絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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この二次創作作品のアイリス最大の見せ場なので、ちょっと気合入れて仕上げました。
今日から三日間の連日投稿で決着まで持っていきます。
先に言っておきます、長いです。では、どうぞ~。


42話 王国最強はチャレンジャー

 闘技場のリングへと続く長い廊下。そこには数多くの騎士や貴族の子息子女が集まり、まるで花道を作るかのように通路の両脇に列を成していた。

 

「いよいよだな」

「やっとビモク様の本当の実力が見られるのね」

「ああ、恐らく彼とまともに戦えるのはアイリス様だけだ」

 

 彼ら彼女らはアイリスの通るであろう道に先回りし、試合前の彼女に激励の言葉を届けるために集まっていた。要はアイリスの出待ちファンのようなものである。

 

 次の試合はビモク・シューレイ 対 アイリス・ミドガル。今大会に於いて最も注目されている選手同士の試合である。ほんの少し前には反対側の選手入口からビモクが入場し、割れんばかりの歓声が闘技場全体を揺らした。後はアイリスの入場を待つのみである。

 

 今か今かと出待ちファンたちが待ちわびていると、通路の奥から足音が聞こえてきた。

 

「あ、アイリスさ——ッ!」

 

 足音に気が付いたファンの一人が声を掛けようとしたところで、不自然にピタリと動きを止めた。そしてそれは一人だけには止まらず、その場にいる全ての人間が例外なく動きを止めていた。

 

 ——否、止められていた。

 

 コツ……コツ……と石床を歩く音だけが響く静寂の中、動きを封じられた者たちは目玉だけを動かして必死に彼女——アイリス・ミドガルの姿を捉えた。

 

 彼女はただただ自然体だった。

 昂らせた魔力を放出しているわけでも身に力を込めているわけでもなく、自然体でただ前だけを真っすぐ見つめていた。

 

 極限の集中状態。

 

 両脇に列を成す人間の影すら今の彼女の視界には入らず、身体からは無意識のうちに闘志にも似た覇気が放出されていた。周りの者たちはその覇気に当てられた結果、脳からの命令を待つことなく肉体が勝手に本能のみで『静止』を選択したのだ。

 

 ——今の彼女に関わるのは危険だ、と。

 

 アイリスは歩調を緩めることなく彼ら彼女らの間を通り抜け、ビモクの待つリングへと向かった。

 

 勝つために。

 己の限界を確かめるために。

 

 彼女の口元は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 私がリングに姿を現すと、まるで例年の決勝戦に迫る勢いの歓声が上がった。

 

 だけど私の意識はそんなことを気にも留めず、ただ目の前に立つ対戦相手だけに全てを集中させていた。

 

 白髪碧眼の怖いほど整った容姿は王族として長く貴族社会にいる私であっても見惚れてしまうほど美しく、その瞳はジミナ同様、揺るぎない勝利を確信しているように見えた。重心に一切のブレはなく、ダボッとした着物で隠されているが肉体も相当鍛え込まれているだろう。

 

 間違いなく、強い。

 

 腰に差した刀は大会中一度も抜いておらず、彼の剣士としての彼の実力を測ることはできなかったが、立ち姿から読み取れる最低限の情報だけでも実力は私と同等……もしくはそれ以上と見ていいかもしれない。

 

 まったく……、ジミナといい彼といい、陰に隠れていた実力者がまだこんなにもいたとは……。

 

 シヴァ、アルファ、そしてシャドウ……私以上の強者はこの世界にはまだごまんといる。

 

 悲観はない。

 

 昔の私ならいざ知らず、今の私にあるのは魔剣士としての純粋な強さへの飢えだけだ。

 

 昔の私は王国最強としてのプライドが邪魔をして、貪欲に強さを求めることをしなかった。

 だが、それでは勝てない存在がいることを身をもって知った。それでは守れないものがあると思い知らされた。

 

 国民を、最愛の妹を守れない王国最強なんかに価値はない。

 

 頭を垂れ、泥水を啜り、血と汗を流すくらいで大切なものを守れるのなら喜んでやろう。

 

 惨めったらしくてもいい、理解されなくてもいい、最後に大切なものを守れればそれでいい。

 

 それが私の目指す英雄の姿だ。

 

 自分よりも更に上がいる。

 ——結構。私にもまだ上があるという証明だ。

 

 自分の限界を感じた。

 ——ならば足掻け。技術を盗み、取り入れ、自分の業としろ。

 

 『手本』は、すぐ目の前だ。

 

