「いったい何が起きているというの……!?」
アイリスは赤い髪をなびかせながら深夜の王都を疾走する。
建物が斬れた。最初の報告は耳を疑うものだった。
半信半疑で現場に向かうアイリスの下に次々と続報が届く。
王都で大規模な同時襲撃事件が起きていた。
だが襲撃先に統一性がまるでない。商会、倉庫、飲食店、果ては貴族の私邸まで……計画性のある犯行でまず間違いないが、その目的がまるで見えてこない。
間違いなく、王都は何かに巻き込まれている。
しかし今は敵の目的を考えている暇はないと、アイリスはかぶりを振った。
『ば、化け物だッ! 応援を……!』
騎士団の悲鳴にも似た声を聞き、アイリスは急いで駆けだした。
角を曲がり、裏路地を抜けて大通りに出ると、そこには醜悪な巨体で暴れ回る化け物がいた。
「なんッ……!?」
その化け物は異常に肥大化した血塗れの右爪を振り回し、騎士たちに襲い掛かる。
「離れなさいッ!」
咄嗟に化け物と騎士たちの間に入って化け物を一刀で両断した。
「被害は!?」
「あ、アイリス様! 死者8名、他は軽傷ですっ……!」
騎士の1人から被害報告を聞いて歯を食いしばる。
周りを見ると死体はいずれも一撃で、原形を留めていない者もいた。
「あなた達は遺体を回収して下がりなさい。残されている民間人を……」
「アイリス様ッ!」
突然、騎士の1人がアイリスの後ろを指差しながら叫んだ。
アイリスは後方に振り返りながら、咄嗟に剣を振る。
「くッ……!」
咄嗟だったため踏ん張りが利かなかったが、即座に膨大な魔力を開放し、見事に化け物の右爪を弾いた。
そのまま化け物の左脚を両断する。
「再生している……?」
先ほど切り捨てたはずの右腕は既に傷一つなく、たった今両断した脚も再生を始めていた。
「そんな……!」
「嘘だろ……」
「総員、下がりなさい!」
動揺する騎士たちに声をかけ、化け物の追撃を受け止めた。
化け物の一撃は早く、力もあり、巨体故重さもある。だが、力任せに暴れ回るだけで動きは単調だった。
「所詮は化け物」
アイリスの反撃は容赦がなく、腕を刻み、脚を落とし、首を飛ばす。
再生できるならやってみろと言わんばかりに連撃を浴びせた。
しかし、それでも……。
「まだ再生するというの……!?」
化け物は生きていた。
アイリスの連撃が途切れた一瞬で、化け物は再生を行いながら甲高い咆哮を放った。
「少し時間がかかりそうね……」
アイリスは早期決着を諦めて、腰を据えて戦う道を選んだ。
この化け物をここに留めておくだけでも意味はある。
アイリスは剣を構え直し、再生を終えた化け物へ疾走する。
直後、甲高い音と共にアイリスの剣が弾かれた。
遥か後方へ回りながら飛んでいく愛剣を後目に、アイリスは突如現れた乱入者を睨む。
乱入者もまた、アイリスを睨んでいた。
「それが苦しめるだけだと、何故わからない」
漆黒のボディスーツを身に纏った美しいエルフの女だった。
立ち姿だけでもそのエルフの力量の高さが窺え、アイリスは警戒を強めた。
「何者だ」
「……アルファ」
「何が目的だ。騎士団に敵対するのであれば容赦は……」
「敵対……?」
アルファはアイリスの言葉を遮って、クツクツと嘲るように笑う。
「何がおかしい……!?」
「何も知らない愚者が敵対など烏滸がましい」
「何だとッ……!」
アイリスの魔力が膨れ上がり、その膨大な魔力は波となって風を起こした。
だが、そんなアイリスを気にもとめず、アルファは背を向けて化け物の方へと歩き出す。
「待てッ!」
「観客は観客らしく、舞台を眺めてるだけで満足していなさい」
そこまで言って、アルファは一度足を止め、アイリスを見返す。
「我等『シャドウガーデン』の邪魔をするな」
瞬間、アルファに襲い掛かってきていた化け物が金と黒の魔力に覆われる。
先ほどのアイリスの魔力など足元にも及ばない超ド級の魔力。しかしその魔力の周囲への影響は、先ほどアイリスが起こした風とは比べ物にならないくらい静かで、優しい風が頬を撫でるだけにとどまった。
化け物はその膨大過ぎる魔力に包まれ、その巨体から白い煙を上げながら萎んで行き、少女ほどの大きさにまで小さくなった。
そしてその少女の左腕から短剣がこぼれ落ちる。
それは赤い宝石の入った短剣で、柄に『最愛の娘ミリアへ』と刻まれていた。
魔力が収まり、アルファが少女を受け止める。
少女を見つめるその顔は、とても優しく、たしかに愛おしさを感じさせるものだった。
アルファは地面に落ちている短剣を拾い上げると、そのまま夜の闇に消えて行く。
アイリスはその背に慌てて手を伸ばした。
「ま、待っ……!」
「――そう慌てるな、王国最強」
アイリスの心臓が跳ねた。
アイリスが気付いた時には既に左肩に手が置かれており、何者かに軽く肩を組まれていた。
掴まれた肩から物理的な力は感じない。が、どういうわけか、その肩に乗せられた手から尋常じゃないほどの圧を感じて、指先ひとつ動かすこともできなかった。
自分のすぐ右側に『何か』がいる。
圧倒的な存在感、空気を軋ませるほどの膨大な魔力の圧に、アイリスは冷や汗を垂れ流すしかできずにいた。
アイリスはその『何か』を横目に盗み見た。
金の刺繍が所々に施された漆黒のコートを肩に掛け、顔は半分ほどフードで隠されており、その隙間から鈴の付いた耳飾りが見えた。
そして、フードから覗く口元には笑みが張り付いていた。
「なに、もの、だ……」
「キヒッ、俺の魔力を前にして声を発するか……及第点だな」
絞り出すようにして声を出すアイリスに、その『何か』は愉快そうに嗤った。そして肩から手が離れた一瞬をアイリスは見逃さず、距離を取ってその『何か』と向かい合った。
「俺の名はシヴァ。『シャドウガーデン』『番外位』にして、破壊と再生を司る者」
シヴァは両手を前で組んでアイリスを見据えた。
次の瞬間、アイリスの目の前に先ほどアルファに飛ばされたはずの愛剣が突き刺さった。
「見定めてやる。好きにかかって来い」
「ッ……!」
明らかな挑発を発するシヴァ。
アイリスは怒りで顔を歪め、体は震えていた。
怒りに震えているようにも見える『それ』の本当の意味を、アイリスは知らなかった。
アイリスは目の前の愛剣を引き抜いて構え、荒れ狂うほどの魔力を開放した。
「シヴァ、貴様を拘束する……!」
「キヒッ……そうだ、王国最強。俺を楽しませてみせろ」
「ッ……!」
鋭い眼光のアイリスに対し、実に愉快そうに嗤うシヴァ。
アイリスは溢れ出る怒りに任せて、シヴァに斬りかかった。
◆◇◆◇◆
崩せない……!
