機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十三話 反対と承認――姉である前に、国家元首――
ニコルからの情報を受け取ったカガリの対応は早かった。
すぐに議会の主導権を握る五大氏族――アスハ、サハク、キオウ、トキノ、マシマ。
各氏族の長たちと協議を行う。
トーヤのマシマ家とエリスのトキノ家はカガリの味方であり、情報と諜報を司るキオウ家も同意した。
一番の難敵だと予想されたロンド・ミナ・サハクも、オーブが直接狙われる危機だと理解し、同意を取り付けることができた。
オーブの危機は、五大氏族の結束を固めるには十分だった。
そしてステラとマユを保護するため、ベルリンへ向かうアスランを見送るべく、オーブの空港でカガリはしばしの別れを惜しむ。
カガリとアスランは私服で、普段着だった。
あくまで私的な旅行という風を装わなくてはならない。
アスランの目が光っているとはいえ、どこにギルバート・デュランダルのスパイがいるかわからないからだ。
「できるだけ早く戻ってくれ。お前がいないと困る」
「ああ、必ず君のところに戻るよ。約束する」
「無理はするな。それに、あまり派手に動きすぎると、アスランが何をしたのかバレる」
「……そこは気を付けよう。無事にステラたちを連れてくる」
そう言って、カガリとアスランは唇を重ねた。
二人の熱愛を見慣れているため、周囲の人間は少し驚く程度で済んだ。
本当なら、いつまでもキスをしていたかったが、ベルリン行きの飛行機が待っている。
「ステラとマユは無事に連れ戻す。必ず約束は果たすよ」
そう言って、アスランは搭乗ゲートへと歩いていった。
カガリは手を振りながらアスランを見送り、彼の姿が見えなくなったところで大きくため息をついた。
「よし……これで第一段階クリアだ」
カガリの顔には、決意の色が浮かんでいた。
空港から政府専用車で政務庁舎に戻る途中、カガリの端末の通知音が鳴った。
ディスプレイには、キラ・ヤマトの名前が表示されている。
カガリは自動的に暗号化される受話器を取り、応答した。
『キラか? どうした?』
『カガリ、ニコルからの情報は届いた?』
『ああ。今、アスランをベルリンへ送り出したところだ。ステラとマユの件は問題ないだろう。私の夫は優秀だからな』
『まだ結婚してないでしょ』
端末の向こうで、キラの苦笑が聞こえた。
カガリの惚気は、いつものことだ。
『もう結婚しているようなものだ。それで、どうしたんだ?』
『僕をメンデルへ向かわせてほしい。直接、ギルバート・デュランダルが何を研究していて、どんなことを計画しているのか調べないといけない』
キラの言葉を聞いて、カガリはしばし沈黙した。
危険が大きすぎる。
『……』
沈黙が流れる。
カガリは窓の外に広がるオーブの青い海を眺めながら、言葉を選んだ。
政府専用車のエンジン音が微かに車内に響く中、カガリの思考は高速で回転していた。
(危険すぎる……メンデルは現在プラントの管理下だ。
そこに単身潜入するというのは、自殺行為に等しい。
だが、メンデルに眠るギルバート・デュランダルの研究データは……私たちにとって致命的な価値がある。それに……)
カガリは膝の上で握り締めた拳を見つめた。
姉としての感情と、国家元首としての理性が激しくぶつかり合う。
『カガリ……』
端末から聞こえるキラの声は、普段より一段低い。
揺るぎない決意を宿した声だった。
『危険なのはわかってる。でも時間がない。もしギルバート・デュランダルが何か邪悪な計画を持っているなら、ニコルの予想が正しければ、ほぼ間違いなくそうだと思う。手遅れになるかもしれない』
キラの声が一瞬、途切れる。
『――下手をすると、世界を大きく揺るがす計画だと思う』
確かに、いつも慎重なニコルが身の危険を顧みず送ってくれた情報だ。
裏を取るためにも、メンデルの調査は必要だろう。
キラなら単独行動もできるし、何より自分の出自を知ってから学んだ遺伝子工学の知識もある。
適任かもしれないが……
カガリは内心で首を振った。
(でも、キラを送り出すのは……キラを巻き込みたくない。
これは政治の話だ。しかし……)
再び、沈黙が落ちる。
『カガリ?』
『……キラ』
ようやく口を開いたカガリの声は、小さかった。
