絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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あと3話で章完結って言ってたけど、筆が乗っちゃって4話になりました。
やりたいこと詰めに詰め込んだので、後悔はないです。ホクホク顔です。
ってことで、今日から四日間連日投稿で章完結まで持って行きます。では、どうぞ~。

あ、UA 100,000突破ありがとうございます。


45話 強者にだけ理解るタイプの戦い

 王都の騎士団がよく使用する屋外の訓練場。私はそこで、夜通し剣を振るっていた。

 

 救護室で正気を取り戻した後、私は増血薬を呑んで眠りについた。精神的な疲労が限界だったというのもあるし、起きていては余計なことばかり考えてしまいそうだったから。

 

 目を覚ました時には既に日が沈み、王都は夜の静けさに包まれていた。

 

 身体の調子を確かめると、寝ずの番をしてくれていた紅の騎士団の面々へお礼を告げ、私は一人訓練場へと向かった。

 

 理由は一つ。

 昨日の試合後、ビモクから教わった『灰色の世界』を使いこなすための修行を実践するためだ。

 

 王都が朝を迎えるのを感じながら、私はもう一度剣を構え、ゆっくりと呼吸を整えた。

 

 身体の内側に意識を集中させ、先日感じた死の恐怖を思い浮かべることで、徐々に世界から色が失われていった。

 色が全て抜け落ちるのを感じてから、私は遅い時の中でゆっくりと剣を振った。

 

 一手、二手……そして三手目を振り終わった所で全身の力が抜け、私は地面に倒れ込んだ。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 四つん這いになりながら必死に息を整える。僅か数手剣を振っただけで、全身から滝のような汗が湧き出てきた。肺が焼けるように熱く、指先は痺れ、耳鳴りが頭に響く。

 

 それでも、私は剣を手放さない。

 

 再度足に力を込め、立ち上がろうとした時……。

 

「精が出るな……」

 

 静かな声が掛けられた。

 私は声のした方へ振り返り、驚愕で目を見開いた。

 

「あなたは……ベアトリクス様……ッ!?」

 

 『武神』と謳われたエルフの剣聖がそこにいた。

 

 彼女は長く色素の薄い金色の髪を揺らしながら、こちらへゆっくり歩いて来た。

 私は急いで立ち上がり、姿勢を正した。

 

「ベアトリクス様、どうしてこちらに……?」

「君を探していた」

「えっ……わ、私を、ですか……?」

「そうだ」

 

 そう静かに告げて、彼女は私の前で立ち止まると上から下までじっくりと私の身体を見回した。

 

「あの……ベアトリクス様?」

「……怪我は、もういいのか?」

「え、あ、はい。今はもう何ともありません」

「……そうか」

 

 ベアトリクス様は表情を変えることなく、じっと私の目を見つめていた。

 

「…………」

「…………」

 

 き、気まずい……。というより、私から何か話し掛けた方がいいのだろうか。

 ベアトリクス様は何も言わずずっと私を見ているだけで、一向に次の言葉を口にしない。向こうは逆に私の次の言葉を待っているのだろうか……。

 

「……あの「きのう」

 

 二人同時に口を開き、また止まる。

 

「ど、どうぞ」

「いや、君からでいい」

「い、いえ、私は大丈夫です。大した内容でもないので……」

「……そうか」

 

 ベアトリクス様がそう言って私の目をじっと見つめた。

 

「…………」

「…………」

「(た、助けてください……アレクシア……!)」

 

 私は心の中で、どんな相手だろうと物怖じしないであろう妹へ助けを求めた。

 

「……昨日、君を探していた」

「え?」

 

 ベアトリクス様が急に会話を再開したことに驚いて、少し間抜けな声が漏れた。

 

「昨日の試合は見事だった」

「あ、ありがとうございます」

「それを言うために、君を探していた」

「そ、そうでしたか……。お手数おかけしてしまい、申し訳ありません」

 

 私の言葉を聞いて、ベアトリクス様は「それと……」と言葉を続けた。

 

「ビモクのことも探していた」

「ビモク、ですか……?」

「ああ。彼とは一度戦ってみたいと思っていた」

「そうでしたか……。しかし、ビモクはブシン祭が終われば、すぐに故郷の村へ戻らなければいけないと言っていましたが……」

「そうなのか……?」

「はい。私も彼を騎士団へ勧誘しようと考えていたのですが、彼は今回、固い掟を破ってブシン祭に出場していたようで……。なのでベアトリクス様と戦うのは、一体いつになるやら……」

「…………そう、なのか……」

 

 先ほどまで一切変化のなかったベアトリクス様の顔が、見るからに弱々しく落ち込んだ。よくよく見れば、肩までほんの僅かだが下がっている。

 

「(わ、わかりやすい……!)」

 

 目の前の彼女が先ほどまでの人物とは到底信じられないほど、わかりやすく落ち込んでいた。

 

「あ、あの……」

「……どうした?」

「そんなに彼と戦いたかったのですか?」

「ああ」

 