アイリスは驚愕していた。
アイリスがいくら仕掛けようが、シヴァは一歩も動かず、彼が肩に掛けているコートから伸びる触手で全て防がれる。
死角から狙おうと、魔力を多量に込めた剣で斬りかかろうと、全て等しく黒い触手に阻まれた。
自動迎撃? いや、いったいどれほどの……。
「――『アーティファクト』は使っていないぞ?」
「っ……!?」
アイリスの思考に被せるように、シヴァが嘲るように言った。
動揺して距離を取るアイリスをよそにシヴァは続ける。
「これは単に魔力をよく通すだけの物質でしかない。魔力の操作次第で如何様にも形は変えられるがな」
そう言って、シヴァは黒い触手の先端をミドガル王国のシンボルに変えてみせた。そしてシヴァは『それ』を右手で握り潰すように掴み、形を刀に変えた。
「魔力はあるが扱いは未熟。センス任せで無駄が多い……が、将来性は悪くない」
「……何を言っている」
シヴァは刀を持っている逆の手で顎を撫で、何かを呟いた。
言葉の意味がわからず困惑するアイリスをよそにシヴァは刀を構えた。
「
「ッ……!?」
瞬間、シヴァが突如として目の前から姿を消し、アイリスは驚愕した。
――チリンッ
「ッ! ぐぅッ……!」
鈴の音が聞こえた方向に咄嗟に剣を構えたアイリスだったが、先の化け物とは比べ物にならない力で王都の上空へと弾き飛ばされた。
視界の端に辛うじて映したのは、既に刀を振り抜いた後のシヴァの姿。
それも次の瞬間には消えていた。
――チリンッ
王都の遥か上空で体勢を整えるアイリスだったが、鈴の音と共に背中を掴まれた。
「折角だ、広く使おう」
「ぐっ……!」
凄まじい力で引かれ、地面に高速で投げ飛ばされるアイリス。
着地は無理だと判断したアイリスは、あらん限りの魔力を込めて落下の衝撃に備える。
――チリンッ
「ッオゴォッ……!!!!」
地面スレスレで横から凄まじい衝撃を腹に受け、アイリスは体内の空気を全て吐き出した。そのまま近くの建物に叩きつけられ二軒ほど壁をぶち抜いてから止まった。
アイリスはお腹を押さえ咳き込みながら飛ばされてきた方向を睨みつけると、シヴァがゆっくりと歩いて来ていた。
「どうした、王国最強? もう終わりではないだろう?」
「ッ……! 舐めるなぁあああ!!!」
アイリスは気迫で体の痛みを振り払ってシヴァに斬りかかる。
斬って、防がれる。突いて、防がれる。
何度目かの斬り合いの後、鍔迫り合う。
アイリスが魔力を開放して押し切ろうとするが、シヴァは口元を愉しそうに歪めたまま、アイリス以上の力で対抗する。
全力で押し込むアイリスは、ビクともしないシヴァの剣に、歯噛みする。
「そうだ。頑張れ、頑張れ」
「ッ! ぁぁあああ!!!」
アイリスは怒りに任せてさらに魔力を込め、一歩踏み込むと同時に全力で斬り払う。シヴァはアイリスの斬り払いを冷静に避け、カウンターとして蹴りを合わせた。
アイリスはまるで列車にでも衝突されたかのような衝撃を脇腹に受け、再度家屋の石壁へ飛ばされた。
「雑だな、見るに堪えん……格上に対し力で挑んで
「クッ、何だとッ……!?」
「いい機会だ、教えてやる。
そう言ってシヴァが刀を構える。
そしてアイリスはシヴァの刀から急激に魔力の圧が弱まるのを感じ取った。
今のシヴァは、自身の刀と体に最低限の魔力だけしか込めていないのだ。
魔力量だけでいえば騎士団の中堅とほぼ同等。
その無謀ともいえるシヴァの行動に、アイリスは瞠目した。
「何をっ……!?」
「構わずかかって来い。
王国最強と呼ばれるアイリスに、神の名を冠する強者は嗤う。