機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第九十七話 過去を抱いて、前へ ――フレイ・アルスターの選択――
アークエンジェル艦内の談話室で、キラ、サイ、トール、ミリアリア、フレイは久しぶりに顔を揃えていた。
重力は安定しており、艦体の微かな振動が床を通して伝わってくる。
遠くで聞こえる機関部の低音は、心臓の鼓動のように一定だった。
肩肘張らない空間。
壁に固定された簡易テーブルと、使い込まれた椅子。
誰かが淹れた温かい飲み物の湯気が、談話室の空気をわずかに柔らげている。
――戦艦の中とは思えないほど、穏やかな時間だった。
それが、かえって奇妙に感じられる。
この船が、いずれ再び戦場に身を投じることを、誰もが知っているからだ。
話題は自然と、向かう先――メンデル・コロニーへと移っていく。
キラにとって、そこは二度と踏み入れたくない場所だった。
視界に入るたび、胸の奥に鈍い痛みが走る。
自分が「造られた」場所。
亡き本当の両親が、研究者としてではなく、“設計者”として存在していた場所。
それでも、ここまで皆を巻き込んだ以上、口を閉ざすことはできなかった。
「……メンデルってさ。僕たちが思ってるより、ずっと重たい場所なんだ」
キラの声は低く、抑えられていた。
語ること自体が、過去を掘り起こす行為だと分かっている。
ぽつりと零したその言葉に、最初に反応したのはトールだった。
「そっか……。俺たちが見てきた研究施設と、同じなんだな」
トールの声には、いつもの軽さはない。
彼とミリアリアは、取材という立場で“そういう場所”を実際に見てきた人間だ。
無機質な白い廊下。
番号で呼ばれる被験者。
人が、人として扱われない場所。
「人が、兵器になるまでの過程……あれは、記事で読んだだけじゃ分からないわ」
ミリアリアが静かに頷く。
彼女の指先が、無意識にカップの縁をなぞっていた。
トールとミリアリアが見てきた世界は背徳地獄そのものだった
キラは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく息を吐いた。
「……うん。ラクスが支えてくれなかったら、きっと僕は、自分の存在に耐えられなかったと思う」
胸の奥に沈殿していた感情が、言葉として外に出ていく。
それは、痛みでもあり、事実でもあった。
かつて耳に焼き付いた、兄姉たちの怨嗟の声。
“スーパーコーディネイターの出来損ない”。
その言葉は、今も完全には消えていない。
夜、ふとした瞬間に蘇る。
静寂の中で、不意に思い出す。
それでも前を向けたのは――
ラクスが、存在そのものを肯定してくれたからだ。
何度もラクスの胸で泣き、ラクスに支えて貰った。
キラにとってラクスはかけがえのないパートナーだった。
――しばしの沈黙の後、フレイが俯いたまま拳を握り締めた。
爪が食い込み、白くなるほど強く。
彼女の呼吸が、わずかに乱れていることに、サイはすぐに気づいた。
「……キラ」
呼びかける声は、張りつめていた。
過去の自分と向き合う覚悟を、今まさに決めた声だった。
「私……ずっと、許せなかったの。
あの時の自分が」
フレイは顔を上げる。
その瞳には、怒りとも後悔ともつかない感情が渦巻いている。
守れなかった故郷。
失った日常。
そして、自分が吐き出してしまった言葉。
「怖くて、全部失いそうで……
だから一番近くにいたキラに、全部ぶつけた」
唇を噛みしめる。
言葉にするたび、過去が鮮明になる。
“敵”のコーディネイター。
そう思う事で自分を保とうとしていた。
「最低よ。
守ってくれてた人に、あんな言葉を投げつけて……
今でも思い出すたびに、胸が焼けるみたいになる」
「フレイ……」
キラが言葉を探しかけた、その前に。
「違うの、キラ」
フレイは首を振った。
「慰めてほしいわけじゃない。
“仕方なかった”なんて言って欲しくない」
感情が、堰を切ったように溢れ出す。
「私はあの時、キラを見てなかった!
スーパーコーディネイターとか、才能とか……
そんな言葉で人を決めつけて、自分を守ろうとしただけ!」
声が強くなる。
震えが、怒りに変わる。
「キラが私達を守ってくれたのはキラが優しかったからでしょ!なのに助けてくれた事実から、目を逸らしてた!
