絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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29話 禿げたくて禿げる奴はいない

 扉を開けると、そこは酷く殺風景な部屋だった。

 壁も床も天井も全てが白色で統一されており、唯一色を持つ木製の椅子には女性が拘束されていた。

 

「やあ」

 

 僕は笑顔で椅子に拘束された女性――ヴァイオレットさんに声をかけた。

 彼女は僕の方を見て少し困惑してから、「……やあ」と僕を真似るようにどこか遠慮がちに言った。

 

「もしかして、君が僕を呼んだのかな?」

「呼んだ? そんなつもりはないけど……ただ、さっきの戦いは楽しかったわ」

「僕も楽しかったよ」

「私の記憶は不完全だけど、きっとあなたが一番強かった。私の時代にいてくれればよかったのに……」

「光栄だね」

 

 このところサイとしか剣をまともに交えていない僕としても、ヴァイオレットさんが生きていた時代というのには興味がある。

 もし過去にタイムスリップできる方法が見つかれば、僕とサイは迷いなく実行するだろう。

 

「それで、あなたはどうしてここに?」

「ちょっと扉に付きまとわれてて、諦めて入ってみたらここだったんだ」

「よくわからないわ」

「僕もだよ」

 

 『どこ〇もドア』って絶対ああいうのじゃないと思う。

 

「ちなみに出る方法とかわかる?」

「どうかしら……私も出た記憶がないのよ」

「さっき戦ったけど」

「気付いたらあそこにいたの。あんなことって初めてよ、覚えている限りね」

「そうなんだ、困ったな……」

 

 僕はどうしようか頭を捻って考えた。

 見たところここは行き止まりのようだ。扉は僕の通って来た一つしかない。

 

「じゃあとりあえず、来た道を戻ってみるよ」

「待ちなさい」

「え?」

 

 僕が踵を返して扉に向かおうとしたら、ヴァイオレットさんに呼び止められた。

 振り向くと彼女は唇を尖らせて僕を見ていた。

 

「今あなたの目の前にいる美女は、どんな格好をしているでしょう?」

「拘束されているね」

「とりあえず、助けてみませんか?」

 

 ヴァイオレットさんが笑顔で言った。

 そこで僕は、どうやら思い違いをしていたことに気付いた。

 

「修行じゃなかったんだ……僕も昔そういうのやってたけど」

「斬新ね」

「そう? 僕の友達もやってたって聞いたからよくあるものだと」

「少なくとも、よくはないことだけは確かだわ」

 

 僕はヴァイオレットさんの拘束具を学園支給の剣で壊した。

 解放された彼女は気持ち良さそうに伸びをして、どこか懐かしむように微笑んだ。

 

「ん~、ざっと1000年ぶりの自由ね」

「そうなんだ」

「適当よ。覚えてないから、最低そのくらい」

 

 彼女は僕の方に歩み寄る。

 気付けば先ほどまで一糸纏わぬ姿だったのが、いつの間にか髪は結って整えられ薄いローブを身に付けていた。

 

「さて、私たちの目的は一致しているわ」

「?」

「あなたは脱出、私は解放……でしょう?」

 

 ヴァイオレットさんは魅惑的に微笑んで僕の顔を覗き込みながら言った。

 

「まぁそうかな」

「協力していきましょう?」

「いいけど、ここから出たことないんでしょ?」

「でも解放の方法は分かる」

 

 彼女は一度僕から視線を外して淡々と話し始めた。

 

「この聖域は、古の戦いで造られた記憶の牢獄よ。中心にある魔力の核を壊せば、私は解放されるわ」

「私は?」

「私は」

 

 おい、聞き捨てならんぞ。

 

「って言いたいところだけど、核を破壊すれば、何もかも消えるわ」

 

 彼女は横目で僕を見て、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「あなたも出られるはずよ」

「それって聖域なくならない?」

「いいじゃない、困るの?」

「困らないね」

「じゃあ決まり」

 

 サイも要らないって言ってたし大丈夫でしょ。

 

「あと気付いていると思うけど、魔力は使えないわ。ここは聖域の中心に近いの。魔力を練ってもすぐに吸い取られてしまうわ」

「みたいだね」

 

