絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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47話 『陰の実力者』VS『絶対的な強者』

 王都のとある建物の屋根の上に二人はいた。

 

 一人は身の丈ほどもある太刀を正眼に構えるエルフ——ベアトリクス。

 そして彼女が真っ直ぐ見据える先には、剣の切先を地面に落とし、自然体で構える男——シャドウがいた。

 

 雨音だけが耳につく張り詰めた時の中で、シャドウが一歩前に踏み出し——ベアトリクスの視界から消えた。

 

 ——ガキィンッ!

 

 突如背後から迫った一撃に、ベアトリクスが刀を合わせた。

 

「……慣れた」

「お見事。剣技だけなら我等に迫るか」

 

 シャドウは笑みを浮かべ、ベアトリクスに賞賛の言葉を送った。

 

 先のような攻撃を、シャドウは戦いの中で何度か仕掛けていた。

 雨粒の1つ1つを意識できないのと同じように、シャドウの動きは自然過ぎて、動いていることを認識できない。速さではない、圧倒的な技量によって生み出される不可視の一撃。

 

 ベアトリクスは先ほどまで、勘でしかシャドウのこの一撃を防げなかった。しかし、今回は態勢を崩すことなく、完璧にシャドウの剣に合わせて見せたのだ。

 

 ベアトリクスはこの戦いの中、驚異的な速さで成長していた。

 

 鍔迫り合いを続けていた二人だったが、突如どちらが言うでもなくお互いが剣を引いた。その直後、無数の斬撃が二人を襲った。

 

 ——キキキキキキキィン!

 

 連続して鳴り響く金属音は、シャドウの剣から発せられた。瞬きする間に迫る十を超える斬撃を、シャドウは全て捌き切って見せたのだ。

 対するベアトリクスは十にも満たない数の斬撃だったが、全てを捌き切ることはできず、身体の至る所から血を流した。

 

 二人はお互いに距離を取って、斬撃の飛んできた方へ視線を向けた。

 

「いや~、まさか全部防がれるとは……ちょっと自信あったんだけどなぁ」

「フッ、戯言を……あの程度、貴様からしてもほんの挨拶代わりだろう」

「ハハッ、やっぱバレてるか」

 

 軽口を叩きながら現れたのは、黒い鞘に納まった一本の刀を持ったビモク・シューレイだった。

 

「まさか僕を放ったらかしにして、他の人と戦ってるとは思わなかったけど……」

 

 ビモクが立ち止まり、刀の鍔をチンッと指で押し上げた。

 

「ここからが、第二ラウンドだ」

 

 瞬間、ビモクとシャドウの姿が消えた。

 

 ——ガキィィィイイン!!!

 

 ビモクの振り抜きと、シャドウの振り下ろしが交差した。

 衝撃波が生まれ、建物の屋根が捲れ上がった。ベアトリクスは足場が崩れることを読んで、少し離れた建物へ跳び退いた。

 

 しばらく鍔迫り合った後、弾かれたようにお互いに距離を取った。

 

 着地と同時にビモクが一瞬でシャドウに肉薄し、抜刀。

 ——シャドウは身体を半回転させ、刀の腹に剣を滑らせるように合わせ、軌道を逸らした。

 

 逸れた刀の軌道上の建物が、スパンッと両断された。

 

 シャドウが回転と刀の勢いが乗った剣を、振り向きざまにビモクへ振り抜く——が、空振りに終わった。ビモクが振り抜かれるシャドウの剣に、一瞬で飛び乗ったのだ。

 

 ビモクはシャドウの剣の上から居合を放つ。

 ——シャドウは咄嗟に剣先の角度を変え、刀の軌道を自身からズラすことで躱した。

 

 刀の軌道上にあった遠く離れた建物が、一瞬で細切れになって崩れ落ちた。

 

 ビモクはシャドウの剣から跳び退き、一度距離を取った。

 シャドウは宙にいるビモクへ跳び掛かり、剣を振るう——ビモクは半分ほど鞘から抜いた刀で受け止めた。

 

 足場が無い中でシャドウが何度も仕掛け、その度にビモクが受け止める。その攻防は二人が着地するまで続き、着地の瞬間——。

 

 ——二人の側面からベアトリクスの刀が迫った。

 ベアトリクスは魔力を溜めて、虎視眈々と二人の隙を伺っていたのだ。

 

 ビモクは背後から迫る刀を、着地と同時に足を180度開脚し、着地のタイミングを意図的にズラすことで躱した。着地の硬直を狙っていたベアトリクスの刀は、ビモクの頭の上を素通りした。

 

 シャドウは正面から迫る刀を、自身の剣を上へ放り投げると同時に、上体を逸らせることで回避した。

 ——直後、右手でベアトリクスの振り抜かれた右腕を掴み、柔術の『肩車』の要領で彼女を床へ叩きつけた。

 

「ガハッ!!」

 

 “投げられる”という経験が乏しいベアトリクスは受け身が間に合わず、肺の中の空気を全て吐き出した。

 

 怯んで動けないベアトリクスにシャドウが片足を上げる。

 ——足を振り下ろす直前、ビモクが両足を大きく振り回し、シャドウの腰に巻き付けた。

 

 がっしりと固定した足を起点に、ビモクは腹と背中の筋力だけでグンッと上体を起こした。万力のような力でシャドウの腰を締め付けたまま、ビモクは超至近距離で居合の構えを取った。

 

 ——ガンッッ!!!

