絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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こ、高評価ももっと欲しいな~……なんて……。

今回ちょっと長いです。


41話 『武神』ベアトリクスは強者に笑う

 ブシン祭本戦当日。僕は姉さんに渡された(押し付けられた)特別観覧席のチケットを使って、ハイパーVIP席で試合を眺めていた。

 

 先ほどはネームドキャラであるアイリス・ミドガル第一王女に頭を下げられるなんていうモブとしてあるまじき場面に遭遇したりもしたけど、今はブシン祭についての話題で盛り上がっているところだ。

 

「アイリス様の今年の注目選手は誰でしょう?」

「僕も知りたいですね」

 

 ナイス話題振りだ、アイリス様の隣に座るモブ男女。ここいらで少しジミナへの周りの評価を聞いておきたかった僕は、その話題に耳を傾けることにした。

 

「本戦に出場する選手は皆注目していますが、敢えて挙げるとしたら……元『ベガルタ七武剣』のアンネローゼさんですね。ブシン祭本戦は見知った顔が並びますが、彼女は今年初出場です」

「私も見ましたが、アンネローゼ様は強いです。今の私では勝てそうもない……」

「僕も見ました。ですが勝つのはアイリス様です」

 

 気を落としながら言うモブ女と、特に深く考えずアイリス様をよいしょするモブ男。

 

「あの事件から王都ブシン流の風当たりが強いですが、ここでアイリス様に優勝してもらえれば……」

「ちょっと! アイリス様に押し付けるのは違うでしょ!」

「いや、僕はそんなつもりは……」

 

 モブ男の言葉を力強く窘めるモブ女。注意されたモブ男はバツが悪そうに否定の言葉を続けようとするが、少なからずその魂胆があったのか言い切る前に言葉がしぼんでいった。

 

「構いません。もとより負けるつもりはありません」

 

 口元に笑みを浮かべながらも力強く宣言するアイリスに、モブ2人は目を見開いた。彼女から漏れ出る穏やかでいてどこか力強い覇気に一瞬で呑まれてしまったのだ。魔力ではない。人が纏う雰囲気のような感覚でしか分からないものだ。

 

 彼女はサイ(シヴァ)によって自身の力不足を理解させられ、妹に教わりながらも地道に鍛練を積み重ねていたと聞いている。

 

 今の彼女の纏う雰囲気は、地道に少しずつ積み重ねた鍛練に裏打ちされた絶対の自信。それも絶対に負けないという自信ではなく、鍛練は裏切らないという自信に近い。そしてその鍛練によって自身がどれほど力を付けたのかを試したくてうずうずしている挑戦的な戦意の結晶だ。

 

 ちょっとやそっとで身に付く程度の気迫じゃない。

 

 彼女が地道に積み重ねてきた血のにじむような鍛練が感じられて、僕は緩む口元を必死に抑える。さすがはサイだ。なかなかいい具合に仕上がっている。できれば本戦の場で戦いたかったけど、トーナメント表を見る限り無理そうだ。

 

「あの~、他に注目の選手はいますか? 例えばアンネローゼ様の1回戦の相手のジミナ・セーネンとか。彼も今回初出場ですよ?」

 

 僕がまるで何も感じ取っていないかのように平然とアイリス様に話題を振って場の空気をリセットする。

 

「ジミナ……彼の試合はまだ見てませんので何とも……」

「あっ、私見ましたよ? 剣は速かったけどそれだけかな~、構えが素人だし……」

「彼は本戦には相応しくないね。勢いと運だけで実力はないよ」

 

 よーし! ジミナへの評価は完璧にコントロールできてるぅ!

 

 僕はバレないようにガッツポーズを取った。

 

「1回戦の相手といえば……アイリス様の1回戦の相手、ビモク様のことはどう思いますか!?」

「び、ビモク、様? ですか……」

 

 モブ女の急なテンション高めの質問にアイリス様が少々面食らう。それを気にせず、モブ女は捲し立てるように続けた。

 

「はい! 彼も今回初出場の選手で、光を反射してキラキラと輝く上質な絹のような真っ白い髪! 宝石のように繊細で吸い込まれそうな碧色の瞳! まるで女神さまが自分の欲望のままに創り上げた精巧な人形のような整った容姿! その美しさはまさに芸術とまで謂われていて、実際に声を掛けられて、あまつさえ笑顔を浮かべられた人もいるそうで、まさに神が我々のために遣わした天使!! きっとそうに違いありません! いえ、絶対そうです!!」

 

「た、大変お美しい方なんですね……」

 

「ええ、ええ、そうなんです! だけど、決して美しいだけじゃありません! ビモク様は予選から本戦に至るまで全ての試合を、剣を抜くことなく勝ち進んでいるんです! 序盤は相手の攻撃を全て華麗に躱し、隙を見せた瞬間目にもとまらぬ速さで相手の武器を奪い取って決着! まるで相手の強さを測って剣を抜くか抜かないか判断しているみたいに、相手の全力を全て受け止めた上で勝利しているんです! 予選決勝で戦ったブシン祭常連の選手ですらビモク様は剣を抜かず、手刀一本で剣を砕き、屈強な大男である対戦相手を壁に叩きつけて勝利したんです! まさに圧倒!! ビモク様のお眼鏡に適う相手はきっとアイリス様だけしかいないっていうのが専らの噂なんです! だから私、今日のアイリス様の試合をずっと楽しみにしてて……!!」

 

「お、おい、もう分かったから落ち着けって!」

 

 目をかっ開いて充血させながらアイリス様に詰め寄るモブ女を、隣に座っているモブ男が必死に押さえつける。なにあれ、こっわ……サイってばちょっとやり過ぎなんじゃないの……?

