ローズはその蜂蜜色の瞳で黒ずくめの男たちを観察していた。
大講堂に連れてこられてから随分時間が経っており、既に日は沈みランプの光が講堂内を照らしている。
腕を縛っていた拘束具は隠し持っていた小さなナイフで断ち切り、男たちにバレないように拘束されている風を装っていた。ナイフは近くの生徒にこっそり渡し、今はまた別の生徒へと渡っていることだろう。
いつでも動ける。
しかし、今動いても無駄だということをローズは理解していた。
「(魔力はまだ使えない……今行動を起こしたところで、対抗できる者が何人いるか……)」
黒ずくめの男たちは一人一人が油断できない実力者であり、対抗できる実力のある生徒は決して多くない。
加えて、『痩騎士』と呼ばれていた男の実力は他と一線を画す。
内に流れる濃密な魔力やその佇まいから、その実力は達人の域に達しているだろう。もしかするとあのアイリス・ミドガルに匹敵するかもしれない。
もしそうだとすれば、たとえ魔力を取り戻したとしても、ローズが『痩騎士』に勝てる見込みは限りなく低くなる。
どちらにせよ、今はまだ動く時ではない。
だが、時間がないのも事実だ。
時間が経つにつれて、ローズは肉体から魔力が抜けていくのを感じていた。
原因は分からないが、魔力量の少ない生徒は体調を崩し始めている。あと数時間もすれば、魔力欠乏症になる生徒も出てくるだろう。そうするといよいよ反撃の機会は失われる。
こみ上げてくる不安と焦り。
それらをローズは、一人の少年の姿を思い浮かべることで抑え込む。
身を挺してローズを救ったシドの雄姿を思い出す度に、ローズの胸に熱いものがこみ上げてくる。
彼の想いを決して無駄にしない。
そう何度も念じながら、ローズはその時を待った。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
突如として、大講堂が白く眩い光に照らされた。
それが何なのか分からない。しかしローズは考えるよりも先に体が動いていた。
眩い光に誰もが目を奪われる中、ローズは目を細めて身近な黒ずくめの男へと駆けた。
その隙だらけの首に手をかける瞬間、ローズはあることに気付いた。
「(魔力が使えるッ!)」
魔力で強化されたローズの手刀が、男の意識を一瞬で刈り取った。
そしてローズは地面に倒れた男から剣を奪い、それを天に掲げて吠えた。
「魔力は解放された! 立ち上がれ、反撃の時だッ!!」
瞬間、大講堂が沸いた。
「ローズ会長に続け!」
「剣を奪え!」
自由となった生徒たちがローズに続く。
全力で剣を振るい勝利を掴み取る少女の姿は、まるで英雄譚に描かれた伝説の英雄のようだった。
誰もが憧れ、その姿を追いかけた。
しかしいくら膨大な魔力があるといっても、魔力の配分を無視すればすぐに限界が訪れる。
あと少し、もう少し……その思いとは裏腹に、いつしかローズは男たちに取り囲まれていた。
あと一人、それで限界を迎えるだろう。
大講堂を生徒たちの熱気が包んでいる。
一人の少年の想いがローズに、ローズの想いが皆に……その想いは確かに受け継がれていった。
無駄ではなかったのだ。
少年の死も、そしてこれから来る自身の死も。
芸術の国で一人、剣の道を志した。
幼少の頃に見たあの剣を、誰に揶揄されようと本気で追いかけてきた。
「(私は、少しでもあなたに近づけたでしょうか……スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん……)」
そんなことを思いながら、ローズは最後の剣を振るった。
その一撃にはもうほとんど魔力が込もっていなかった。力も速さも、何もかもが足りていなかった。
だが、その一太刀は今までのどんな一撃よりも美しく、敵の命を刈り取った。
その瞬間、ローズは何か大切な感覚を掴んだような気がした。
ただ、それが人生の最期に訪れたことが、どうしようもなく悔しかった。
四方から降り注ぐ刃を見据えながら、ローズはシドのことを思い浮かべていた。
「(シド君……次は、そちらで剣を交えましょう)」
天国でシドと剣を交える自分の姿を幻想した。
――瞬間、天窓が砕け、漆黒の旋風が吹き荒れた。
それは鮮血を撒き散らし、ほんの刹那の間に周囲の敵を一掃した。
そして目の前に漆黒のロングコートを纏った一人の男が降り立ち、辺りが静寂に包まれた。
「見事だ、美しき剣を振るう者よ……」
その深淵から届くような声は、先のローズの剣を称えた言葉なのだろう。だが、ローズはそんな言葉では表せないほどの衝撃を受けていた。
ローズが目指し続けた剣の更に先にある剣……そう本能的に感じ取ってしまうほど目の前の男の剣は、未だかつて見たことのないほど完成されていた。
「ぐあぁッ!」
「ぎゃあ!」
男の悲鳴のような声が聞こえ二階席の方を振り返る。
そこには黒いローブに身を包んだ少女たちが立っていた。
「我等は『シャドウガーデン』」
『陰に潜み、陰を狩る者』
漆黒のロングコートを纏った男が剣を天に掲げて名乗りを上げ、少女たちが言葉を続けた。
そして掲げた剣を振り下ろすことを合図として、少女たちが黒ずくめの男たちと戦いだした。
「(仲間割れ……?)」
一瞬そう考えたが、すぐにその考えを捨てた。
見たところそういった雰囲気は感じないし、装いも似てはいるが少し異なっている。そして何より……。
「強い……」
乱入して来た少女たちは皆強かった。
黒ずくめの男たちは瞬く間に数を減らしていく。
