「ふむ……」
そう言ったきり思案に耽るシャドウの姿をガンマは見つめていた。彼女の青い瞳はどこか不安そうに揺れている。
ふと、ガンマの目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。
主様方にこのような報告をするしかない自分に対して不甲斐なさを感じたからだ。
彼らに救われたあの日、ガンマは生まれ変わった。
ガンマという名を与えられた時、彼女は新たな生を彼らに捧げると決めたのだ。
しかしその想いとは裏腹に、彼女は『七陰』で最低辺の立場にいた。後から来た新人に追い抜かれ、幾度も敗れ、地を這い、屈辱を重ねた。
主様方が自分のために頭を悩ませてくださっていたことを彼女は知っていた。しかし、いつしかガンマはどれほど努力しても決して勝てないことを悟ってしまった。
ガンマは苦悩した。自分の存在価値は何なのか。
このまま足手まといになり無様な姿を晒すぐらいなら、消えてしまった方がいい。
そう覚悟を決めたその日、彼らはガンマを呼び出した。そして『陰の叡智』を語ったのだ。
武力ではなく、知力で戦う道。
ガンマはただがむしゃらに『陰の叡智』に飛びついた。
生き残る道はこれしか無いと、文字通り命を懸けて『陰の叡智』を再現した。
後にして思えば、彼らには何もかも見透かされていたのだろう。自分の苦悩も、進むべき道も、全てわかった上で彼らは『陰の叡智』を語ったのだ。
その時ガンマが感じたのは切なさだった。
決して届かない場所にいる彼らが、ただ切なかった。
彼らにとってガンマは必要なのだろうか。
そう考えた時、ガンマは涙が溢れてくる。
だから涙を拭いて頑張るのだ。
もっと大きく、もっと強く、『シャドウガーデン』を彼らに相応しい組織へと成長させた時、きっと……この思いは満たされるのだろう。
「なるほど、そういうことか」
シャドウの声が、ガンマを現実に引き戻した。
「心当たりがある。一度、探ってみる」
全てを見透かしたような彼の声に、ガンマは胸が締め付けられた。
今回もまた何の役にも立てないかもしれない。
主様はいつもほんの僅かな情報から答えにたどり着いてしまう。ガンマが部下を総動員して得られなかった手がかりを、いとも簡単に見つけてしまう。
シヴァ様は常に全てを見透かしたように私たちの行動を見守って下さっている。私たちが成長する姿を喜ぶ親のように慈悲深く。
ガンマは諦めない。
いつか、彼らに並び立つ日を……もう諦めないと決めたのだ。
ガンマは出口に向かう彼らを見送る。
「ニュー、来なさい」
彼らがここから立ち去る前に、彼らをここまで案内したダークブラウンの髪の女性を呼んだ。
「この子はニュー。13番目の『ナンバーズ』です」
主様は目を細めてニューを見た。その鋭い瞳で、ニューの力量は何もかも見抜かれているのだろう。
シヴァ様は観察するように顎に手をやってニューを視た。
「まだ入って日が浅いですが、その実力はアルファ様も認めています。自由にお使いください」
「ニューです。よろしくお願いいたします」
ニューの声は緊張で少し震えていた。
「ほぅ、なかなかなものだな」
「フッ……用ができたら呼ぶ」
「はっ」
首を垂れてニューは下がった。
「あ、そうだ。チョコ買いたいんだけど。一番安いやつ、友達割引でさらに安くなったらいいな」
「あ、僕は適当に2種類くらいちょうだい」
「最高級のチョコを用意します。10割引きで」
「10割引き……タダじゃん、ラッキー! あ、なら僕は3人分欲しいな」
「かしこまりました」
一般人になりきる彼らを、ガンマは微笑ましく思った。
◆◇◆◇◆
お店でシドと別れた僕は、屋根伝いに移動しながら寮に向かっていた。
屋根から屋根へ跳び移りながらシドと別れた時の会話を思い出す。
『で、心当たりって誰?』
『アレクシアだよ。あいつ遂にやりやがった』
僕はこれ以上ないほど納得した。
アレクシアは日々剣の腕を上げている。それに加えてシドを斬って何らかのタガが外れてしまったのだろう。人を斬る快感を覚えてしまったのだ。僕も最初斬った時はハマったから
アレクシアの場合は自分の剣の腕を試したくて対戦相手を探し求め、ついには人斬りへと成り果てた、みたいな感じだろう。
――キンッ!
