目を覚ますと懐かしい天井が広がっていた。
「アレクシア様、お加減はいかがですか!?」
幼少の頃から私の身のまわりのお世話をしてくれているメイドが私の顔を覗き込んできた。
「えぇ、少し怠いけど問題ないわ」
少し重い体を起こして周囲を見渡すと、そこは王城にある自分の部屋だった。
メイドはアイリス姉さまに伝えてくると言って急いで部屋を出て行った。
昔から少し心配性な気があったけど、この前の誘拐事件から拍車がかかってきたわね……まぁ悪い気はしないけど。
左腕を見るとギブスで固定されていた。相当深く斬られていたようで、持ち上げようとしても痛みが走って途中までしか持ち上がらない。
この傷の痛みは私の弱さが招いた結果だ。
あの一瞬、私は勝ちを確信して少し気を緩めてしまい、その油断がこの怪我を招いてしまった。
悔しい……!
剣の上達を実感して慢心した。心が伴っていなかったのだ。
だが、私に止まっている暇などない。今日また自分に足りないものを見つけられたのだ。それを埋めて前に進み続けようと私は気持ちを新たにした。
「アレクシア!」
しばらくして、アイリス姉さまが部屋に飛び込んで来た。
「体調はどうですか? 傷は塞がりましたが、血を多く失っていたようでしたので」
「少し頭が重いですけど問題ないです」
アレクシア姉さまがベッドの側まで寄って来て体調を心配してくれる。しばらく前までは考えられないくらい姉さまとの関係は改善した。きっかけをくれた人たちには少しだけ感謝している。
それから昨晩あった出来事をアイリス姉さまに報告した。
「話はわかったわ。通り魔の正体は『シャドウガーデン』を騙る偽物だったと……」
「シャドウと敵対していたので間違いないと思います」
「シャドウ……結局、彼らの実態はつかめないままね」
アイリス姉さまはベッドの傍らの椅子に座って思案する。
あの王都同時襲撃事件の日、アイリス姉さまも『シャドウガーデン』所属の人物と遭遇したというのを聞いた。
『番外位』シヴァ。
アイリス姉さまでも敵わない実力を持つ謎の存在。騎士団中堅くらいの魔力だけで姉さまの攻撃を全て凌ぎ続けたと聞いた時には耳を疑った。聞いただけでシャドウに比類する剣の腕だということがわかる。
金の刺繍が入った黒いコートを肩に掛け、鈴の付いた東洋風の耳飾りを……鈴?
「あの鈴の音……」
「アレクシア?」
「シャドウが去って気を失う前、鈴の音が聞こえた気がしました」
「何ですって!?」
アイリス姉さまが椅子から音を立てて立ち上がった。
その時の詳細を姉さまに伝える。意識を手放す前、鈴の音の後に感じた金色の温かい魔力の光も含めて。あれがなければ止血が不十分だった私は失血で命を落としていただろう。
「朧気だったので確証はありませんが……」
「あの者は『破壊と再生を司る者』と名乗っていました。その
「姉さまたちがあの場所に到着した時、シヴァはいなかったのですか?」
「いえ、アレクシアを見つけたのは私たちではなくて……」
アイリス姉さまは、倒れた私を保護した時のことを話してくれた。
◆◇◆◇◆
「チョコうま~」
翌日の昼休み、僕は学内を適当にぶらつきながら昨日買ったチョコを一人で食べていた。
昨日僕はシャドウによる『陰の実力者』劇場の後、アレクシアに治療を施した。あのまま放置してたら普通に死んでたからね。
ついでに、気絶する前に声をかけて僕の存在を匂わせておいた。
アレクシアは紅の騎士団に所属しているから上司であるアイリス王女に報告をするだろう。そこで僕の存在と強さをアイリス王女から共有されて戦慄するまでが今回の僕のプランだ。まぁあってないようなプランだけど。
今回はシャドウにメインを譲った。
だってメインキャラのピンチに颯爽と助けに来るってめちゃくちゃ『陰の実力者』っぽいじゃん。今回の状況では『絶対的な強者』より『陰の実力者』の方が適任だっただけだ。
僕とシドは協力関係。お互いがより輝けると思う舞台があれば相手に譲ることもあるのだ。
アレクシアを治療した後、僕はサイの格好で彼女を寮に運んだ。
その途中で通報を受けたというアイリス王女と騎士団の人たちが来たので、アレクシアを引き渡しておいた。
その時は緊急時だったのですぐ開放されたが、今朝方軽い事情聴取を受けてきた。何故あの時間あそこにいたのかと訊かれたのでシドたちの名前を出しながらチョコを買いに行った帰りで〜とか言っておいた。シドなら話を合わせてくれるはずだ。
それにしてもこのチョコほんとに美味いな。前世のものと比べても大差ない。ミルクを混ぜてくちどけを良くしているのが僕的にポイント高い。ミルクチョコってやつかな。
もう一種類は生チョコだ。生クリームでさらにくちどけを良くしていて美味い。かかっているちょっと苦い粉が僕的にポイント高い。僕はこのチョコの方が好きだな。
