「あっ。おーい、もしもーし。そこの……名前わからん……生徒会長の人〜」
突如頭上から聞こえた声。生徒会の仕事が粗方終わり下校途中だった学秀はその声のする方を見上げた。
「………………!?!?」
何故か仔猫を抱えた1人の女子生徒が木の枝に引っかかってぶら下がっている。
「あっ、気づいてくれた。こんにちは〜」
「いや……は?」
困惑した。勉学に運動、あらゆる事を卒なくこなす類い稀な頭脳を持つ学秀すら、今目の前にある現実を正しく飲み込むのに苦労した。
「君…渡辺朝陽さん?これは一体どういう状況なんだ?そんなところで何を…?」
「木から降りられなくなった仔猫ちゃんを助けようとしたのはいいものの、足滑らせてこの通りよ。いや〜参ったね!」
そんな状況だと言うのにまるで緊張感のない、のほほんとした声。
「暢気に言ってる場合じゃないと思うが??」
「あっ。そうそう!そうだった。キミが偶然ここを通りかかったから話しかけたんだけどさ〜。良かったら助けてくんない?私一人なら全然余裕で着地出来るんだけどさ〜、この子いるから出来ないんだよね」
彼女は着地出来ると言っているが、普通の人間なら下手をすれば足を骨折する程の高さはある。
「はぁ?」
「頼むよ〜」
仕方が無い。頂点に立つ支配者として、目の前で困っている者を助けないわけにはいかなかった。それが例え忌まわしいE組であったとしても。
「…………はぁ。わかった。そのまま飛び降りろ。下で受け止めてやる」
「結構な高さだけど大丈夫なんそれ」
「いいから早くしろ」
「はいよ〜。信じるからね!よ、いしょっと」
朝陽は体を捩る。その反動で枝から服が取れ、そのまま落下した。学秀は落下した朝陽の体を容易に受け止める。ちなみに高ければ高いほど落下物の重さは倍増する。大変危険なので良い子は真似してはいけない。
「おー。ナイスキャッチ」
「全く……」
「ありがと〜!キミは私とこの子の命の恩人だ!」
「…………はぁ」
学秀は落胆しつつ朝陽を地面へ降ろす。
「いやーほんと助かった!マジ神!よかったねぇ猫ちゃん」
朝陽の腕から降ろされた仔猫は、「みゃ〜」と鳴き声を上げて学秀の足元へと擦り寄ってくる。
「猫ちゃんもありがとうだって〜」
「…………」
学秀は尚も能天気な朝陽の姿に思わず無言で顔を顰めた。なんなんだこいつはと。
「いや〜、ビックリさせたみたいでゴメンね!」
「全くだ」
まさか木の枝にぶら下がった人間なんてものを現実で目にするとは誰も思うまい。
「あっ、て言うか会長さん私の名前憶えてんだね」
「当たり前だ。僕は支配者だからな。それに君は有名人だから、嫌でも耳に入る」
悪い意味での有名人だが。
「へー。で、会長さん名前なんだっけ」
「憶えていないのか……浅野学秀だ」
「おっけおっけ。いやねー、人の顔と名前憶えるの苦手なのよー。ってか会長さんまで知ってるんだねぇ私の噂」
渡辺朝陽と言えば、いつも怪我が絶えないから喧嘩に明け暮れている遅刻常習犯だと聞いている。実際いつもガーゼやら絆創膏やらをしているので非常に目立つ。それが学秀の持つ彼女への印象だ。ただ、成績に関しては成績優秀者で固められたA組の生徒を複数差し置いていつも上位10位圏内にいる程。
「その噂さ〜、なんかB組の子達が『他クラスの子達にそう言われる度に訂正してるのに全然噂が消えない〜』ってボヤいてるんだよね。私別にそんなの気にしてないからいいよ〜って言ってるんだけどね!でも変だよねー、私喧嘩なんて一回もやったことないのに、どうしたらそんな噂になるんだろうね!」
自分事だというのにちっとも深刻そうではない。確かに今目の前にいて口を動かす彼女は、呆れる程明るく誰かと殴りあったりするような人間には見えなかった。だが人は見た目にはよらない。
「いや、いつ見ても絆創膏やガーゼをしているからだと思うが」
「ルマルマにも言われた〜。別に怪我の原因なんて喧嘩以外でもいくらでもあるのに」
ルマルマ…?と一瞬疑問が浮かぶが、そんな事はどうでもいい。傷が絶えない上に遅刻常習犯だからあらぬ噂が立つんだろう。
