絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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32話 夢にまで見た蹂躙劇

 サイが再度、剣を振り下ろした態勢で動かなくなったオリヴィエさんに視線を向けた。

 

「確かに彼女は強い……けど、まだ甘い」

「あ、甘い……だと……?」

 

 ハゲのおっさんが何を言っているのか、心底理解できないといった感じで声を漏らした。

 

「どれだけ魔力があって肉体を強化しようが、ただ漠然と強化するだけじゃ半人前もいいとこだ」

「半人前……」

 

 僕の隣でヴァイオレットさんが呟いた。

 

「例えば“走る”という動作。大殿筋、ハムストリングス、大腿四頭筋、下腿三頭筋、前脛骨筋……脚周りの主要筋肉だけでもこれだけある。連動する他部位の筋肉、体幹、骨を挙げればキリがない。それらに適切な魔力量を込めることによって、より効率的に肉体を強化できるんだ」

 

 サイが得意げに、砕けた剣を持ってる方の手の指を立てながら説明する。

 

「中でも大殿筋、ハムストリングス、下腿三頭筋は推進力に直結するからより精密に魔力を込める。そうすることで、ただ漠然と魔力を込めるだけの時と比べて実に数十倍の効果が得られるんだ」

 

 サイの説明を聞いて、皆一様に呆然としていた。

 

 この世界の医学はそこまで発達していない。みんな自分の魔力で止血や治療ができるので、応急処置が精々で外科医という区分すらなく、その総数も少ないのだ。

 そんな異世界で、強くなるために現代の肉体科学を修めた僕たち転生者は理解できない異物に見えるだろう。

 

 ちなみに、今サイが言った方法は実質サイにしか使えない。

 

 動く度に込める魔力量を微調整するなんて超精密作業、サイくらい魔力操作に長けていないとまともに動けないのだ。僕でも主要な筋肉や骨に魔力を集中させるくらいが限界だし、筋繊維一本一本に魔力を込めて制御するサイは素直に凄いと思う。

 

「筋肉や骨ごとに魔力を、だと……? いや、それよりも何故……何故魔力が使える!?」

 

 サイの説明を聞いて、サイが魔力を使えることに気付いたようだ。ハゲのおっさんが声を上げた。

 

「彼は、魔力が使えるの……?」

「うん、使えるね」

 

 ヴァイオレットさんが小声で「噓でしょ……」と呟くのを無視して続ける。

 

「サイの魔力はちょっと特殊でね」

「特殊?」

「サイは魔力を練る時、複数の違う魔力同士を混ぜ合わせるみたいに練ってるんだ」

「え……?」

 

 ヴァイオレットさんが目を見開いた。驚くのも無理はない。

 一般的に魔力は一人につき一種類と決まっているし、現にサイの生来の魔力の色は()()だ。だけどサイはその魔力に細工を施して、バカみたいに高い密度・濃度を持った魔力を新しく()()()生み出したのだ。

 

「サイが魔力を使えるのは、吸い取られないほど強固に練っているからさ」

「そんな……!」

 

 ヴァイオレットさんが驚愕の声を上げた。

 現に僕もあと少しで魔力を練り終わる。サイがいい感じに満足したらとっとと終わらせて温泉に入りに行こう。

 

 そんなことを思っていると、サイが頭上で固定していた聖剣をオリヴィエさんごと勢いよく手前に引き寄せた。あまりの膂力にオリヴィエさんの態勢が一瞬だけ崩れた隙を見逃さず、サイが砕けた極短の剣でオリヴィエさんの頸動脈を断ち切った。

 

 オリヴィエさんは首から血を噴き出しながら、まるで鏡が割れるかのように砕け、そのまま消えた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「あ、ありえん……いくら魔力が使えたとて、オリヴィエが負けるなど……」

 

 ネルソンは目の前で消えていくオリヴィエを見ても、未だ現実を受け止め切れていなかった。

 

「き、貴様ッ、いったい何者だ!? ただの小僧がオリヴィエに勝てるはずがないッ!!」

 

 砕けた剣を呑気にシドと押し付け合っているサイにネルソンが声を荒げた。その問いを聞いたサイは、ネルソンに背後を向けたままピタリと動きを止めた。

 

 そしてしばしの沈黙の後、サイが肩を揺らしながらクツクツ笑い出す。

 

「クククッ……クァッハッハッハッハ!!」

 

 その笑い声は次第に大きくなり、高笑いへと変化していった。

 アウロラも状況が呑み込めず、ただ困惑の表情のまま高笑いを上げるサイを見ていた。

 

「な、何がおかしい!?」

 

 ネルソンの声も無視してしばらく笑った後、サイは大きく息を吐いてネルソンに向き直った。

 

「自慢の玩具がそんなに惜しかったか?」

「ッ……!?」

 