もう一粒食べようとした時に横から人影が現れてぶつかりそうになったけど寸前で止まった。
僕の視界にピョコンと金色のアホ毛が生えた。視線を少し下げて顔を見ると実習でよく組む騎士団長の娘さんだった。
「おっと、失礼しました……おや、サイ殿ではありませんか。どうしてこちらに?」
「今散歩中なんだ」
「こ、このような場所にですか……?」
「案外悪くないものだよ」
なんとなく適当に歩いていたらいつの間にか色々な備品が置いてある物置小屋の辺りまで来ていたらしい。ちなみにここは学園の端っこだ。
騎士団長の娘さんは「なるほど、そうなのですか……」とか何とかふむふむ言っている。相変わらず真面目だ。
そして少し視線を下げたことで僕の手にあるチョコの箱に気付いた。
「なっ! それは今王都で話題のチョコレートなる甘味菓子ではありませんか!?」
「よく気付いたね、知ってるの?」
「それはもう! 今まで見たことのない種類の菓子でありながら瞬く間に王都で人気を博したミツゴシ商会の新商品! 洋菓子とはまた違った癖になる香りと染み渡るような甘さ、そして何よりとろけるようななめらかな食感が大変魅力的です! その他にも果物をチョコレートでコーティングしたような商品もあり、聞いた話ですがどうやらそのコーティング用のチョコレートには……」
なんかめちゃくちゃ話し出した。
この目をキラキラさせて一人でめちゃくちゃ語り出す感じ『シャドウガーデン』にも似たような子がいたなー。
「どれも捨てがたいですが、私のおすすめは……ハッ! こほん、失礼、少々取り乱しました」
「全然大丈夫だよ」
ほとんど聞いてなかったしね。
「よかったら食べる?」
「よろしいのでッ……! んっんん、いえ、見たところそれは最上級品。そのようなものを頂くわけにはいきません」
視線をちらちらとチョコに向けながら言われても説得力がない。ぴょこぴょこ跳ねるアホ毛も相まって犬が目の前の餌を必死に我慢しているみたいだ。あ、目瞑った。
さすがの僕もこんな状態の子をほっぽり出して行こうとは思わない。
別にチョコはガンマに言えばまたくれるだろうし、何よりこのチョコはタダだ。人にあげるのにそこまで抵抗はない。
『シャドウガーデン』のあの子も僕からの施しは基本断ってたなー。そんなときは……。
「むぐっ!?」
無理やり押し付けるに限る。
僕は生チョコを一粒彼女の口にねじ込んだ。
一拍置いて、騎士団長の娘さんは目を先ほど以上にキラキラさせて頬を支えるように両手で押さえた。アホ毛もブンブンと左右に大きく揺れている。面白いなあのアホ毛。
しばらく堪能した後、ハッと意識を現実に戻した彼女はめちゃくちゃ混乱していた。
「なっ、なななな何故あのようなことをッ……!?」
「美味しかった?」
「それはもう! ッではなくて! あんな滅多に手に入らないものを何故私なんかに……!?」
「そりゃあ、僕のものをどうしようと僕の勝手だからね」
これぞ僕が『シャドウガーデン』の子たちに何度もやっている――相手が勝手にやったことだから問題ないよね? と思わせる作戦だ。今のところ成功率100%の完璧な作戦である。
手に付いた粉を舐め取るとほろ苦い甘さが口全体に広がった。
僕のその行動を見てバッと口元を両手で隠した騎士団長の娘さんの顔は先ほど以上に混乱していた。顔も見るからに真っ赤だ。カフェインに弱かったのだろうか?
「大丈夫?」
「ッ――、ッ――!」
念のため声をかけてみても口が塞がっていて何を言っているのかわからない。何がしたいのだろうか、この子は……。
息止めの修行は僕も経験あるけど話したいことがあるなら手を離せばいいのに。鼻の穴で声を発する練習とかかな? 猿ぐつわされたりしたときとか使えそう。僕は噛み千切る練習しかしてないからアドバイスできないけど心の中で彼女のことを応援した。
しばらく彼女の鼻息を聞いていると、今回は諦めたのか口元から手を離した。
「し、失礼しました。その……とても美味しかったです、ありがとうございました」
「どういたしまして。僕も美味しかった」
「美味しッ……!? あ、えっと、その………………こ、光栄です」
「?」
粉が付いていた指を見せながら言うと褒めたみたいになった。不思議なこともあるものだ。
まぁ見た感じ不快そうじゃないしいっか。Win-Winってことで。
僕は彼女に別れを告げて教室に向かう。
一緒に帰ろうと誘ったけどしばらくしてから行くと断られた。食べるの好きっぽいし王都でおすすめの食事処とか色々聞き出そうと思ったけど残念。また機会があれば聞こう。
道中、生チョコを一粒口に放る。
やっぱり僕はこれが一番好きだ。今度はこの種類を多めに貰おうと心に決めて、上機嫌になりながら手に付いた粉を舐めとった。
「あれが皆が言っていたあーんと間接キス……そ、想像以上です……」
【騎士団長の娘さん】
見た目のイメージはFateのアルトリア・ペンドラゴン。