キラがどんな想いで戦ってたか、考えもしなかった!」
その瞬間――
フレイの肩に、そっと手が置かれた。
「……もういい」
サイだった。
強くもなく、弱くもない。
だが、逃げ道を与えない声音。
「フレイ。もう十分だ」
フレイが驚いたように振り向く。
彼女の視界に映るのは、いつもより少しだけ大人びたサイの表情だった。
「後悔してるのは、分かってる」
サイはフレイの肩を抱き、まっすぐに見つめた。
「だからって、過去の自分を殴り続ける必要はない」
静かに、しかし断言する。
「あの時のフレイは、壊れかけてただけだ。
弱かったかもしれない。
でも、悪意でやったわけじゃない」
フレイの瞳が揺れる。
「今、こうして向き合ってる。
それが答えだろ?」
フレイは一度、深く息を吸い――
そして、改めてキラを見た。
「……キラ」
声はまだ震えていたが、逃げてはいない。
「あなたが私たちを守ってくれたのは、
遺伝子でも、才能でもない」
一語一語、噛みしめるように。
「優しかったから。
怖くても、逃げなかったから」
はっきりと言い切る。
「だから……
あなたが自分を造られたなんて責める必要なんて、どこにもない」
キラは一瞬言葉を失い、やがて静かに頷いた。
「……ありがとう、フレイ」
短い言葉だったが、それで十分だった。
「俺、キラに嫉妬してたんだぜ。MSに乗って戦えるキラが羨ましくて仕方がなかった。でも違うんだよな。俺は俺が出来る事を一生懸命やるだけだった。それでよかったんだって今は想う。キラにはキラの、俺には俺の出来る事がちゃんとあったのにな」
サイの告白にキラは優しい笑みを浮かべた。
ぎこちない事もあったが、やはり彼らは親友だったのだ。
「サイってすごいのよ。私達も時々お世話になるけど、人と人を繋げるのが凄く得意なの。MSに乗れなくても社交性は間違いなくキラより上よね」
ミリアリアが笑いながらサイとキラの顔を抱き寄せる。
トールはそんな姿に思わず笑いが出た。
「そうそう。カガリさんも褒めてたけど、サイってオーブ政府で調整の天才って呼ばれてるのよ」
そう言って婚約者の自慢をするフレイだ。
この場にいないカズイはオーブ国立大学を目指して猛勉強中だ。
カズイに自覚がないが、オーブ防衛戦で電源切れ寸前のオーブ軍の地熱発電所を再稼働させてオーブを救った功績をあげ叙勲されたのだから、カズイが望めば命を助けてもらった軍人の子女や大学の学生から恋人は選び放題なのだが、カズイ自身は静かな生活を望んでいる。
だがオーブ国立大学は余程カズイの試験結果が悪くなければ入学させるつもりだし、オーブ軍もモルゲンレーテもオーブエネルギー関連企業もカズイの大学卒業を手ぐすね引いて待っている。
つまり強制的にエリートコースに乗せられたのだ。
幸か不幸か、カズイの功績は大きすぎた。
かつて偏見と恐怖に縛られていた関係は、もうない。
同じ戦場を生き延び、互いを傷つけ、
それでも――向き合ってきた仲間たちが、ここにいる。
その時だった。
艦内スピーカーが、低く鳴る。
『――全艦に通達』
ナタル・バジルールの声だった。
いつもの冷静さの中に、わずかな緊張が混じっている。
『現在、前方宙域に不審反応を確認。
各員、第一種警戒配置に移行してください』
談話室の空気が、一変した。
『繰り返します。
全クルー、持ち場へ。第二級戦闘配置』
それぞれが立ち上がる。
キラは無意識に、胸元の通信機を握り締めた。
フレイは一度サイの手を握り、強く頷く。
トールとミリアリアは視線を交わし、冗談めかした笑みを浮かべた。
「……行こうか」
キラの言葉に、皆が頷く。
再び、戦場の時間が始まる。
だが今度は――
背中を預けられる仲間が、確かにそこにいた。
次回予告
宇宙は、あまりにも静かだった。
それは安らぎではなく、試される沈黙。
敵は近い。だが、まだ気づかれていない。
撃てば勝てる。だが、それでは終わる。
英雄になるより、生き延びる道を選ぶ。
その決断が、この艦を前へ進ませる。
アークエンジェルは、音を殺し闇へ沈む。
戦わないという選択が、次の未来を繋いでいた。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第九十八話
『沈黙の接触――撃たずに、生き延びるという選択――』