絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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ちょっと遅れた


40話 月光の下での演奏会

 王都全体にも及ぶ巨大な地下道を進みながら、私の頭の中では様々な考えが繰り返しぐるぐると巡っていた。

 

 ――あの時、何が正しかったのだろう?

 

 ――何が、最善だったのだろう?

 

 そんな答えの出ない問いを己の心に課し続けている。

 

 ブシン祭本戦を観戦するため王都を訪れた父――オリアナ王国国王とその従者たち。出迎えのために訪れた大使館で私の前に現れたのは、虚ろな目をした父と、その隣で不気味に微笑む婚約者ドエム・ケツハットだった。言葉を失う私を見て周囲にいた近衛兵や文官たちまでもが嘲笑の声をもらしていた。

 

 気付けば私は剣を抜いてドエムを刺していた。しかし、決して衝動的な行動だったわけではない。あの場で対処することができていれば、全てオリアナの国内問題として処理することができたはずだ。

 

 しかし、私は失敗した。

 

 ドエムは生き残り、他国であるミドガル王国を巻き込む事態となってしまった。それに、去り際にドエムの放ったあの言葉……。

 

『ブシン祭が終わるまでに投降しろ! さもなくば、貴様の父に来賓を殺させるぞ!』

 

 もし、ドエムの言った通りオリアナ国王がブシン祭の来賓を殺せば、間違いなく戦争になる。彼がどこまで本気かは分からないが、『教団』はオリアナ王国を小さな駒としか見ていないのかもしれない。もし、そうだとすれば、間違いなく……。

 

 ギリッと奥歯が鳴る。

 

 父は決して名君ではなかったし、オリアナ王国は大国ではない。しかし、私にとってはたった一人の父と、たったひとつの祖国なのだ。

 

 だから、守りたかった。

 

 その感情が焦りに変わっていたのだ。

 

 地下道の壁を力強く叩いた。

 

 結局のところ、私は感情にまかせて衝動的に動いただけだったのだ。決して冷静に対処したわけではなかった。

 

 ボロボロになった制服からまぐろなるどの包み紙を取り出す。中身はもう食べてしまったが、ほんのりとパンの香りがした。脳裏に彼と交わした最後の言葉が蘇る。

 

『何があっても、私のことを信じてくれますか……?』

『……分かった。いいよ』

 

『あげるよ。少し肩の力を抜いたほうがいい』

 

 彼も、この状況を知っているはず。

 

 彼はどう思っただろう。

 

 心配してくれただろうか。

 

 もしかして、私を探してくれただろうか。

 

「今でも、私を信じて……」

 

 ドエムたちオリアナ王国に潜む『教団』を排除してお父様を取り戻す。そして、あなたと添い遂げる……そんな都合のいい未来があったなら……。

 

「ッッ! クッ……!」

 

 胸に鋭い痛みが走って顔をしかめた。胸元を広げると、そこにはどす黒い痣があった。そして私はこの痣の正体を知っていた。

 

「所詮は<悪魔憑き>……最初から、叶わぬ夢だった……」

 

 <悪魔憑き>の末路を思い、酷く乾いた吐き捨てるような笑みがこぼれた。

 

 

 ――~~~♪

 

 

 その時、私の耳が遠くから響いてくる小さな音を拾った。

 

 その音は追手の足音にしては優しく、美しい音色だった。耳をすますと、それはピアノとバイオリンの音色であることがわかった。

 

「『月光』……?」

 

 私は流れてくるその曲を知っていた。芸術の国オリアナでも異例の高評価を得た曲――『月光』。しかも聞こえてくる演奏は、幻と謂われるピアノとバイオリンによる二重奏だった。

 

 その存在自体は『月光』を作曲したシロンによって明かされてはいるが、彼女が認めるほどの演奏技術を持つバイオリニスト以外には演奏することすら許さないと、未だその楽譜は公表されていない。そして、その演奏を許された演奏者は未だ1人も現れていないのだ。

 

 そんないくら大金を積んでも聴くことのできない幻の演奏が、暗い地下道の先から聞こえてきていた。

 

