翌日、僕はイプシロンと共に聖地を観光していた。
聖地リンドブルム。
山を切り抜いたかのような地形に壮麗な聖教会が建っており、その下に白を基調とした街並みが広がっている。街の中心を通るメインストリートはそのまま聖教会への長い階段へ続いており、その往来は数多の観光客で溢れていた。
僕らはまず高級服飾店で服を身繕い、高級料理店でランチをとった。そして今は腹ごなしにメインストリートの露店をひやかしながら歩いている。ちなみに僕は今日一銭も出していない。
前世の観光地にもよくあった竜が巻き付いた剣のキーホルダーを1つ手に取って眺める。
よく見ると竜ではなく、禍々しい左腕が剣に巻き付けられていた。
この世界特有の感性だろうか?
やっぱり剣に何かを巻き付けるのは、どこの世界もみんな一度は考えることなんだな。
「どこの世界も変わらないな~」
「世界、ですか……?」
「いや、なんでもないよ」
そう言って無理やり話を打ち切ると、イプシロンが真剣な顔で「世界……やはり、あの推測は……」と何かを考え始めてしまった。
ついポロっと言っちゃっただけなんだけど……まぁ確かに『世界』という単語はついつい呟きたくなるものだ。シドもこの前言ってたし、僕もいつか機会があれば積極的に言ってみるつもりだ。
未だブツブツ言っているイプシロンを置いて、僕はキーホルダーを1つ購入した。
◆◇◆◇◆
僕たちは露店巡りを再開していた。
イプシロンほどの美少女から腕を組まれているからか、羨望や嫉妬のこもった視線をそこかしこから頂戴している。
ハハッ、凄いだろ、イプシロンの魔力操作。まるで本物みたいな質感なんだぜ?
「それにしても人通り多いね~、さすが聖地」
「『女神の試練』の影響で、この時期の観光客は毎年、通常の倍以上の人数になるそうです」
「へ~、凄いね」
『女神の試練』とは、聖教が主催する大きなイベントだ。
年に一度、聖域の扉が開く日に開催され、聖域に存在する古代の戦士の記憶を呼び出して戦う……とかなんとか。
昔まだシドと出会う前、この世界のことを調べているときに『女神の試練』についても調べてみたことがあった。
『挑戦者より少し強い古代の戦士が選ばれることが多い』という話を見つけて修行相手に困ったら利用しようと思っていたけど、その後しばらくしてシドと出会ったことで結局不要になったのだ。
「『女神の試練』か……僕だったら誰が出るかな?」
「えぇっ!? まさか、参加なさるおつもりですか!?」
「……たとえ話さ」
そんな驚かなくても……まぁ乱入して民衆に実力を見せつけるのもアリだなとは思ったけどさ。
「この世界の歴史に名を残した人たちは、いったいどれだけ強かったのかなって思っただけさ」
ここは適当にそれっぽいことを言って誤魔化しておく。
「……アルファ様に作戦の変更を伝えますか?」
「ん? いや、いいよ。所詮記憶だし」
「かしこまりました」
戦いとは対話だ。
魂無き闘争に、熱は生まれない。
もしやるとしても記憶なんかじゃなくて、やっぱり実物とやりたい。
味見だけさせられても「あ、この人本当だったらもっと強かったんだろうな……」と残念な気持ちになるのは目に見えている。それならシドとやり合う方が何倍も楽しい。
アルファたちがどんな舞台を用意してくれているのかは分からないけど、それをわざわざ邪魔しようとは思わないな。
「お前たちの作戦を信じよう」
「ッ! ご期待に添えるよう、全力で事に当たらせて頂きます!」
僕はアルファたちの舞台づくりを信用しているのだ。
そんなこんなで露店巡りをしていた僕たちは、休憩がてらメインストリートに隣接している喫茶店に入って一休みすることにした。
「美味しいね、このケーキ」
「お気に召していただけて良かったです。ガンマの報告によれば、ここリンドブルムでは現在、地元店舗と提携することでミツゴシ商会の影響力を徐々に強めている段階だとか。こちらのお店も、ミツゴシ商会からいくつか商品を卸しているみたいです」
「へ~」
もうなんか凄いな~くらいの感想しか出てこない。
僕とシドのうろ覚えのドキュメンタリー知識は、いつの間にかとてつもない進化を遂げていたらしい。
「イプシロン様、ご報告が」
イプシロンの方に視線を向けると、後ろの席に座っている黒髪褐色のダークエルフの美女が背中越しに話しかけていた。
視線を一切こちらに向けず、イプシロンに最低限聞こえる声量で話しかけているが、僕の聴力をもってすれば鮮明に聞き取れた。
「アルファ様がお呼びです。至急、合流をお願いします」
「はぁ、折角のシヴァ様との逢瀬が……ええ、わかったわ」
黒髪のダークエルフさんはイプシロンの返事を聞くと、何事も無かったかのように会計へと向かって行った。
ああいうの陰で暗躍してるっぽくてかっこいいよね。僕もやってみたい。
「あの人は?」
「名をオメガ。私直属の『ナンバーズ』です」
ということはイプシロンの部下か……道理で魔力制御の癖が似てるわけだ。
どうやらイプシロンも僕とシドみたいに、それっぽい演技をするための協力者を得ていたようだ。
