絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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38話 人の忠告は素直に聞きましょう(人による)

 ブシン祭予選3日目。本日行われる2試合を見事勝ち抜いた者だけが来週から行われるブシン祭本戦への出場を許される。本戦出場権を懸けた激戦が予想されるため、毎度この辺りから観客数が一気に増加する。その影響か会場は本戦でも使用する王都の闘技場で行われるのだ。

 

 それでも本戦と比べてしまえば注目度は天と地ほどの差があるわけなのだが、今年のブシン祭は大会史上最多の観客数を記録した。

 

 観客席には賭けの下見に来た者や単純に戦いを見るのが好きなブシン祭ファンの他に、「こっちを見て」と書いてある団扇を持った女性が至る所で見受けられた。中には荒事などに無関係そうな妙齢の主婦や年若い学生なんかもいた。

 

 彼女らは最近王都を賑わせている超美形魔剣士を一目見る、または見られたいがために今日この場にやって来ているのだ。

 

 その証拠に、現在闘技場内で戦っている金ぴか鎧に身を包んだ優男と地味で弱そうな男の試合を退屈そうに眺めていた。しかし、観客の中には当然しっかりと観戦している者もいた。

 

 その内の一人である褐色スキンヘッドの大男――クイントン・チャスナットは声を上げる。

 

「あの速さの斬撃だぞ!? 首を鳴らして避けるなんて、狙ってできるわけがねぇ!」

「私も半信半疑さ、ただの偶然かもしれない」

 

 先の一度の攻防を納得できないと声を上げるクイントンに、同じく隣で観戦していたアンネローゼは言葉を続ける。

 

「しかしもしただの偶然じゃないとしたら?」

「っ……!」

 

 現在行われているジミナ・セーネン 対 ゴルドー・キンメッキの試合。試合開始の合図と同時に斬りかかったゴルドーの斬撃を、ジミナはコキッと首を鳴らすことによって回避してみせたのだ。アンネローゼはそれを偶然と片付けられずにいた。

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは白髪碧眼の美丈夫の姿。ジミナの実力を過大と呼べるほど評価して彼と戦うことを楽しみにしている、恐らく自分以上の実力を持っているであろう男。そんな彼が気にかける男がただの偶然でゴルドーの攻撃を避けたとは到底思えなかった。

 

 アンネローゼが思考を一旦中断して闘技場の中央に意識をやると、ゴルドーがジミナに捲し立てていた。

 

「お前が俺に勝てるかもしれない人生でたった一度きりの機会を逃したんだぞ! もっと嘆け! もっと悔しがれ! 無様に足掻いて這いずり回れ! そうしないのは俺に対する冒涜だッ!!」

 

 それを聞いても尚、ジミナは表情を一切変えなかった。

 

「まさか、好機を逃したことすら気付いてないのか……!?」

「……」

「バトルパワー17の雑魚が、俺に恥をかかせやがって……!」

 

 あまりの屈辱感にゴルドーはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「全力で、屠ってやらァアア!!!」

 

 闘技場全体に響き渡るほどの雄叫びと共に、ゴルドーの全身から黄金の魔力が立ち上る。その魔力は観客たちに黄金の龍を幻視させた。その光景に会場が騒めく。

 

「邪神・秒殺・金龍剣ッ!!」

 

 掛け声と共にゴルドーがジミナに襲い掛かり、その黄金の龍がジミナを喰らう……。

 

 ――はずだった。

 

「クシュッ」

「…………は?」

 

 突然クシュッと音がして黄金の竜が消滅し、ゴルドーがきりもみ回転をしながら宙を舞った。

 

「ぶべらッ!!」

 

 潰れたカエルのような声を上げて地に落ちたゴルドーはそのままピクリとも動かなくなった。

 

「しょ、勝者、ジミナ・セーネン!」

 

 審判の宣言を聞いても、観客たちはしばらくの間ただ呆然とケツを突き出した態勢のまま倒れているゴルドーを眺め続けていた。

 

