合わないけど。誰も死なせたくないって願いが、今の僕には一番重い)
ニコルの指先が滑るようにキーを打つ。
画面に表示される数字とアルファベットの羅列が、瞬時に別のものへと塗り替わっていく。
「できたよ」
ニコルは低く囁いた。
隣に立つメイリンが、こくりと小さく頷く。
「じゃあ、送ります」
メイリンがキーに触れる。
クリック音すら立てない慎重な動きは、水面に石を落とす前の一瞬を思わせた。
ファイルは送信される。
宛先は二つ。
ひとつはオーブ政務庁舎にいるカガリへ。
もうひとつは、キラ達の家へ。
その事実を、ニコルはまだ言葉にできなかった。
だが、一度送信された情報は、もう戻らない。
──二人は艦内を人目を避けて戻る。
この時間は当直以外、誰もいない。
そのはずだった。
「二人とも、こんな時間に何をしているんです?」
後ろからかけられた声に、二人は息を呑んだ。
レイだった。
ニコルは焦ったが、腕を引っ張られる。
腕がメイリンの制服の上から胸に押し当てられた。
「メ、メイリン!?」
「何ってみてわからない?」
そう言ってメイリンはわざとらしく首元を緩ませ、笑顔で答えた。
これではまるで恋人のようではないか。
いや公式にはミーアという恋人がいるのだから、メイリンは浮気相手になるだろう。
ふしだらな男にしか見えない。
「ニコル。盛んなのは結構ですが、時と場所を考えてください」
「だって~ニコルさんエースパイロットでフェイスだもん。味見くらいしてもいいと思うよ」
勝手に誤解されていく。
レイに限って言いふらす事はないだろうが、ミネルバ艦内で女漁りをしている等とギルバート・デュランダルに知られたらと思うとヒヤヒヤだ。
「レ、レイ。このことはデュランダル議長には内緒に」
「言えると思いますか?」
レイの視線は、ほんの一瞬だけ温度を失った。
「そうですよね」
ニコルは苦笑するしかなかった。
「……時と場所は弁えるようにお願いします」
レイはそれ以上何も言わず、踵を返して去って行った。
廊下の角を曲がるまで、メイリンは腕に絡みついたままだった。
「……ちょっとメイリン、もういいんじゃない?」
「……もう少しこうしてたいです」
耳元で囁かれた悪戯めいた言葉に、ニコルは動揺しながらも彼女の肩に手を置いた。
「……冗談でもやめよう? 誤解されちゃうよ」
「でも嫌じゃなかったですよね?」
メイリンは悪戯っぽく笑い、腕を解放する。
「さっきの件で緊張してたんですよ。レイがいるなんて気づかなかったですし」
「助かったけど……次はやめてね? レイにまで白い目で見られるのは困るから」
「はーい」
ミネルバが黒海から地中海へ向かったのはそれからすぐの事だった。
次回予告
守りたいと願う心は、いつだって正しい。
だが、守るだけでは救えない世界もある。
姉としての拒絶と、
国家元首としての承認。
その狭間で下された決断は、
誰かを救うためのものではなく、
未来を選び取るためのものだった。
剣を取る者が決まった時、
戦争はもう始まっている。
焔は、まだ小さい。
だがそれは確かに、
世界を焼き尽くす火種だった。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十三話
『反対と承認――姉である前に、国家元首――』