 

「は、話を聞く限り、油断ならない相手のようですね……ですが、私も負けるつもりはありません。持てる力全てを使って、全力で勝ちにいきますので」

 

 先ほどまで圧されていたアイリス様だったが、姿勢を正し胸の前でギュッと拳を握った。その目に映るのは、絶対に負けるわけにはいかない使命感というより、実力が未知数の強者に挑むことへの楽しみが勝っているような気がした。いいね……今夜サイにアイリス様とどうにかして戦えないか相談してみようっと。

 

「はい!! とっっても楽しみにしています! 何て言ったって今大会のベストバウトとまで謂われているほどですから!」

「あっ、こら!」

 

 モブ男を振り解いてアイリス様にずいっと詰め寄るモブ女に、アイリス様は何とも言えない苦笑いを浮かべた。

 

「そ、そういえば、選手ではありませんがもう一人、注目している方がいます」

 

 アイリス様のその言葉に、モブ男女がじゃれ合うのを止めて聴く姿勢を取る。

 

「ブシン祭初代優勝者で、『武神』と呼ばれたエルフの剣聖が王都に来ているようです」

「エルフの剣聖……まさか……!」

「彼女はもう10年以上も表舞台に立っていないはず……」

「ベアトリクス様の動向に、本戦出場者は誰もが注目しています」

 

 その話を聞いて、僕の脳裏にアルファとよく似た顔のエルフが過る。

 

 結構強いかなと思ったけど、有名人だったのか……モブとしては深く関わりたくないけど、シャドウとしては一度戦ってみたいな。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 一方その頃――。

 

 腰まで届く色素の薄い金色の髪を靡かせながら一人のエルフが廊下を歩いていた。左腕には身の丈ほどもある長刀を抱え、右腕は先ほど王都で買った……否、買い過ぎたまぐろなるどサンドが大量に入った紙袋を抱えていた。

 

 彼女の名前はベアトリクス。初代ブシン祭優勝者で『武神』と謳われる魔剣士である。

 

 彼女はエルフの探し人を見つけるために人が多く集まるブシン祭の本戦会場を訪れていた。

 

 そんな彼女の正面から、一際人の目を惹く容姿を持った青年が歩いて来るのを彼女の青い瞳が捉えた。

 

「(……強い)」

 

 歩き方、重心のブレ、姿勢に至るまで全ての要素を一瞬で観察したベアトリクスは、正面から歩いて来る青年――ビモクの力量を見抜いて心の中でそっと呟いた。しかし、彼の力量がそれだけには止まらないことも同時に見抜いていた。

 

「(底が見えない……)」

 

 ベアトリクスの長い闘争の中で培ってきた()をもってしても、ビモクの実力を全て見抜くことは不可能だった。自分が先ほど「強い」と直感した今の姿であっても、彼にとっては実力を隠すための偽りの姿だという事実に気付き、ベアトリクスは薄く笑みを浮かべた。

 

「(戦ってみたい……)」

 

 ベアトリクスの心の奥底で闘争心に火が付くが、彼女はそれをなんとか抑え込んだ。機会があれば戦ってみたいが、今はブシン祭本戦の真っ最中。選手であろう彼に勝負を挑んだとしても断られるか、思う存分戦えないだろうと直感したのだ。

 

 彼と戦うのはブシン祭が終わってからでも遅くないと自身に言い聞かせながら、彼とすれ違った。

 

 瞬間、ベアトリクスは足を止めた。

 

「っ、エルフの匂い……」

「ん?」

 

 ベアトリクスがそう小さく呟いて振り返る。そしてビモクもその声に反応して立ち止まり、頭に『?』を浮かべながら振り返った。

 

「エルフの知り合いがいる?」

「いるね」

「私はエルフを探している」

「へぇー」

「妹の忘れ形見だ」

「なるほど?」

 

 ベアトリクスは顔だけ振り返るのをやめて真っ直ぐビモクへ向き直った。それに倣ってビモクもベアトリクスを正面で捉える。

 

「心当たりはないか?」

「その子の特徴は?」

「私とよく似ているはず……心当たりはないか?」

「んー……?」

 

 ビモクは顎に手を当ててベアトリクスの顔をよく観察した。腰まで届く白金の髪、青色の瞳、切れ長で凛々しい顔つき……ビモクの脳裏に金色の髪を持つエルフの姿が過る。髪や瞳の色は違えど顔の造形は非常に似通っていた。