「ゴルドー・キンメッキ。雑魚じゃねぇな……」

「あれほどハッキリ魔力を可視化できるとは、思った以上だったわ」

 

 魔力の可視化は魔力濃度と密度を上げた結果の産物である。魔力密度を上げることは、それすなわち魔力による肉体強化の密度を上げることに繋がる。同じ魔力で肉体強化をするにしても魔力をただ流すだけより、より濃い魔力をより濃密に込めた方が強化度合いは当然上がる。

 

 魔力を可視化できることができれば、それだけでその魔剣士の実力は数倍にも膨れ上がると言われるほど魔剣士の実力に直結する技術なのだ。

 

「それで、ジミナは最後何をしやがった?」

 

 クイントンの問いにアンネローゼは腕を組んで溜息交じりに口を開いた。

 

「私の見間違いじゃなければ……くしゃみをしたわ」

「……は?」

 

 間抜けな顔で見てくるクイントンを無視して、アンネローゼは言葉を続ける。

 

「黄金の龍が眩しかったんじゃないかしら。くしゃみと同時に剣が振り下ろされて、そこにゴルドーが突っ込んで……衝突事故よ」

「いやいやおかしいだろ! 龍とくしゃみがぶつかってくしゃみの勝ちか!?」

「事実そうだった」

 

 クイントンの怒鳴るような質問にアンネローゼは淡々と答えた。

 

「ゴルドーは千載一遇のチャンスを逃したと言っていたけれど、そもそもジミナはゴルドーの隙を狙う必要すらなかった……つまりジミナにとっては、全ての瞬間が隙だった……?」

 

 アンネローゼは自分の考察に背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「フンッ、バカバカしい」

 

 クイントンはそう吐き捨てるようにして踵を返した。

 

「真面目に聞いて損したぜ……奴が勝ち上がってくれば、いずれ本戦で俺と当たる。その時がくれば衆人環視の中で化けの皮剥がしてやる」

「それは無理ね」

「……あ?」

 

 アンネローゼの言葉にクイントンは足を止め苛立たし気に振り返った。

 

「ジミナが本戦まで上がってきたら、本戦1回戦の相手は私だもの。あなたがこのブシン祭でジミナと戦う機会は訪れないわ。……というより、あなたはまず本戦に出場できるかどうかの心配をしたらどうかしら?」

「んだと……?」

 

 クイントンはアンネローゼの言葉に青筋を浮かべながら殺気を飛ばす。しかしアンネローゼは気にした素振りもなく言葉を続けた。

 

「これは忠告よ。あなたが予選決勝で当たるのはビモクよ。まずは彼からどうやって勝利をもぎ取るか考えた方がいいわ」

 

 振り返ってそう言うアンネローゼの顔は真剣そのものだった。

 しかし、その言葉を受けたクイントンはハンッと鼻で笑うだけであった。

 

「あの『ベガルタ七武剣』のアンネローゼ様も、噂の美形魔剣士には形無しってわけか」

「……忠告はしたわよ」

 

 それだけ言って、アンネローゼはもう何も言うまいと闘技場へと向き直った。それを見届けたクイントンはもう一度フンッと鼻を鳴らしてから再び歩き出した。

 

「……忠告だと? 奴のタネはとっくに割れてんだ。俺なら問題なく勝てる」

 

 クイントンの呟きは誰もいない通路によく響いた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 ブシン祭予選決勝戦第6試合。その試合を前に闘技場全体がより一層騒めき立っていた。

 

 片やブシン祭常連の猛者であり、今大会も注目の選手に挙がっているクイントン・チャスナット。

 

 片や今大会ダークホースの一人であるビモク・シューレイ。神々しさすら感じられる整った容姿は、初出場ながら彼を今大会最注目選手にまで押し上げた。未だ武器すら抜かず、かすり傷ひとつせずに予選決勝まで駒を進めた実力は、彼を最注目選手たらしめる1つの要因となっている。

 

 そんな2人の戦いは、予選とは思えない盛り上がりを見せていた。

 

 両者が闘技場の中心で向かい合う。

 