 以前のテロリスト襲撃事件よりもずっと強力なやつだ。魔力を練るとすぐに消えてなくなる。

 これは少し時間がかかりそうだ。

 

「まぁ問題ないよ、壊すのは得意なんだ」

「あら頼もしい。ちなみに私はか弱い乙女よ。一度ナイト様に守られてみたかったの」

 

 彼女はまた悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔は少しの陰りも見せていなかった。

 

「その余裕はとてもか弱い乙女には見えないな~」

「フフフッ」

 

 ヴァイオレットさんは上機嫌に僕の左腕に抱き着き、軽く引っ張るようにして扉へ向かう。

 

「そういえば、解放されたらどうするの?」

 

 僕は真っ直ぐ前を向いて歩きながら、何気ない疑問を彼女に投げかけた。

 

「消えてなくなるわ」

 

 そう、彼女は淡々と答えた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 アレクシアたちは気が付くと荒れ果てた戦場に立っていた。

 幾多の死体が積み重なった夕暮れの戦場で、白衣の男たちが黒い塊を取り囲んでいる。

 

「何ですか、これは……」

 

 ローズが黒い塊を見て呟くように言った。

 

 その黒い塊は巨大な腕だった。

 黒く、太く、醜く肥大した化け物の左腕。鋭い爪が伸び、生々しい肉片がこびり付いていた。

 

「ディアボロスの左腕……『それ』は切り落とされても尚、生きていた」

 

 アルファの言う通り、その腕はまだ生きていた。

 不用意に近づいた白衣の男が伸びた骨に貫かれて絶命する。ディアボロスの腕は鎖と杭で拘束されるが、そこから膨大な魔力が漏れ出ていた。

 

「高度な『アーティファクト』によって教団はディアボロスの左腕を封じることに成功した。しかし封印は完全ではなく、やがて歪みが生じて聖域となる。ま、それはまた別の話ね」

 

 封じられた左腕から白衣の男たちが血を抜き肉を削ぐ。抜かれた血も、削られた肉も、しばらく経てば全て再生した。

 

「教団の目的はディアボロス細胞の驚異的な生命力だった。その血や肉を研究し、ディアボロス細胞の驚異的な生命力を得るために……その過程で生まれたのがこれよ」

「それはッ……!」

 

 アルファが懐から取り出した瓶詰の赤い錠剤を見て、アレクシアが声を上げた。

 それはかつてのアレクシア誘拐事件の際、ゼノンが服用した錠剤と全く同じモノだった。

 

「でもこれは副作用も強く、教団が求めるものではなかった」

 

 アルファが瓶をその場に捨てると、世界が鏡のように割れて場面が移り変わった。

 

 

 そこは白い研究室だった。

 白衣の男たちがガラスケースに保管された魔人の腕を取り囲み、様々な端末を操作して『それ』の完成を待ちわびていた。

 

「魔人の腕が……!」

「ば、バカな! 貴様、よりにもよってここを暴くつもりか!」

 

 拘束されたままのネルソンが血相を変えてアルファにかみつく。

 

「よせ、見るな! 実験体の末裔ごときが知っていいものではない!!」

 

 一人の白衣の男の前の小さな器に、一滴の赤い雫が落ちる。

 

「赤く輝くそれは、まるでディアボロスの血のようだったという」

 

 アルファの言葉を聞きながら、その場にいる全員の視線が一箇所に集中していた。

 白衣の男が器を手に取り、慎重に、そして豪快にその赤い液体を舐め取った。

 

「それを舐めれば莫大な力と、老いることのない肉体を得る」

「不老不死……とでも言うのですか?」

「それが教団の真の目的……」

 

 アルファは視線をネルソンへと向ける。近くにいたアレクシアとローズもその視線に釣られてネルソンを見た。

 

「そこにいるネルソン司祭……そしてあそこにいる男、よく似ていると思わない?」

「……ッ!」

 

