機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十六話 静かな航路 ――大人たちの距離――
第九十六話 静かな航路 ――大人たちの距離――
キラたちを乗せたアークエンジェルは、一路メンデル・コロニーへと進路を取っていた。
恒星光を反射する艦体は静かに宇宙を切り裂き、推進器の低い振動だけが艦内に伝わっている。
今回は戦闘を主目的とした作戦ではない。
地球連合、そしてプラントのいずれとも、可能な限り交戦を避ける必要がある。
そもそも――
アークエンジェルがメンデルへ向かっているという事実そのものが、極秘事項だった。
ブリッジには戦闘時特有の張り詰めた空気はない。
だが、その静けさは油断とは違う。
モニターに流れる航宙データ、艦内各セクションの報告音、微細な数値の変化。
それらを無意識に拾い上げながら、大人たちは“何も起きていない時間”を丁寧に使っていた。
理想を言えば、ハーバー・コロニーに駐留するドミニオンと合流したい。
だが、それは現実的ではない。
ドミニオンは現在、ハーバー・コロニー防衛の要として配置されている。
ザフト艦隊と共同での防衛体制とはいえ、万が一ブルーコスモスの艦隊が襲来した場合、ドミニオンの戦闘力は欠かせない。
亡きデュエイン・ハルバートンの孫娘――
若き艦長アリス・ハルバートン。
そして彼女の下に集う、オルガ・サブナック、クロト・ブエル、シャニ・アンドラス。
その戦力を考えれば、ドミニオン一隻で一個艦隊を相手取れる。
ゆえに、ハーバー・コロニーを離れることは許されなかった。
「……やっぱり、ドミニオンとは合流できないか」
ブリッジで、ムウが低く呟く。
その声には、軽口めいた調子はなかった。
彼自身も、あの艦がどれほどの抑止力になっているかを理解している。
マリューはモニターから目を離さず、静かに頷いた。
「無理ね。メンデルへの航行は極秘だし……それに、今のハーバー・コロニーにドミニオンは不可欠よ」
淡々とした口調。
だがその裏には、「守るべき場所が増えた」という現実を受け入れた覚悟が滲んでいた。
その言葉に、ナタルも同意するように小さく頷いた。
彼女の視線は航路データを追いながらも、常に最悪の事態を想定している。
オーブは、常に動かせる戦力が限られている。
ドミニオンが存在しなければ、アークエンジェルがこの任務に就くこと自体、不可能だっただろう。
マリューの脳裏に、ひとりの少女の姿が浮かぶ。
茶髪のサイドテールを揺らし、常に冷静沈着。
初遭遇の戦闘で、アークエンジェルを中破寸前まで追い詰めた若き艦長。
――あれで、まだ十六歳。
末恐ろしい才能だが、同時に――
彼女は、マリューに懐いていた。
艦長としての力量と、人をまとめる姿勢に惹かれたのだと、半ば強引に“弟子入り”を宣言された日のことを思い出す。
あの時の真っ直ぐな眼差しは、かつて自分が初めて艦を預かった頃の不安と重なっていた。
「随分と買いかぶられたわね……」
マリューは苦笑交じりに言った。
「可愛い子に懐かれるのは嬉しいけど、正直、気恥ずかしいわ」
「買いかぶりではありません」
ナタルが即座に返す。
そこには私情ではなく、純粋な評価があった。
「アリスは艦長としての能力は高いですが、リーダーとしてはまだ未熟です。
学ぼうとする姿勢を持っているのは、正しい判断だと思います」
真面目な言葉に、マリューは柔らかく微笑んだ。
「貴女も、ずいぶん丸くなったわね、ナタル」
「なっ……!」
「やっぱり、恋人ができると変わるのかしら?」
「ち、茶化さないでください!
