絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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今日もポンポンいきましょう


10話 陰の世界の前奏曲

「時が満ちた……今宵は陰の世界……」

 

 それが、シャドウの下に訪れたベータ――銀髪に青い瞳を持つ美しいエルフを迎えた言葉だった。

 

 シャドウはベータに背を向けたまま足を組み椅子に座っている。

 無防備な背中、だがその背中が何よりも遠いことをベータは知っている。

 

 その手にはワイングラスがアンティークランプに照らされて輝いている。

 そして何気なく吞んでいるワインの銘柄は、お酒に疎いベータでも知っている一流のものだった。

 

「陰の世界。月の隠れた今宵は、まさに我等に相応しい世界ですね」

 

 部屋を彩る一級品の数々。そして壁に掛かった絵画を見つけたベータは驚愕した。

 

 幻の名画『モンクの叫び』。

 

 いくら財を積んでも決して手に入らないと言われる、まさに幻の一品。まさにそれを持つのに相応しいお方など、世界中どこを探しても彼と、あともう一人しかベータは思い浮かばなかった。

 

 そこで気付いた。

 

 この部屋にいるはずなのだ。

 

 ベータが先ほど思い浮かべた、敬愛すべきもう一人のお方が……。

 

 ――チリンッ

 

「ッ……!」

「制御は問題ない。が、感知が未だ伸びしろを残しているな」

 

 鈴の音と共にベータの背後に気配が現れた。

 

「シヴァ様! 気配に気付けず、申し訳ありません!」

 

 ベータは先ほどまで一切感じ取れなかった背後の気配に向き返り、頭を下げた。

 

「良い良い。鍛練を欠かしていないのは見れば判る。そのまま研鑽を怠るな」

 

 そう言ってシヴァは歩き出し、シャドウの前の大きな窓枠に背を預けて腕を組んだ。

 

 彼の東洋風の耳飾りには鈴が取り付けられている。が、それを一切鳴らすことなく流れるような動作で移動を終えるシヴァ。

 ベータはその完璧な重心操作に戦慄すると同時に、敬愛すべき主の一人にわざわざ鈴を鳴らさせてしまった己の鍛錬不足を嘆いた。

 

 だが、今は嘆いている暇はないとかぶりを振り、一度静かに深呼吸をして気持ちを切り替える。

 

「シャドウ様、シヴァ様、全ての準備が整いました」

「そうか」

 

 何もかも知っている。そう錯覚してしまうほど、見透かしたシャドウの声。

 事実これから語るベータの言葉は、ほぼ全て見透かされているのだろう。

 それでもベータは続けた。それが、彼女の使命だから。

 

「アルファ様の命により、近場の動かせる人員は全て王都に集結させました。その数114名」

『114名?』

「ッ……!」

 

 主2人からの疑問にベータは直感した。少なかったのだ、と。

 いくら集めても所詮は脇役。

 

 今宵の主役は彼らだ。

 今までの『七陰』が主の任務とはわけが違う。主役を彩る脇役として考えたとき、114という数は余りにも少なすぎる。

 

「も、申し訳……!」

「エキストラでも雇ったのかな……?」

 

 ベータの言葉を遮ってシャドウは言った。

 えきすとら、その単語の意味がベータにはわからない。

 

「いや、何でもない。こちらの話だ」

「はい」

 

 ベータはそれ以上問わなかった。

 

 彼らにしかわからない領域があるのは知っていた。

 ベータでは想像すらできないほど深い理由があり、ベータにはそれを聞く権利も実力もないのだ。

 

 でも、それでも。

 

 いつか彼らに並び立ち、その全てを支えたいと思う気持ちをベータは抑えきれないでいた。

 いつか、その日のために。

 

 ベータはそんな胸の内を隠して言葉を続けた。

 

「作戦は王都に点在するディアボロス教団フェンリル派アジトの同時襲撃です。襲撃と同時にアレクシア王女の魔力痕跡を調査、居場所を突き止め……」

「――その必要は無い」

 

 シヴァが言葉を被せた。

 

「既に場所は割れている。俺の魔力探知を玩具如きで妨害できるものか」

「さ、さすがです、シヴァ様!」

 

 ベータの声が弾む。

 

 拘束に魔力封じが使われていた場合、対象の魔力の痕跡を辿るのは困難を極める。それは広大な砂の大地から1粒だけ色の違う砂を見つけるに等しい。

 

 ベータはそんな芸当を軽々とやってのける主に心が震えた。

 

「そちらにはシャドウが赴く。皆に周知させておけ」

「かしこまりました」

 

 一度シヴァに頭を下げたベータは、作戦の説明を続ける。

 