 即答だった。

 そしてベアトリクス様はどこか遠いところに視線を向けて、物思いに耽るような雰囲気を纏って呟いた。

 

「久方ぶりの、心が躍る剣だった」

「心が躍る、ですか……?」

「ああ」

 

 ベアトリクス様が静かに頷いて、私に視線を戻した。

 

「ビモクの剣を思い出していると、気付けば朝になっていた」

「…………」

 

 私は思わず言葉を失った。

 そして彼女の顔をよく見れば、目の下に薄っすらと隈が浮かんでいた。

 

「(この人、本当に寝てない……!)」

 

 世界にその名を轟かせるエルフの『剣聖』は——世界でも類を見ないほど重度の『剣バカ』だった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 アイリスとベアトリクスはその後、試合を観るために特別観覧席へ移動した。ベアトリクスが人を探していることを知ったアイリスが、顔の広い上位貴族が集まるそこにベアトリクスを招いた形だ。

 結果として収穫はなかったものの、そのまま二人で試合を楽しむことにした。

 

 試合開始までの間、アイリスとベアトリクスはビモクについてまばらながら語り合っていた。そんな折、オリアナ国王がドエム公爵を伴って特別観覧席へ姿を現した。

 本来であればミドガル国王も同席する予定だったが、体調不良を理由に大事を取って欠席していた。

 

 貴族たちがオリアナ国王へ頭を下げる中、ベアトリクスだけは直立不動のまま、僅かに眉をひそめた。

 

「……くさい」

「っ……!? 陛下に向かって失礼だぞッ!!」

 

 ベアトリクスの一言に激高したドエムが衛兵に声を掛ける中、アイリスが「ドエム殿!」と声を上げ、それを止めた。

 

「この方は、その……私がお招きした『武神』ベアトリクス様、なのです……」

「…………。ッッ……!?」

 

 アイリスの言葉をゆっくりと咀嚼したドエムは、驚愕に目を見開いた。彼は教団からの情報で、彼女の存在をアイリス以上に知っていたのだ。

 

「(『武神』ベアトリクス、だと……ッ!? 英雄の血を覚醒させているかもしれんという、あの……ッ!?)」

「……ごめん」

 

 ベアトリクスの顔を見て固まっているドエムに、彼女は素直に頭を下げた。本人に罵倒の意思はなく、ただ思ったことが口に出てしまっただけだったのだ。

 

「っ……い、いえ、こちらこそ……。し、知らぬとはいえ、失礼しました……」

 

 ドエムは引きつった笑みを張り付けながらベアトリクスの謝罪を受け入れた。そして、一刻も早く彼女の意識から逃れようと、そそくさとその場を離れる。

 

「(じ、冗談じゃない……! どうしてこうも不測の事態ばかり立て続けに起こるのだ……ッ!!)」

 

 アイリスを赤子同然にあしらった、バケモノ(ビモク)の姿がドエムの脳裏を過る。

 

 ただでさえ、あんな手の付けられない存在が現れたというのに、今度は伝説とまで謳われたバケモノ(ベアトリクス)が姿を現したのだ。計画を完遂しなければ自身の命が危ういドエムからして、これ以上ない悪夢だった。

 

「(隙を見て排除を——できるものか……ッ!! どちらもアイリス以上の手練れだぞ……ッ!?)」

 

 ドエムは元々、傀儡としたオリアナ国王を利用し、この場でミドガル国王を暗殺して両国間に戦争の火種を生む計画を立てていた。ミドガル国王の欠席は予想外だったが、この場にいる高位貴族たちを始末すれば目的は十分果たせる。

 そう判断し、計画の続行を決断したドエムだったが、その前提は『武神』ベアトリクスの登場によって無残にも崩れ去った。

 

「(いや、ローズさえ現れれば問題はない……! あの娘を確保し、予定通りオリアナでの計画を進行させるだけだ……!)」

 

 元々これは、ローズが現れなかった場合に備えた大代案。そのため、ローズの身柄さえ確保できれば、大筋の計画に支障はないとドエムは自分に言い聞かせた。

 

「(問題はない、あの娘は必ず来る……! 何も問題はないはずだ……ッ!)」

 

 焦る心を無理やり押さえつけていたドエムは、ふと視界の端に一人の人影を捉えた。

 

「トイレ、トイレ」

 

 それは、呑気にそう呟きながら特別観覧席を出て行くシド・カゲノーだった。

 

 ドエムはその姿をしばらく目で追っていたが、やがて力なく視線を落とし、大きくため息を吐いた。

 

「何故この私が……愚民を羨まねばならんのだ……!」

 

 ドエムの小さな嘆きは、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「……いよいよですね」

「ああ」

 

 私の呟きに、ベアトリクス様は短く頷いた。

 

 ビモク・シューレイ 対 ジミナ・セーネン。

 既に両者はリング内に姿を現し、審判による試合開始の合図を静かに待ち続けていた。

 