 ネルソンはサイの姿を見て息を呑んだ。

 姿形は何一つ変わっていない。しかし、声音と口調、そして明らかに身に纏う雰囲気が変質していた。

 

 1000年以上を生きる人間が、僅か十数年生きただけの目の前の少年に完全に吞まれていた。

 

「で、この()が何者なのか、だったか……」

 

 サイがゆっくりと歩を進める。

 

「まぁ、そろそろ俺も飽きてきたところだ。答え合わせと行こう」

 

 サイはオリヴィエの斬撃を受け止める際に出来たクレーターの前で足を止めた。

 

 瞬間、サイの全身が黒い不定形の物で覆われたかと思うとすぐに弾け、先ほどまでサイが立っていた場所に一人の男が立っていた。

 

「なッ!? き、貴様は、まさかッ……!?」

 

 ネルソンがその姿を見て、驚愕の声を上げた。

 

 目深に被ったフードから覗く鈴付きの紅い異国風の耳飾り、金が刺繍された漆黒のコートを肩に掛けた黒ずくめの男。ネルソンは目の前の男に覚えがあった。

 

「シヴァか!!?」

 

 教団が裏から手を回してばら撒いた手配書に書かれた特徴と全て一致していた。

 

「キヒッ、嬉しそうだな? この俺と会えた事がそんなに嬉しいか?」

「黙れぃッ!!」

 

 ネルソンが腕を振った先で魔方陣が起動し、辺り一面に光が溢れた。

 

「貴様がいるのであれば、もう出し惜しみはせんッ! 質の悪いコピーを1体倒したところで、いい気になるなよ!? 聖域には我々にすら計り知れない魔力が眠っている。だからこういうことも、可能だァ!」

 

 光が収まるとそこに、オリヴィエが現れた。

 それも1人や2人ではなく、天井から壁に至るまで数えきれない程の数現れたのだ。

 

「嘘……そんな……!」

 

 アウロラが慄く。

 シドはただぼーっと眺めており、シヴァは少し俯いてプルプルと肩を震わせていた。

 

「これが聖域の力だッ!!」

 

 ネルソンの声を合図に、無数のオリヴィエがシヴァに殺到する。

 

 横薙ぎ、振り下ろし、袈裟斬り、突き……多種多様な剣の軌道がほぼ同時にシヴァに迫り……。

 

――止まった。

 

「なッ……!?」

 

 ネルソンは驚愕した。

 

 シヴァは迫りくる全ての聖剣を包み込むように魔力体を生成した。その結果、まるで剣が空間ごと固定されたかのようにピタリと動きを止めたのだ。

 

「クハハッ! まさかこの様な機会が訪れようとは、まさに僥倖!!」

 

 シヴァが耐えられないといった感じで声を上げた。その表情はまるで、遊園地の入場列に並ぶ子供のように期待と喜びで満ち溢れていた。

 

「さあ、存分に堪能するとしよう」

 

 シヴァがゆっくりと両手で印を結んだ。

 それを見たシドは心底嫌そうに顔をしかめた。

 

鏖殺だッ!!!

 

 突如、()()()()()

 

「ぁ……?」

 

 ネルソンが声にもならない音を漏らした。

 

 無機質だった壁や天井は大きな満月が淡く照らす夜空に、石の地面は緑豊かな草原に変わっていた。

 それはまるで、一瞬で何処かの草原に転移したかのよう。

 

「これは……こんなものが、人の力だっていうの……!?」

 

 草原の中心には未だ印を結んだままのシヴァが上機嫌に高笑いを上げて立っている。そしてその周囲では数百を超えるオリヴィエが次々と現れては、切り刻まれて消えてを繰り返していた。

 

 この技はシヴァが考案した広範囲殲滅用の奥義である。

 

 魔力体で周囲を包み込み、魔力の性質変化の応用で色などを調整、疑似的な夜空と草原を作り出す。それは同時に、中に入った者を逃がさない結界の役割も持っていた。結界内には高密度の魔力が充満しており、対応策を講じなければ立っていることすら難しい。

 そしてその結界内では、切ったモノの魔力回路ごと破壊する不可視の斬撃が、シヴァの魔力が尽きるまで絶え間なく浴びせられる。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 その昔、サイは魔力体による不可視の斬撃を牽制のために3桁を同時に放てるようにしようと鍛練を続けていた。成長と共にその数は順調に増え続けていったが、その数が60を超えた頃、もう一つの問題が生じた。

 

 斬撃の数を60から増やそうとすると、生成から射出までのタイムが目に見えて増え始めたのだ。

 

 不可視の斬撃は元々、魔力体に掛かる圧縮時間を極限まで削って攻撃速度に特化させた技である。現に、不可視の斬撃はシャドウがギリギリ反応できるくらいの速度に達していた。その利点を失うのは痛手だった。

 

 だからサイは考えた。

 生成から射出までの速度を維持したまま数を増やすためにはどうすればいいか、と。

 

 不可視の斬撃のメカニズムは、魔力を自身から放出して任意の空間に固定、固定した魔力を刃型に圧縮、固めた魔力が霧散する前に射出。合計3つの工程で成立している。

 どこか削減できるものはないか、サイは考えに考えた。

 

 そして閃いた。

 

 ――空間に魔力を事前に準備しておけばいいんじゃないか?

