僕は周囲の選手を目立たないように観察しながら、ブシン祭の受付に向かっていた。
前を歩く戦士は背が高く筋肉も鍛えていて一見強そうに見えるが、歩く時の重心が安定していない。うーん、微妙だが、辛うじて僕の方が弱そうに見えるだろう。
僕は「オイオイオイ死ぬわアイツ」からの「アイツはいったい何者なんだ!?」がやりたいので、できるだけ周りより弱く見えなければいけないのだ。
改めて周囲に意識を向けた。
あいつは雑魚、あそこのあいつも雑魚、向こうのあいつも雑魚、あっちのあいつはミジンコ……だめだ雑魚しかいない。が、しかし、今の僕はジミナ・セーネンなのだ。
きっとこの中の誰よりも雑魚に見えるはずだ。
僕は自分を納得させるように頷いた。
「ちょっとあなた、もしかしてブシン祭に出場するつもり?」
「ん?」
振り返るとそこに魔剣士の少女がいた。
水色の髪を肩の上で切りそろえていて、気の強そうな同色の瞳が真っ直ぐ僕に向けられている。
「安物の剣、ひ弱な身体……どこから見ても素人じゃない」
僕の全身に電流が走った。
これは、まさか……あのイベントではないだろうか……!?
「悪いことは言わないわ、ブシン祭への出場はやめなさい」
キッと少女が僕を見上げる。
その瞬間、僕は心の中でガッツポーズした。
そう、これは……弱そうなやつが大会にエントリーするとき必ず起きるあのイベントなのだ!
「大会は刃を潰した剣だけど、舐めてると死ぬわよ」
僕は彼女の瞳を見据えてから小さくため息を吐いた。
「人を見かけで判断するのはやめておけ」
僕はそう言って彼女から視線を外して歩き出した。
僕は見た目は弱いけど実は強者の設定なのだ。だからここで弱気な対応は下策であり、「こいつ弱そうなくせに生意気だ」と思われるくらいがベスト。
「なッ!? 人が折角忠告してあげてるのに……!」
「俺には必要ない」
一人称も強気な俺を選択する。
「おい待ちな兄ちゃん」
歩き出した僕の前に大柄の男が立ちはだかった。ま、まさかこの人は……!
「人の親切には素直に従っとくもんだぜ」
おっとー! 典型的なやられ役がエントリィィィ!!
外見は例えるならガラの悪いプロレスラーみたいな感じだ。しかし腰の大剣は使い込まれており、この辺にいる人の中では先に話しかけてきた少女の次に強そうだ。
「俺の名はクイントン。ブシン祭には何度か出てるが、毎回おめぇみてぇな奴が場を白けさせるんだよ。頼むから、家でママのおっぱいでも吸っててくれねぇか?」
クイントンの露骨な嘲りに、周囲からも賛同の声と下品な笑い声が響く。
だが僕は横目でクイントンの顔を見て唇の端で笑った。
「少なくとも、お前よりは強いさ」
乗るしかない、このビッグウェーブに!
クイントンの顔が怒りで紅潮した。
「クイントン、舐められてるぞー?」
「言われっぱなしでいいのかー?」
周囲の野次がクイントンの神経を更に逆撫でした。
「誰が俺より強いって?!」
クイントンが僕の胸倉を掴み上げた。もちろん抵抗はしない。
「口の利き方には気を付けろぉ!」
声と同時に、クイントンは僕を殴り飛ばした。
僕はそのまま大通りから裏路地の方へ飛ばされて地面を転がった。
「謝るなら今のうちだぜ?」
首をコキコキ鳴らしながらクイントンが言う。
対する僕はゆっくり起き上がりながら、やれやれと首を振った。
「本当に程度が低いな」
「ッ! ぶっ殺す!!」
クイントンが拳を振りかぶって突貫してくる姿は、まさに素人のそれだった。
正直言って、この世界は武器無しの戦いがまるで発展していない。というか武器を使った方が人は強いから、よほど余裕があるか逆に切羽詰まった事情がない限り素手での戦いはあまり発展しないのだ。
素手のゴリラ……人間トーナメントがあれば、間違いなく僕とサイの独壇場となる。しかも受けが巧いサイと有効打を狙い続ける僕とでは相性が悪く泥仕合確定だ。実際、昔にやった素手のみの組手では勝敗がつかなかった。
この状況でとるべき選択肢はいくつかあるが、そもそもこれが強敵との本気の戦いだったら、僕はまず目を狙う。けれど僕は、まだ戦うつもりがない。
「オラァ!」
クイントンの拳が僕の頬にめり込んだ。
「まだまだ行くぜ、オラァ!!」
それからも左、右、左、右と、僕は一度も手を出さず普通に殴られ続けた。
「ちったぁ反撃しろよ」
「見た目通り雑魚じゃねぇか」
ギャラリーの嘲笑が心地いい。
「ビビッて手も出せねぇのかよ」
クイントンが僕を見下ろして嗤う。
「俺の拳はこんな所で振るうほど安くないんでね」
「ッ……まだ足りねぇみてぇだな」
そう言って、額に青筋を浮かべたクイントンが後腰に差した剣の柄に手を掛けた瞬間。
