絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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39話 イプシロンの『お仕事』

 ブシン祭本戦を来週に控えた今日この頃、僕はサイの姿のまま王都を歩いていた。

 

 王都ではブシン祭の話題で持ちきり。中でも僕(ビモク)の噂は普段魔剣士に興味の薄い層を中心に話題になっているからか、異常とも言える広まり方を見せている。

 

 先日行われた予選最終日の客入りを見る限りこれ以上の宣伝は必要ないと思ったので、僕は顔売り作戦を締めくくった。続けたとしても、これ以上の効果は見込めないだろうしね。

 

 行き交う人々がする僕の噂話に耳を傾けながら歩いていると、どこからかピアノの音色が聞こえてきた。

 

「ふむ……」

 

 何を隠そう、実は僕は音楽に関して一家言あるタイプの『絶対的な強者』なのだ。

 

 前世で僕は音楽的な感性を鍛えるためにバイオリンを割とガチでやっていた。芸術を尊ぶ余裕を持つことも、僕の目指す『絶対的な強者』にとって必要不可欠なものだったからだ。

 

 別に楽器は何でもよかったが、「なんかテクい」という理由からバイオリンに決めた。荒廃した大地でひとり、バイオリンを奏でる『絶対的な強者』……なんかただ者じゃない感じがしてかっこいいしね。

 

 そんな感じで、僕の耳は音楽を芸術分野として楽しめるくらいには肥えさせた訳なのだが……。

 

「なかなか上手いな……」

 

 聞こえてくるピアノの音色はなかなかのものだった。

 

 昔シドに聴かせてもらったピアノほどではないが、それでも前世では十分プロとしてやっていけるレベルの演奏技術だった。まあ、シドの腕に関しては仕方ないとも言える。

 

 ベートーヴェン、ピアノソナタ第14番――『月光』。

 

 この曲のピアノ演奏でシドに勝とうとすること自体土台無理な話なのだ。

 

 シドの演奏する『月光』の表現力はレベチ過ぎる。文字通り次元が違うのだ。前世も含めてあれほど完成度の高い『月光』を聴いたのは初めてだった。

 

 昔はシドがピアノ、僕がバイオリンを担当してよく合わせたものだ。お互いが秘密裏に習得して誰とも合わせる機会が無かったこともあり、初めての二重奏はめちゃくちゃ楽しかったのを覚えている。

 

 それから定期的に合わせたり、『七陰』のみんな相手に演奏会なんか開いたりもした。その結果、僕の『月光』の演奏技術がシドに引っ張られる形で飛躍的に向上したのもいい思い出だ。

 

 懐かしい思い出に浸っていると、ふと気付いた。

 

 ――ベートーヴェンの曲がこの世界にあるのおかしくない?

 

 僕はピアノの音が流れてくる方向に足を向けた。

 

 ピアノの音は王都にある超一流ホテル一階のカフェから聞こえてきていた。

 

 ホテルの玄関前に辿り着いた僕は、そこで同じくピアノの音色に引き寄せられたシドと合流した。どうやらシドも僕と同じ考えに至ったようだ。

 

 僕とシドは一度無言で頷き合い、ホテルの中へと入っていった。

 

 ホテル一階に併設されたカフェはちょっとした演奏会の様相になっていた。端の方に設置されたグランドピアノを囲うようにして椅子が並べられ、二階の吹き抜けには立ったまま演奏に耳を傾けている人までいた。

 

 そして人々の中心で優雅にピアノを演奏している人物に僕とシドはジト目を向ける。

 

「マジかあいつ……」

「ガンマ、ベータに続いてこいつもか……」

 

 夏っぽいドレスに見せてスライムで盛った胸やら脚やらはきっちり隠している。何を隠そう我らが『シャドウガーデン』が誇る『七陰』第五席、『緻密』のイプシロンである。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 演奏を終えたイプシロンが僕とシドを控室に案内してくれた。

 

 控室には僕とシドの分の紅茶とお茶菓子がそれぞれ用意されていた。しかも僕の方のお茶菓子には僕が最近リピートしているお気に入りのチョコが置かれていた。ガンマにでも聞いたのかな? 嬉しい。

 

「まさか、主様方が聴いていらっしゃったなんて……お恥ずかしいです」

「さっきの曲、『月光』だよね?」

「はい♪ 主様方に教えて頂いた数多の曲の中で、私が一番好きな曲です」

 

 僕もシドも教えたつもりなんてないんだけどね……。

 

 確かに言われてみれば、イプシロンは僕とシドの演奏を聴いて人一倍大きなリアクションを取っていた気がする。涙を流し嗚咽交じりに賞賛を送ってくる彼女の姿が脳裏に過る。確かその時の賞賛に技術的な観点も含まれていたから、元々素養自体はあったのだろう。僕たちの演奏を聴いて耳コピで譜面にでも起こしたか……強かな。

 