「おい、優男」

「ん?」

「お前にひとつ忠告してやる」

 

 クイントンはビモクを指差して、そう口にした。

 

「俺相手に今まで通り勝てるとは思わねぇこった。テメェのタネはとっくに割れてんだよ」

「……」

「武器も抜かずに勝とうなんて甘いこと考えてんならその自慢の顔面、タダじゃ済まさねぇぞ」

 

 ビモクはクイントンの言葉を顎に手をやりながら黙って聞いていた。そして数秒の後、顎にやった手をヒラっと払って嘲笑するような笑みを浮かべた。

 

「ハハッ、大丈夫でしょ。だって君……」

 

「――弱いもんw」

 

「ッ! ぶっっ殺すッ!!!」

 

 クイントンが腰から剣を引き抜き臨戦態勢を取った。

 対するビモクは、腰に差した刀も抜かず自然体のままであった。

 

「予選決勝戦第6試合、ビモク・シューレイ 対 クイントン・チャスナット! 試合開始!!」

 

 審判の掛け声と同時にクイントンがビモクに斬りかかった。それを必要最低限の動作で避けたビモクに別段驚くことなく、クイントンは次から次に息をつく隙すら与えない連撃を仕掛けた。

 

 半身になって避け、スウェーで躱し、一歩で距離を取り、剣の側面に力を加え軌道を逸らす。そして時には敢えて距離を詰め、初動を潰したりもした。空振りが続きスタミナを削られているにも関わらず、クイントンは追撃の手を止めることはなかった。

 

「どうしたッ! 口だけ達者で避けてるだけかァ!?」

 

 攻撃を続けながらクイントンがビモクを煽る。

 

「テメェのタネは割れてるって言ったろォ! テメェの試合はどれも攻撃を全て躱して相手が疲弊したタイミングに強襲ッ! そんなもん打ち合う力が無いと言ってるようなもんだ!!」

 

 クイントンはビモクの魔力量がそこまで多くないのだと仮説を立てた。魔力量が少なく、打ち合えば負けるか先に力尽きるかのどちらかであるからこそ、相手の隙を突いてしか決着がつけられないのだろう、と。それ以外にあんな無駄な戦い方をする理由が考えられなかったのだ。

 

「俺はこれを数時間は続けられる! 先に体力が尽きるのはどっちだろうなァ!?」

 

 だからこそクイントンは、ビモクを武器を使うしかない状況へ追い込むことにした。

 

 確かにビモクは攻撃を避けるのが巧い。しかし、当たればそれだけで大ダメージに繋がる攻撃を避け続ける行為は、それなりに精神力を削られる。疲労した精神では避け続けるのに必要な集中力も維持できないだろう。

 そうやって徐々に疲弊させ、ビモクを自分有利な打ち合いの場に引きずり出そうと考えたのだ。

 

「諦めて抜いたらどうなんだァ!? その腰に刺さった刀は飾りか何かかァ!?」

 

 ただ黙ってクイントンの煽りを聞いていたビモクは、横薙ぎを避けるのと同時に大きく距離を取って口を開いた。

 

「正直、驚いたよ」

「なんだァ? やっと打ち合う気になったか?」

「ちげぇよ、ハゲ。この程度で僕に勝てると思ってる脳みそに驚いたって言ってんだよ」

 

 そう言った次の瞬間、ビモクの姿が突如かき消えた。

 

「ッッ……!」

 

 ハッとしたクイントンが慌てて剣を盾にするように前面に構えた。しかし次の瞬間……。

 

 ――バギィンッ!!

 ――ドゴォォォンッ!!!

 

 とてつもない音を立てて剣が砕け、クイントンは後方の壁まで一気に吹き飛ばされて衝撃で意識を失った。

 そして闘技場の中央には左足を突き抜いた体勢のビモクだけが残されていた。

 

「しょ、勝者、ビモク・シューレイ!!」

 

 審判の掛け声の直後、予選とは思えないほどの大歓声が会場を揺らした。




クイントン → 栗きんとん → 栗 → チャスナット
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