機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第九十八話 沈黙の接触――撃たずに、生き延びるという選択――

 第九十八話 沈黙の接触――撃たずに、生き延びるという選択――

 

 艦橋の照明は落とされ、最低限の灯りだけが計器類を照らしていた。

 白と蒼の表示が浮かぶモニターの光が、クルーたちの横顔を断片的に切り取っている。

 外部カメラに映る宇宙は、星々が凍り付いたかのように静止して見えた。

 

 アークエンジェルは、まるで巨大な生物が呼吸を抑えているかのように、慎重な姿勢で航行している。

 推進器の出力は最小限。

 艦体を流れる微細な振動だけが、「進んでいる」という事実をかろうじて主張していた。

 

「……航路修正、完了。現在、予定宙域を通過中です」

 

 操舵席のノイマンの声は抑えられていたが、完全には平静を装いきれていない。

 そのわずかな揺らぎを、マリューは聞き逃さなかった。

 

 艦長席の肘掛けに置かれた彼女の指先は、力が入っているわけでもないのに、微動だにしない。

 長年の経験が、身体の動きを必要最低限に留めていた。

 

 ――静かすぎる。

 

 それは宇宙の常ではある。

 だが、戦場を知る者にとって、この静寂はいつも「嵐の前触れ」だった。

 

 マリューの胸の奥に、言葉にならない違和感が引っかかる。

 

 その時だった。

 

「……艦長」

 

 ナタルの声が、わずかに低くなる。

 それだけで、艦橋の空気が変わった。

 

 「すみません!遅れました!」

 

 そう言ってサイとミリアリアが配置につく。

 昔のナタルなら怒鳴っていた所だが、旧友との会話を勧めたマリューを止めなかったのは彼女だ。

 自分も変わったものだとナタルは思った。

 

 マリューはメインモニターには目もくれず、サブスクリーンを凝視している。

 そこに表示されているのは、広域索敵データ。

 淡々と流れる数値の裏に、明確な“異常”があった。

 

「前方宙域に、複数の反応を確認。

 熱源パターン、艦艇クラス……ドレイク級巡洋艦。地球連合軍の哨戒艦隊と思われます」

 

 サイからその報告が発せられた瞬間、艦橋の温度が一段下がったかのようだった。

 

 ムウが反射的に身を乗り出す。

 視線がモニターに突き刺さる。

 

「数は?」

 

「最低三。最大で五。

 編成から見て、哨戒目的と思われます」

 

 数字だけを見れば、即座に判断できる。

 ドレイク級。

 戦力差は決して致命的ではない。

 

 マリューは一瞬、目を閉じた。

 

(……来たわね)

 

 それは恐怖ではなく、覚悟を確かめるための一拍だった。

 

「こちらへの探知は?」

 

 短く、だが艦長として必要な重みを持った問い。

 

 ナタルは指先を走らせ、索敵ログを再確認する。

 その動作には一切の迷いがない。

 

「――ありません。

 現在のところ、我々を捕捉した形跡はなし」

 

 ムウが低く息を吐いた。

 その音は、安堵と緊張が混じり合ったものだった。

 

「つまり……まだ、気づかれてない」

 

「はい」

 

 ナタルは断言する。

 

「ですが、この距離です。

 このまま直進すれば、遅かれ早かれ索敵網に引っかかります」

 

 艦橋に、短い沈黙が落ちる。

 

 ドレイク級なら搭載MSは二十機前後。

 艦隊規模も決して大きくはない。

 

 ――戦えば勝てるか。

 勝てる。

 

 だが、勝った瞬間にすべてが終わる。

 アークエンジェルがここにいると知られれば終わりだ。

 

 マリューはゆっくりと目を開き、即座に決断を下した。

 

「交戦は回避します」

 

 その声には、一切の揺らぎがなかった。

 

「メンデルへの航行は極秘。

 ここで戦闘を起こせば、こちらの目的が露見します」

 

 ムウが口角をわずかに上げる。

 それは軽口であり、同時に覚悟の表明でもあった。

 

「……だよな。

 英雄ごっこは、今回はお預けだ」

 

「ムウ」

 

「冗談だって。わかってるさ」

 

 ナタルはすでに、次の一手を組み立てていた。

 

「艦長。

 前方右舷、デブリ帯があります。密度は高いですが……」

 

 表示された宙域には、大小無数の破片が漂っている。

 かつて壊された艦艇、コロニーの残骸。

 宇宙に積み重なった“戦争の屍”だ。

 

「……潜れる?」

 

「可能です。ただし――」

 

 ナタルは一瞬言葉を切る。

 危険性を、艦長なら理解していると知っているからだ。

 

「多少の危険は承知の上よ」

 

 マリューは即答した。

 

「こちらが静かに消えれば、向こうは気づかない。

 哨戒艦隊は“何もなかった”と判断するでしょう」

 

 ナタルは一瞬だけマリューを見て、はっきりと頷く。

 

「了解しました。

 デブリ帯へ進路変更を提案します」

 

「承認」

 

 ムウが腕を組み、前方スクリーンを睨む。

 そこに映る哨戒艦隊の影は、確実に近づいていた。

 

「……あいつらに見つからずに通るか。

 昔より、腕は落ちてないってところを見せてもらおうぜ」

 

「ノイマン」

 

 マリューが静かに呼びかける。

 

「静粛航行。推力は最小限。

 デブリ帯に入るまで、余計な動きは一切しないで」

 

「了解。……腕の見せどころですね」

 

 操舵席の声にも、確かな緊張が滲んでいた。

 

 ナタルは艦内通信に指を伸ばす。

 

「――各部署へ通達。

 第一種警戒配置を維持。

 ただし、戦闘準備は行わない。沈黙を保て」

 

 それは、戦うための命令ではない。

 生き延びるための命令だった。

 

 前方スクリーンに、連合軍哨戒艦隊のシルエットが微かに映る。

 

 ――近い。

 

 だが、まだ気づかれていない。

 

 マリューは艦長席で静かに背筋を伸ばした。

 

(……この距離感)

 

 撃たない。

 挑発しない。

 存在を悟らせない。

 

 それが今、この艦に求められる最善手だった。

 

「――アークエンジェル、デブリ帯へ侵入します」

 

 その言葉と同時に、艦はゆっくりと進路を変える。

 

 無数の破片が浮かぶ闇の中へ。

 光を抑え、音を殺し、存在そのものを薄めながら。

 

 静かに。

 息を潜めるように。

 

 戦争の只中で――

 戦わないという選択を、貫くために。

 

 次回予告

 

 時間が、音もなく削られていく。

 撃たれない代わりに、見られている恐怖。

 

 敵は姿を消し、銃口だけが近づいてくる。

 動けば終わる。撃てば、すべてが壊れる。

 

 選ばれたのは、耐えるという戦い方。

 信じるのは、操舵と沈黙と、互いの背中。

 

 見えない攻防の中で、

 アークエンジェルは、まだ息を潜めていた。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 

 第九十九話

 『見えない銃口 ――デブリ帯の攻防――』

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