「ビモク・シューレイ 対 アイリス・ミドガル!」

 

 審判の掛け声が響くと同時に会場がシン——と静まり返り、緊張感が高まっていく。

 

 私は腰の剣に手をやり重心を落として低く構えた。

 

 対するビモクは自然体のまま一切動かず、余裕すら感じさせる笑みを浮かべていた。

 

「試合、開始!!」

 

 審判のコールと共に駆け出す。

 

 恐らく彼は攻撃を躱しながら相手の呼吸のリズムを掴み、先の先を読んで試合を掌握する戦闘スタイル。そう考えると、後半になるにつれ私は何もさせてもらえなくなる可能性が高い。

 よって前半はフェイントや不意打ちを織り交ぜながら、彼にリズムを掴ませないよう慎重に立ち回る必要がある。

 

 しかし長期戦になった場合の彼の対応や刀の技量といった不確定要素も多くため、警戒を怠らないよう……。

 

「——ッ!?」

 

 ビモクとの距離が半分ほど縮まった瞬間、世界が灰色に染まり静寂が落ちた。

 

 人々の歓声がまるでフィルターを通しているかのうような響きを持ち、一歩踏み出すのにも数秒を要する全てがゆっくりな不思議な世界。

 

 そんな世界の中で私の目はしっかりと捉えていた。

 

 ゆっくりと足を開き身を屈め、見惚れるほど美しく洗練された動きで抜刀の構えを取るビモクの姿を。

 

 

 

——  ——

 

 

「——ッッ!!!!」

 

 全身が総毛立つような濃密な死の気配。

 思うように動かない重い身体を必死に動かし、踏み出そうとした脚を無理やり斜め前方向へ投げ出すことで、転がり込むようにして回避行動を取った。

 

 瞬間、先ほどまで私の首があった場所を()()が通り過ぎた。

 

 ——ギュキィィィイイイン!!

 

 耳を劈くような金切音が響き、凄まじい突風がリング内の砂を巻き上げた。

 

 私は地面を転がって受け身を取った後、すぐに態勢を整え背後に跳んだ。着地後剣を抜き、咄嗟に自身の背後を確認し驚愕した。

 

 闘技場の壁。その用途上普通の壁より強固に造られている壁面にとてつもなく深い切れ込みが入っていた。

 

 地面から観客席の間を横一文字に割く巨大な切れ込み。職人が丹精込めて磨き上げたかのような美しすぎる切断面は未だ赤く熱を持ち、シューッという音と共に白い煙を上げていた。

 

 ——斬ったのだ。

 

 あの全てが緩慢過ぎる世界の中、私が目で追えないほどの速度で彼は斬ったのだ。この強固な壁をまるで粘土のように。

 そしてあの一瞬、咄嗟の回避が間に合わなければ私の首も間違いなく切断されていた。

 

 先ほど感じた濃密過ぎる死の気配を思い出し、冷や汗が流れる。

 

「勘違いしてる人が多いみたいだから言っとくけど……」

 

 土煙が晴れた先には、試合前と何ら変わらない自然体のままのビモクが立っていた。

 

 彼は余裕と自信に満ち溢れた笑顔を浮かべながら、私に指を差し言った。

 

「そっちが挑戦者(チャレンジャー)だから」

 

 ちゃれんじゃー……その単語の意味はわからなかったが、理解はできた。

 

 私の目の前にいるのは、私と同等かそれ以上の実力を持った『強者』なんていう生易しいものじゃない。

 

 あれはシヴァと同じ、()()()()の人間だ。

 

 今の私では見通すことのできない、隔絶された先にある力を持った『絶対的な強者』なのだ。

 

 一手でも判断を見誤れば、間違いなく死ぬ。

 

 そう本能的な恐怖を感じると同時に、私にはある確信があった。

 

 この試合から生きて帰れた暁には、私は今まで以上に成長できる、と。

 

「……ハハッ」

 

 恐怖で身体が僅かに震えているにも関わらず、内から湧き出てくる熱が気分を高揚させる。相反する感情を抱いている今の自分に思わず笑みがこぼれた。

 

「あれ? 壊れちゃった?」

「いえ、ただ……今の私があなたにどれほど迫れるのか、試してみたくなりました」

 

 感覚がかつてないほど研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

 私は片脚を引き、弓を引き絞るかのように剣を構えた。王都ブシン流の構えの一つで、最も早く敵との距離を詰めるための構えである。

 