その時、金属同士がぶつかり合うような音が僕の耳に届いた。
噂をすればというやつだ。僕は進行方向を音の鳴る方に変えた。
正直、彼女が人斬りになろうが覇王になろうがどうでもいい。外野がどれだけ騒ごうが結局はその人の人生だ。好きな道を歩んでいいと思う。
だが、『シャドウガーデン』を名乗るのなら話は別だ。
『シャドウガーデン』は僕とシドとアルファたちが丹精込めて作り上げた最高の舞台だ。シャドウとシヴァが一番輝くためにだけ用意された極上の舞台なのだ。アルファたちやエキストラの皆さんも僕たちを輝かせるために舞台づくりを頑張ってくれている。
その舞台を勝手に利用するのは許されることじゃない。『シャドウガーデン』がかっこいいのはわかるけど、それなら新しく組織を作ればいいじゃない。美味しいとこ取りなんて絶対許さない。
そんなこんなで音の発生源に着いた。
僕は覗き込むようにして建物の屋上から路地裏の様子を伺う。ちなみに服装は移動中にシヴァの衣装に着替えておいた。
戦っているのは2人。
1人は制服姿のアレクシア王女。もう1人は黒のローブを身に纏った男。男の方は「我等は『シャドウガーデン』……」とブツブツ呟きながら戦っていた。
…………あれえ?
まさかの黒幕の正体に衝撃を受けているとシャドウの姿をしたシドがやって来た。
「よくヒョロたちまけたね」
「まぁね。今は野糞中なんだ」
「それはそれは、明日がとても楽しみだ」
ヒョロは口がもの凄く軽い。秘密にしてね、と言ったことでも5分後くらいには第三者に伝わっているレベルだ。
ヒョロの口の軽さは僕も身をもって体験したことがある。
僕の好物をネタに女子と話をしたらしくて、後日何人かの女子生徒から食べ物をプレゼントされた。僕は人に自分のことを話す時に全て違うことを答えるようにしている。ヒョロが流したのはすぐわかったから女子生徒たちには「体質的に食べられないんだよね」と受け取りを拒否しておいた。それ以降僕に関する情報をヒョロが話しても誰も真面目に聞き入れないようになった。
もし仮に口の軽い人間が僕の秘密を知ったとしても誤魔化せるようにしているのだ。これが敵も味方も作らない系ボッチの生存戦略だ。
それはさておき路地裏での攻防をシャドウと観察する。
「なぜ罪もない人を殺めるの? これがあなたたちの戦いなの?」
「我等は『シャドウガーデン』……」
「さっきからそればっかり……これがシャドウとかいう男の意思なの?」
「我等は『シャドウガーデン』……」
会話にすらなっていない。
ここまで観察して確信した。アレクシアは無実だ。疑ってごめん。
黒ずくめの人はたぶん『シャドウガーデン』に憧れた人斬りか何かだろう。『シャドウガーデン』への理解度が足らずに同じ言葉しか話せないBOTと化しているが、自分流の言葉を入れない辺りに僅かながら配慮を感じる。
彼は初めての『シャドウガーデン』のフォロワーということだ。
だが、最初に言ったように名前を騙るのは許されない。
憧れているのなら似たような組織を作ればいいじゃない。そしたら『シャドウガーデン』のライバルにでも共闘相手にでもなれたのかもしれないのに。「あれは! なんでこんな所に……!?」「貴様、○○(組織名)の者か……ならば話が早い」みたいな別組織同士の絡みとかもできかかもしれないのに、勿体ない!
隣でシャドウも粛清を決めたようだ。
「これで終わりよ」
路地裏の戦いも決着が近づいてきた。アレクシアの剣がフォロワーの剣を弾き飛ばした。
アレクシアは終わりよとか言っていたが、まだ敵の増援が近くにいることに気付いていないのだろうか?