 まあ僕も練度がずば抜けた影響で一番気持ちよく演奏できる『月光』が一番好きだ。自分の好きなものを他人も好きだと言ってくれるのを聞くと、こっちも嬉しい気持ちになるから今回は許してやろう。

 

「主様方の叡智のおかげで、演奏家として、作曲家として有力者と関係を築いております」

「「作曲家……?」」

「はい♪」

 

 僕とシドの声が重なった。

 

「『月光』に始まり『トルコ行進曲』、『子犬のワルツ』……貴族たちにも好評で、王都の音楽賞も貰いました」

 

 前言撤回、ギルティだ。

 すまない、偉大なる作曲家たちよ……無力な僕たちを許しておくれ。

 

「新進気鋭の作曲家として、芸術の国オリアナ王国に招待されました」

「へぇー」

「ご存じの通り、今のオリアナ王国はとても仕事のしがいのある国ですので」

「芸術の国だからね」

「はい♪」

 

 僕とシドの適当な相槌を受けて嬉しそうに語るイプシロン。

 

 それにしても、パクリとはいえオリアナ王国から招待されたなんて結構凄いな。

 

 軽く調べた限り、あの国は芸術家に対して前世でいう年俸制度を実施している。貴族がスポンサーとなり芸術家に多額の融資を行い、芸術家は自らの腕で作品を作り上げ貴族に還元する。所謂『お抱え』というやつだ。

 

 オリアナ王国では芸術家の待遇が他の国より圧倒的に優れていて、貴族に見初められればそれだけで前世でいうプロ野球選手のような成功が約束される。芸術家として目指すべき夢の1つだ。

 上手くいったら僕たちにも分け前くれないかな。

 

 そんなことを考えているとイプシロンが怪しく微笑みながら口を開いた。

 

「今回は特に、いい『仕事』ができると思います」

 

 そこで僕は察した。

 

 あ、これ流行りのスパイごっこでは?

 

 いうなれば、『権力者と関係を築く有名演奏家 兼 作曲家……だがその正体は、陰の組織の一員だった!?』といった感じか。ガンマといいベータといいイプシロンといい、僕たちの知識を使ってなかなかに手の込んだ遊びを思いつくものだ。本職の立場を利用してまで僕たちに付き合ってくれるとは……。

 

 ありがとう、前世の偉大なる作曲家たちよ。そして安心してくれ。君たちの作品は異なる世界で有意義に活用されているよ。

 

「そうだ、オリアナのローズ王女の行方って知らない?」

「ローズ王女、ですか……」

「あぁ、なんか逃走中なんだっけ?」

 

 僕はお茶菓子を堪能しながら先日の新聞の記事を思い出す。あの何とも反応に困る暴露記事だ。

 

「その件はベータが担当しておりますので、詳しいことは……ただ、王都の地下に逃げ込んだとは聞いています」

「「地下か……」」

 

 ローズ会長の婚約者であるドエム氏は同じ男として哀れに思う気持ちもあるけど、その後の情事大公開新聞を見る限りローズ会長にも同情を禁じ得ない。

 

 少し意識を集中させてみれば、確かに地下にローズ会長の魔力が感知できた。しかもこれは……魔力暴走? いや、これは<悪魔憑き>の兆候だ。

 

 一応彼女も主人公候補筆頭キャラの一人だし、治療がてらそれっぽい『絶対的な強者』ムーブをしに行くのもいいかもしれないな。

 

「すぐにベータに遣いを……」

「いいよ。それだけ分かれば十分だ」

 

 そう言って立ち上がるシド。

 

「今日もイプシロンは綺麗なスタイルだね」

「っそ、そそ、そんな! イプシロンはまだまだです!」

 

 去り際に放ったシドの賛美にイプシロンが目に見えて狼狽した。

 僕もシドに続くように、おかわりした紅茶を飲み干してから席を立った。

 

「イプシロン」

「っ! はい」

 

 シヴァとしての声音に切り替えた僕の意図を正確に汲み取ったイプシロンは、僕に向き直り姿勢を正した。

 

「あの曲に恥じない『仕事』を期待しているぞ」

「っ、はい! シヴァ様の期待に応えられるよう、主様方より授かった至高の名曲に恥じない演奏と『仕事』をして参ります!」

 

 そう言って片膝を着いて臣下の礼をするイプシロンと給仕の人たち。僕は彼女らに見送られながらシドを追って控室を後にした。

 

 しばらく歩いていると、シドが吹き抜けの下を覗き込むようにして立ち止まっているのが見えた。

 

「何見てんの?」

 

 シドの横から顔を出すようにして吹き抜けの下を覗き込んで見ると、先ほどまでイプシロンが演奏していたグランドピアノが見えた。

 

「いや、ちょっといいことを思いついてね」

 

 シドはワクワクを隠し切れないといった様子で僕にその『いいこと』を話してくれた。

 

「――……いいね、乗った」

「さすがサイ、そう言うと思ったよ」

 

 僕らは2人で笑い合い、早速準備に取り掛かった。




少し短いですが、きりがいいのでここまで
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