選抜大会が終了して一週間が経った。
その間、今回もクレアに負けた姉さんが愚痴を吐くついでに甘えてきたり、シドが怪我の治療という名目で五日間ほど開けて登校したら、少しだけ周りが優しく接していたりしたが、特に問題なく日常が過ぎていった。
夜の鍛練のときにシドから併設されている学術学園のネームドキャラと交流を持ってしまったと相談を受けたりもしたが、どんまいとしか言いようがなかった。学術学園だからといってネームドキャラのチェックを怠ったシドが悪い。
閑話休題。
シドが復帰した翌日の今日、午前授業がもうすぐ終わるというタイミングで僕はある事に気付いた。
「(魔力探知に誰か引っ掛かったな……覚えのない魔力反応……騎士団か?)」
僕は魔力探知の範囲を学園全体を覆うくらいの大きさで常に維持している。これにより学園内に侵入者がいればすぐわかるようになっている。それが今さっき反応した。
騎士団が学園に入ったのかと思ったけど、どうやら違うらしい。
門兵は殺されているし、侵入者は数人のグループに分かれてそれぞれの持ち場に急行している感じだ。明らかに計画的な行動。
しかも魔力の練りに少しだけ違和感がある。
お、どうやらご到着らしい。
次の瞬間、凄まじい爆音と共に教室の扉が吹き飛び、抜剣した黒ずくめの男たちが乗り込んで来た。
そしてその内の一人がその勢いのまま教壇に立っていた教師に斬りかかる。
先生は咄嗟に剣を抜いて迎撃しようとしたが、魔力が練ったそばから霧散してしまい成す術もなく斬られ、深手を負ってしまった。
「全員動くな! 我等は『シャドウガーデン』、この学園を占拠するッ!」
「コイツのようになりたくなけりゃ、大人しくしていろッ!」
彼らはそう叫んで出入口を固めた。
「うそ、だろ……」
僕の呟きは周囲のどよめきにかき消されて誰の耳にも届かなかった。
ここは王都最大の魔剣士学園。当然、そこに務める教師はそれ相応の実力者だ。
その教師が成す術もなくやられた衝撃に、ほとんどの生徒は動揺を隠せなかった。
ただ一人、僕だけを除いて。
僕は魔力探知ですでに学園全体の占拠が完了しているのを知った。
先の戦闘を見る限り魔力の妨害も彼らの仕業だろう。計画された組織的犯行。まさにテロリストだ。
僕らの名を騙ったことなど気にならないくらい、今の僕は興奮していた。
「マジでやりやがった……!」
僕は感動に震えてた。
一体何度この状況を妄想しただろう。数百、数千、数億……。
世界中の少年が夢見た『アレ』を。
学園がテロリストに襲撃されるという『アレ』を彼らはやってのけたのだ!
「そのまま席を立つな、全員手を上げろ!」
どうする、普通ならここで襲撃者相手に無双するのが『絶対的な強者』としてあるべき姿だろう。しかし今の僕は学園に通う魔剣士見習いサイ・キョーシャ。実力を示し過ぎると後の学園生活に支障をきたす恐れがある。
ここは誰にも気付かれることなくシヴァの姿になって無双するのがベスト!
そのためには少しでも多く相手の情報を集めることが先決。
教室に襲撃を仕掛けてきたのは三人の黒ずくめの男。二人が出入口を塞いで一人が生徒たちを剣で一人ずつ脅して回っている。武器を持っている人間がいないか確認して周っているのだろう。
しかも見回っているのは教師を斬った男だ。真っ先に実力を証明した人間が脅して回るというのは実に合理的だ。実力を目の前で証明されたら反抗する気持ちも起きないよね。
僕も色々な施設を単独で襲撃することをよく妄想していたから、テロリスト側の思惑は少しだけ理解できるのだ。
「今から大講堂に移動する!」
一通り見回りを終えた男が声を上げるのを合図に他の黒ずくめの男たちも動き出す。
彼らは生徒を立たせて結束具で後ろ手に拘束し、続々と連れ出していく。
ふむ、生徒たちを一箇所に集めて立てこもるつもりか。
大体テロリストたちの目的が見えてきた気がする。
この学園に通う生徒たちは全員貴族の子息子女だ。生徒を一箇所に集めて人質にするのであれば、目的は身代金とか? きっとそんな感じだろう。
というわけで、相手の目的に大体の目星が付いたので僕はお暇するとしよう。
生徒たちがテロリストに結束具を取り付けられているのを眺めながら少しだけ意識を集中させる。
僕が学園生活を円滑に送る上で身に付けた技の一つ。
ボッチ
この技は自分の体を魔力体で覆い、光を湾曲させて疑似的に透明人間を作り出す技だ。
本来であれば意識せずとも展開できるのだが、何らかの魔力妨害を受けているので今回は意識的に展開した。
妨害の基を断つのはすぐにでもできるけど、相手の策を敢えて受けて真っ向から叩き潰すのが『絶対的な強者』だからね。策を壊すときは相手がその策を自慢したタイミングで壊す。余裕を見せるのが大事なのだ。
僕以外の全員の拘束が完了したのを確認したテロリストたちは、生徒たちを連れて大聖堂へと移動を開始した。
