超成長スキルを持って転生したけど、生まれる場所を間違えた 作:ニクニク
さて、荷物運びも終わり、昼食も食べ終えたので午後は自由時間だ。
コノリはヒツギにドナドナされていった。
二人でこってり『反省』をさせられることだろう。
この『反省』、帰ってくると毎回コノリが清楚なお嬢様になっている。
何をしているのか非常に気になるが、おそらく踏み入っては行けない深淵なので俺はスルーをきめこんでいた。
まぁ、次の日にはもとに戻ってるんだけど。
「んじゃ、午後は素直に筋トレしますかぁ」
予定がなければ、筋トレをするのが俺の日常だ。
ゲームをしている最中も筋トレ、漫画を読んでいる最中も筋トレ。
筋トレをしない日は存在しない。
おかげでゲームの腕はさっぱりだし情熱もないが、情熱を込めすぎるとコントローラーが破壊されるからな。
これくらいがちょうどいいんだろう。
「準備よし、と」
俺は旧校舎の更衣室におかせてもらっている十トンの重りを持ってきて、グラウンドの空いている一角に立つ。
というか、俺が立っている場所に自然と空白ができるというか。
遠巻きに見られているのを感じる。
「よし、やるか」
午前中に結構な重さの荷物を運んだので、午後のトレーニングは下半身を中心としたトレーニングだ。
下半身トレーニングの定番、スクワットから開始である。
俺は大きく息を吸ってから、体に力を込めた。
「――トレーニング」
意識を一気にトレーニングへと切り替える。
普段の俺は、トレーニングに対する熱意はすごいが、別にトレーニングを普段から意識しているわけではない。
なにせ前世は体を鍛えることとはほぼ無縁の人生を送っていたのだ。
面白いくらい強くなるから鍛えているだけで、メンタルは前世の一般人を維持している……つもりである。
なので、トレーニングを行う時は意識のスイッチを切り替えないといけない。
無心で、無我夢中で、ただただトレーニングを繰り返す鬼となる。
そのためにもっとも単純な方法は――
(トレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニング)
思考をトレーニングで染め上げること。
そして、一気に熱が高まったところで――スクワットを開始!
「――神速フルスクワット」
俺がそうこぼした途端――
観客たちには、俺の体を中心に黒い点のようなものが浮かんでいるように見えるだろう。
最近の俺は、トレーニングにおいて速度の限界を超えることに凝っていた。
現在行っている神速フルスクワットは、十万回のスクワットを1000セット行うトレーニングだ。
インターバルは0.05秒、ただただ速度だけを追求していく。
結果、神速の上下運動は周囲の時空を激しく
ヤスリで木材を削るかのごとく、時空を削る時空摩擦を発生させるのだ。
結果として削り取られた時空は、削りカスを辺りに飛び散らせるという。
そうして生まれたのがこの筋肉によって生まれたダークマター、ニークマターだ。
(トレーニングトレーニングトレーニング)
しかし、トレーニングに熱中している俺はそんなこと気にする暇もない。
毎度、筋トレが終わったあとに自分の周囲で何が起きているのか聞かされるのだ。
そもそもニークマターは時空こそ歪めているものの、近づかなければ何も問題ない物質である。
近づくと別の時空に飛ばされてしまうらしいが、だったらもう一度時空を歪めて飛ばされた人を俺が回収すれば良い。
だから、特に気にする必要のない物質なのである。
まぁ、ヒツギにバレたら間違いなく怒られるので、ヒツギが見ていないところでしかやらないが。
ちなみに、どうして俺がそんなとんでも理論について詳しいかと言うと、教えてくれる知り合いがいるからだ。
どんな人物かといえば、コノリの親友の一人、と言ってもらえば納得してもらえると思う。
「ふう、こんなものかな」
神速フルスクワットを終えて、一息つく。
次は両足にそれぞれ5トンの重りをつけてのランジだ。
左右十万回ずつ、こちらも1000セット。
(トレーニングトレーニングトレーニング)
この時俺は思考をトレーニングで染めつつも、心の何処かでは”物足りなさ”を感じていた。
というのも、この神速トレーニングは既に開始して数カ月が経過しているからだ。
要するに、その数カ月の間トレーニングに代わり映えがない。
速度の限界を追求し、時空を歪めることはできたもののそれだけだ。
だがこれ以上の成果を求めようとすると、必然的に”破壊”を伴うものになってしまう。
(トレーニングトレーニングトレーニング)
たとえばこのランジ、足を前に出すという動きの特性上、どうしても力を込めると地面を陥没させてしまう。
もし仮に全力でランジをしたら、かちわりメガトンパンチみたいになってしまうこと請け合いだ。
だから、俺はその力を”消失”させることに向けている。
踏み出した時に力を込めて、それが地面に激突する寸前でより強い力を加えて停止させることで、地面を破壊せずにランジを行うのだ。
――しかしそれだと、結局それ以上の成果は望めない。
であれば、一体どうすれば良いのだろう。
そもそもの話、精神をトレーニングに染めているとはいっても、こうして次なるトレーニングへの渇望に俺は飢えてしまう。
ようするに、心の片隅に不要な感情を溜め込んでしまうのだ。
これはよろしくない。
というか、こうして地の文で思考をしている時点で完全に精神統一ができているわけではないのだ(メタ発言)。
――つまり、思考を完全にトレーニングへと染める特訓をしてしまえばいいのではないか?
発想の逆転だ。
雑念が混じってしまうなら、その雑念を消すことを特訓にしてしまえば良い。
俺は俗な人間だから、どうしてもこういう雑念が混じってしまうが、真に筋トレを愛するものならば雑念なんて混じらせてはいけないはず。
多分きっと、そのはずだ。
というわけで、意識して思考をトレーニング一色に染めることとする。
(トレーニングトレーニングトレーニング)
トレーニングトレーニングトレーニングトレーニング――
あ、精神を集中させると逆に足から力を抜くという、
トレーニングトレーニングトレーニングトレーニング――
でもその方が鍛錬としては正しいか、なら続行だ――
トレーニングトレーニングトレーニングトレーニング――
ああなんだか、意識がどこかへと消えそうトレーニング――
トレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニング――
まるで自分がより高位の次元へとトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニングトレーニング――
◇
その日、ナリヒトの筋トレを遠巻きに眺めていた鬼之木の生徒たちは、ふとあることに気がつく。
ニークマターが発生しているのはいつものこととして――何やらナリヒトに後光がさしていないか?
――と。
それは、さながら神の降臨、もしくは御仏の招来。
突如として鬼之木の旧校舎グラウンドは天地開闢の時を迎えようとしていた。
天上天下唯我独尊、仏の始まりを告げる言葉を思わせるような、あまりにも神聖な光景。
一部の生徒がその場にひれ伏し、ナリヒトがより高次元の”何か”となってしまう瞬間を目撃しようとして――
ふと、その動きが止まる。
ランジをしたまま、ピタリと動かなくなってしまったのだ。
ニークマターが消失し、時空が元の形に戻っていく中、数名の生徒が恐る恐るといった様子で近づく。
そして――
「――ね、寝てる」
どうやらナリヒトはあまりにも意識を集中させてリラックスしてしまったことで、眠ってしまったようだ。
ナリヒトが高次元の何かになる心配は、しばらくなさそうである。