絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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気付いたら結構期間開いてました、ごめんなさい。
確定申告やら仕事やらが忙しくてなかなか手を付けられませんでした。


33話 やられたら倍以上でやり返す

 ネルソンは恐怖で足が竦んでいた。

 

 無機質なドーム状だった聖域は、一瞬で月明かりが照らす草原に姿を変えた。

 1000年以上を生きたネルソンだからこそわかる。

 

 こんなことは人の力では不可能だ、と。

 

 聖域とは訳が違う。

 教団はディアボロスの左腕から漏れ出た力によって生まれた聖域を長年研究し、その力を利用しているだけに過ぎない。ゼロから空間を作り出すことは不可能であった。

 

 しかし、目の前の男はその不可能を可能にした。

 

 魔力が使えないはずの聖域の中心で魔力を扱い、ゼロから空間を作り出した。加えて、その場を一切動かず見えない力で英雄オリヴィエのコピーを蹂躙していた。

 

 ネルソンの目には、シヴァが荒ぶる神に見えた。

 

 突如、シヴァの視線がネルソンに向いた。

 

「ひっ、ヒィィ……!」

 

 ただ見られただけで、ネルソンは腰を抜かして尻もちをついた。

 顔は恐怖で歪み、涙と鼻水でぐしょぐしょだった。

 

「こんなものか! 聖域の力というものは!」

「ヒィィッ……!」

 

 シヴァの声にネルソンはその場で蹲り頭を抱えた。

 ネルソンの心はとっくに折れていた。

 

 対するシヴァは、やりたかった『絶対的な強者』による蹂躙劇ができてテンションが上がっており、ネルソンに感謝さえしていた。先の言葉は「もっと何かない?」という更なる期待を込めての言葉だったが、ネルソンは完全にシヴァという存在に屈伏して話にすらならなかった。

 

 シヴァは薄々思ってはいたが、これ以上はないのだと確信した。

 だからといって、やりたいことリストを1つ叶えてくれたネルソンに落胆することはなかったが。

 

I(アイ)……am(アム)……」

「キヒッ、そろそろ終いだな」

 

 満足感に包まれていたシヴァの耳にシドの声が聞こえてきた。

 シドに視線を向けると丁度スライムソードに魔力を圧縮している最中だった。

 

 シヴァは『月夜の帳』を解こうとして……。

 

 ――シドと一瞬だけ目が合った。

 

the all range(ジ・オールレンジ)……」

え?……く、クハハッ、久々に比べるか!

 

 シヴァは改めて手印を結び、帳内の魔力密度を更に高めていった。そのあまりの圧力にオリヴィエはその場で地面に押さえつけられ、身動きひとつ取れなくなった。

 帳内の魔力は既に、物質化と大差ない密度になっていた。

 

 コンクリートで固められたかのような帳内で、シドはゆっくりと剣を天に掲げた。

 

 埒外の魔力同士が拮抗し、シドの剣の周囲の空間が歪んでいく。

 その光景にアウロラでさえ恐怖で腰を抜かした。

 

 そして……。

 

 

 ――atomic(アトミック)

 

 

 光が全てを吞み込んだ。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 聖域が消し飛んでから数日が経過した。

 その間、シドの『アイ・アム・ジ・オールレンジ・アトミック』の余波で聖地横の貯水池が氾濫した影響で、街中を手漕ぎ舟を用いて移動する光景が見られるようになった。

 

 手漕ぎ舟を使って人や物を運搬する小遣い稼ぎをする者も少なくなく、多くの住人がそのサービスを利用していた。

 

 その中の一隻にアルファとイプシロンは乗り込み、情報交換を行っていた。当然、舟を漕ぐ人間も『シャドウガーデン』のメンバーで固めており、不自然にならないくらいに周りから距離を取って航行していた。

 

「聖域は跡形もなく消滅していました」

「そうね……」

 

 イプシロンの報告を受けてアルファが目頭を押さえた。

 この数日間、イプシロンはアルファに聖域関連の諸々の調査と聖域から持ち帰った情報の精査を依頼されていた。本日はその報告会のようなものだ。

 