「これ、どういう状況?」
突如裏路地に現れた人物によって、先ほどまで飛び交っていた野次が一瞬で静まり返った。
◆◇◆◇◆
ジミナに対して剣を抜こうとしたクイントン、それを止めようと声をかけようとしたアンネローゼ、思い思いに声を上げていた野次馬たちは、突如クイントンとジミナの間に現れた青年を見て声を失った。
白い。
その青年を見た人々の第一印象はその一言に尽きた。
光を反射するほど輝く真っ白い頭髪と長いまつ毛。宝石のようにキラキラとした碧眼に神秘的とも言えるほど整った容姿を持ち、東洋風の白い着物を身に纏った青年。
その青年の纏う常人離れした神秘的な雰囲気に呑まれ、誰もが呆然とその青年に目を奪われていた。
「テメェ、何もんだ……?」
「え、質問してんのこっちなんだけど……僕の声聞こえてる?」
辛うじて声を出したクイントンだったが、皆と同様に青年の雰囲気に呑まれているのには変わりない。しかもその雰囲気に呑まれたことで、クイントンが先ほどまで抱いていたジミナへの怒りは既にどこかへと消え去ってしまっていた。
「チッ、まあいい……興が削がれた。今回はこのくらいで勘弁しといてやる」
そう言ってクイントンは踵を返し、未だ呆然と立ち尽くしている野次馬の間を抜けて大通りへと戻って行った。
周囲の人間よりも比較的早く正気に戻ったアンネローゼはジミナへと歩み寄り、それを皮切りに足を止めていた野次馬たちも次々と動き出し散って行った。
「ごめんなさい。本当なら私がもう少し早く止めるべきだったわ」
アンネローゼは白い青年に謝罪の言葉を口にした。
あのまま止めなければ間違いなくジミナは死んでいただろう。もちろん、そうなる前には止めるつもりだったが、本来無関係であるはずの彼の手を煩わしてしまった。
お灸を据える為だったとはいえ、しばらく放置していた自分にも責任はあると思っての謝罪だった。
「いやいや、ほんとだよ~。あのままだったら彼、間違いなく殺されてたからね」
「ええ。手加減はされてたようだけど、あのままいけばそうなっていたでしょうね」
白い青年の見解にアンネローゼは同意する。
クイントンの強さはそこらの魔剣士よりも上だということはアンネローゼも見抜いていた。そんな彼が得物を使えば、いくら手加減されていたとしてもジミナに大怪我を負わせていただろう。下手したら死んでいたかもしれない。
打撲による骨折数か所で済めばまだ許容できたが、殺しは看過できなかった。
白い青年も同じくそう判断してクイントンを止めたのだろうとアンネローゼは考えた。
しかし……。
「ありがとうね、手加減してくれて。ブシン祭前に死人が出たら延期になってたかもしれないし」
「…………え?」
ゆっくりと起き上がるジミナに向けた白い青年の言葉を聞いて、アンネローゼは文字通り固まった。
手加減? 死人? 何故それを先ほどまで一方的に殴られていたジミナに言うのか、あまつさえ感謝の言葉を口にするのか、アンネローゼはその意味が分からなかった。
アンネローゼは自身と白い青年の間に致命的な認識の差があることに気が付いた。
「ま、待って! あなた今、彼に手加減って……」
「ん? 言ったね。彼がその気になれば、あの坊主の人は間違いなく死んでたからね」
さも当然といった風の彼の言葉をアンネローゼは理解できなかった。
「でも、さっきまで彼は一方的に殴られて――ッ!」
アンネローゼは立ち上がって埃を払っているジミナに視線を向け、気付いた。
「あ、あんなに殴られたのに、あなた怪我は!?」
ジミナの身体には傷ひとつなかったのだ。
正確には口の端から血が出ているが、あれだけ殴られていたのにその程度で済む方が異常だ。目の前のいかにも貧弱そうな男が大男に殴られてその程度で済むはずがない。
アンネローゼが呆然とする中、ジミナは口の端に付いた血を指で拭い取って薄い笑みを浮かべた。
「血の味は久しぶりだ……」
それだけ言って踵を返すジミナを呼び止めようとアンネローゼが口を開こうとした瞬間、横から愉快そうな「アハハッ」という笑い声が聞こえたため口を噤んだ。
ジミナも振り返りはしないが足を止めて意識だけをこちらに向けていた。
「いいね、君みたいのは嫌いじゃない。名前を聞いてもいいかい?」
「……ジミナ。……ジミナ・セーネン」
「僕はビモク・シューレイ。いいね、楽しい祭りになりそうだ」
ジミナは顔だけを一度こちらを向けて「……フッ」と小さく笑ってから路地の奥へと消えて行った。
その視線と笑みは「こちらも同じ気持ちだ」と言っているようにアンネローゼは錯覚した。
ビモク・シューレイの服装イメージは最終決戦時の五条悟です。(着物あり)