◆◇◆◇◆
「これで終わりよ」
アレクシアは男の剣を弾き飛ばした。
カランッという音を立てて少し離れた所に剣が落ちた、その時……。
「……ッ!」
突然背後から繰り出された斬撃を、アレクシアは転がって避けた。更なる追撃を咄嗟に防ぎ、そのまま相手の腹を蹴って距離を取る。
少し乱れた息を整えながら、アレクシアは新たな敵を見据えた。魔剣士が2人、いずれも同じ黒いローブを身に纏っていた。
乱入して来た二人と斬り合う。
実力者2人を1人で相手する状況だが、アレクシアには負けない自信があった。いつも斬り合っている特待生と比べて楽過ぎるくらいだったからだ。
この時ばかりは、アレクシアはいつも鍛練に付き合ってくれるその特待生に感謝していた。
前と比べて明らかに相手の動きがよく見える。
2人を相手にしているのに心は冷静を保っていられる。
勝てる!
「……グゥッ!」
勝機が見えたことで少し油断したアレクシアは、背後からの一撃に気付けなかった。
最初に戦っていた男が剣を取りに行っていたのに気付けなかった。
「か弱い乙女相手に、ひどいわねッ!」
アレクシアは斬られた左腕の痛みに顔を歪めながら剣を持っている右手で背後の敵を殴り飛ばした。
左腕は深く斬られており魔力による止血を急ぐ。血が足りなくてクラクラする視界で男たちを見据えた。男たちはじりじりと囲むように距離を詰めて来ていた。
「我等は『シャドウガーデン』……」
アレクシアが死を覚悟したその時。
空から漆黒が舞い降りた。
まるで夜を翔る梟のように音も無く降り立った『それ』は、そのまま漆黒の刃で1人を両断してみせた。
「『シャドウガーデン』の名を騙る愚者よ……」
シャドウ。
忘れるはずもない、剣の完成形をアレクシアに魅せた最強の存在がそこに居た。
シャドウと『シャドウガーデン』を名乗る黒ずくめの男は敵対しているようだった。
「その罪、その命で償うがいい」
シャドウの言葉を聞いた黒ずくめたちが一斉にその場から逃げ出した。
「愚かな……」
シャドウが一言呟き、男たちを追うために歩き出した。
「ま、待ってッ……!」
アレクシアの声がシャドウの動きを止めた。
全身が震えるのを必死に押さえながらアレクシアは声を絞り出した。
「あなたの、目的を教えなさい……!」
アレクシアはシャドウに一度助けられた。そして今回も。
王女という立場を使えば彼の目的に協力できるかもしれないとアレクシアは思うと同時に、敵対した場合は勝ち目がないことも理解していた。
淡い期待を纏ったその質問にシャドウはゆっくりと振り返り、アレクシアを見据えた。
「……関わるな」
返ってきたのは拒絶の意。
それだけ言い残して、シャドウは暗闇の中に消えた。
「待ちな……さい…………」
多くの血を失ったアレクシアの意識が遠のく。
左腕から尚も血が流れ続け、アレクシアが倒れた場所に血の池を広げていく。
――チリンッ
「死ぬな。貴様の死に場所はここではない」
薄れゆく意識の中で、アレクシアはそんな声を聞いた気がした。
直後、どこか懐かしく温かい金色の魔力に包まれたアレクシアは、襲ってくる眠気に抗えず、心地よさそうに自らの意識を手放した。
◆◇◆◇◆
「めっちゃ『陰の実力者』っぽいじゃん……うん、やっぱ譲って正解だった」
気を失ったアレクシアの頭上で響く特待生の声は、誰の耳にも届くことなく暗闇に溶けて消えた。
【アレクシアの怪我】
原作にはなかった慢心が招いた傷なので、原作より深く斬られています。シヴァが治療しなければ、騎士団が駆けつけるまでに出血多量で確実に死んでいましたね。ハハッ……アブネ。