「ッ! 今のうちに避難を!」
この好機を逃す手はなかった。
敵の意識が少女たちに集中している今、その隙を突いてこの場を脱出するべきだとローズは判断した。
「動ける者は怪我人を抱え、戦闘は最小限に!」
未だ状況が呑み込めず立ち尽くしている生徒たちに呼びかけていく。
乱入して来た少女たちに比べて、男たちは圧倒的に数が多い。数の利を活かしてこちらにまで襲い掛かってきたら厄介だ。
場が混乱している今が最大の好機。
しかし、男たちもそこそこの実力者。
少女たちの隙を突いて数人が抜け出し、こちらに迫って来ていた。
「逃がすな! 一人残らずころッ……!」
「――ならん」
瞬間、まるで時が止まってしまったかのように、大講堂内の誰もが動きを止めた。
一瞬にして大講堂内を支配した膨大過ぎる魔力の圧は、少しでも気を抜けばその場に倒れ込んでしまいそうなほど、体に重く圧しかかる。
生徒の中にはその圧に耐え切れず、その場に蹲って吐瀉物を撒き散らしてしまっている者もいた。
ローズは息苦しさを感じながらも、魔力の発生源である天井を見上げた。
そこには男がいた。
何もない空中であぐらをかいて座り、輝くような金色の瞳でこちらを見下ろしている漆黒を纏った男。
月明かりに照らされる上位者然としたその姿は、まさに、神の降臨と称するに値するものだった。
「う、浮いてッ――!」
「誰の許しを得て見上げている」
『ガハッ!』
まるで心臓をひと撫でされたかのような死の気配にローズは慌てて視線を下げた。
何か見えないものに押さえつけられるかのように地面に伏した男たちを視界の隅で捉えて、自分の行動が間違っていなかったのだとローズは安堵した。
後ろにいる生徒たちを盗み見ると、その場に立っているのに必死で見上げるどころではない様子だった。
「シヴァ、この場は任せるぞ」
「キヒッ、ああ、任せろシャドウ……掃除は得意だからな」
シャドウと呼ばれた男は、そのまま悠揚と夜の闇に姿を消した。
ローズは先のやり取りから乱入して来たシヴァと呼ばれる存在は、シャドウの仲間なのだと予想した。
こちらに危害を加えることはないと思いたい……が、先ほどの殺気にも似た感覚が頭から離れなかった。
「(もしもの時は生徒会長として、私の命を対価に生徒たちの命だけは……!)」
ローズは必死に酸素を肺に取り込みながら、生徒たちの代表として覚悟を決めた。
しかし、その覚悟は次の瞬間にはいい意味で打ち砕かれた。
「クハッ、そう急くな、ローズ・オリアナ。お前等に害は与えん」
「!」
予想外の言葉にローズは反射的に、愉快そうにこちらを見下ろすシヴァを見上げた。
気付けば先ほどまで講堂内を支配していた魔力の圧は跡形もなく消え去っていた。
「誇れ。先の剣技、実に見事であった。ゆめ研鑽を怠るな」
「ッ!」
ローズは心の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
片や剣を極限まで極めた男に、片や神を彷彿とさせる実力を持つ男に、これまで見てきた誰よりも強大な力を持った存在に自分の剣が認められた。
幼少の頃夢見たあの剣に少しずつ、けれど確かに近づいているのだと実感できた。
気付けば、一滴の雫がローズの頬を静かに伝っていた。
――ゴォオオゥ!
突如、学園全体に備え付けられているストーブから炎が上がった。
「ッ! 急いで避難を!」
咄嗟にローズは生徒たちに指示を出す。
しかし場を支配していた魔力が霧散したとはいえ、体力と気力が底をついている生徒が多かった。避難するには少し時間がかかるだろう。
そう思い、ローズはその場に留まってシヴァたちの動向に意識を向けた。
害を与えないとは言っていたが、正体不明の相手の言葉をそのまま信じることは愚策である。ローズは生徒たちの避難が完了するまで、自らが殿となることを決めた。
シヴァに視線を上げると、既にローズから視線を外して地に伏したままの男たちを見下ろしていた。
「さて、貴様等は俺達の名を騙り随分愉快な真似をしてくれたな」
そう言ってシヴァは片手を軽く上げる。
それを合図に少女たちは男たちの傍に立ち、剣を振り上げた。
「平伏して尚この俺を不快にさせるその頭、この世の何よりも不要と見える」
シヴァの上げていた手が下を指差すと同時に、少女たちの剣が振り下ろされ、男たちの首を断ち切った。
その太刀筋はとても美しく、シャドウの剣を彷彿とさせた。
「要らぬ物は捨てる……断捨離というやつだ」
そしてそれを束ねるシャドウとシヴァ。
圧倒的高みにいる存在を間近で見たローズは戦慄すると同時に、酷く憧れた。
「(いつか必ず、あの高みに……!)」
幼少のころ灯った種火に、更なる炎が加わったように感じた。
「きゃあああああっ!」
「ッ!?」
大講堂の入口の方から女の悲鳴が聞こえてきた。
一瞬視線をそちらに向ければ、生徒たちが入口付近で足を止めているのが見えた。
――チリンッ
鈴の音が聞こえて視線を戻すと、そこには黒ずくめの男たちの死体が横たわっているだけで、シヴァたちの姿は跡形もなく消え去っていた。
混乱するローズだったが、シヴァたちが消えた今、ここに留まる理由はなくなった。
そう思い、ローズは大講堂の入口に向かって駆け出した。
Q.どうやって浮いている?
A.魔力体を無色透明にしてその上に座っている。
Q.どうやって黒ずくめの男たちを地べたに這わせたの?
A.板状に形成した魔力体で無理やり上から押さえつけている。
サイ「不壊で透明な物質とか使い勝手良すぎ~」