「……ベアトリクス様……ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか……?」

「……ああ」

 

 私はリング内から決して目を離さないまま、震える手を強く握り締めて、恐る恐る口を開いた。

 

「……あなたの目から見てジミナは……今、剣を握っていますか……?」

「……いや、握ってはいない……。だが……」

 

 そう言葉を一度切ったベアトリクス様は、刀を持った手により一層力を込めた。

 

「……私でも意識しなければ、そう錯覚させられていた」

「やはり……」

 

 ジミナは剣を握っていなかった。しかし彼の視線、重心の位置、僅かな身体の傾きによって、まるで右手に剣を持っているかのように錯覚させられていた。

 ベアトリクス様のお墨付きを得た今でも、気を抜けば騙されてしまいそうになる。

 

 なんという技量……。

 なんと美しき剣の極地……。

 

 背中に伝う冷や汗を感じながらも、私の口角は抑えきれないほど吊り上がっていた。

 

「(この試合は、生涯決して忘れられないものになる……!)」

 

「続いて第2試合、ビモク・シューレイ 対 ジミナ・セーネン!」

 

 審判の声が会場内に響き、静寂が落ちた。皆が一様にリング内へ熱い視線を送る。

 そして……。

 

「試合、開始!!」

 

 ————。

 

 ——。

 

 続く静寂。

 

 開始の合図をされても、両者は一歩たりともその場から動かなかった。

 その様子に観客たちは困惑し、会場には徐々にどよめきが広がり始める。

 

「ベアトリクス様、これは……」

「ああ」

 

 リング内を見つめたまま呟いた私の声に、ベアトリクス様は静かに頷いた。

 

「……もう、始まっている」

 

 普通の人には見えない。

 しかし、確かに試合は始まっていた。

 

 視線、重心の僅かなズレ、身体の向き、指先の動き——それら全てを使って相手に自分の動きを錯覚させる、超高度な読み合い。私自身、その全てを読み取れるわけではないが、それでもわかる。

 

 彼らは今、両者一歩も引かず、先手を奪い合っていた。

 

 無音の斬り合いの最中、ベアトリクス様が席を立ち、ゆっくりとガラスの前へと歩いて行くのを止めることなく追従する。もっとこの試合を近くで観たいと、そう思った。

 

「凄い技術……受けてみたい……」

「ええ、私もです。……あれが彼らの、見えている景色なのかもしれませんね……」

 

 今は決して届かない、頂の景色。

 だが、いつか私も必ずあの場所へ辿り着く——そう固く心に誓った。

 

 そして、僅か一分にも満たない時間に積み重ねられた幾百もの読み合いの末。

 

 ジミナが踏み込んだ——そう認識した時には、既に彼の姿は私の視界からかき消えていた。

 

 その刹那、ビモクの身体に浅い切り傷が無数に走り、血が噴き出した。

 

「ッ!」

 

 ジミナのその圧倒的なまでの速度に、私は目を見開いた。先日のアンネローゼさんとの試合で見せた神速をも上回る速度で、ビモクを数度斬りつけたのだ。

 

 対するビモクは、今も増え続ける切り傷を一切意に介さず、ただ静かに腰を深く落とし、居合の構えを取った。

 

「ビモクでも、ジミナの動きを捉えるのは至難の業ということでしょうか……?」

「ああ。だが、それだけじゃない」

 

 私はベアトリクス様に視線を向けた。

 

「ビモクがジミナの速度を捉えきれないのと同じく、ジミナもビモクの膂力に対抗できない……」

「なるほど……だからジミナは、速度を乗せた一撃のために助走を……」

「ああ」

 

 ビモクの武器は、並外れた膂力を居合という一刀へと乗せることで生まれる瞬間的な爆発力。対するジミナは、それに対抗するため、自らの速度を極限まで剣に乗せた一撃を選んだのだ。

 

「それと、私も一緒だからよくわかる」

 

 ベアトリクス様はそう言って、薄く微笑んだ。

 

「あの二人は、相当な……負けず嫌いだ」

「フフッ……ええ、私も似ているのでよくわかります」

 

 ——膂力 対 速度。

 

 互いが互いの長所を真正面からぶつけ合う、一歩も譲らぬ真っ向勝負。

 

 最後はあらゆる駆け引きを捨て、自らの最も得意とする一撃だけで相手をねじ伏せようとする。

 そんな、意地と意地が激しくぶつかり合う戦いだった。

 

 そして、その時が訪れる。

 

 会場全体が、ピンと張った糸のように一瞬だけ静寂に包まれた。

 

 ——。

 

 私は意識を集中させ、灰色の世界へ足を踏み入れた。

 

 延長された知覚時間の中で、私はリング内へ目を凝らした。

 

 しかし、私の目が捉えたのは——。

 

 ジミナが、まるで瞬間移動でもしたかのようにビモクの眼前へ現れ、剣を振り下ろす。

 それに呼応するように、ビモクの刀が鞘から解き放たれた。

 

 ——ただ、それだけだった。

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