「というか、そうじゃないなら何なんだその傷は」
「大した事じゃないんだよ!ただ、日常的に事故ってるだけなんだよ?」
「日常的な事故とは??」
学秀は宇宙を背負った。
「えー、B組の子に知り合いとか居ないの?クラス委員とかさ……聞いたりしない?いつも事故るからどんなに家を早く出ようとも遅刻が完全にはなくならないって」
「聞いた事はあるが、とてもじゃないが信じられないな」
「え〜。でもなぁ〜、事実は事実なんだよ〜」
不運と言うだけで日常的に遅刻する人間がいるわけがないだろう。学秀はそうツッコみたくなったが、ツッコむ前に「あ!お礼!お礼しなきゃ!どうしよ、コロッケでも奢る!?」と食い気味に言ってきた朝陽によってそれは叶わなかった。
「何故コロッケなんだ」
「あっコロッケ嫌いだった!?」
「いや、別に嫌いだとかそういうわけではないが…何故コロッケに拘るんだ…」
「この世の食べ物で一番コロッケが好きだから!」
「はぁ……」
当然!!とでも言うようにとびきりの笑顔を見せながら言う彼女に、学秀はクソデカ溜め息をついた。付き合っていられるか、こんな破天荒女。
「んじゃ、レッツゴー!!」
いや、まだ何も同意してないのだが。
「っておい待て、急に走り出すな」
その瞬間どこからともなくサッカーボールが飛んで来て朝陽の頭に直撃した。ゴッ!!と割と重い音がしたが、首が折れてやしないだろうか。
「ひぎゃっ!!」
「すみませーん!!」
サッカーをしていたのだろう少年達が公園の外へ出てきて、朝陽に頭をさげた。
「いいって事よ!!」
「でも危ないから次からは他の人や物に当たらないように注意するんだぞ少年達!!」とサムズアップしてからボールを少年達へ手渡す。そんな朝陽に少年達は改めて謝罪と礼を告げて去って行った。
「今かなりの勢いで当たったが??」
「無問題!!いつもの事!!」
「いつもの事!?」
あんな首の骨がイカれてしまうかもしれない打撃が日常茶飯事とはどういう事なんだ、と頭を抱えたくなる。
「では気を取り直して……行くぞー!ってうわっ!?」
今度は道に落ちていた空き缶に足を取られて転んだ。しかもその飛んで行った空き缶が近くの木にぶつかって跳ね返り朝陽の頭に直撃する。
「あだっ!!!」
「?????」
再び宇宙を背負った。
「いやー、すまんすまん。いっつもこれでさ!」
「いつも……???」
「そーだよー。ほら、事故って遅刻してるって言ったじゃん?一歩歩けばこれだからさ〜。運が良ければ遅刻せずに済むんだけど、そうじゃない場合が多くて。参っちゃうね〜」
そんな有り得ない程数々不運に連続して見舞われて、何故目の前の女はこんなにも暢気なんだ。
「歩き出せばさっきみたいことが起こるのか??」
「うん!!」
そんな犬も歩けば棒に当たるとでも言うような。というか、諺の本来の意味より酷い。あれは「余計な事をすると思わぬ災難に見舞われる」という意味の諺だ。だが朝陽は普通に歩き出そうとしただけである。
「……それが毎日??」
「そ!!」
「……本当に遅刻の原因は事故……??」
「そう言ってるじゃんよ〜。もうどうにもならんのよ。でも大丈夫!!死ぬこと以外はかすり傷だから!!」
相も変わらず当人は満面の笑みで元気よく受け答えをしている。信じられない。そんな人生を送って、どうやったらこんなポジティブバカに仕上がるんだ。
「…………」
こいつといると頭が痛くなりそうだ、と学秀は思う。コロッケは仕方なく奢られてやった。
《おまけ》
ちなみに。
その日、学秀が朝陽を受け止めお姫様抱っこのようになった瞬間のみを目撃したB組生徒がいた。
「お、お前等大変だ!!事件だ!!俺達の渡辺がせ、生徒会長にお姫様抱っこされていた!!」
「な、ナンダッテー!?」
「そんな!!私達の朝陽ちゃんが!!」
翌日、その話を聞いたB組はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「お、おい。進藤が息してないぞ!!」
「し、進藤ォ──────ッ!!!!」
進藤は死んだ。