「聖剣の回収は?」

「聖剣は蒸発しました」

「魔力の核のサンプルは?」

「蒸発しました」

 

 アルファは溜息を吐いた。

 予想はしていたが、改めて言われるとその無茶苦茶具合には少し呆れてしまう。

 

「最もシンプルで、最も確実な解決策……彼らしいわね」

「それを成し遂げられるのが、シャドウ様ですから」

 

 自分たちがどれだけ策略を巡らせて事に当たろうとしても、シャドウやシヴァは力業で全てを解決してしまう。それが頼もしくもあり、同時に不安でもあるのだが……と、アルファはフフッと軽く笑みをこぼした。

 

「そういえばシヴァは? この数日、姿を見ていないのだけれど」

「シヴァ様は、その……」

 

 イプシロンは数日前シヴァと会った時のことを思い出していた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 聖域の調査をするため、イプシロンはアトミックの発生源と思われる場所に直接訪れていた。

 

 発生源となった貯水池は水位が激減していたが地脈に大した影響はなく、ミドガル王都と比べればその被害は軽微であった。恐らく聖域という特異な場所だったからこそ、ここまで被害が抑えられたのだろう。

 

 イプシロンは本格的に調査を開始した。

 瞼を閉じて、周辺の魔力の流れに意識を集中させる。かつてシヴァから教わった体毛で風を感知して獲物を補足する蜘蛛のように、体表に薄い魔力を纏って魔力の流れを全身で感じていく。

 

 そして、はたと気付いた。

 貯水池の端の方に見覚えのある魔力を見つけたのだ。

 

 その魔力はイプシロンが最も敬愛する人間の魔力だった。

 

 急いでその場に向かったイプシロンが見たのは……。

 

 

「ふぉお、いふふぃふぉん。いふふぃふぉんもふぁかないふ?

 (よお、イプシロン。イプシロンも魚いる?)」

 

 

 全裸で焼き魚を口いっぱいに貪るサイの姿だった。

 

 

 ――――。

 

 

 ――。

 

 

 イプシロンは情報処理に数秒を要した。

 

「し、しししシヴァ様!? そ、そそそのようなお姿は……!!」

 

 イプシロンは咄嗟に手で顔を隠した。しかし、しっかりと指の隙間から敬愛するサイの裸体を観察し、脳内フォルダに余すことなく記録していた。

 サイはそれを気にも留めずに、手に持っていた焼き魚を全て呑み込んでから、再度イプシロンに向き直った。

 

「いや~、ごめんごめん。服も何もかも全部蒸発しちゃってさ。よかったらスライムちょっと分けてくれない?」

「は、はい! 只今!」

 

 そうして、イプシロンから分けてもらったスライムボディスーツを操作して、水着のような簡易的なズボンを形作るサイ。その間も目を離すことのなかったイプシロンはある違和感を感じ、そして気付いた。

 

 普段のサイであれば一瞬でスライムを形作るのだが、今回は少しだけ手間取っているように見えたのだ。そしてサイの肉体には薄っすらとだが火傷のような跡が複数残っていた。

 昔からサイが傷を負っているところを見たことがなかったイプシロンは少なからず動揺した。

 

 シヴァさまほどのお方に傷を付ける存在がいるのか、と。

 

「シヴァ様、その傷は……」

「傷? あぁ、シドに押し負けてね。いや~、昔より絶対威力上がってるよね、アレ」

「へ……?」

 

 イプシロンの警戒を他所に、サイは何でもないように笑って答えた。

 

 サイはちょっとした悪戯心で『月夜の帳』の魔力負荷をシドに掛けたが、まさかその仕返しで無差別自爆(アトミック)に巻き込んでくるとは思わなかった。咄嗟に魔力体で威力を軽減させたが、シドはそれをものともせずサイにアトミックを届かせたのだ。

 