「作戦の全体指揮はガンマが、現場指揮はアルファ様が取り私はその補佐を。イプシロンは後方支援を担当。デルタが先陣を切り作戦開始の合図をします。部隊ごとの構成は……」

 

 ベータが詳細を語るのを、シャドウは片手を上げて制した。

 彼の手には一枚の手紙。

 

「招待状だ」

 

 投げられたその手紙を受け取ったベータは、促されるままに中を読む。

 

「これは……ッ!」

 

 そこに書かれた余りの内容に、ベータは呆れと同時に怒りを抱いた。

 

「デルタには悪いが……前奏曲(プレリュード)は僕が奏でよう」

「はい、そのように手配を」

 

 ゆっくり見惚れるほど美しく椅子から立ち上がるシャドウ。

 

「付いてこいベータ」

 

 彼はそう言ってシヴァに並び立ち、そして振り返る。

 シヴァは何も言わず、ただただ愉しそうに嗤っていた。

 

「今宵、世界は我等を知る……!」

 

 ベータは共に戦える歓喜に震えた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 王都にあるとある建物。

 その内部には血の海が広がっていた。

 

 『それ』は突然やってきた。

 前触れもなく、理由も述べず、いきなり壁を突き破って侵入し、殺戮を始めた。

 

 黒いスーツを身に纏い、漆黒の剣で獲物を狩る。

 姿形は女性のそれだが、全身に血を浴びながら愛おしそうに嗤うその様は、まさしく悪魔。

 

 『それ』は辺りを見回して獲物が残り少ないことに気付くと、漆黒の剣を壁を突き破るほど伸ばした。その伸びた剣を大きく振りかぶり、吼えた。

 

「ま、やめっ……!」

 

 建物ごと、全て纏めて切り捨てた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「始まったわね」

 

 建物が両断され崩壊していくのを、アルファは時計塔の上から眺めていた。

 美しい黄金の長い髪は風に流され、夜の闇に煌めく。

 

「デルタ……あの子はいつもやり過ぎなのよ」

 

 ため息を吐き、首を振った。

 やってしまったことは仕方ない。

 

 アルファは王都全体を見渡した。

 

 港の倉庫、飲食店、商会、貴族の私邸……様々な場所で同時に襲撃が発生していた。一見共通点など見られないが、その全てが『ディアボロス教団』のアジトだ。

 

 一気に拠点を襲撃し、王都を教団の魔の手から遠ざけ『シャドウガーデン』の活動拠点とする。

 今回の作戦の真の目的はそれだった。

 

 眼下では騎士団が駆け回っているが、一番被害の大きいデルタの方に最も集まっている。

 

「デルタのおかげで他が動きやすくなるのも事実ね……」

 

 周辺の被害にさえ目をつむれば、彼女の働きは最高のものだった。

 

「私もそろそろ動こうかしら」

「――もう行ってしまうのか?」

 

 アルファの心臓が跳ねた。

 

 隣を見るとそこには、金の刺繍が施された漆黒のコートを肩に掛けたシヴァがあぐらをかいて座っていた。

 

 悪戯が成功したと、心底愉しそうな笑顔をアルファに向けていた。

 

「はぁ……私もまだまだね」

「キヒッ、そうでもないぞ? 声を掛けずとも鈴の音が鳴る直前くらいには気付けていたはずだ。誇っていい。魔力探知だけでいえばイプシロンにも並ぶ」

「あら、それは嬉しい評価ね」

 

 イプシロンは『緻密』の二つ名の通り、魔力の扱いに於いては『七陰』随一だ。

 そんなイプシロンに魔力探知だけとはいえ「並ぶ」と評価を受けた。それも恐らく世界で一番魔力の扱いに長けたシヴァに、だ。嬉しくないはずがなかった。

 

「まぁ、索敵という点に於いては獣人組が群を抜いて……む?」

 

 シヴァが言葉を切り、王都のある一角を見つめた。

 アルファもその視線の先を見ると、次の瞬間、地下から巨大な異形が現れた。

 

「あれは……<悪魔憑き>?」

「元はな。しかし……『あれ』は色々弄られているな」

 

 顎に手をやりながら顔をしかめてシヴァは続けた。

 

「魔力回路の形を無理矢理歪めている。あれは……イプシロンの手にも余るか」

 

 その言葉を聞いたアルファが悲痛に顔を歪める。

 

……治せる?

 

 珍しく弱々しい声のアルファにシヴァは顔を向ける。

 

 そしてシヴァは一拍置いて、愉快そうに口元を歪める。

 

「ケヒッ、誰にモノを言っている?

……フフッ、そうね……愚問だったわ」

 

 いつもの凛々しい表情で微笑むアルファ。

 

 そして、時計塔の上の2つの影は音もなく姿を消した。




↓シヴァ

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