機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十四話 再び、同じ場所に――生き延びた者たちの選択――
───オーブ本島、オノゴロ島地下秘密ドック。
かつてアークエンジェルが幾度も出入りしたこの場所は、今もなお厳重な秘匿下に置かれていた。
キラとラクスは、地下へと続く長いスロープを静かに進む。
入口で行われたのは、念入りすぎるほどのボディチェックと身分証の照合だった。
顔認証、声紋、遺伝子コード。
幾重にも重ねられた確認を経て、ようやく入港許可が下りる。
その物々しい警備体制に、キラは思わず息を呑んだ。
──カガリは、ここまで警戒している。
それは過剰というより、「二度と同じ過ちを繰り返さない」という決意の現れだった。
地下ドックに満ちる空気は、ひんやりとしている。
油と金属の匂い、微かに響く整備音、遠くで唸る発電機の低音。
それらはキラにとって、忘れようとしても忘れられない“戦場の匂い”だった。
かつてこの場所から、何度も出撃した。
仲間と笑い、喧嘩をし、恐怖を押し殺しながら、それでも前に進んだ場所。
平和な時間が長く続いた今でも、身体は自然と緊張を思い出してしまう。
(……戻ってきたんだな)
「二人とも、いらっしゃい」
聞き慣れた声に、キラは顔を上げる。
地下ドックの中央に立っていたのは、マリュー・ラミアスだった。
年齢を重ねても変わらない穏やかな微笑みと、どこか母性的な空気。
その隣には、腕を組んで立つムウ・ラ・フラガ。
背筋を正したナタル・バジルール。
さらに、アサギ・コードウェル、ジュリ・ウーニェン、マユラ・ラバッツ。
かつてアストレイとして名を馳せ、今はムラサメを駆る三人娘。
見慣れた顔。
懐かしい顔。
その一人一人が、キラの胸の奥に温かなものを灯していく。
「……カガリの話だと、護衛は最小限だったはずですが」
キラの率直な疑問に、ムウが肩をすくめて笑った。
「だから最小限だろ?アークエンジェルとフリーダム、ストライク、それにムラサメ三機」
その軽さに、キラは思わず苦笑する。
頭の中では、シャトル一機でひっそり向かう光景を想像していたのだから。
「これでも少ないくらいだ。
君を運ぶなら、ドミニオンの帰国を待ってもいいくらいだぞ」
ナタルの生真面目な口調には、冗談は一切含まれていなかった。
それだけ、この任務が危険で、そして重要だということだ。
──カガリも、アークエンジェルの皆も。
皆が、キラを心配している。
「カガリさんから打診があってね。
必要だと思う人員を集めたのよ。これでも、かなり絞ったの」
マリューの言葉に、周囲の面々が静かに頷く。
揃いも揃って精悍な顔つき。
ナタルの言う通り、「最小限」とは名ばかりだった。
実際には、ヤキン・ドゥーエという地獄を生き延びた者たちが、再びここに集っている。
キラが艦橋へ通されると、ブリッジのメインモニタには赤い一点が表示されていた。
──メンデル・コロニー。
だが、そこから伸びるべき航路線は、ほとんど描かれていない。
白紙に近い作戦図が、この任務の困難さを物語っていた。
「メンデルは現在、プラントの管轄区域よ。
通常の民間航行ルートは使えないわ」
マリューの発言に続けて、ナタルが指示棒で宙をなぞる。
「正面突破は不可能。
回り道をするにしても、連合の監視網を避けなければならない。
だから──このデブリ帯に紛れて突破する」
静かな声。だが、迷いはなかった。
「“意志あるところに道は開ける”……
昔の人は上手いこと言ったものね。誰の言葉だったかしら?」
「エイブラハム・リンカーンの言葉です」
そのやり取りに、キラは小さく微笑む。
果敢で人情家な艦長と、冷静沈着な副官。
互いを信じ、互いを補い合う関係は、今も健在だった。
「そういうわけだ、ラクスのお嬢ちゃん。
旦那さんのことは、安心して任せてくれ」
ムウの軽口に、ラクスは不安そうにキラを見る。
キラはその視線に応えるように、静かに微笑んだ。
「大丈夫よ、ラクス。
私たちが、キラを守るわ」
背後からかけられた声。
振り向けば、フレイ・アルスターが立っていた。
