週が明けてブシン祭の予選が始まった。とは言っても、今日は予選2日目だ。
実は昨日、僕は2試合戦っている。闘技場ではなく王都周辺の草原で、だ。観客はおらず、対戦相手の質も酷いものだった。僕は2戦とも適当ラリアットで相手を失神させて勝ち抜いたけど、とても空しかった。
そして3回戦の今日は王都内の広場に設営された簡易的なリングで行われる。僕は自分の出番がくるまでヒョロと一緒に試合を眺めていた。
日はまだそんなに高くなく、観客も試合を控えている魔剣士だけでそこまで多くも……ん?
「ねえ、ヒョロ」
「ん? 何だよシド。俺は今、情報収集で忙しいんだ」
「そんなことより、なんか女の人多くない?」
会場を見渡してみると、学園生と思わしき女子から荒事が向かなそうな年若い女性まで、実に様々なタイプの女の人が予選会場に集まっていた。試合をしている魔剣士がいい所を見せようと一際気合を入れているが、女の人は誰一人として試合を観ていなかった。実に哀れだ。
「あぁ、なんでもスゲー美形の魔剣士がブシン祭に出場するってんで、一目見ようと集まってるらしい。俺も一度街で見かけたが、ありゃ相当なもんだったぜ。ま、この俺ほどじゃなかったけどな」
「へー」
その話を聞いて納得した。
十中八九、その美形の魔剣士ってのはサイのことだろう。
ここしばらくの間、僕とサイはいつもの夜中の鍛練の時にブシン祭でのお互いのムーブを何度も確認し合った。その時に聞いた話では、サイは人目を惹く容姿を利用して王都中を練り歩き、物理的に顔を売ることにしたらしい。ヒョロの話を聞く限り、どうやらその作戦は成功したようだ。
サイが目立つのは僕としても都合がいい。多くの人がサイに注目する中、極限られた一部の実力者だけが僕にも目を付けている、という状況は願ってもないことだからだ。
「「「キャー!!」」」
そんなことを考えていると、先ほどまで男たちの怒号や歓声が飛び交っていた会場が一変、女の人特有の甲高い歓声が場を塗り替えた。
意識を木の板で囲まれた簡易リングの方へ向けると、白髪碧眼のイケメンが丁度リングに入って来たところだった。
サイ――もとい、噂の超美形魔剣士ビモク・シューレイ君だ。
堂々とした立ち居振る舞いで口元に薄っすら笑みを浮かべながら対戦相手を真っすぐ見据えている。重心に一切のブレはなく、優雅でありつつもしっかりと地に足着いているような重厚感が感じられる。
どうやらサイは僕と違って弱そうに見せるのではなく、最初からある程度実力を示して「あの男、相当強いな……」と周囲から一目置かれるポジションにつくつもりらしい。
「3回戦第10試合、マッケル・ウンメイ 対 ビモク・シューレイ! 試合、開始!」
審判の合図と共に鬼のような形相でマッケル選手がビモクに襲い掛かる。イケメンへの嫉妬が前面に出ている勢い任せの大振りの連撃をビモクは全て必要最低限の動きだけで冷静に避けていく。
多くの人にはマッケルの怒涛の連撃をビモクが余裕を保ちつつ避けている
確かに、ビモクは余裕の表情でマッケルの攻撃を避け続けている。しかし、決してそれだけではない。
ビモクは相手の攻撃を一回避ける毎に、常人の目では追い切れない速さで最低2発以上の寸止めパンチを放っているのだ。しかも、打つ度に微妙に拳の速さを調節しながら。
最初は僕以外には見えないであろう拳速だったものから、今ではそこそこの実力者くらいなら微かに見破れるくらいの拳速にまで落ちている。実際、少し離れた場所で試合を観戦しているアンネローゼさんはビモクのやっていることに気付いたのか、緊張した面持ちで冷や汗を流していた。
「勝負あり! 勝者、ビモク・シューレイ!」
最後は相手の剣を一瞬で奪い取り、それを対戦相手の首筋に当てて勝利した。
審判の勝利者宣言と共に、先ほど以上の黄色い歓声が上がる。今度は負けじと男たちの野太い歓声も同時に上がっていた。
相手の攻撃を全て受けた上で完膚なきまでの力の差を見せつけて勝利する。
サイの一番好きなやり方だ。
サイも僕に触発されてか「ある一部の人は本当の実力に気付いた……!?」みたいなやつをやってみたいって言ってたし、それに対するアンネローゼさんのリアクションも完璧だった。何も分からず勝者に歓声を送る人々の中に極一部、険しい表情を浮かべる魔剣士……。
これは、僕も負けてはいられないな。
◆◇◆◇◆
「やっ、4回戦進出おめでとう」
「ッッ! ……あなたもね」
僕は試合が終わった後、すぐに気配を消してアンネローゼさんに後ろから声をかけた。デルタみたいな獣人組でも見破るのが難しい僕の隠密に気付けなかったのだろう。アンネローゼさんは声をかけられた瞬間ビクッと一瞬だけ肩を上げた。
振り返って僕の顔を見た彼女は、僕の接近に気付けなかった不甲斐なさと悔しさから抗議するような視線を向けてくるだけで言葉は呑み込んだようだ。
「あなた、あれはどういうつもり?」
「ん? 何のこと?」
アンネローゼさんの隣に立って観戦の姿勢を取った僕に、アンネローゼさんは不機嫌そうに声をかけてきた。
「とぼけても無駄よ。試合中、あなたは何度も有効打を打てていたのにも関わらず全て寸止め……一体何がしたかったの?」
「へぇー、見えたんだ」
ま、彼女が目で追えていたのはとっくに気付いてたけど。
僕が試合中に寸止めパンチを連発してたのにはもちろん理由がある。それは大きく分けて2つ。
1つは単純にかっこいいから。
わかる人にはわかる圧倒的な実力差。常人にはただ相手の攻撃を一方的に躱し続けているようにしか見えないが、極一部の実力者だけがその攻防を全く別の物として捉える。周囲の人が歓声を上げる中、極一部の実力者だけがその圧倒的な力の差に気付いて冷や汗を垂らす……凄くイイ!