 アレクシアとローズは慌ててネルソンと、先ほど赤い液体を舐めた白衣の男を見比べた。

 アルファの言う通り、二人の顔はそっくりだった。それは似ているという段階を通り越し、本人としか思えないほどだった。

 

「当事者のあなたになら、素敵な情報を得られそうね……この薬の名前は?」

「……グぅッ」

 

 アルファの問いに口を噤むネルソンだったが、拘束する腕の力が徐々に強くなりうめき声を漏らした。そして痛みに耐えきれなかったネルソンは、その赤い液体の名前を答えた。

 

「雫だ! 『ディアボロスの雫』!!」

「ありがとう。でもこの薬は2つの欠点を抱えていた」

「欠点……ですか?」

「それくらいなら見ててわかったわ」

 

 アレクシアが自信満々に一歩前に出た。

 

「過去のこいつには髪がある! でも今のこいつには……」

 

 ネルソンの頭がキランッと光を反射した。

 

「違うわッ!!」

 

 ネルソンが心からの叫びを上げた。

 

「髪が抜けたのはストレスのせいだ! どうせ死なんのだからと、どいつもこいつも厄介事ばかり押しつけおって……! 普段はいがみ合っているくせに、どうしてわしに後始末を押しつける時だけは協力し合うのだ、あいつらは!!」

「えっと……ごめんなさい」

 

 ネルソンの叫びを聞いて、思わずアレクシアは謝ってしまった。

 

「んんっ……欠点のうちの1つは『ディアボロスの雫』は定期的に摂取しないと効果を失うということ。1年に一度といったところかしら?」

「その通りだ」

「2つ目は極少量しか生産できない。1年で?」

「12滴だ」

「そういえば、教団の『ナイツ・オブ・ラウンズ』も12人だったわね。偶然かしら」

「『ナイツ・オブ・ラウンズ』……!」

 

 その名にアレクシアは聞き覚えがあった。

 ゼノンが求めていた()()というのが『ラウンズ第十二席』だった。

 

「あなたたちは『ディアボロスの雫』を未だ完全なものにできていない。完成のカギとみているのは、封印された魔物と英雄の子孫……私たちのような英雄の子孫の血を色濃く受け継いだ者」

 

 アルファはネルソンに視線を向けて魅惑的な笑みを浮かべる。

 

「そうよね、第十一席殿?」

 

 ネルソンは俯いたままクツクツと喉の奥で嗤いだす。

 膨大な魔力が渦巻くのを感じ取り、アレクシアとローズが身構える。

 

「如何にも! 私が『ナイツ・オブ・ラウンズ』第十一席、『強欲』のネルソン――ぐああぁぁあああ!!」

 

 名乗りを上げたネルソンの心臓を漆黒の剣が貫いた。

 そしてそのままゴミでも捨てるかのように、ネルソンを放り捨てた。

 

「……デルタ、殺すのは情報を全て聞き出した後と言われていたでしょう」

 

 イプシロンの言葉を聞いて、デルタはハッとしてアルファに視線を向けた。

 アルファはただじっとデルタを見つめていた。

 

「す、すすすみませんアルファさま! でもデルタは、あいつは狩った方がいいと思ったのです! この前も山でイノシシを狩ったときも……」

「黙りなさい」

「うぅぅ……」

 

 ピシャリと言い放ったアルファの一言で、デルタは怯えるように頭を抱えた。その際、被っていたフードが脱げて獣人特有の黒い耳が飛び出した。

 

「獣人……」

 

 ローズが呟いた。

 芸術を尊ぶオリアナ王国ではその国柄上、力を尊ぶ獣人種は滅多に見かけない。ローズ自身、生まれて初めて見る獣人だった。

 

「それに、シヴァにもいつも言われているでしょう」

 

 死んだネルソンの死体が割れていく。まるで鏡が割れていくようなその様は、人の死に方ではなかった。

 

「獲物を仕留めたかは、ちゃんと確認しなさい……来るわよ」

 

 ――ククク……ハーッハハハ!!

 

 アルファの警告と共にネルソンの高笑いが響いた。

 

 そして鏡のように、世界が割れた。




オリアナ王国って獣人いなさそうですよね。いたとしても生きにくそう。
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