 気付けば私は月の光に導かれるように、その音色へと歩き出していた。

 

 この地下道は「王都地下迷宮」と呼ばれているが、迷宮というより遺跡に近いもののように感じる。地下道はしっかりとした石畳で、壁には彫刻や古代文字が刻まれていた。

 

 ピアノの音に近づいていく。

 

 角を曲がった先で、破壊された大きな扉のようなものを見つけた。

 

 音はその向こうから聞こえてくる。

 

 崩れ落ちた扉の瓦礫の隙間に潜り、ついに辿り着いた。

 

 そして、飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。

 

 そこは幻想的な光が差し込む聖堂のような場所だった。天井のステンドグラスからは色鮮やかな、それでいて淡く照らすような光が降り注いでいる。その光が落ちた先には、グランドピアノが一台だけ置かれていた。

 

「シャドウ……」

 

 光を薄く反射するそのグランドピアノには漆黒を身に纏ったシャドウが座り、美しい旋律を奏でていた。

 そして、その頭上にもう一人……。

 

「シヴァ……」

 

 金の刺繍が施された黒いコートを肩に掛け、空中でまるで舞踏を踊っているかのように全身を使ってバイオリンを演奏しているシヴァがいた。

 

 シヴァが歩いた軌跡は光の粒子を残し、その小さな光が集まって純白の羽根を形作っていた。その羽根はヒラヒラと風に揺られてゆっくりと落ちていき、地面に触れるとまた光の粒子となって跡形もなく消えていく。

 

「なんて、美しい……」

 

 気付けば私は涙を流して、その光景と演奏に惹き込まれていた。

 

 幻想的という言葉すら烏滸がましいほど現実離れした光景。

 

 深い深い夜の暗闇に差し込む一筋の月光を幻視させる、一生を捧げてなお習得できるか疑わしい類稀なる演奏技術。

 

 私は胸の痛みや今置かれている状況を忘れて、ただただ彼らの演奏に聴き入っていた。

 

 そしてしばらくして、その演奏は終わりを告げた。

 

 私は未だ身体に残る演奏の余韻を感じながら、震える手で手を叩いた。

 

「今まで聴いた『月光』の中で、間違いなく最高の演奏でした」

 

 聖堂に拍手が反響する中、シャドウは席を立ち私に向き直って口を開いた。

 

「貴様は何を成す……」

「っ……」

 

 深淵から響くような声でシャドウは言った。こちらの全てを見透かしたかのような赤い瞳が私を真っすぐ射抜いていた。

 

「みんなを、守りたかった……けれど私は、何もできなかった……」

 

 まるで神に己が罪を懺悔するかのように、私の口から自然と言葉がもれていた。

 

「そこで終わりか……?」

「え……?」

「貴様の戦いはそこで終わりか……?」

「私だってこんなところで終わりたくなかった……ッ! 最善の未来を掴みたかった……!」

 

 どうにかしかった。今でもそう思っている。しかし、もう今の私にできることは何も無い。そのことが悔しくて、思わず関係のないシャドウに声を荒げてしまった。

 

「もし貴様に戦う意思があるのなら……力をくれてやろう」

 

 シャドウはそう言って、掌に青紫色の魔力を集めた。その魔力は次第に輝きを増していき、聖堂を美しく染め上げ空気を震わせる。

 

「その力があれば……未来は、変えられるのですか……!?」

「貴様次第だ」

 

 あの力があれば……自分にシャドウのような力があれば、きっと……。

 

「私は……!」

 

 もう、答えは決まっていた。

 

「オリアナ王国王女として、成すべきことがある! ローズ・オリアナとして守りたい思いがある! そのための力が欲しいッ!!」

 

 そして、青紫色の魔力が放たれた。その魔力は一直線に私の胸に吸い込まれていく。

 

「これは……」

 

 その温かい力によって胸の黒い痣が瞬く間に消えていき、扱い切れていなかった魔力が軽やかに全身を巡る。

 

「凄い……これが、シャドウの魔力……!」

『抗え……そして貴様に戦う意思があることを証明しろ』

 