ガンマも演技指導をしていたし、僕とシドが知らないだけで他のみんなもそれっぽい部下を自分なりに育てているのかもしれない。
よし、ここは同志兼この道の先輩として、僕が更なるアドバイスをしてあげようじゃないか。
「姿勢や目線は完璧に擬態できてたね、よく育てられてる」
「ありがとうございます」
「ただ、伝言には今度から暗号を用いた方がいいよ。アルファに呼ばれたんだろう?」
「っ、申し訳ございません。以後徹底させます」
暗号を使った方がもっとそれっぽくなってかっこいいからね。
後は、アルファみたいに簡潔且つ抽象的な単語をすれ違いざまに呟くとかがスマートでおすすめだ。
「じゃ、僕はそろそろ行くよ。アルファによろしくね」
頭を軽く下げて見送ってくれるイプシロンを置いて、僕はお店の出口へ向かった。
出口へ向かう途中、丁度入れ替わるようにして金髪ショートカットのエルフの店員さんとすれ違った。
「目線でバレバレだよ」
「ッ!」
ギョッとこちらを振り返る店員さんを置いて、僕はお店を後にした。
うんうん、いいリアクションだ。
ただの店員にしては歩き方が流麗過ぎだし、内包する魔力量もさっきのダークエルフさんと同等だったので、色々と察しがついた。
恐らくさっきの金髪エルフの店員さんもイプシロンの部下で、潜入スパイごっこを楽しんでいるのだと。
だから僕も『全てを看破しているが、それを些事だと放置している強者』ムーヴで参戦してみた。
予想通り、金髪エルフさんは「気取られた!?」みたいないいリアクションをとってくれたのだ。咄嗟のことでも100点の反応……さすがイプシロンの部下だ、よく教育されている。
僕は上機嫌になりながら散策を再開した。
◆◇◆◇◆
メインストリートをぶらついていると、何やら人だかりを見つけた。
少し近寄ってみると、皆それぞれ自分の本を持ち寄って列に並んでいた。どうやら本のサイン会をしているようだ。
この世界の本が少し気になったので、近くの棚に平積みされた本を手に取ってみる。
『吾輩はドラゴンである』
丸パクリじゃねーか。
いや、たまたまこの世界にも同じ感性を持った文豪が生まれた可能性もある。
僕は気を取り直して違う本を手に取った。
『ロメオとジュリエッタ』
『シンデレーラ』
『紅ずきん』
他にもハリウッドやらの映画や漫画やアニメを文書化した書籍の数々が置いてあった。
うん、転生者だわ。
僕は適当な本を一冊買って、サイン会の列に並んだ。
僕やシド以外の転生者がいたとなると、僕とシドが得意げに語った『陰の叡智』の格がガクッと落ちてしまう可能性がある。しかも相手はパクリとはいえ、文豪にまで上り詰めた人物。
顔を覚えておいて損はない。
列が進むにつれて、その姿が見えてきた。
美しい銀色の髪を肩ぐらいの長さで切りそろえ、青色の猫みたいな瞳に泣きぼくろ。胸元の開いたブラウスからは深い胸の谷間が覗いている。イプシロンとは違い、こっちは本物だ。
「何やってんだこいつ」
「初めてのお方ですね。初めまして、私がナツメ・カフカです。さ、本をこちらに」
アルファに次いで2人目の『シャドウガーデン』メンバーにして、『七陰』の第二席、『堅実』のベータである。
にっこりと微笑んだベータに僕は本を渡した。
サラサラと本にサインをするベータは、酷く手慣れているように見えた。
「儲かってる?」
「まずまずと言ったところですね。順調に名を広めております」
なるほど、つまりは僕らの話した物語で金儲けしているということか。
ガンマのように本業を持っているのは予想していたけど、まさかこんなことをしているとは思わなかった。
ガンマは自分の力で日本のものを再現したのにも関わらず、君は丸パクリして荒稼ぎしているとは……。
ベータくん、君には失望したよ。
僕は冷めた目でベータを見下ろしながらサイン本を受け取った。
「私は来賓として招かれています。内部の情報はある程度なら流せます。計画の詳細は本に書きました」
立ち去る直前、僕の耳にしか聞こえないくらいの声量でベータが告げた。
僕はそのまま目も合わせず、その場を後にした。
なるほど、ベータもスパイごっこをしているのか。
著名人の裏の顔は実は、組織と繋がっている諜報員……うん、いいね。
見直したよ、ベータくん。
どうやらみんなの中でスパイごっこが大流行しているらしい。
うーん、僕もそういうのやりたくなってきたな……敵組織のめちゃくちゃ強い実力者が絶体絶命のピンチに駆けつけて実はってやつ。うん、激アツ展開ってやつだ。
今すぐは無理だろうけど、タイミングがあったらやってみよう。
そういえば、ベータが計画の詳細とやらを書いたって言ってたな。
そう思って本を開くと、1ページ丸ごと古代文字がびっしり書かれていた。
何て書いてあるか全く分からないけど、大体の察しはつく。
所謂暗号文だ。今のベータはスパイだからその辺も気を配っているのだろう。
さすがはベータ、『ディアボロス教団』の設定を煮詰めただけはある。
僕は本を閉じて、ウキウキ気分で聖地観光を再開した。