「威力はバカみたいだけど放たれた魔力は直線的だからね。なんとか受け流せたけど、さすがに無傷ってわけにもいかなかったよ」

「直線的な魔力は比較的干渉しやすいとはいえ、あれほどの魔力量を一瞬で受け流すとは……さすがでございます、シヴァ様!」

 

 とはいえ、生還時のサイの体は重度の火傷状態で今よりボロボロだった。それを時間をかけてゆっくりと今の状態まで治療したのだ。

 

「魔力による外傷だから魔力回路もやられちゃってね。治すのに結構時間がかかってるんだよ」

「だから先ほどの魔力操作にも違和感があったのですね」

 

 傷は魔力体で傷付けた時同様、魔力回路にまで傷を付けていた。そのため治療には更なる時間と手間を要し、完全に治し切るまで魔力操作にも支障をきたしていたのだ。

 

 正直、倍返しにしてもやりすぎじゃね?と内心思うサイであった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「それでシヴァ様は「だから今度機会があったら、シドに『アレ』を撃つことにした」と……」

「ダメに決まっているでしょう……」

 

 アルファは先ほどよりも大きなため息を吐いた。

 

 サイの言う『アレ』とは、シャドウの『アイ・アム・アトミック』に対抗するために生み出した奥義のことである。

 

 以前に一度だけ『アレ』と『アイ・アム・アトミック』をぶつけた威力実験の際、余波だけで拠点付近の山を3つほど消し飛ばして霧の竜に隠蔽を頼んだことがあった。

 その時のことを思い出してアルファは頭を押さえた。

 

「申し訳ありません、私にはシヴァ様を止めることはできませんでした……」

「まあ、彼もいきなり街中で放ったりはしないでしょう……それで、ベータは?」

「はい、王女たちを誘導しています。上手くいけば潜り込めるかと」

「順調そうで安心したわ」

 

 そして一通り調査報告を終えたイプシロンが一息置いて、より真剣味を帯びた表情を浮かべる。

 

「それで例の件ですが……」

「聞かせて」

「仮説は正しかったようです。最悪の魔女アウロラ……またの名を、魔人ディアボロス」

 

 アルファは懐からひとつのキーホルダーを取り出し、その青い瞳で見下ろした。それは作戦決行の日の朝、シヴァから直接受け取った切り落とされたディアボロスの左腕のキーホルダーだった。

 

「そう……だから彼は……」

 

 アルファの様子を横目で観察していたイプシロンが、一度大きく深呼吸をする。

 

「そしてもう一件……」

 

 次の報告は何よりも重要度の高いものだったため、イプシロンの声音には緊張感が多分に感じられた。

 

「これはまだ仮説の域を出ませんが聖域内の資料により、よりその仮説が補強されました」

「……」

「聖域内で見つけた『黒キ薔薇』に関する記述から、こことは違う魔界と呼ばれる別世界があることは証明されました。加えて、普段の言動や世界に影響を及しているかのような特異な力……ほぼ間違いないかと」

「そう……やっぱり……」

 

 キーホルダーを優しい手つきで撫でるアルファを横目に、イプシロンが報告を締めくくる。

 

「シヴァ様は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――魔()と思われます。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「ぶぇっくしゅんッ!」

 

 王都行きの列車の中で盛大にくしゃみをする男がひとり。幸いにも完全個室の最上級指定席のため、目の前の女性以外誰にも迷惑をかけることはなかった。そして目の前の女性がそういったものを特に気にしないというのも幸いであった。

 

「シヴァさま! 帰ったら一緒に盗賊狩りしよ!」

「あ~、うんうん、そうだね~」

 

 さすがに裸はキツかったか?と思いながら、身を乗り出してくるデルタの頭を撫で回しながら適当に相槌を打つサイ。

 

 そして同時にやっぱりやりすぎだよね?と思いながら、どこかの機会で絶対にぶっ放してやろうと再度心に決めるサイであった。




はい、というわけで三章完結です。ぱちぱち~★

次章はブシン祭編!こうご期待!
そんなわけで、ではまた、シーユー!
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