 

「んー……うん、さっっぱり」

 

 ビモクはおちゃらけたように手をパッと広げて答えた。

 

 その様子を、ベアトリクスは表情を崩すことなくじっと観察していた。

 

「…………ほんと?」

「うんうん、ほんとほんと」

「…………そうか」

 

 瞬間、銀閃が走る。

 

 ベアトリクスの抜き放った長刀が、まるで時間が消し飛んだかのように錯覚するほどの速度で一瞬の内にビモクの首筋に添えられた。数瞬遅れて風が吹き荒れ、ベアトリクスとビモクの髪を揺らす。

 

 先日シドに放った抜刀とは比べ物にならない速度だったのにも関わらず、ビモクは身動きひとつ、表情ひとつ変えていなかった。それどころかベアトリクスの並外れた観察眼は、ビモクが抜き放たれる刀身を目で追っていたのを見逃していなかった。その事実がベアトリクスをより高揚させた。

 

「え、なに、こっわ……急に刀抜くじゃん。どしたの?」

「すまない。君の力量を確かめたくなった」

 

 ベアトリクスはそう言いながら刀を鞘に戻し、床に落ちたまぐろなるどの紙袋を拾い上げた。……?

 

「それで、僕の力は測れたかい?」

「まだ……だけど、君とは一度戦ってみたい」

「ふーん。ま、機会があればね。その時はちゃんと手加減してあげるから安心しなよ」

 

 その言葉にほんの少しの慢心の意は感じられず、ただ事実を口にしているだけのような意思が感じられて、ベアトリクスは口元に笑みを浮かべた。

 

「私はベアトリクス……君の名を教えてほしい」

「僕はビモク・シューレイ。最強だよ」

 

 ビモクがそう言うと殺気にも似た膨大な圧力がベアトリクスに襲い掛かる。それを受けてベアトリクスは挑戦的に笑みを深め、しばらくの間二人は無言で見つめ合った。

 

「……っじゃ、僕はそろそろ行くよ」

 

 ビモクが踵を返すと張り詰めていた空気が一瞬で霧散した。それを少し名残惜しく思ってしまうほど、ベアトリクスは久しぶりの強者との会合を内心楽しんでいた。

 

「そうだ、」

「ん?」

 

 背を向けて歩き始めたビモクにベアトリクスが声を掛け、先ほど抱え直した紙袋をガサゴソと漁り始める。それをただじっと眺めながら、ビモクはベアトリクスの次の言葉を待った。

 

 しばらくしてベアトリクスが一個のまぐろなるどバーガーを取り出し、ビモクに向けて差し出した。

 

「これ、一個あげる」

「いいのかい?」

「お詫び」

「というと?」

「昔、妹に『人に謝る時はお詫びの品が大切』と教わった」

「へぇー、いい妹さんだ」

「……ああ、自慢の妹だ」

 

 そう言ったベアトリクスの微笑みは、先ほどの笑みとは違い慈愛に満ちた優しく温かいものだった。

 

「ま、そういうことなら要らないよ」

「そう?」

「そ。だって、ほら」

 

 そう言って、ビモクは懐からベアトリクスの差し出した物と全く同じ包装紙に包まれたバーガーを三個ほど取り出した。

 

「さっき先に取っちゃったし」

「っ!!」

 

 ベアトリクスの切れ長の瞳が驚きで目一杯見開かれた。

 

「(一体いつ……? どのタイミングで――ッッ……まさか……)」

 

 ベアトリクスはビモクから一度も視線を外していない。故にどのタイミングでバーガーを盗られたのか分からなかったが、ある可能性が彼女の中で浮上した。

 

 床に落ちた紙袋を拾い上げる瞬間、その重量に少しだけ違和感を感じたのを思い出したのだ。

 

 つまり、ベアトリクスが紙袋を落として拾い上げるまでの間にビモクが抜き取ったということ。しかも至近距離で物体が動けば目で追えずとも空気の振動や余波は肌で感じ取ることができる。加えてベアトリクスほどの強者が見切れない速度で動いたともなれば、少なくない衝撃波を生むのが自然。あの時みたいに……。

 

「(私の抜刀に乗じて……あの風は、私だけのものじゃなかった……?)」

 

 ベアトリクスは自身の見切れる速度の上限を把握している。それを上回る速度で行動することは、ベアトリクス本人でも無理だと理解していた。それを目の前の男はやってのけたという事実が彼女の心を酷く大きく揺さぶった。

 

「っじゃ、そういうことで」

 

 ビモクの背が離れていくのをベアトリクスはただ黙って見つめていた。

 その視線にビモクも気が付いてはいたが、振り返ることなく歩き続けた。

 

「(おぉ……こっわw)」

 

 背中から送られてくる殺気にも似た膨大な量の闘気と強者に対する純粋な飢えや渇きをヒシヒシと感じながら、ビモクは獰猛に笑みを浮かべるのだった。

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