 気が付くとシャドウは既に消えており、彼の声だけが廃れた聖堂に響いていた。

 

『忘れるな……真の強さとは力ではなく、その在り方だ……』

 

 その言葉を最後に、シャドウの気配が闇に溶けるようにして消えた。

 

 一人残された聖堂で、改めて自身の身体を確認する。

 体内をかつてない魔力が渦巻いており、この力があればまだできることがあるのだと確信できた。

 

 私は踵を返して、来る時に抜けた大穴を潜る。

 

「ッ! これは……」

 

 そして、私はその先の光景に目を見開いた。

 

 そこには大量の死体が転がっていた。黒ずくめの格好に、顔は特徴的な文様の描かれた白い布で隠されている。間違いなく『教団』の手の者だろう。

 そしてその大量の死体の真ん中で佇む一人の男。

 

「貴様の客だ。酷く退屈だった故、少し遊ばせてもらった。許せ」

「い、いえ、感謝こそすれ咎めることなんて……」

 

 そう言って血の池をピチャピチャと音を立てながらこちらに進んで来るシヴァの姿を観察する。

 

 地下道の壁から天井までびっしりと返り血で汚されているが、シヴァの服には少しの汚れすら見当たらなかった。乱戦の中そんな芸当を軽々とやってのける彼の強さは、シャドウの力を与えられても尚推し量ることはできなかった。

 

 シヴァは私の前で立ち止まると口を開いた。

 

「ローズ・オリアナ。今から俺のする問いに対し、嘘偽りなく答えよ」

「っ、はい」

「貴様は、自らの行いを悔いているか?」

 

 その言葉を聞いて思い出すのは大使館での出来事。ドエムが『教団』と繋がっていることを確信し、あの場で奴を討つことで父であるオリアナ国王とオリアナ王国を守ろうとした。衝動的と言われれば否定ができない私の行動は、結果失敗に終わって状況を徒に悪化させただけだった。

 

「……あの場での私の行いは、きっと……最善ではなかったのでしょう」

 

 ドエムも所詮、『教団』の末端に過ぎない。もしあの場で奴を殺せていたとしても、オリアナ王国の状況は好転しないどころかより悪化してしまう可能性の方が高かっただろう。

 

「何か別の方法があったことは事実です」

 

 冷静にオリアナ王国の内部を探る手もあった。

 

 相手の出方を窺って致命的な隙を突く手もあった。

 

 少なくとも、オリアナ王国とミドガル王国との戦争を阻止することはできた。

 

 私があの場で焦りと怒りに身を任せて短絡的な行動を取らなければ、父は無理でも祖国は『教団』の魔の手から守れたかもしれない。

 

 きっと、それがオリアナ王国王女ローズ・オリアナとしての正しい選択だったのだ。

 

「ですが……」

 

 脳裏に浮かぶのは、虚ろな目をした変わり果てた父の姿。

 その隣でほくそ笑むドエムと臣下たちの姿。

 

「それでも、私に後悔はありません!」

 

 王女としては間違った。

 ただ、人としては間違ったことはしていないと強く断言できる。

 

 あの場で何もしなければ良かった、悪戯に弄ばれる父を見て見ぬふりをすれば正しかった、だなんて誰であろうと言わせはしない!

 

 少しの間無言で見つめ合った後、シヴァはフードから覗く口元を愉快そうに歪めた。

 

「キヒッ、良い目だ」

 

 そう言ったシヴァは、掌に黄金色の魔力を集めて私へ向けた。

 

「餞別だ。貴様は貴様の成すべきことを成せ」

 

 次の瞬間、輝くほど濃密な黄金色の魔力が私の体を包み視界を白く染めた。その魔力はシャドウの魔力の温もりとは違い、どこか陽だまりの中にいるような温かさを持っていた。

 

『精々この俺を楽しませて魅せろ。ローズ・オリアナ……』

 

 視界が戻った時には既にシヴァの姿はどこにも見当たらず、黒に金が混じったような羽根だけがただ静かに舞っていた。

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