 

 固いもの同士が、激しくぶつかり合ったような音が響く。

 

 シャドウはビモクが刀を引き抜くのに合わせて、左掌を刀の石突に当て、抜刀を阻止したのだ。

 おおよそ人の身から出ることのない衝突音。それだけで、シャドウの身体強化の練度が窺えた。

 

 シャドウは右手を天へ掲げ、降ってくる自身の剣をキャッチした。

 そして即座に剣を逆手に持ち替え、剣先を真下へ向け、未だ組みついているビモクの腹目掛けて振り下ろした。

 

 ビモクは振り下ろされる剣の側面に右手の甲を合わせ、軌道を僅かに外側へ逸らす。

 ——同時に足を解き、上体を極限まで捩じることでその一撃を回避した。

 

 ——ドゴォォォォオオオオン!!!

 

 シャドウの剣が地面に突き刺さり、足場にしていた建物が一瞬で崩れ落ちた。

 

 未だ満足に動けなかったベアトリクスは衝撃で吹き飛び、少し離れた地面を転がった。意識は残っているが、すぐに起き上がることができないほど消耗していた。

 

 崩壊した建物周辺を土煙が覆う。そしてその中から、まるで何事もなかったかのようにビモクとシャドウが姿を現した。

 

「全部、お前が壊したことにするからな」

「フッ……世迷言を」

 

 そんな軽口を交わし合った後、二人の姿が消えた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 王都に破壊をもたらしながら戦う二人の様子を、アイリスは少し離れた建物の屋上から静かに眺めていた。

 

 本来であれば二人の戦いを止めなければいけない立場だが、今の自分では彼らを止めることはできないと理解していた。そのため、周辺一帯から住民を避難させ、被害を最小限に抑える方針へ早々に切り替えたのだ。

 現にあれほど激しい戦いの中、一般人への被害はゼロに抑えられていた。

 

 アイリスはビモクから預かった白い着物を抱える腕にギュッと力を込めた。そして一瞬でも目を離すまいと、彼らの戦いを強く見つめ続ける。

 

 ——自身の目指すべき、頂の戦いを。

 

「……ここに居たのか」

「っ……ベアトリクス様」

 

 背後から掛けられた声にアイリスが振り返った。そこには身体の至る所から血を流し、見るからにボロボロなベアトリクスが立っていた。

 

 ベアトリクスはゆっくりと歩み寄ると、アイリスの隣で足を止め、彼らの戦いへ視線を向けた。

 

「ベアトリクス様は、参加なさらないのですか……?」

「やりたい……。だが、肋骨が何本か折れた……。彼らに殺気はない……けど、余波だけで死ぬ可能性がある」

「なるほど……」

 

 彼らに殺気は一切なく、純粋に戦いを楽しんでいるのは確かだ。しかし、それはあくまで『彼らにとって』という枕詞が付く話に他ならない。

 最強のエルフの剣聖といえども、彼らの戦いに負傷したまま参加すれば、命を落とす危険性すらあると言う。それほどまでに隔絶した力を持つ者同士の戦いということだ。

 

「…………悔しいですね」

「……ああ」

 

 アイリスの言葉に、ベアトリクスは静かに同意した。二人の握る拳に更に力が入った。

 

 ——ドガァァァアアアン!!!

 

 またひとつ、王都の建物が轟音と共に崩壊した。

 

「あー、しんど」

 

 そんな軽口を叩きながら、ビモクが二人の目の前に音もなく現れた。彼の身体に傷はなく、白いズボンが少し汚れている程度だった。

 

「そろそろ終わりにしようか……これ以上壊して、怒られたくないからね」

 

 ビモクは二人に視線を送ることなく、虚空に話し掛けた。

 そしてその方向から、シャドウがコツ……コツ……と足音を響かせながら現れた。

 

「いいだろう……遊びは終わりだ……」

 

 シャドウはビモクから少し離れた場所で立ち止まり、剣先をビモクへ向けた。

 

「我が最強を、その身に刻め」

 

 直後、シャドウから青紫色の魔力が溢れ出し、一瞬で王都全体をドーム状に覆った。

 