 

 斬撃に使う魔力はサイが放出するしかなく、離れた何もない空間から魔力を放出することはできない。

 ならば、予めその何もない空間に魔力が十分に存在していれば? しかも、その魔力が物質化の一歩手前まで圧縮されていれば?

 

 魔力をわざわざ自身から放出する手間も必要なく、圧縮に必要な時間さえも更に短縮して不可視の斬撃を放てる。まさに一石二鳥。

 

 そこからは早かった。

 

 魔力の霧散を防ぐため魔力体で空間を密閉し、高密度の魔力で埋め尽くされた内部空間は、サイが少し手を加えるだけで容易に不可視の斬撃を放てる状態で維持された。

 これにより、不可視の斬撃を放つ手間が更に軽減され、その空間内であれば数百を超える斬撃を同時に放てるようになったのだ。

 

 後は空間内のディティールに拘ったり、かっこいい技名や発動条件を考えたり、色々な試行錯誤を繰り返して完成した奥義。

 

 ――『月夜の帳』。

 

 発動には両手で印を結ぶ必要があるが、空間に引きずり込めばこれ以上ないアドバンテージになる。

 

 ちなみに、両手の印は別にしなくても問題なく発動できるが、かっこいいという理由からそういう設定にしているだけである。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 シドは楽しそうにしているシヴァをジト目で見つめていた。

 過去にこの技を受けたことがあるシドは、その効果を正確に把握していた。

 

 『月夜の帳』にはシドを含めてアウロラ、ネルソンも呑み込まれている。

 通常であれば、帳内に充満する高濃度の魔力によって立つことすら困難になるはずなのだが、アウロラとネルソンはまるで何も感じていないかのように普通に立っていた。

 

 それもそのはずで、シヴァはアウロラとネルソンを別の魔力体で覆い、『月夜の帳』の影響を受けないようにしていたのだ。それはシドもとっくにわかっていた。

 しかし、シドにはだからこそ看過できないことがあった。

 

 アウロラとネルソン()魔力体で保護されていた。

 ではシドは?

 

 当然、シドは通常通りの魔力負荷に曝されていた。

 

 斬撃が飛んでこないだけまだマシだが、いくらシドでも魔力の使えない今の状態では、水で濡れた服を着ているくらいの動きずらさと鬱陶しさを感じていた。それだけで済んでいるのはおかしいのだが……。

 

 魔力が使えるようになったら絶対やり返してやる、とシドは心に決めた。

 

「クァッハッハッハ!! そんなものかッ! 聖域の力というものはッ!!」

 

 それはそれとして、敵が言った言葉を使って言い返すのかっこいいな、とシドは思った。




お気づきの方は多いかと思いますが、はい、なんちゃって伏魔御廚子です。

【月夜の帳】(つきよのとばり)
魔力体で密閉した空間内をシヴァの魔力で満たし、切ったモノの魔力回路ごと破壊する不可視の斬撃を極低コストでほぼ無限に放てるようにした奥義。
帳内に充満する魔力は物質化一歩手前ほどの密度で維持されているため、内にいる全てのモノに鉛のような魔力負荷を与え、身動きすら取れない状態にする。

<対策>
・シヴァの魔力が切れるまで耐える。
・シヴァを気絶させ、囲っている魔力体を霧散させて脱出する。
・自身の魔力でシヴァの魔力を中和しながら斬撃を避け続ける。
・発動前に範囲外まで逃げる。

空間を密閉して内部を魔力で満たす性質上、広範囲であればあるほど溜めが必要になる弱点がある。シャドウは一度この技を受けて以降、その隙を突いて範囲外へ全力で逃げるようになった。それに対してシヴァは、人一人閉じ込められるくらいの小さな範囲で不意打ち気味に展開するようになった。


【サイの魔力について】
・黄色→生来の魔力の色。特に何も手を加えていないニュートラルな魔力。
・金色→生来の魔力をより濃密に、より強固に練った魔力。操作性に特化しており、肉体強化や他者の回復などに使用している。(原作のシドと同じ練り方)
・黒色→魔力の性質変化を利用して、数種類の魔力を一つに混ぜ合わせた魔力。魔力同士の反発を魔力操作で無理やり抑え込んでいるので操作性は悪い。しかし爆発力や魔力密度・魔力濃度はどれも随一。
・(もう一色は未登場)→練るのに時間が掛かり過ぎるから滅多に使わない。いつか出す。
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