 恐らく、ビモクに剣の間合いという概念は存在しない。このリングのどこに居ても彼の剣は私の命に届くだろう。距離を取るのは悪手……ならば、私の間合いで勝負し続ける方がまだマシだ。

 

 イチかバチかの賭けにも等しい突貫。

 だが、しなければ万に一つの勝ちもない。

 

「ふ~ん、ま、いっか。元々準備運動がてら身体動かすつもりだったし、付き合ってあげる」

 

 私はその場で大きく深呼吸をする。ビモクは変わらずただその場に立つだけで、私の攻撃を待っている。彼のその圧倒的な自信に満ちた姿勢は、今はありがたい。

 

 肺に取り込んだ全ての空気をゆっくり吐き出しながら集中力を高めていく。目を閉じて体内に意識を集中させ、魔力の流れを感じ、それを全身に万遍なく回す。

 

 大きくゆっくりと肺に空気を取り込み、全身に酸素が行き渡るのを感じながらゆっくりと目を開いた。

 

「——フッ!!」

 

 脱力から緊張へ。ドンッ! という衝撃音と共に爆発的な加速を以って、私は駆け出した。

 

 周りの景色が高速で後ろへと流れていき、先ほどと同じ距離にまで近づいた瞬間、またしても世界が色を失った。だが、先ほどと比べて身体は幾分か動かしやすかった。

 

 恐らく、この緩慢な世界は走馬灯の一種なのだろう。体感時間が極限まで引き延ばされた知覚領域の中で、これまでの経験から死を脱する策を見つけ出す人生最後の猶予期間。ビモクから発せられる濃密過ぎる殺気に当てられて生まれた極限の集中状態なのだ。

 

 目の前でゆっくりと、それでいて私より早く抜刀の構えを取るビモクの姿を観察する。

 

 刀身を拝むことすら許さない神速の居合。剣筋を追って避けることはまず不可能であり、この引き延ばされた世界に於いても彼が動いたということすら認識できない。まるで何もない空間から急に斬撃が生まれているかのような……恐らく原理は違うだろうが、シヴァに通ずる部分がある。

 

 ただ、シヴァほどの不可解さはない。

 

 シヴァの不可視の斬撃はどこから飛んでくるのか予測できないことに比べ、ビモクの斬撃はあくまで居合という剣技の延長だ。発生源と原理がわかっている分、対処法は残されている。

 

 私は構えを取ったビモクに全意識を集中させた。

 

 目線、重心、刀の角度、握りの形、視ることのできる全てからできる限りの情報を集める。そして肌を突き刺すほどの殺気をより細かく、より正確に感じ取っていく。

 

 見ろ! 視ろ! そして、感じ取れ!

 

 でなければ、死……。

 

 ——ッ脚!!

 

 私は踏み込んだ脚をより強く沈め、直感に全てを委ねてまるで飛び込むように斜め前方向へ跳躍した。

 

 ——ザギュィィィィイイイン!!

 

 後方から先ほどとは材質の違うもの——恐らく地面だろう——が斬られたかのような音が聞こえてくる。しかし私はそれを気にも留めず、発生した突風を一身に受けながら跳躍の勢いを乗せた突きをビモクに放った。

 

 ——ドゴォォォオオン!!

 

 かつてない速度で放った渾身の突きは衝撃音と土煙を上げると同時に、まるで固い何かに押し付けているかのようにピクリとも動かせなくなった。

 

「言ってなかったけど、ルールを決めよう」

 

 土煙の向こう側からそんな言葉が聞こえてきた。

 

 その声音は軽く、場違いなほど緊張感を感じさせなかったが、確かな自信に満ち溢れていた。やがて土煙が晴れ、私の剣先の先にある何かが露わになった。

 

「ッッ!?」

 

 それは石突だった。ビモクが腰から鞘ごと抜き取った刀の石突。その僅か指三本分にも満たない小さなもので、私の突きは完璧に受け止められていた。

 

 膂力だけでなく助走の勢いも全て乗せた私の突きを己の膂力だけで完璧に防いだことにも驚きだが、なによりもその技量に舌を巻く。抜刀からの納刀直後一瞬にも満たない時間の中で、彼は私の剣先を捉え寸分違わず完璧に合わせて見せたのだ。

 

 ビモクは左手で刀を持ったまま逆の手を自身の顔の横まで上げ、人差し指を立てた。

 

「泣いて謝れば殺さずに終わらせてあげる。これがルールね」

 

 シヴァと同じ()()()()の存在。

 

 そんな彼の視線を一身に浴びながらも、私の口角はビモク以上に吊り上がっていた。

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