かつて反コーディネイター思想に縛られていた面影は、もうない。
キラたちとの交流と、婚約者サイ・アーガイルの存在が、彼女を大きく変えていた。
今はオーブ外務省で外交官の道を学びながら、今回の任務を知るや否や、迷わずパイロットに復帰。
《ストライクレッド》と共に、この作戦に加わっている。
「俺たちも、キラを守るから安心してくれ」
サイの言葉に、ラクスはようやく顔を上げた。
普段は政治の道を歩む彼も、今回は無理を承知で参加している。
「俺はMSには乗らないけどな。
でも、腕っぷしには自信があるぜ」
そう言って笑ったのは、トール・ケーニヒ。
今はカメラマンとして、メンデルに同行する。
「私たちも一緒だからね」
隣に立つミリアリア・ハウも、記者としてこの旅に加わる。
「それなら安心ね。
ミリアリアなら、トールを守ってくれると信じられるわ」
「おいおい、俺の評価ひどくないか?」
フレイの軽口に、トールが大げさに拗ねる。
「……なあキラ」
ふいにトールが声をかけた。
昔と同じ、少し間の抜けた調子だった。
「こうして並ぶとさ……本当に、ヘリオポリス思い出すよな。工業カレッジの屋上で、くだらない話してた頃」
「やめてよ、今そんな話」
フレイが肩をすくめる。
「思い出すたびに、自分がどれだけ子供だったか突きつけられるんだから」
「でもさ」
サイが静かに続けた。
「俺たち、あの頃は“戦争”がここまで来るなんて、本気で思ってなかった。MSが落ちてきた時も……正直、現実じゃないみたいだった」
「それでも、生き延びたんだよ」
ミリアリアがぽつりと言った。
彼女はキラをまっすぐ見ている。
「皆、同じ場所から始まって……それぞれ、違う形で戦場を越えてきた」
トールが苦笑する。
「英雄とか言われるとムズ痒いけどさ。でも、あの頃の俺たちが今の俺たち見たら……きっと驚くよな」
キラは一瞬言葉を探し、それから小さく笑った。
「……うん。でも、皆がここにいるのは、たぶん、あの時逃げなかったからだと思う」
「逃げなかった、か」
フレイが視線を落とす。
「……簡単じゃなかったけどね」
サイが静かに頷いた。
「それでも、今は言えるよ。キラ。お前の背中を、俺たちはちゃんと覚えてる」
その言葉に、キラは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
ブリッジに、柔らかな笑いが広がった。
ミリアリアとトール。
サイとフレイ。
かつて偏見や恐怖に縛られていた関係は、もうない。
同じ戦場を生き延び、互いを理解し合った仲間たちが、ここにいる。
キラは胸の奥が熱くなるのを感じた。
──自分は、独りではない。
その事実が、何よりも心強かった。
ラクスはその光景を、静かに見つめていた。
自分がここにいる理由。
それは戦うためではない。
キラを止めるためでもない。
(……でも、見送るためだけでもない)
この場に集った人々は、皆、何かを背負っている。
愛する人。
失ったもの。
取り戻せない過去。
それでも前に進もうとする意志。
ラクスは胸に手を当て、ゆっくりと息を整えた。
キラが選んだ道は、孤独なものではない。
そう思えることが、せめてもの救いだった。
キラは、そっとラクスの方を見る。
彼女はまだ何も言わない。
だが、その静かな佇まいが、すべてを語っているようだった。
──ここから先は、別れの時間だ。
それを悟りながらも、今はまだ。
再会した仲間たちと、同じ空気を吸っていたかった。
次回予告
守りたい想いがあるからこそ、人は立ち止まりたくなる。
それでも進まなければならない時が、確かにある。
背中を預けられる仲間がいて、
帰る場所があると知っているからこそ、
彼は再び、戦場へ向かう。
別れは弱さではない。
それは、生きて帰るための約束だ。
アークエンジェルは発進する。
守るために、迷いを抱えたまま。
これは、逃げないと決めた者たちの航路。
そして――
再び辿り着くべき答えへ向かう、覚悟の出航。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十五話
『背中を預けて――それでも、行かなければならない――』