さて、これからどうしようか。
魔力探知には続々と大聖堂へ連れて行かれる生徒たちの反応と、僕みたいに一人教室に取り残されている仮死状態の反応が一つ…………シドじゃん。
「ま、とりあえず一回合流しよっと」
僕は魔力体を霧散させてからシドの教室へと向かった。
◆◇◆◇◆
シドの教室に到着してからしばらくすると心臓が止まっているはずのシドがひとりでに動きだし、自身の心臓を何度も叩きだした。
まるで心臓マッサージでもするかのように、無理やり心臓に衝撃を与え続ける。
「ゲホッ、ゴホ、ゴホッ!」
何度目かの衝撃により、止まっていた心臓が正常に活動を再開した。
モブ式奥義『十分間の臨死体験【ハート・ブレイク・モブ】』。
微細な魔力により脳血流を正常に保ち、通常ではありえない長時間の心停止状態を後遺症なく達成する奥義である。
一歩間違えればそのままあの世逝きのハイリスクな奥義だが、成功して何よりだ。念のため僕が常に血流の流れを観察していたので、もしもは100%起こりえなかったが。
「お疲れシド、治療しようか?」
「いや、後から見られたときにまずいからいいや……これでよしっと」
シドは立ち上がって自身の傷を細く加工した魔力で繋ぎ合わせた。魔力体ではなく、細く伸ばした魔力を編紐のように簡易圧縮したものだ。応急処置くらいにはなるだろう。
「シドのこれからの予定は?」
「とりあえずは待ちかな~。『陰の実力者』の活動時間は夜って相場が決まってるからね」
「あ~たしかに……この時間帯にあの服装はちょっと笑いそうになった」
「そ・れ・な!」
真昼間に黒のロングコートははっきり言ってダサい。
ファッションにはTPOが大事なのだ。昼間にテロを仕掛けるのであれば、相手に見せるための服装を選ばないとダメだ。僕だったら笑顔の仮面を付けて不気味さを演出するね。
黒いロングコートは夜にこそ映える。
よって今回は、夜までじっくり待つ作戦に決定した。
◆◇◆◇◆
学術学園二年のシェリー・バーネット。
この歳で王国随一の頭脳と呼び声が高い彼女は、アイリス王女からとあるアーティファクトの解析を依頼されていた。
「これは……」
アーティファクトを手に取って間近に眺めるシェリー。
その桃色の瞳が何かに気付いて細まった。
「まさか、そんな……」
視線はアーティファクトに集中しながら、紙の上ではペンが踊る。
学園が襲撃された今でも、彼女は尋常ならざる集中力を発揮して周囲の喧騒に気付くことがなかった。
それ故に、窓の外から侵入を試みる不審者に気付かなかった。
――パリンッ!
「いたっ……!?」
「シェリー殿、一体何がッ……!?」
物音に気付いて部屋の外で待機していた護衛の騎士が二人、部屋に押し入る。
そして騎士たちは窓から侵入して来たであろう赤い衣装を身に纏ったくすんだ赤髪の軽薄そうな男に剣を向けた。
「我等は『シャドウガーデン』っと……『シャドウガーディアン』だったか? まあいい、俺はレックス。『叛逆遊戯』のレックス様だ」
数の利はこちらにあるというのに、飢えた野良犬のような目で嗤うレックスと名乗る男に、騎士たちは警戒を更に強める。
「お仕事はペンダント型のアーティファクトの回収。あれを回収したら後は好きに暴れていいって話なんだけどよ……」
レックスの鋭い瞳がアーティファクトを胸に抱えたシェリーを捉えた。
「分かり易くて助かるねぇ~」
「ひっ」
レックスは獰猛に嗤って二振りの剣を抜いてシェリーに襲い掛かる。
「させんッ!」
振り下ろされたレックスの剣を、シェリーを庇うようにして前に出た大柄の騎士が剣の腹で器用に受け流す。
少し目を見開いたレックスは追撃をせずに一度距離を開けた。
「へぇ、魔力も使えないのにやるじゃねぇか」
「魔力だけが全てではない。我等紅の騎士団は、団長の意向によりその手の訓練を義務付けられている」
アイリス・ミドガルが設立した紅の騎士団は二人組稽古の際、片方の魔力を意図的にセーブして受け流しの訓練を義務付けられている。それにより紅の騎士団の騎士たちは、魔力量に左右されない戦い方を会得しつつあるのである。
「まだまだ私も未熟の身だが、実力差があれば受け流すことは容易い」
「実力差があれば……? まさかてめぇ、俺より強いとでも思ってんのか?」
レックスが大柄の騎士を凶悪な形相で睨んだ。
「思っているさ」
「……殺す前に名前だけは聞いておいてやる」
「紅の騎士団副団長『獅子髭』のグレン……私に捕らえられたと独房で自慢するといい」
両者睨み合い、一触即発の空気が場を支配する。
「マルコ!」
「ッ! こっちだ!」
シェリーは張り詰めた空気に当てられてその場から動けずにいたが、もう一人のマルコと呼ばれた青髪の騎士に手を引かれて、その場から逃げ出した。
紅の騎士団にちょい強化入ってます。中でもグレンは作中でも受け流しを使用していたので、少しばかり多めに強化を入れました。