「ッッ、これは……ッ!? まさか……ッ!」

 

 ベアトリクスは驚愕に目を見開き、アイリスは声を上げ戦慄した。

 

 アイリスはシャドウのこの技を知っていた。いや、知らされていた。

 

 ゼノンが企てたアレクシア誘拐事件。その際に被害者であるアレクシアから、王都の一部を一瞬で消し飛ばした青紫色の魔力の光が、シャドウが放った一撃によるものだということも聞かされていた。

 

 シャドウから溢れ出た青紫色の魔力が、まるで彼の周囲を囲うように辺りを包み込み、その範囲内の全てを消し飛ばした——そう聞かされた。

 

「ビモッ……!!」

「——アイリス」

 

 血相を変え、叫ぶように名前を呼ぶアイリスを、ビモクは言葉を被せるようにして止めた。

 そしてビモクは顔だけをアイリスへ向け、いつものように笑った。

 

「大丈夫、僕最強だから」

 

 直後、ビモクの身体から()()の魔力が立ち昇った。

 その量はシャドウほど膨大ではない。だが、その密度は一切引けを取っていなかった。

 

 アイリスとベアトリクスは、急な魔力の高まりによって生み出された暴風に耐えるように重心を落とした。

 

 ビモクはゆっくりと居合の構えを取り、チンッと鍔を指で押し上げると同時に、更に魔力を高めた。その魔力の奔流に、周囲の大気がビリビリと悲鳴を上げる。

 

I(アァイ)……am(アァンム)……」

 

 シャドウはゆっくりと剣を振り上げながら、魔力を集中させた。そのあまりの魔力量に、漆黒の剣身が青紫色の光を放ち始める。

 

「ヌークリア級……一閃術……」

 

 ビモクの呟きと共に地面がハチの巣状にヒビ割れ、立ち昇っていた魔力がビモクの刀へ吸い込まれていった。キィィィィンという甲高い音と共に、ビモクの刀が白く輝き始める。

 

 そして——。

 

 

「——atomic(アトォミック)

 

「——『断ち』

 

 

 二人の“最強”が放たれ、王都を光が包んだ。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 アイリスは瞼に光が当たるを感じてゆっくりと目を開き、その光景に目を見開いた。

 

「ッッ、これは……!?」

 

 その場にシャドウの姿はなく、ビモクだけが空を見上げて笑みを浮かべていた。

 

 先ほどまで王都を覆っていた雷雲は跡形もなく消え去り、雲一つない快晴に変わっていた。そして、何よりも目を惹いたのはビモクの見上げる王都の上空——何もない空間に刻まれた、一本の細い()だった。

 

「空が……ッ!」

「……斬れてる」

 

 驚愕するアイリスの言葉に、ベアトリクスが静かに続けた。傍から見れば冷静に見えるベアトリクスも、そのあまりの光景に戦慄していた。

 

「いや~、まさか逸らされるとは……やるねぇ、彼」

 

 ビモクは空の斬撃痕を見上げながら、呑気に笑った。

 

 両者の一撃が衝突する寸前、シャドウはビモクの一閃を掬い上げるように剣を振るい、そのままアトミックを天へ逸らしたのだ。その結果、シャドウのアトミックが王都上空の雲を消し飛ばし、ビモクの斬撃によって空に一本の線が刻まれた。

 

 アイリスとベアトリクスは、まるで世界そのものが斬り裂いたかのようなその線を、ただ呆然と見上げていた。

 

「お疲れサマンサー!!」

「「ッッ!?」」

 

 突如間近で声を上げたビモクに、二人はビクッと肩を震わし、意識を現実に引き戻した。

 

「さ、ボーっとしてないで、飯行くよ」

 

 ビモクはアイリスに預けていた白い羽織を掴み取り、バサッと肩に担いだ。

 悠々と歩き去って行くビモクの背中をしばらく眺めていた二人は、お互いに顔を見合わせると小さく笑い合う。そして先を行くビモクに追いつくため、二人は共に駆け出した。

 

「あ、もちろん、アイリスの奢りでね」

「ふふっ、ええ……では、シャドウを退けた魔剣士へのお礼、ということで」

「……なら、私は『まぐろなるど』がいい」

「え、ベアトリクスは自腹でしょ? 途中でいなくなったんだし」

「む……そうか……」

「そんな落ち込んだ顔をなさらずとも、ベアトリクス様の分も私が払いますよ」

「そうか……ありがとう、アイリス」

「っ! ……ええ、お任せください!」

 

 ビモクの半歩後ろを、アイリスとベアトリクスが歩く。

 他愛のない会話の中で、初めてベアトリクスに名前を呼ばれたアイリスが花のように笑った。




お疲れサマンサー!!
次回、章完結。
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