それに、まだ正式に恋人になったわけでは……!」
「まあまあ、いいじゃない」
そのやり取りに、ブリッジの空気がほんの少し和らぐ。
緊張を解く術を知っているのも、彼女たちが積み重ねてきた経験のひとつだった。
ナタルがノイマンと交際していることは、もはやアークエンジェルでは暗黙の了解だった。
「ほんと、いつの間にかだよな」
ムウが肩をすくめる。
「キラとラクス、サイとフレイ、トールとミリアリア……
若い連中に影響されたのかねぇ」
その言葉に、ナタルが鋭く睨みつける。
「……何か言いましたか?」
「いやいや、何も?」
ムウは慌てて両手を上げた。
だが、その表情にはどこか、年長者としての安堵が滲んでいた。
――彼らは、ちゃんと人を大切にできている。
少し間を置いて、ナタルは視線を逸らしたまま、淡々と言う。
「……マリュー艦長と、あなたの関係も長いですが。
そろそろ覚悟を決めたらどうです?」
「まあまあ、焦るなって」
ムウは明後日の方向を向いた。
「タイミングってものがあるだろ?」
「私が言うのも余計なことですが」
ナタルは一拍置き、はっきりと続ける。
「マリュー艦長は素晴らしい女性です。
他の方に取られてからでは、遅いですよ」
「……それは、まあ……わかってるんだけどな」
歯切れの悪い返答。
だが、それは恐れではなく、守る覚悟をどう形にするか迷っているが故の沈黙だった。
マリューは思わず笑った。
「そうよ?
私だって、お見合い話の三つ四つは来てるんですから」
その一言に、ムウは完全に言葉を失う。
冗談めかした言い方とは裏腹に、それが事実だと知っているからこそだった。
ナタルはため息をつき、再びモニターへ視線を戻す。
「……艦長の気持ちは、わかっているのでしょう?
そろそろ、返事をしてあげたらどうですか」
「……考えとく」
ムウはぼそりと答えた。
マリューとナタルは視線を交わし、微笑み合う。
「私から言う必要はなさそうね」
「ええ、そうですね」
ムウは二人を見て、肩をすくめながらも――
どこか、悪くない表情を浮かべていた。
アークエンジェルは、淡い恒星光を受けながら静かに航行を続けていた。
艦外カメラに映る宇宙は、驚くほど穏やかだった。
無数の星々が遠く瞬き、デブリも、艦影も見当たらない。
まるで、この宙域だけが戦争から取り残されたかのような錯覚すら覚える。
だが、ブリッジに立つ者たちは知っている。
この静寂は、決して“安全”を意味しないということを。
マリューは艦長席から、ゆっくりとブリッジ全体を見渡した。
クルーたちの動きは落ち着いている。
それでも、誰もが無意識のうちに、次の警報に備えていた。
ナタルは航宙データを確認しながら、わずかに肩の力を抜く。
この時間は、貴重だ。
戦闘前の、ほんの僅かな猶予。
だからこそ、判断を誤ってはならない。
ムウはブリッジの端で腕を組み、艦外モニターを眺めていた。
冗談も軽口もない。
ただ、長年の勘が告げている。
――この静けさは、長くは続かない、と。
アークエンジェルは進む。
誰にも気づかれず、誰とも交戦せず、ただ目的地へ。
それが、今この艦に課せられた最優先事項だった。
アークエンジェルの航海は、決して平穏ではない。
だが、このブリッジには、確かな信頼と、言葉にしなくても通じ合う距離があった。
若者たちを前に出し、背中を支える役目。
それを引き受ける覚悟が、ここにはある。
――それこそが、大人たちの背中だった。
次回予告
戦場から少し離れた談話室で、
彼らは、過去と向き合っていた。
語られたのは、後悔と恐怖。
言葉にすることでしか越えられない、
あの日の自分。
フレイは、逃げなかった。
過ちを抱いたまま、
それでも前を向くと選んだ。
赦しは、与えられるものではない。
向き合った先で、
ようやく掴み取るものだから。
だが――
静かな時間は、長くは続かない。
再び、戦場の呼び声が響く。
今度は、背中を預け合える距離で。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十七話
『過去を抱いて、前へ ――フレイ・アルスターの選択――』