その点、アンネローゼさんの反応は100点満点と言わざるを得ないほど素晴らしいものだった。やはり彼女には才能がある!
そしてもう1つの理由は……。
「――品定め、かな」
「は……?」
僕は拳速を微妙に調節しながら観戦している魔剣士の反応を観察していた。先ほど述べた反応を楽しむことに加えて、先日アンネローゼさんから聞いた注目選手以外にも隠れた強者はいないかどうかも探っていたのだ。
まあ結局、アンネローゼさんしか気付いていなかったが……。あれ以上拳速を落としたら会場にいた1/3くらいの魔剣士が違和感を感じていただろうから、アンネローゼさんのリアクションだけで渋々我慢したのだ。
実力に気付くのが極一部だからいいのであって1/3は気持ち多すぎる。
有象無象に知られるフェーズは今じゃないのだ。明日の予選決勝くらいであればタイミング的にも頃合いだろう。順当にいけばアンネローゼさんに挙げてもらった注目選手と当たるようなので、注目度合いもバッチリだ。
明日はどんな勝ち方の方が圧倒的な実力を示せるだろうか、考えるだけで今から楽しみだ。
おっと、閑話休題。
意味がわからないといった表情で僕を見るアンネローゼさんを無視してリングに視線を戻した。
「そろそろだね」
「3回戦第12試合、ゴンザレス・マッチョム 対 ジミナ・セーネン!」
筋骨隆々の上半身を晒した大男がリングに入ってくる。そしてリングの中央に立つと、その場でマッスルポーズをとって雄叫びを上げた。
対するジミナは少し遅れてのっそりとリングに入ってきた。なで肩で猫背、歩く度に重心がブレ、吹けば倒れてしまいそうなほどその立ち姿に生気が感じられなかった。うん、ものすっごく弱そう。さすがシドといったところか。
「ジミナ・セーネン……あなたはこの試合、どう見る?」
「え? 一瞬でしょ。相手にならないね」
誰もがそう思っている。勝負になるはずない、と。
「……それは、どっちが?」
隣からアンネローゼさんの探るような視線を感じる。先日の路地裏での一件で勘違いさせるような言い回しをしたことを根に持っているのだろうか。
僕はアンネローゼさんを横目に見ながら悪戯っぽく笑う。
「見てればわかるよ。
僕の言葉を聞いて、アンネローゼさんは視線をリングに戻した。
こう言っておけば、真面目な彼女はジミナの一挙手一投足に更に注目するだろう。僕なりのシドへのアシストみたいなものだ。
「試合、開始!」
――ドサッ。
審判の掛け声の直後、マッチョくんが前のめりに倒れてピクリとも動かなくなった。
会場が静まり返る。
「ご、ゴンザレスさん?」
ハッとした審判がマッチョくんに声を掛けながら近寄った。そして審判の掛け声を待つことなく、ジミナは踵を返してリングから退場していった。
「おい、何がどうなった?」
「ゴンザレスが躓いてコケた……?」
「マジかよ……」
会場は徐々にざわざわと騒がしくなっていった。
「しょ、勝者、ジミナ・セーネン」
「はあ!?」
「ふざけんなー!」
「金返せバカヤロー!!」
マッチョくんが気絶していることを確認した審判の声で会場は荒れに荒れた。しかしそんな喧騒の中、隣のアンネローゼさんは真剣な顔でリングを見つめたまま呟いた。
「顎に一発……いえ、二発……」
ふふっ、いい反応だ。『相当な実力を持った僕が気にかけている実力が不透明の不気味な男』と思っているに違いない。徐々に実力を明かしていくシドのムーブ的には完璧な滑り出しだと思う。
順当に勝ち進めば彼女は本戦でジミナと当たる。その可能性があるからこそ、彼女は実力が不透明なジミナの実力を測ろうとより一層注目するはずだ。そうなればシドも存分に『陰の実力者』ムーブができるだろう。
ちなみに、正確には顎に三発だ。僕の試合から拳速にある程度の目安は付けていたのだろう。アンネローゼさんが辛うじて目で追えるくらいの速度に調節してアッパーを放っていた。段階的に拳速を上げたからか最後の三発目はさすがに見切れなかったみたいだけど。
僕は未だ真剣な顔でリングを見つめるアンネローゼさんを放置して、誰にも気付かれることなく会場を後にした。
その翌日、ローズ会長が婚約者のドエム・ケツハットを刺して逃亡したという記事が新聞の一面を飾った。どうやらローズ会長はやりすぎてしまったみたいだ。いくら相手が痛みに快楽を覚えるタイプの変態だったとしても、ここまで大事になるくらいだ、相当深く貫いてしまったとみえる。同じ男として、ローズ会長には逃げずにしっかり反省してほしいものだ。
それにしても、こんな特殊寄りの情事を赤裸々に公開するってどんな羞恥プレイ?
ドエム氏は相当アレな性癖をしていらっしゃるようだ。さすがの僕でもあまりの業の深さに笑えてくるぜ。
〇刺して ×挿して