『私は……反対だ』
『カガリ……』
『お前の身に何かあったらどうする? 私がお前を護れない場所で』
姉の震える声に、キラは胸が痛むのを感じた。
それでも、彼の意志はすでに決まっていた。
『私は、お前の姉として。オーブの代表首長として。どちらの立場からも反対したい』
カガリは運転席の方をちらりと見た。
警護官がこちらを見つめているのがわかる。
彼女は声を低くした。
『だが……』
車内の空気が一変する。
カガリの瞳に、冷徹な光が宿った。
国家元首としての覚悟が決まった瞬間だった。
『お前の言う通り、手遅れになる可能性は高い。
ギルバート・デュランダルが何を企んでいるか分からない以上、私たちは情報不足すぎる』
カガリは、深く息を吸い込んだ。
『キラ、条件は三つだ。
第一に、必ず帰還すること。
第二に、極秘裏に行うこと。
第三に……』
カガリは言葉を選ぶように、一瞬躊躇した。
『第三に、可能な限り単独行動は避けろ。
サポートチームを編成する。
お前一人で行くことだけは、絶対に認めない』
キラは、カガリの妥協案に安堵の息を吐いた。
カガリは自分を守ろうとするあまり、時に無茶をする。
危険はあるが、最悪は回避できる。
『了解。サポートはどんなメンバーが?』
『ラクスを同行させるわけにはいかない。危険すぎるし、いざという時は私の隣にいてほしいからだ』
カガリは一拍置いた。
それは、すでに決まった結論ではなく、可能性を整理するための沈黙だった。
『マリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガ……
この二人を、同行候補として考えている。
まだ正式決定ではないが、彼ら以上に信頼できる人間はいない』
『候補、なんだね』
『ああ。アークエンジェルも、まだ完全な状態じゃない。
技術部と現地調整の目処が立ってから、最終判断を下す』
カガリの声には、国家元首としての慎重さが滲んでいた。
これは作戦開始ではない。
あくまで“選択肢を残す”ための準備だった。
『カガリ……』
姉の優しさに感謝しながらも、キラは改めて自分の決意を確認する。
『必ず成果を持ち帰るよ。約束する』
『信じてる。でも、お前が無事でなければ意味がないんだ』
『わかってるよ』
通話を終えようとした時、カガリが最後に言った。
『キラ』
『なんだい?』
『生きて帰ってこい。それだけが、私の唯一の条件だ』
その言葉は、単なる忠告ではなく、姉の本心からの叫びだった。
カガリはキラがメンデルへ向かうことを承認したものの、その胸の内には激しい葛藤が渦巻いていた。
キラを危険な任務に送り出すのは、苦渋の決断だった。
だが、今は他に選択肢がない。
車は静かに、オーブ政府庁舎の駐車スペースに滑り込んだ。
カガリは車から降りると深呼吸し、建物の中へ入っていく。
今度は、政治家としての顔つきに変わる。
「今度こそ……取り返しのつかない事態を防ぐ」
カガリは執務室の扉を強く押しながら、そうつぶやいた。
その背後に迫る巨大な影には、まだ誰も気づいていない。
ギルバート・デュランダルの影は、ミネルバだけではなく、すでに世界中に伸び始めていた。
───その裏で、プラント最高評議会では、
ギルバート・デュランダルという名が、
以前よりも頻繁に議題の端に上るようになっていた。
それは、まだ正式な決定ではなく、
ただの空気の変化にすぎない。
だが、権力というものは、
いつも決議より先に“雰囲気”として現れる。
ニコルの父、ユーリは、後にこの日のことをこう日記に記している。
『始まりの焔が上がった』
次回予告
同じ場所に、再び集った者たちがいた。
かつては、選ぶことさえできなかった少年少女。
だが今は、戦場を知り、失う痛みを知った上で――それでも選ぶ。
英雄だからではない。
生き延びたから、ここに立っている。
ここは栄光の舞台ではない。
それでも彼らは進む。
守るために。
確かめるために。
同じ過ちを繰り返さないために。
この静けさが、
最後の“日常”であることを知りながら。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十四話
『再び、同じ場所に――生き延びた者たちの選択――』